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ⅩⅡ
いつも通りピアノを拭こうとして、楽譜の隣に見慣れないノートがあることに気がついた。白くて、デフォルメされたさくらんぼの絵がいくつか描いてある。手に取って開くと、ゆらゆらとした字で、二行の手紙が書いてあった。夕、とあるのは夕が書いたものなのだろうし、ノートの好みから見てもそれは確かな気がした。小さくて、渾身で書いたような字だった。夕の字は初めて見た。というより、こうして接触をしたのは初めてだった。いつも、扉の向こうでうずくまっているあの子しか知らない。泣いているはずのあの子しか知らない。
「夕へ
どう致しまして。喜んでもらえて、私も嬉しい。月」
周りの棚や引き出しを片端から開いて、ペンを探した。ピアノから遠くの焦げ茶色の棚からやっと見つけて書きつけておく。
会えたわけではないけれど。面と向かえたわけではないけれど。
それでもやっぱり、嬉しい気がした。
せめてこれを書くときだけはきっと泣いていなかったでしょう。
少しは役に立てているかしら、と考えた。




