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「帰りましょうか」
時計を見て言う。二人して苦笑しながら冷めきった紅茶を申し訳程度に一杯飲んで、席を立とうとする。ふと思いついて、立ち上がる前に鞄のなかから手鏡を取り出す。朝にはきれいにしてきたメイクが、目元だけ崩れてしまっていた。手早く、見栄えだけおかしくないように直して目を細めてみる。視界が開けたからか、見慣れたはずの顔がどこか違うような気がした。鏡のなかに、もう立ち上がってテーブルの傍で待っている奈緒の姿が映った。手元の銀色越しに見つめる姿が、偶像ではないことを確かめるようにすぐに振り向いて、お待たせ、と笑った。
揃ってお店を出て、ゆっくりと歩く。そのうち、どちらからともなく通りすがったどこかのブランドの洋服店を見て、いつもの会話を再開した。何にも変わっていないようだった。趣味の合うものを見て、一緒にはしゃいで、見つめ合ってお喋りするだけ。それがすごく特別な気が、一瞬だけ、した。
駅まで着いて、別れる改札口でまたお礼を言って別れる。寂しいのも、別れがたいのも、毎度のとおりだった。
帰って、見違えるような気がする部屋のなかの一角の、ピアノの上へ手を伸ばす。




