私は素敵ではないのだよ
好きな人がいた。
その人はいない。
もういない。
ずっと前からいない。
何度も何度も読んだ本を閉じる。
いつも読み終わった後は虚無感に包まれた。
何十何百と読んだ本。
とてもとても大切な本。
初めて読んだ時に感銘を受けた。
書いた人が如何に素晴らしい人なのか知ったのだ。
私はその人を好きになった。
初恋だった。
後にも先にもこの恋だけ。
才能に溢れた人だった。
家柄も文才も絵画の才能もあった。
大人の色気も持っていた。
沢山の女性を魅了した。
そして何より強かったのは自殺願望。
死にたい死にたい、思うだけじゃなかった。
本気で自殺をした。
そんなところも好きだった。
彼はきっと寂しかったのだ。
寂しくて寂しくて、仕方なかったのだろう。
私には分かる。
私だけが分かる。
彼の気持ちは全て作品に込められていた。
無頼派として存在した彼。
退廃的な作風から彼のそれが伝わってくる。
でも、彼はそれだけじゃない。
ユーモラスな作品も数多く存在する。
彼の退廃的作品ばかりに気を取られる人は、彼の本質的なそれを知らないでいるのだ。
彼の持つ二面性的作品に心が奪われた。
それに女性を魅了しただけあり、女性一人称の作品も多く存在するのだ。
如何に彼がモテていたのかが分かる。
男の甲斐性だと思い、受け容れるだけの懐の余裕も私には存在するのだ。
作品だけで伝わる。
彼がどんなに素晴らしい人だったか。
彼がどれだけの人を魅了したのか。
そして私もそんな彼に魅了された。
彼しか愛せなかった。
彼の作品も彼自身も愛したのだ。
私が小説を書き始めたのも彼の影響。
だから今まで書いた原稿の束を持つ。
何百、何千とある数え切れない、数える気も失せてしまうそれをまとめて鞄に入れた。
これは私から彼へ送るラブレターのようなもの。
本当に愛しているのだ。
おかしいと思われても、おかしいと言われても、私は彼を愛している。
だから私は彼に会いにいく。
彼と会いたい。
彼にこの想いを伝えたい。
冷たい水に足を入れてみた。
彼は寒くなったろうか。
私が暖めてあげたかった。
彼の隣にいた女性が羨ましい、恨めしい。
でも私は彼以外と添う気はない。
だから一人。
彼は寂しくなっただろう。
私は彼に会いに行くから一人でも寂しくない。
むしろ今、喜びに満ち溢れている。
待っていて、今、会いに行きます。
彼へのラブレターを抱えて、冷たい冷たい水に全身を沈めた。
冷たい、寒い、苦しい。
それでも心は満たされた。
彼は素敵な人だ。
私をこんなにも満たしてくれるのだから。