誰か私を殺してください。
残酷な表記、いじめ、グロッキーな場面を思わせるところがあります。
気分を害されるかもしれません。そして無駄に長いです。
多分ちょっとだけ続きます。
これは少し前から繰り返される過去と現在の話。
とある夢を見た純粋でそれ故に残酷な少女が一人いた。
少女は無知で哀れだった。何故なら自分の浅はかな夢物語の最終がこのような結末になるとは思っていなかったのだから。
「――誰か私を殺してください。」
そう、はっきりと言われた言葉の重みを、自らが犯した罪を、少女が気付いたのは全てが終わった時だった。
◇*◇*◇
それは唐突だった。
本当に、何の前触れもなく、理不尽に始まった。
「悪女」
そう私が言われ初めてから実に7回目の春が学校に訪れた。
“悪女”と名高い私はこの桜で彩られた校舎に足を踏み入れる。
「…うわっ、今日も性懲りもなく来たよあの悪女」
「一体どんな神経してんだか」
「つかいい加減死ねばいいのに」
右から、左から、もしくは前から後ろから嫌悪と侮蔑に悪意といった様々な不愉快過ぎる視線とヒソヒソとだが態と聞こえるくらいの声量で男女関係無く生徒達が私を罵る。
そんなものを私は気にすることなく下駄箱に真っ直ぐ向かえば目的地は相変わらずの有り様だった。
――今日は生ゴミオンリーか、よくこれだけの量集めれたよね。
他人事のように考えながら私はいつものようにスクール鞄から上履きの入った袋を取り出しスニーカーから室内用の上履きに履き替えその袋にスニーカーを雑に突っ込む。
さて、このまま下駄箱放置と言うのも手だが、それでは後々私が事情すら聞こうともしないふざけた教師や担任に理不尽な叱りを受けるのが流れだろう。
…ハア、面倒だと溜め息を吐きながらこれまた常備している使い捨てのマスクを装備、使い捨て手袋をはめサッサと作業に取り掛かる。
まずは中にある生ゴミをこれも常備しているごみ袋に入れ消毒液付のティッシュで簡単に拭き取りマスクと手袋も入れて口を縛った。今日の下駄箱が生ゴミで装飾されているということは多分教室の机もそうなんだろうなって歩き出したら
グシャリ、パシャあ
ウゲッ、なんか踏んだと思い足元を見るとそこにも腐りかけたなんかの生ゴミが。えっ?よくここに生ゴミ置けたな。
取り敢えずティッシュを何枚か出して拭き取る。ついでに床のやつも、うん私ってば良い子!なんて自画自賛してたら前から聞きたくないけど聞きなれた可愛らしい「きゃあっ!」叫び声が聞こえきた。
「……おはよう、天龍寺さん」
「ひっ…!い、イヤァッ」
おいおい人が挨拶してるのにそれはないよ天龍寺さん。
そんな天龍寺さんの叫び声を聞き付けてバタバタと駆け付けてくるのはこれまたウンザリする程見慣れてしまったイケメンな騎士様達。
騎士は数にして5人。その5人に隠され守られるように姿を隠した少女、天龍寺永久はさながらゲームの中のヒロインなんだろうなぁとボケーって私は見ていた。
そんな間抜けな顔をしているであろう私を親の仇でも見るかのような殺意を込めて見つめ、というか睨みながら有ること無いこと罵詈雑言を浴びせる5人のイケメン。
それに便乗して囃し立てる他の生徒達。
彼等は知らない。
知る筈もないだろうし、これからも知ることはないのだろう。
そうやって後生大事に守っている自分達のお姫様が自分達の背後で、この状況下で、“自分を虐めている”という奴の前で、あんな優越感と恍惚と何かを噛み締めるように醜く下卑た笑顔を浮かべていることを。
私、吉田凉が“悪女”と呼ばれるようになったのは7回前の高校3年の春だった。
始まりは本当に唐突で、初め私すら理由が分からなかった。
でもその理由はあまりにも理不尽でふざけたものだった。
「お前が永久を悲しめてたのかよ、…こんな奴をダチだって思って俺が嫌になる」
新学期に入って7日でそう言ってきたのは入学当初からそれなりに仲良く友人として付き合ってきた男友達で金髪ピアスの不良、浅間龍だった。
「……ん?とわ?え、誰それ?」
「ふざけんな、しらばくれってんじゃねぇよっ!新学期に編入してきた永久が俺と仲良くなったから永久に汚ねぇ嫉妬で嫌がらせしてたんだろうが!!」
「いや、だから、それしらな―」
「この悪女が!!」
「………は?」
そう、いきなり私を罵ったのは身長140cmくらいで現実ではあり得ない桜色の髪と瞳のとても小柄な小さい少女だった。
これが私が直に“悪女”と言われ始めた切っ掛けでありヒロインな天龍寺永久と出会いである。
この日を境に何故か私が会ったこともなかった天龍寺さんを虐めていた犯人として学校中に広まり、何故かそれを鵜呑みした担任に教師、果ては友人達まで私を“悪女”と言い攻めてきた。
何で私が“悪女”と呼ばれなければいけないの?
おかしいのは“悪女”って言ってきたあっちじゃないか!そう1度担任や友人の前で弁明すれば「嘘を言うな」と逆にまた攻められた。
だって、私は3年で彼女は2年生だ。だって彼女が身に付けているタイの色が2年生ということを証明する赤色なのだから。私達3年は緑、1年は青、そしてさっき言った通りの赤。
しかも彼女はこの新学期に編入してきたと浅間本人が言ったのだ。新学期に編入してきただよ?そんな編入したての彼女のことなんか私は本気で知らないし興味すらないのに、なんで私が“悪女”と呼ばれなければいけないの?
そうやって私は訴えたのにも関わらず誰にも聞き入れて貰えなかった。
唯一、私の話を最後まで信じてくれたのは今年高校に入学する双子の弟2人だった。残念なことに私達姉弟は親を震災で亡くした震災孤児というもので、引き取り手が見付からない場合は成人まで施設で暮らすことを決められた身であった。
そんな私達を本当の家族として接してくれる施設の優しい施設長や皆にはこのことが話せないでいた。
話したら優しい施設長のことだから学校を転校させてくれるだろう。だけどそんなお金の負担を掛けたくもないし心配を極力掛けたくもなかった私は黙っていた。
でも弟2人はそんな私の様子に一速く気付いて支えになってくれた。
でも、
「ごめんね、支えてもらってたのに、助けてもらってたのに、こんな弱いお姉ちゃんでごめんね。
施設長ごめんなさい、何も言わず勝手に1人で逃げてごめんなさい、凉志 凉季、あなた達を置いて逝く身勝手なお姉ちゃんでごめんなさい」
真っ白なノートにシャーペンで泣きながら書いた遺書を部屋に広げて、私は自殺した。
施設の皆が後片付けで苦労しないように部屋の中の物を綺麗に整頓して、私は首吊り自殺をした。
そして、私は死んで、私はまだ生きている。
正しくは何度死んでも、またこの春に戻ってくるのだ。
いろんな死に方をした。
最初が施設の部屋で首吊り自殺、次に校舎の屋上から飛び降り自殺、3回目は睡眠薬を大量に飲んで自殺、4回目は帰り道に車に引かれてみた、5回目は両手首を切って、6回目はこれまたまさかの彼女の騎士達に追い詰められ自棄になって奴等の目の前で硝子を割って首をカッ切ってやった。
だけど何故かこうして私はまた春の校舎へと足を踏み入れる。
そして、私は7回目の春を迎える。春の始まりは全て違った。
最初は浅間と彼女。
2回目は泣く彼女と同学年で生徒会長の二宮竜夜。
3回目は同学年で1回も話したことがない辰前麻紀と怪我した彼女。
4回目は彼女と同学年で私の後輩で同じ委員会で仲が良かった筈の井藤雅くんとボロボロになった教材を抱えている彼女。
5回目は全く関わりすらなかった1年生の鋪村桐生と彼の後ろで醜い顔して怯える振りをした彼女。
6回目は教師、というか校長先生とか数人引き連れて来た彼女と。
7回目の今はそろそろ来るんじゃないかなと思っていた通りの彼女単体で来た。
単体で私の前に現れた彼女はそれはそれは綺麗な笑顔で私に言ったんだ。
「悪役の分際でここまで頑張ってくれてありがとう、“悪女”さん?
お陰でようやく待ち望んだ逆ハーが成立するのだから!ああ、長かったわ!悪役でモブのアンタのお陰でやっと皆攻略出来るんだもの!でもアンタさぁリセットするタイミングいまいちなのよ、ふざけないで頂戴」
笑顔で、吐き気が込み上げるくらいの嫌悪感が私を襲った。
あくやく?
まちのぞんだ?
ぎゃくはー?
もぶ?
こうりゃく?
りせっと?
そんなよく分からない単語の為だけに私は何回も死ぬしか逃げ道がないくらいに追い詰められてこの生き地獄を味わっているの?
やっぱり天龍寺さんが関わっていたんだ?
意味が分からない。
そう質問しようとしたら彼女は自分の左手首をカッターで切って気持ち悪い叫びを渡り廊下で響かせた。
そうして、この7回目の春の物語は現在下駄箱で生ゴミの入ったごみ袋片手に罵詈雑言を浴びせられている場面に戻る。
彼らからしたら真実を知らないから思い込みと彼女の絶対的な言葉を信じて私が彼女をカッターで切りつけたって信じてるんだろう。
左から辰前麻紀、井藤くん、二宮会長、鋪村桐生、浅間が天龍寺さんの前に並ぶ。
これが彼女が待ち望んでいた“ぎゃくはー”なんだろうか?
悪役から危険な目に遭う1人のお姫様を守る騎士達とかどこの乙女ゲームだよ。
……乙女ゲーム。
あ、ああ、そっか、そっかそういうことか。
そういうことだったんだ。
「あなたにとってこれはゲームだったんだね。」
天龍寺さんがこのゲームのヒロインで、気に入った人を攻略して気に入らなかったらニューゲームを繰り返す。そのゲームで私が彼女の望みを叶えるためだけに選ばれた悪役って言う名の捨てキャラなんだ。
嗚呼、ヤダな。
なんで繰り返すのか分からない。
でもね、でもね、全部共通点があるんだ。
全部自殺なんだもん。
そっか、そう思うとある意味このループから抜け出すことって簡単だったのかもしれない。
「ねぇねぇいきなりどーしたの悪女」
明るい声で“悪女”と私を呼ぶ鋪村桐生。
「それは永久さんに対する侮辱ですね」
お菓子を分け合ったりするくらい仲が良かった井藤くん。
「なんでお前のような愚図がこの学校に平気で顔を出せるんだ」
話したことなかったけど昔は尊敬していた二宮会長。
「お前みたいな奴が存在する価値もないじゃん、さっさと死ねば?」
実は席が隣同士で1度だけ会話したことがあった辰前麻紀。
「言いてぇことがあるなら言えよ?誰もお前のことなんか信じてねぇけどな」
高校に入学して初めて出来た友達だった浅間。
私を取り囲む元友人や知らない生徒達。
―嗚呼、もうヤダな。
もう疲れたよ。
凉志、凉季、何度も助けられては何度も逃げる(死ぬ)お姉ちゃんをどうか許さないで。
これで、これで終わらせるから。
――お願いします。
私は4回目の春から枯れて流れなくなっていた涙を流しながら彼女に、彼らに、懇願する。
「――誰か私を殺してください。」
―――イィよ、終わらせてあげる。
心の底から吐き出したその言葉に誰か知らない声が返事をしてくれた、ような気がしたと同時に私に影が差す。
…あ、下駄箱が倒れてきてる。
角度的におかしな倒れ方だけど、周りの皆が青ざめた顔をしてなんか「逃げろ」とか浅間なんか「避けろ」とか今さらふざけたこと言ってるけど、
「これで、やっと終わるんだ」
ちらりと見た天龍寺さんの顔は驚きと恐怖で染まっていた。
ねえ、天龍寺さん、今さらそんな顔しないでよ。
今さら私に手を伸ばさないでよ。
今さら泣きそうな顔しないでよ、泣きたかったのは私なんだから。
「ま、まって!ちがう、違うこんなっおわ、終わり方なんてなかっ――!!」
違わないよね?
だって、
「これがあなたが待ち望んだ最終の結末なんでしょ?」
がっしゃぁぁんがちゃ、ぐちゃりっっっ
多分私は最後笑っていた。