31/50
ⅩⅩⅩⅠ
「夕?」
ノックの後、おそるおそる呼びかけてみる。返事はない。今までも何度か名前を呼んで、この扉にもたれ掛かって過ごしたことはあったけれど、そのときにも返事はなかった。聞こえていないのかもしれない。だけど、今はこの部屋の鍵が。きっと合うはずの、鍵が、私の手にある。どうしよう、と少し考えて、怒られてもいい、会いたい、という気持ちが確かにあることを自覚して、決める。ノートのやりとりも、慮って気遣うのも、嫌ではないけれど。あなたは、今のままがいちばんいいと思っているかもしれないけれど。翳と光のように代わるのでなくて、私はちゃんと、あなたと出逢いたいの。
指を開いて、そっと鍵を握り直す。鍵穴へ向けてまっすぐに差し込む。鍵はすっと通って、先がぶつかった。くるり、と拍子抜けするほど軽く回ると、錠が外れる音がする。
あのね、夕。
やっぱり今日のことはあちらのノートには上手く書けなかったから、きちんと会って、話したいの。向き合いたいの。向き合って、聞いて欲しい。話して欲しい。奈緒が私に言ってくれたみたいに、私も、あなたと。
ドアノブに手をかけ、金具の冷たさを感じながら、意を決して勢いよく扉を引いた。




