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夕月  作者: 白州藍樹
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L

 きっと現実ではそれだけだったのだ。わたしをわたしとして見てくれる、特別な友達に出逢えたこと。それが、本当に高原夕月の身に起こったこと。ほんの小さな、それだけのことだったのだ。でも、それがどれだけ革命だっただろう。冷たい世界も(いろ)づくほどに、大きな意味を持っただろう。深い眠りの間の呼び鈴のように、突然の、まったく予期せぬ邂逅だった。幸運かも何かも分からず、ただの一縁だと思っていた繋がりだった。こんなに深い縁だなどとは知らなかった。特別な友人とめぐり逢うきっかけなんて、そんなものなのかもしれない。

 チェリーのノートに、気取ってそんなふうに書く。最後に、夕月、と丁寧に書きつけて、インクが乾いてからゆっくりと閉じる。

 さて、と、机の引き出しの、月が買いためておい可愛い便箋を取り出し、広げて。

 手紙なんてめったに書いたことがなかった。考えるのがたいへんだし、字も揺らいでしまって上手く書けないから、あまり得意ではなかった。だけど、好きな友達にくらいなら、そんな苦労もいいかな、と少しだけ気持ちが変わったのだった。出会ったあの日に買った花柄のペンを握って、ゆっくり呼吸をしてから宛名を書いてみる。すっかり使い慣れたペンの筈なのに、やっぱり緊張して上手く書けない気がしてしまう。ほら、漢字が崩れているし……書き直そうかしら。でも、渾身の文字だった。下手だけど勿体無い気がして、いやになるまでは頑張って綴ろうと決める。時間がかかっても、たいへんでも。伝えたいことはたくさんあった。直接話せるし、メールだってできる。そうして聞いてもらいたいことも聞きたいこともある。同じくらい、封筒に包んで知ってほしいことだってあった。その方が届くと思う気持ちがあったから、こうして厳選した綺麗な便箋を広げているのだ。

 一時間か、もう少しかけて、やっと一枚書き終える。びっしりと文字の詰まった手紙は読みにくそうだったけれど、いやにはならなかったのでそこは甘えて、渡してしまうことにする。こわごわと読み返して、最初の文字から恥ずかしくなる。誤字もないので、やり損ねないように二つ折りにして封をして留める。切手を探して周りの棚を探しだす。

 その間も、必死に考えて書いてしまった文章が頭のなかを巡って恥ずかしくなるばかりだった。やっぱりやめようかな。でも、でも、やっと書いた手紙だし、せっかく書いたし、と悶々としながら、三つ目の引き出しに切手を見つける。封をした手紙を見つめて、もういいわ、と吐息をついた。

 やっぱり渡そう。

 宛名は直接本人の名前を書くには自信が無くて、イニシャルを取って“N”と書いた。せめて名前くらいは整った字を書きたかったのだけれど、あまり上手くいかなかったかもしれない。また、曲がらないようにおもむろに切手を貼って、完成させる。

 今度会ったときに渡そうと思って、残った便箋を片付けてその横に奈緒宛てのそれも仕舞いながら、少しだけ書いたことを反芻する。自分にしてはたくさん書いたと思っていたけれど、まだまだたくさんある気がした。渡してもいないのに、また書こうかな、ともう思い始めていた。

 いちばん書きたいことは書けたの。きっと私も、渡しても、時間が経ってもずっと、綴った最初の三行は忘れない。あなたも忘れないでいてくれたらいい。

 そんなことを考えながら、ペンを手紙の横に並べておいて、引き出しの大きな扉をばたんと閉めた。



 親愛なる友人N嬢へ。

 出逢ってくれてありがとう。見つけてくれてありがとう。

 感謝の気持ちがひとかけらでも、あなたに届きますように。



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