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黒い傘  作者: サニー
3/3

 きっかけはささいなことだった。


 三時間目の日本史の時間、亜樹はのぞみと沙耶とLineに夢中で、背後に和泉が立っていることに気づかなかった。


「吉川くん」


 頭上から和泉の声が聞こえた。


「授業中に携帯を使うのは禁止だって知ってるだろう。吉川と坂井と堀田。放課後まで携帯は預かるから、職員室に取りにきなさい」


「そんなぁ。先生、もう絶対しませんから。没収するのだけは勘弁してぇ」


 亜樹は立ち上がってぺこりと頭を下げた。担任の三浦だったら、たいていこれで許してくれる。しかし、和泉は違った。


「授業中に携帯を使わないというのは規則だからね。それに君たちは初めてじゃない。前にも注意したはずだ」


 和泉は高圧的なタイプではないが、規則には厳しい。他の教師が面倒くさがって省略する、遅刻や早退の届けも必ず提出させられると、和泉の担任のクラスの子からきいた。


「あぁ~、もう、ムカつくぅ。ちょームカつくぅ。大体あいつ、携帯、携帯って、これスマホだし。携帯じゃないし」


「もう返してもらったからいいじゃん」と沙耶がとりなした。


 放課後三人は職員室にいってスマホを返してもらい、校門を出たところで、亜樹がヒステリックな声をあげた。もともと気分屋だから、自分の思うようにならないことは、気が済むまで言いつのる。下手に逆らえば、怒りの矛先が自分たちに向けられるから、のぞみと沙耶は彼女の言いなりになることが多い。


「ねえ、和泉の奴にスマホで苛められたんだから、スマホでリベンジしない?」


 亜樹の眼が、猫のように鋭く光った。


「ほら、おととい、ちっちゃな女の子がいたずらされたって事件あったじゃない。あれの犯人が和泉だって、ツイッターに書き込んじゃおうよ」


「そんなことして大丈夫?」沙耶が不安げな声を上げる。


「新しいアカウントにすれば、友達にもバレないし。誰も気がつかなきゃ、それで終わっちゃうから、どうってことないって」


「学校の先生とかお医者さんとかって、変態多いんだよね」のぞみが亜樹の機嫌を取るように言った。


「そうそう、だから和泉先生は、ロリコンの変質者。あたし、胸触られたことにしようっと」


 そして書き込み始めたら、三人ともテンションが上がって、あることないことつぶやきつづけて笑い転げた。


 悪気はなかった。たったそれだけのことが、と沙耶は思う。けれど、たったそれだけのことで、和泉は自殺し、亜樹は失踪した。これは、いずれ自分の身にも降りかかってくるような何かとんでもないことなのだろうか。そう思うと、体の奥から悪寒がはいのぼってきた。


 亜紀がいなくなって二週間が過ぎた。


「あっという間だったんです」


「どうすることもできなかった」


「まさかこんなことになるなんて」


 事故の現場に居合わせた人たちは、口々に言った。


 若い女の子が階段から落ちて、巻き添えで転んだ人の傘の先が女の子の胸に刺さった。防ぐことはできなかった不慮の事故。


 死んだ女の子は坂井のぞみ。のぞみは、ピンヒールの、かかとの高い靴をはいていて、彼氏との待ち合わせに遅れそうなので、駅の階段を駆け下りていてバランスを崩した。あまりに凄惨な光景に、周囲から悲鳴が上がり、中には気分が悪くなって倒れた人もいたのだという。


 そして沙耶は友だちの電話で、のぞみの胸に突き刺さっていたのが黒いこうもり傘だったと知ってから、一歩も自分の部屋から出なくなった。傘だけではない。鉛筆も、包丁も、箸も、フォークも、先が尖ったものは全部怖い。


「お友だちの事故がショックだったみたいで」


 母親が電話で話している声が聞こえてくる。「違う。そうじゃない」と心の中でつぶやいてみるけど、声にはならない。こうして引きこもっていても、私はきっと和泉先生に殺されると、沙耶は思う。私たちは、人を殺してしまったから、だから殺される。けれど本当のことは死ぬまで誰にも言えない。

 また雨が降り出したらしい。カーテンを透かして、光が見えるのに。そう、これは和泉先生が最後に聞いた雨の音。その雨が、私の頭の中いっぱいに降っている。       (了)


 

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