Ⅲ
ここは透明な空虚で、広くも、狭くもなかった。見渡せるほど広がってはいなくて、だけど身動きが取れないほどの狭さでもなくって、丁度いい、居場所だった。だけど何もない。綺麗に何も無くて、私が一人で立っているだけ。目に入るのは、あの子の隠れるブリキの扉だけで、家具も何も、具体的なものは何もない場所だった。これから埋めていかなくてはいけないと思った。だって、あまりにも透明すぎて拠り所すらなくてつまらない。私自身、何も知らなくて真っ白だった。色を付けて、なにか特別できらきらとしてもので埋め尽くしたらいいと思った。例えば、アンティーク調のテーブルや猫脚のそれとか、凝ったレースの刺繍とか、薔薇や苺の柄のテーブルクロスや絨毯とか。とにかく、うつくしくて可愛いものに満ち満つ場所にしたかった。それから、壁紙。ここはすごく淡々とした、流動的で機械的な空気だけが漂うから、目に入る周りの柄をどうにかしたかった。そうすれば、あの子もあの扉を開けて、出てきてくれるような気がした。
綺麗なものは正義だから。整って、完璧であるものは正しい。確信的に私はそれを知っていて、心からそうなのだと信じている。だから、正しいものでここを彩って飾って整えたら、あの子も安心してここまで来られる。あの扉の鍵を解いて歩いてきてくれる。そんな気がした。でも、私はどうしてあの子に、ここまで来てほしいのだろう。あの部屋にいてぬくぬくとしている方が、あの子にとっては良いのかもしれない。また、よく分からなかった。これも知らないことだった。ただ、少し考えて、何となく、私はあの子に会いたいのかもしれない、と思った。扉一枚を隔ててではなくて、きちんと相対して、出逢いたいのかもしれない。何の為かは知らない。もしかして、理由なんてないのかも。ただ、私は、この場所を、少しでもあの部屋と同じように温かな所にしたかった。