Ⅰ
あの子はいつも泣いていた。
何かをひどく怖がって、扉一枚を隔てた温かい部屋に……暗い部屋に閉じこもって、ただ梅雨時期の雨のようにひたすらに涙して隠れていた。泣き声すら聞こえない。ときどき、必死に生き繋ぐようにすう、はあ、と深呼吸をする音がするだけ。どんなに耳を澄ましても、扉に寄り添って中を窺っても、それだけしか分からなかった。泣いて、隠れて、それでも一生懸命に生き残ろうと、している。私にはあの子のことはよく分からなかった。どうして隠れているのか、どうして泣いているのか、知らなかった。知りたいと思っていた。そうすれば、自分がどうしてここにいるのか、分かる気がした。
私は気がついたらもうこの扉の前にいたので、自分がどうやってここにたどりついたのか知らなかった。知らないことばかり。分からないこと、ばかり。たくさんのことを学ばないといけない、と思って、気が張れた。頑張らないといけないと思った。とにかく頑張らないといけない、と。強迫観念みたいに何かをしなくちゃいけない気持ちがあって、どんな状況でも頭を回してどうにかこの場所を……この扉のある空間を壊されないようにしなくちゃならなかった。この場所が壊されるのは堪らない気がした。どうして?それは、知らなかったけれど、もしかしたらそれが私が今ここに居る理由なのかもしれなかった。
空虚にブリキの薄い扉、ひとつに、ちいさなあの子。
弱い弱い、私しか存在に気づいていない、今にも消えてしまいそうな、かわいそうなあの子。
私が守らなくては。
最初にそう誓って、それから私はずっと、この場所に立っている。