挺身攻撃
海戦が発生するには、当然ともいうべき一つの条件がある。それはどちらかが相手を発見し、その所在を掴むというプロセスだ、そのプロセスを経た上で、海戦に挑むかどうかの可否が問われる。
まず、日英両軍にとっての初手は同じようなものであった。港から大型艦が消えたことは、それぞれの土着民のシンパから伝えられたそれぞれの連絡員が、ありとあらゆる手段をもってそれをしかるべきところに提出することで成し遂げられた。こればかりは孤島や、本国からの出撃でもない限り秘匿は難しい。問題は、そう・・・この後である
第11航空戦隊、龍驤
『これはなんのつもりだ・・・!』
一番対潜警戒を現とすべき海峡部を抜けた後、飛行長が持ってきた嘆願書に、戦隊司令を兼ねる艦長は絶句する。
『これが龍驤零戦隊全員の意向です』
もう一度嘆願書に目を通す。零戦隊による体当たり攻撃の実施。体当たり、体当たりだと!?
『艦隊の置かれた現状からして、勝利のためには我々の一死必中の攻撃こそが必要不可欠かと』
『零戦の積める爆弾なぞたかがしれている!打撃力であれば九七式の雷撃、あるいは水平爆撃の方がよほど効果がある!』
とてもじゃないが、大型艦には戦局を覆すほどの損傷を与えられるとは思わなかった
『本艦の搭載定数は零戦24機、艦攻9機、索敵に使用することを考えれば彼らにその任は果たし得ません』
二段索敵を実施すれば、むしろ足らない
『そして命中にも難があります。ここは是非』
雷撃も、そして水平爆撃は特に命中が難しい、絶対の命中を期さねば何の意味もない、そしてそれができるのは体当たり他、無い
『ならん!貴官らは敵空母からの攻撃機および戦闘機を排除し、こちら側の弾着観測を優位にならしむるのが本分!このような嘆願など受け入れられぬ!これは統率の外道だ!儂は認めん!絶対に認めんからな!』
だだをこねるように否定する司令に苦笑しつつ飛行長は続ける
『司令。弾着観測を優位ならしめても、戦艦の能力に於いてこれに劣る以上、本隊が勝利を得るにはそれが必要なのです・・・・』
『こっちとしても認められませんな』
後ろから声をかけられる。ち、誰がよんだのか
『整備長』
『俺たちはあんたらが戦果を挙げて帰ってくる為に整備をしてるんだ、一死必中?糞くらえだ。それにだ、零戦に爆弾積むのが誰かわかっての話だろうね。え?爆弾なしで突っ込んだって、効果なんぞほとんどないぞ』
『艦橋に飛び込めば意味はあります。』
整備長は顔を横に振る。年かさでは整備長の方がずっと上だ。凄みがある
『お前さん、うちとこの戦艦だって、昼戦艦橋、夜戦艦橋、砲戦指揮の阻害ならトップの主砲指揮所、予備指揮所、撃つだけなら砲塔からの照準でもできらぁ。それにぶつかったからって必ずしも中の奴が死ぬと決まったわけでもねぇ』
それこそ、ビスマルク追撃戦におけるプリンス・オブ・ウェールズはどうであったかは言うまでもない
『予備はともかく、ほとんどは前鐘楼に集まっているものです。打撃を与えれば、混乱はします!爆弾は身軽な状態で艦橋に命中するためにもともと積む予定はありません』
それぐらいは、考えている
『その混乱とやらは無いか、あって数分だぞ』
『その数分に、命をかける意味があるのです!』
沈黙が艦橋におりる
『・・・・・・おい、海戦に勝つ算段だといったな?』
目の泳いでいた艦長が、そうだ、とばかりに口走っている
『あ、はい。こうしたならば、勝てるはずです』
『なら、脱出したらいいじゃないか。特別攻撃であるが、自殺攻撃ではない。そんなことは指示していない。乗ったまま体当たりはいかん、体当たりは。出来るな?』
『・・・・はい!わかりました!ありがとうございます!では、失礼いたします!』
喜色を浮かべて飛行長は退出する
『なっ・・・・!』
これには整備長が絶句する
『艦長!突っ込むのが確定した段階で脱出しても高度が足りません!開傘しきる前に落ちます!。無事であったとしても敵艦の至近です!砲戦のさなかとあっては・・・・!』
『多少確率が低くなったとて、まだ余裕のある段階で降りればいいではないか。帰還困難による自爆以外では帰ってこい。こちらとしての指示はそれだけだ』
こいつらが、そんなことで済ませるタマかよ!航空機からの脱出と機位の安定がどれだけ困難かわかってない!
『整備長、君は操縦したことが?』
『ありませんが、考えれば分かることです!』
艦長が肩をポンポンと叩く
『彼らはできるといったのだ。出来るといったからには策がある。そうに違いない』
『艦長!』
現場の暴走ということにするつもりか!
『整備長・・・・戦争には勝たねばならんのだよ。第一、そうだ。被弾による自爆ということは、戦場ではよくあることだ、違うかね』
未帰還機を我々はずっと自爆として処理してきた。これはそれの延長に過ぎない
『艦長・・・・過ちだ、過ちですぞ!これは・・・!』
『それを言うなら戦争そのものが過ちだよ・・・整備長、君は何も聞かなかったことにするといい』
こんな・・・こんな馬鹿なことが!
同刻、フォース63 ヴィクトリアス
『よりにもよってこんな時に出撃とはな』
『出撃の時期を好きに選べるんなら、苦労しねぇぜ』
ヴィクトリアスは空母の激減した米海軍に一時期貸し出す話が進んでおり、そのために中立化したオーストラリア大陸の南岸側を通ってフィジーで合流する運びになっていたが、戦雲急を告げるという事でとって返して来たのだ。
『チャンスボートを手に入れられただけでも良かっただろうよ』
『しかし、機数が機数だぜ?』
コルセアの受領こそ為したが、航空隊を作戦の為に限界まで載せるという事は出来なかったのだ。どこでも航空隊は引っ張りだこなゆえに、満載出来たかは怪しいが、それでも14機(搭載は28機二個スコードロン分)というのは少なすぎた
『まぁ、攻撃任務が無いらしいからどうにかなんだろ』
エアボスから言われたそれは単純明快だった
『接敵まで偵察機の接触を避けさせること』
水上艦艇の優位を敵に悟らせない。それさえ出来れば、あとは通常の艦隊直衛任務で事足りる
『どうにかなりゃあいいがな。問題があるとすれば、俺たちだよ』
レーダーの不調は考えられるが、ヴィクトリアスは南に来てそこそこ経っている。この問題は払拭したと考えていいだろう
『回転率はどうなるんだ、これは』
機数が機数のため、上がっている回数は多くなろう。その分の長時間飛行による疲労は間違いなく上がる。
『それでも・・・スピットよりはだいぶマシだ。だいぶだいぶマシだ』
スピットファイア、この場合はシーファイアの足の短さは、翻って直掩任務の際の着艦回数の増大を意味する。着艦というコントロールドクラッシュが、いつアンコントロールドになるかは神のみぞ知る。その試行回数が減るのは願ってもない。たとえ飛行時間がむやみに伸びたとしても。
『そういやお前さんホルダー(馬のケツのはく製・どん尻・着艦が1番下手くそな人に贈られる)だったな』
『う、うるせぇ!てめぇは迷子癖で足の短いスピットでもどこ行くかわかんねぇくせに偉そうなことぬかすな!』
航法がダメなやつはダメなのである。戦闘機には一人しか乗っていないので、これを行う必要がある。列機としてついていくのであれば敵機と接敵までは行けるだろうが、乱戦となった後の空中集合に失敗すると途端に迷子が発生する。
『毎回毎回機体のケツを壊す奴には言われたくねぇよ!』
『なんだと!?』
『なんだよ!?』
コロンコロンコロン
そんな二人がいがみ合う床を、ビール瓶が転がっていった
『お前ら、そんなに、騒ぐんじゃねぇ・・・・』
『あ、編隊長』
壁に寄りかかりながら編隊長が現れた・・・・ちなみに現在の位置は外のキャットウォークにつながる通路で、敵船に悟られないようにタバコ盆はここに置かれている。暇なときの待機室以外でのパイロットたちのたむろの場はここだ。当然通路なので狭い
『・・・・・・・・』
『『・・・・・・・』』
ちなみに編隊長は船酔い体質である
ちなみに編隊長は船酔い体質である。大事なことなので(ry
苦しむより、酒をかっくらって寝てしまった方がマシだと寝ていたはず、それがここにいる
『・・・・・うぷっ、お前ら、そこ・・・うぐっ・・・・』
編隊長の顔が青くなり、聞きたくない予兆の前触れがこっちまで青くさせる。いや、前触れどころではない、千鳥足で編隊長がこっち来る!
『『やべぇ!逃げろ!』』
キャットウォークまで逃げればどうにかなる!一斉に駆け出す二人に、巨漢が立ちはだかった
『あれぇ?先輩たちなんすか急いじゃって』
そのキャットウォークで空気を吸っていた新人だ!無駄に体がでかい上に健康マニアでタバコ吸わねぇからって今戻ってくるかよ!通り抜けできねぇ!!!!
『『ど、どけぇええええええええ!』』
『え?え?』
『『『アッー!!!!!!!』』』『エレエレエレ(聴き心地の良くない音)』
同刻、モンスーン戦隊 アミラリオ・カーニ
『・・・・・大当たりです、艦長』
潜望鏡を艦長に譲る
『イラストリアス級に、駆逐艦がいくらか・・・・食いますか?』
『どいつもこいつも俺たちを無視しやがって、ざまあみろってんだ。相変わらずいい目だ、よくやった』
見張りの肩を叩く。ペナンにいるのはドイツの奴らだけじゃねぇ、俺たちもいるってのに!とまあ、勝手に出て哨戒行動をとっていたわけだが、運良く発見されずにヴィクトリアスを発見、潜行しての監視に移ったのだ。オーストラリア南岸を通ってきたヴィクトリアスだが、吠える40度線近くを通っただけのことはある。一時レーダーを消しての緊急メンテをカーニにとっては運良く行っていたのだ
『・・・・・やめとく』
肩をすくめて艦長はそう言い切った。
『俺たちのボートの魚雷は、商船用に口径がちいせぇ。ここでやったって食えるとは思えん。それに、だ・・・』
こめかみをトントン叩く。考える時の癖だ
『あいつらの飛行機は足がみじけぇから、かなり前線につっこみがちだ。そういった奴らをあれだけの戦力で行かせるとは到底思えねぇ。つまり後ろに支援部隊、あるいは主力がいる可能性が高いっつーこった』
こめかみを叩く指を止める
『そいつを見つける。そして日本の奴らに通報する。まあ、あいつらもただじゃあ負けんだろうし、海戦後は陣形も乱れてんだろうし、損傷している奴もいるかもしれねぇ』
パシンと、手のひらを拳を打ち付けて鳴らし、掴む
『俺たちの魚雷はそこでこそ役に立つってもんだ』
送り狼大いに結構、落穂ひろい大いに結構、これで俺たちは戦果を食って来たんだ。アミラリオ級は前部発射管8門、後部発射管6門で、45センチ魚雷を36発という癖のある艦だ、俺たちの流儀でやっていくのが筋だ。下手な事してもしくじるだけだ。
『俺たちを無視してきた奴らに思い知らせてやる』
俺たちもまた、この戦場に存在しているということを
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龍驤搭載の零戦は主力機動部隊に配備されていた52型でなく32型の余り物。ヴィクトリアスのそれはF4UーMk.1でこれも余りものの上に翼端を切った32型と似たもの同士である