相互理解
海戦が発生するに足る情報、それが日英両艦隊にもたらされたのは英国が2日先んじていた。彼らは彼らが持つ偵察機や長距離哨戒機、そして潜水艦と多数の手段を保有しており、それを投入することにためらう必要もなかった。
会敵の為にスリランカ島方面へ南下する日本艦隊を捉えた英艦隊は、オーストラリア方面からやってきたヴィクトリアスらフォース63と合流したうえでフリーマントル沖を北上、日本艦隊の退路を断つべく行動したのに対し、日本側は龍驤搭載機、加古・衣笠搭載の水偵による索敵を実施したが、偵察が成功する針路の機はRDFによる管制を受けた迎撃機により撃墜されており、なおかつ奇襲に成功した彼らは敵機による攻撃を受けたという無電を打つこともなくその消息を絶った
そんな日本艦隊に英艦隊の所在を伝えたのは、前日にヴィクトリアスに続いて主力の発見こそしたものの、用心を兼ねて一日潜伏したのちに第一報を入れたアミラリオ・カーニからの電文であった。これをもって日本艦隊は自分たちの退路が断たれつつあることを知り、反転、会敵するであろう海域へと針路を取った。カーニからの電文は艦隊の所在だけであり編成までは入っておらず、索敵範囲を狭めての二段索敵を行うに当たり、そのほとんどの機が敵機の急襲を示す電信ののちに消息を絶ったことから所在を確信したからである。この時点で龍驤搭載の九七式艦攻は残存2機にまで減少し、加古・衣笠の水偵は1機を除き全損、その1機も収容時間を惜しみ、廃棄せざるを得なくなっていた。
ニコバル諸島沖 遣印艦隊、旗艦・扶桑
『これ以上の索敵は不可能だな』
その報告を受けて、高須は息を吐いた。
『これ以上は砲戦での弾着観測にも影響を与えます』
参謀が頷く。水偵自体は扶桑も山城も最低限の機を搭載している、しかしそれを出す余裕は全くなかった。
『戦訓として護衛機か専用の高速機が絶対となるな・・・彩雲、いや、二式艦偵でもあれば違っただろうが・・・』
こうも撃墜されてしまうとは
『ともかく、念の入りようも問題だな。そのせいで位置が暴露されては元も子もない』
『はい、それに向こうはお喋りなところもありますな』
無線封止状態であるべき艦隊行動であるが、管制を行っての指示を行うとなるとそうもいかない。遣印艦隊は通商破壊を長らく行なっていたこともあって、その面に関しては熟達の域に達していた。種明かしをすれば、この艦隊と行動を伴にできないでインド洋にある仮装巡洋艦を利用しての3点測量を実施したものである。彼女らもまた、水上艦による通商破壊など時代遅れであると第6艦隊より飼い殺しにされていた口である
『しかし、よく敵も考えたものです。後方からの奇襲を企てるとは』
『基地空の支援を受けられる範囲での会敵であろうと判断した私の誤断だな。そこまで積極的とはさすがはロイヤルネイヴィー』
こちらの戦力より新型戦艦とはいえ劣勢となるであろうに
『だがこれで、敵の航空隊は敵空母の航空隊のみを考えればよくなった。それならこちらの龍驤1隻でもいくらかは戦いようがある。』
やはり、戦はやってみなければ分からぬものだな、と高須は頷く。このような好機が訪れようとは
『艦長、艦隊の警戒を厳に、見張りを今より増やせ。予測からして、敵が反転せぬ場合はこれより数刻もせぬうちに会敵する。11駆、12駆の両駆逐隊も手はず通り展開、前進せよ』
やるべきことはした。僥倖にも、イタリア海軍の潜水艦が連絡を呉れもした。あとは往くのみ
『ハッ!見張りを増やします!』
『艦長、おそらく扶桑、山城ともに最後の見せ場だ、存分に振り回してやってくれ』
その高須の言葉に、艦長は笑ってこう返した
『敵が英国の新鋭戦艦ならば、相手にとって不足なしです。たとえ刺し違えてでもお釣りがきます。それに、前回は第六戦隊、いえ、天龍と古鷹にだけ戦争をさせたようなものです。その借りは返してやらねば。これは、絶好の機会です』
決戦の機は高まりつつあり、そして、我が方に流れつつあり!それが、遣印艦隊の意識であった
同刻 タクスフォース62 旗艦・ハウ
『かくして勇者は死地へと赴けり、か』
フレーザーはカップを従兵に渡して呟いた。
『上手く誘導できた、と見てよろしいかと。さすがは』
『まあ、ノールカップのシャルンホルストよりかはずっと好戦的だからね』
退路を絶とうとすれば、それを阻止すべく動きを取ることは目に見えていた。これがドイツ海軍のように逃走・・・この場合はベンガル湾方面に逃げられるとどうしようもないのだが、まあ、時間は我々にとっては味方というのが幸いして上手く働いている
『問題は、彼らは単独でなく優れた狼の群れであるということだ。たとえこちらに対する認識が間違っていようとも、だ』
『ノールカップのように巡洋艦以下を別動させますか?』
それで襲撃させる、あるいは対応をさせて隊を分けさせる
『いや。敵にとっては自軍の戦力が下がるということがどういうことなのかは理解しているだろう。損害の増える分派は採るまい。ならば、各個撃破の原因となる。選択肢としてはよくないな』
それに、アンソンの風評がまた悪化する。これ以上は艦隊運営にあっても問題を出しかねない。アンソンは先頭、これだけは変えれん
『ヴィクトリアスにもっと飛行隊があればな』
航空攻撃も多少は視野に入れられたのだが
『現在の航空隊での攻撃も考えなくもないですが、機数に問題がありますな』
使えて10機未満では効果が薄すぎる。
『物事は万全にとはいかないものだね』
嘆息する。敵は古馴染の旧式とは言えど戦艦2隻、こちらも戦艦2隻、戦場に引きずり出すことでその補給・補充能力の差から大きな損傷を与えるだけでも勝ちが確定とは言え、どんな被害を被るかは終わってみるまでわかりはしない。そして常に万端とはいかない
『ともかく、敵対姿勢で間違いが無いようにするしかあるまいな。頭を抑えて引きずり回す。これしかあるまい』
彼らの艦はどれもQE級と同じか、よりも速いので油断はできぬが。しかし・・・
『艦の風評はともかくとして、アンソンのアシュリー艦長の手腕は定評があります。戦意の維持方向が多少ほかの艦と異なっただけで、これまでの東洋艦隊に於いて良く耐え、行動してきた人物です』
先頭の艦となれば、艦隊行動の要となる。そこを不安に思われては困る、と。参謀がフレーザーに釘を刺す。まあ、英海軍の栄光ある戦艦の艦長として任ぜられるだけの人物であるはずではあるのだ。そういえばこの参謀は元から東洋艦隊の出だったな
『信頼できます』
『ふむ・・・』
そこまで言うのであれば問題なかろう。現場を疑いすぎるのも士気の低下を引き起こす。
『では、今度は音に聞くトーゴーの息子らの手腕を存分に見せてもらおうとするか』
こちらの仕掛けた陥穽に落ちたと気づいたとき、どう反応する日本人
『たっぷりと14inの授業料を払わねばな』
TF62は単縦陣を維持しながら北上する。そこに彼らが・・・・彼女らがいる。インド洋に於ける刹那の覇権を賭けた戦いに備えて
第11駆逐隊、吹雪
『夜戦ができぬのは心苦しいな』
いささか不愉快そうに隊司令の荘司大佐は空を睨んだ。先だって第3水雷戦隊の旗艦であった川内艦長の任を解かれ、遣印艦隊には配属されたばかりであった
『・・・・(それに、軽巡がいないからと言って、戦艦が全ての船頭を取るのは間違っとる)』
現在の陣形は音叉のような陣形、柄の部分が主力の4隻(扶桑・山城・衣笠・加古)で五千m離れての音叉の先が、それぞれ第11駆逐隊と第12駆逐隊で、深雪の欠員でどうしても隻数の少ない第11駆逐隊は左舷側に配置されていた。敵側に一番近いのは叢雲らの右舷側となる。荘司の不満はここにあった
『水雷戦隊として活用できんのは悔しいのう』
独立した戦闘がしにくい。水雷戦隊ならば、嚮導の軽巡が主力にそれほど伺いを立てずに突っ込むことが出来ようが、今回の場合は扶桑の司令部に一括指揮されることになっている。自由度が低いと考えてしまうのも無理はないだろう
『軽巡の1隻でもまだあれば・・・・』
その荘司の苦虫を噛み潰したような言葉に、既に戦闘配置についている吹雪の乗員たちは顔を歪める。軽巡は居た、確かにいたのだ。元々配属されていた球磨級3隻(彼女らは各地を結ぶ輸送路の船団旗艦としてそれぞれ重宝されており、急いでペナンに向かっても、とても間に合わない距離に存在していた)ではなく・・・
『司令、今度は我々がその軽巡。天龍の代わりに敵戦艦を沈めてみせるだけです』
『艦長・・・・そうか、そうだったな、すまん』
結果的に古鷹、そして天龍を置き去りに第11駆逐隊は戦線を離脱したのだ。故に、この戦いでは刺し違えてでも天龍の敵を取る。それが、第11駆逐隊の乗員たちの間での誓いのようなものだった
『いえ、とはいえこの配置は確かに我々にとって屈辱です』
対潜水艦警戒も兼ねている。両舷を固めるのはセオリーだ、だが・・・!だが!明らかに接敵が発生するであろう状態でこの配置を行うのは、また除け者か!と思わざるをえない。艦隊司令部はいったい誰が一番暴れたいのかわかってらっしゃらない!
『うむ・・・・うむ・・・』
その言葉に頷く荘司。そうだ、彼らの気持ちは十分以上にわかる。
『君たちの思いはよくわかっておる。無下にはせん、必ずな』
機会は、そう、機会はあるはずだ。それまで・・・
『叢雲より打電!敵艦隊発見!距離、210(フタヒトマル、2万1千m)数、敵戦艦・・・・2!』
『なんだと!?』
扶桑
『そんな馬鹿な!!!』
参謀がありえない!と吐き捨てた
『水偵発艦、龍驤にも知らせ、直掩を出させよ。砲撃戦用意。それで敵の陣容ははっきりしよう』
『長官!』
高須は努めて冷静に応えた
『誤認だろうがなんだろうが、戦闘は始まる。まずはそれに備えたまえ』
『は、はっ!』
動き出した司令部、そして艦の乗員たちに気付かれぬよう嘆息する。そうか、既に敵戦艦は2隻となっていたのだな。故に、敵は積極策に打って出た。嵌められたのは我々の方だったというわけだ
『叢雲より追信!敵艦隊は本艦隊の前方に既に推移しつつあり!』
『頭を取られたな』
典型的なT字不利。既に舵を切っているということはこちらの存在をもっと前から把握していたということだな
『やれやれ、敵側にも東郷元帥の信望者がいるようだ』
ここまで完璧に決められると笑いたくもなる
ポン!
重苦しい雰囲気にはそぐわない軽い音と共に、観測機が射出される。
『長官、このままT字を受けるのはなりません!反航戦に持ち込むべきです!』
日本海海戦とは時代も場所も違う、相対速度からして離脱できる
『ならん!同航戦に持ち込む!』
その言葉に高須は怒気を浮かべて応えた
『し、しかし・・・!』
『反航、よかろう!しかし優速かつ火力に勝る敵に背後から好きなように撃たれて良いのならな!』
元々接敵されてからは逃げられない。そう、逃げられはしないのだ。いづれ詰められて首を取られてそれで終わりだ
『艦隊陣形を考えてみよ、反航の為に面舵を取れば11駆を前に出すことになり、12駆は遊兵となる。最悪手だ!艦長、取舵だ、同航戦になんとしても持ち込む!12駆は本隊に後続せよと連絡!11駆は進路を北に、それに我々は続航する!』
『ようそろ、とりーかーじ!』
よし、艦の動かし方自体は艦長が上手くやってくれるだろう
『ですが!敵が優速であればこそ、我々は回頭を続けざるを得なくなるのでは?』
参謀も最悪手と言われては食い下がらずをえない。そうなれば、射撃精度なんて得られはしない。直進は射撃に絶対必要不可欠な代物だ。離脱してしまう方がマシだと思えたのだ
『敵艦が優速なればこそだ』
『は?』
あまり褒められたものではないが、この参謀の言葉はいい合いの手だ、答えることで兵も落ち着こう
『敵が優速なればその行き脚(運動エネルギー)は大きく、こちらにあわせて回頭した場合は制動にこれを食われる。そこに付け目がある。同航に持ち込めば、こちらも魚雷も使えようよ』
運動中の敵に魚雷は使えない。それにこれも、実のところ敵の旋回能力が高ければ頭を取られ続ける話ではあるが、それでもこちらの旋回能力と競える分、反航よりかはずっとマシな選択であった。
『な、なるほど・・・・』
『・・・・・』
納得したらしい参謀を無視して、敵がいるであろう海域に目を向ける。そして、そう。敵がこちらを撃っている限りは命中率の関係上拘束できる。その間であれば重巡以下は逃げ切れるかもしれない。そこに賭けるしかないのだ。
『11駆隊何をしている!』
見張りが声を上げた
『どうした!』
『第11駆逐隊、突撃を開始いたしました!』
高須は絶句した
ハウ
時は少し遡る
『そうだ、それが採りうるべきもっともな回答だ』
RDFで先に敵艦隊を察知したフレーザーは、頭を抑えるべく艦隊を動かし、その目論見はほぼ達成されていた。その行動に対して敵艦隊は同航戦を選ぶという回答を寄越してきた。北岬沖海戦では、シャルンホルストは逃げ回るばかりだったのに対して実に対照的だとも言える
『敵艦隊との距離、2万五千を切ります!』
見張りの叫びに、フレーザーは頷く
『頃合だな。攻撃開始、アンソンにも伝えよ』
『アイ!諸元はアンソンが敵戦艦の1番艦、本艦は二番艦を、巡洋艦以下は最寄の敵を撃つそうです』
艦長がそれに応える。巡洋艦以下のことに答えるのも、通信を受けてのことだ
『大変結構』
巡洋艦はギリギリ敵の巡洋艦には主砲が届かない。だが、遊ばせておく必要もない
『オープンファイア!(撃ち方始め!)』
既に旋回を終えていた砲塔がその砲身を掲げて仰角をとり、微調整、そして
ドドドドドドドドドド!!!!
まるで海底火山の噴火のような雄叫びをあげて14in砲弾を撃ち放つ、アンソンやハウだけでなく、付き従うセイロンやグラスゴーもそれぞれの目標に向けてその凶器を抜き放つ
『いいね、なんだかんだ言ってもこれが海軍だよ』
そういうフレーザーに艦橋のスタッフは微笑む。うちの御大将は余裕だ。これなら勝てるだろう
『さあ、あとは勝つだけだ。たゆまず進もうではないか』
『グラスゴー、敵艦に初弾夾叉!』
艦橋がざわつく。初弾で夾叉だと!?
『ほう、インド洋での最古参。流石だね』
グラスゴー、あの時紳士にあらずとかばった艦か。いいね、いい感じだ
『負けてられないぞ艦長、このハウのいいところを見せてくれ』
『アイ、只今』
そしてハウもまた5斉射目で山城への夾叉を成功させる。この時点で発見から回頭まで7分。ニコバル諸島沖海戦は、未だ開始されたばかりのことであった。
感想・ご意見等お待ちしております
今回は位置をプロッティングしつつ海戦を実施しております。命中も一応ダイス振っております
叢雲発見時
叢雲→アンソン間21,000m
扶桑→アンソン間27,000m
吹雪→アンソン間24,000m
+3分回頭開始
叢雲→同上17,500m
扶桑→同上25,000m
吹雪→同上21,000m
+1分先頭艦回頭終了 英艦隊Open Firing
叢雲→同上20,000m セイロン→白雲 グラスゴー→磯波
扶桑→同上22,500m アンソン→扶桑 ハウ→山城
吹雪→同上20,000m
+3分扶桑ら第2戦隊同航開始
叢雲→同上20,000m
扶桑→同上22,500m
吹雪→同上17,500m
それぞれ
発見時遣印艦隊 20kn TF62 26kn
接敵後駆逐隊は増速30kn
ここまで七分、未だ遣印艦隊発砲できず。
第三射にて初弾夾叉を受けた第12駆隊3番艦、磯波被弾
おおよそ英艦隊の弾着が47秒から50秒の間なので、それぞれおおよそ1分につき1斉発換算です。