Ⅱ
あの子はいつもひとりだった。
ひとりきりで、背をまっすぐにして、気丈に居た。強く居た。そう思う。壁の向こうでそんな物音がして、なんとなく、そう思ったの。とにかく強く在らんと、騎士のように戦っている。血を流して生きている。必死に、必死に。すごいなあ、と、ぼうっと感じて、呆けるように自分の表情が崩れるのが分かる。あの子を思うといつもそう。強張って雫を零し続ける瞳が、自然と緩く、細まるの。不思議で温かくて、泣きやまなきゃと思えた。
あの子が血を流すぶん、あたしの何か……くぐもった感情や声に文字に出せない痛みと苦しみが、解け流れ出ていくようだった。あたしはそれらを抱いている間中ずっと泣くほかになかったから、あたしが泣く代わりにあの子が痛みを食み代わってくれているのだと思った。あたしの代わりに、全ての苦しみを、背負って。これはきっと確かなことだったと思うけれど、彼女は叫び声さえ上げず、じっと耐えては撥ねつけるようにまた、立ち上がった。そんなもの感じない、何も怖くないとでもいうように。あたしはそんなあの子を尊敬して、愛して、すごく大事だと思って、ただ泣き止んで微笑むことだけをしていたの。それが彼女の望むところだと感じたから。
時どき、あたしの近くの壁に、寄り掛かるような軽い音がした。
あの子だ、と思って、あたしもそっと寄り添う。何かが通じているみたいに恐怖がなくなる。安心する。何にも怖くなくて、泣く理由が消えて、微笑むことができる。あたしが微笑えるのは、ぜんぶあの子のおかげだった。