Ⅵ
こちらでよく過ごす部屋の中はもっとそうだった。壁に向かってある異様に大きいピアノも、布の上から埃を被って四隅のひとつに置かれていた。上には、初修用の楽譜集が数冊並んでいる。「やさしいピアノ・ソロ」「初めてのクラシック」、みたいな名前のそれらだ。夕のものかなあ、と初めて目にしたときからふと思っていて、しばらくこちらで居て誰も触れないのを見て、やっぱりそうなのだと分かった。それらもまた、薄いグレーの埃に均一に積もられていた。きっとあの子は上手いのだろうに、聴けないのか、と、少し残念だった。たぶん、あの子の籠っている部屋にはピアノは置いていない。それに、ここにあるそれは良さそうなものに見えた。すごく高級、というわけではないかもしれないけれど、それなりに大きくて立派ではあった。周りにあるものが低い、使い古されたテーブルや、生地の切れかけたソファや、買ったまま使い忘れられている硝子戸棚の中の小物たちだったから、いくら手入れがされていなくても遠目には十分芸術的なこのピアノが部屋の中で異様に輝いて見えた。
今度、もしかしたら夕が開いて弾くかもしれないと思って、こちらに来て見かけたら埃だけは拭き取るようにした。せめて、楽譜と、鍵盤を守っているカバーのところと、隣に縮めるように寄せられた椅子だけは。きっとあの子は、こちらでも、こんなに色んなものが無下に散らされているここでも、そのピアノだけは好きなのだろうから。