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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十二章 ようやく三学期
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祝☆退院祝い☆お好み焼き屋

「未来さん」

「はい?」


 竜神が入院して15日目。


 学校から帰ってきて、病院の廊下を歩いていると後ろから呼びとめられた。

 振り返ると、看護師さんが二人、ナーステーションのドアから俺を手招いていた。

 なんだろう?


「竜神が何か……?」

 まさか、傷の回復が遅いんだろうか。引き返しながら尋ねると、看護師さんは「強志君のことじゃなくて」って笑った。


 竜神のことじゃない?


 と、なると、残る可能性はただ一つ……!!


「う、うちの兄がまた何かご迷惑をお掛けしたんですか!? 申し訳ございません兄ちゃん昔からあんなで……! どうか許してやってください! 二、三発ぶん殴っときますんで!!」


 半泣きになって、持ってた鞄を振り上げて振り下ろしながら「これで、こう!これで、こう!」と騒ぐ。

 看護師さんたちはそんな俺に笑ってから言った。

「違うわよ。日向先生のことはもう諦めてるもの。そうじゃなくて、未来さんのことが気になってたの」


 俺?


 ナースステーションから、恰幅のいいおばさんの看護師さんが出てくる。

「その様子じゃ、心配することも無かったみたいねえ。お人形さんみたいに固まってたのが嘘みたいだわ」

「えぇ。本当に良かった。未来さんは覚えてないかもしれないけど、毎日大変な騒ぎだったのよ。貴方のお友達たちが年末年始も関係無く、毎日何時間も傍にいて呼びかけてて」

「見てるだけでも、痛々しいぐらいだったの」


 ――――!!

 そんなに心配してくれてたのか。

 意識不明の竜神を待つだけでも不安だったろうに、俺まで心配かけて悪いことしたな。


 皆に迷惑かけないためにも、もう少し、強くならないと。


「あぁ、ごめんなさい、暗い顔をしないで。未来さんを責めてるわけじゃないの。それぞれ事情もあるでしょうしね」

「そうよ。強志君が元気になるまでは笑ってなさい。未来さんはくるくる表情変えてる方が可愛いわ。日向先生には、「これで、こう!」しといてね」


 笑って看護師さん達はナースステーションへと戻って行った。


「……ありがとうございます」

 ドアが締まる直前に、教えてくれたことに対してお礼を言う。ひら、と手を振ってくれて、ドアは締まった。




「ただいまーりゅう!」

「お帰り」


 最上階にあがって、ドアを開きながら挨拶する。竜神はベッドに体を起こしてジャンプを読んでいた。

 横のサイドテーブルに、俺が両腕を回しても届きそうにないぐらい巨大なフルーツバスケットが乗ってる。


「うわあ何これ! でっか! こんなの始めてみた……! マスカットにキョホー! あ、キウイもある。これ誰が持ってきてくれたの?」

「冷泉だよ」

「あいつか……」

 一気にテンションが下がってうな垂れてしまう。


「竜神、あいつを傍に寄らせちゃ駄目だ。あいつは疫病神だ。災厄しか連れてこない。それとゾンビ」

 俺の前に姿を見せたらホウキでケツ叩いてやる。

「今度来たら追い返しておくよ。これ、真っ二つに切って二人で食べねえ?」


 竜神がバスケットからメロンを取り上げた。


 おおおおおお!?


「い、いいの!? そんな贅沢な食べ方……!」

「いっぺんやってみたかったんだよ。実家でやったらぶっ殺されるからな」


 俺もやってみたかったんだー! 今だけは冷泉に感謝してやろう。


「あ、でも左手疲れない? スイカみたいに切ったほうが食べやすいんじゃ……?」

 竜神の肩にはまだ拘束具みたいなベルトがつけてあった。

「もう大分動かせるから大丈夫だよ。腕を上げるリハビリも始まった」


 そっか。なら切ってこよう!!


 食べ終わってから、今日の授業の復習、兼、竜神への勉強会だ。




 それからまた10日後。



 竜神がやっと、やっと、やっと退院できることになった!!!


「もう二度と来るんじゃないぞ、強志」と。なんとも心強い言葉をお医者さんからいただいて、俺と竜神は病院を後にした。

 長い入院生活の間に増えた私物と、消費しきれなかったお見舞いの品は全て母ちゃんと竜神のお母さんに持って帰ってもらった。

 なので、俺達はほとんど手ぶらだ。


「先輩ー! 退院おめでとうございます!」

「長かったねー、二人ともお疲れ様!」


「き、来てくれたのか!」

 自動ドアをくぐって外に出ると、美穂子、浅見、達樹、百合が待っててくれた。

 階段を飛び下りて駆け寄ってしまう。俺の動きに合わせて白のマフラーが跳ねた。


「まぁな。いちおう、おめでとうと言っておいてやるぞ竜神」

「ありがとうよ」

 どこか素直じゃない百合の言葉に竜神が答えた。


「快気祝いに何か食いに行きましょうよ! お祝いに、竜神先輩と未来先輩の分おごりますんで」

「「いらねーよ」」

 俺と竜神の拒絶の言葉がはもる。


「遠慮しなくていいっスよ。まだお年玉も残ってますし、お祝いじゃねーですか」


「なら五千円は覚悟しとけ。久々に好きなモン食えるから、オレすっげー食うぞ」

「やっぱ勘弁してください」


 達樹が慌てて前言撤回する。


「まだ完治したってわけじゃないよね? どのぐらい動かせるのかな」

 そう聞くのは浅見だ。


「日常生活には差し障り無いって程度かな」

「じゃあ喧嘩はできないんだね。絡まれないように気をつけとかないと駄目だよ」

「あぁ……まぁ……気をつける」


「無茶を言うな浅見。こいつは目が合っただけでも絡まれる男だぞ」

「今回みたいに自分から怪我しにも入っちゃいますしねー。次なんかあったら死んでも不思議じゃねーっすよ……」

「今後は自重するつもりだよ。怪我するのは平気だけど未来が心配だしな」


「怪我するのが平気なんて言わないで欲しいな。竜神君が傷つくのを見るのも、未来がおかしくなるのを見るのも嫌だよ。生きた心地がしなかったもん」


 美穂子が竜神の背中に呟く。そこは撃たれた場所だ。厚手のジャケットと洋服の下の背中には、銃創が四つも残っていた。


「ごめんな」

「うん」



 土曜日の午前中だからか、ガラガラのバスに乗って俺達は『街』へと向かった。


 大型百貨店『夢屋』の前で降車して、円筒状の自動ドアから店内へ入る。

 ここの最上階は、レストランやファーストフード店が15店舗以上も軒を連ねる『夢屋グルメタウン』になっている。

 話し合いだけじゃ食べる物が決定しなかったので、グルメタウンで店頭のサンプルメニューを見ながら迷うつもりだった。


「いらっしゃいませー! 新規オープンしました。よかったらどうぞ!」

 エスカレーターでグルメタウンまでのぼると、ハッピを着たお姉さんがチラシを差し出していた。

「ども」

 一番先を歩いていた達樹が受け取る。


「お好み焼き屋が出来たみたいっスよ」

「お好み焼き!?」


 達樹がチラシを縦に広げる。

 チラシには美味しそうなお好み焼きとヤキソバの写真と『お好きなジュースサービス中!』の文字。

 どうやら、そのお店はすぐ傍にあったようだ。

 香ばしいソースの匂いが漂ってきて、鼻をくすぐる。


「お好み焼きにするか?」


 竜神の一言で、今日のお昼ご飯は決定したのだった!


「いらっしゃいませー! 六名様ですね。こちらにどうぞー!」

 迎えてくれた店員さんに案内されたのは八人掛けのソファ席だ。鉄板が広々と使えるぞ。


「鉄板?」

 浅見が不思議そうに店内を見渡す。

「ひょっとして、浅見、お好み焼き屋さん初めて?」

「うん」

「へー、めずらし。ここで、自分で焼くんですよ」

「自分で!?」

「自分で焼くのか?」

 達樹の説明に百合まで一緒になって驚いている。


 竜神、俺、美穂子が手前側に、浅見、達樹、百合が奥の席に座って、それぞれメニューを開く。


「私は海鮮ミックス玉にしよっかなー。未来はどうする?」

「うーんうーん、チーズとカレーがいいかな……。でも、チーズと餅も捨てがたい……」


「カレー? お好み焼きにカレーかけるんですか?」

 達樹が不思議そうに口を挟んで来た。


「生地にカレー粉混ぜるの。すげー美味しいんだぞ」

「えーマジっすか? なんか微妙」

「あ、微妙って言ったな。じゃあ食べさせてやる。美味しかったら謝れよ」

「いいっスよ。絶対微妙っしょ、そんなん」

 ニヤニヤする達樹に悔しくなりつつも、こうなれば頼むものはただ一つ。チーズとカレーのお好み焼きだ!


 店員さんに注文をすると、すぐに全員分の注文が届いた。竜神だけは豚玉と牛筋玉の二玉だ。

 注文していたジュースも届いて。


「それじゃ……。竜神先輩、退院おめでとうございまーす!」

「「おめでとー!」」「「おめでとう」」


 達樹の音頭でグラスを掲げて乾杯する。

「ありがとう。いろいろ面倒掛けて悪かったな」

「面倒どころじゃないっスよ! パーティーの時はホント酷かったんですから……」

「まったくだ。しかし……人相が悪いのにとうとう銃創まで作るとはな。益々ヤクザの貫禄が出てきたじゃないか。どこに出しても恥ずかしくない若頭だぞ」

「だからヤクザじゃねーっつってんだろ。入院してるとき何回それ言われたか……」


 竜神、フリースペースのお爺ちゃん達にまでヤクザって呼ばれてたもんな。

 もちろんヤクザだと本気で誤解してたんじゃなくて、からかい半分のあだ名だ。


 お好み焼きのタネをかき混ぜて、油を引いた鉄板の上にゆっくりと落としていく。


 浅見は真剣にかき混ぜて真剣に鉄板の上に広げて、どこか楽しげにスプーンで形を整えた。

「ちゃんとできるかな……?」

「こんなモン、誰がやっても失敗しませんって。後は焼けるまで待てばいいんですから」

「うん」


 頼んでいたお握りやサラダと言ったサイドメニューを食べながら焼き上がるのを待つ。

 達樹が大きなヘラで焼き面を確認してから器用にひっくり返した。


「はい、浅見さんもどうぞ」

 浅見も左右からヘラをさして裏返そうと頑張るものの、動きがぎこちない。

「よ、と……、あ、ごめん、」

 ひっくり返してる途中でお好み焼きが割れて、破片の一つが達樹のお好み焼きの上に乗ってしまった。

 達樹はにやって笑ってから言った。

「乗ったから、これは没収っす。お好み焼き屋におけるルールなんで悪く思わないでくださいね」

「え? そんなルールがあったなんて」

 びっくりしてる浅見に俺も頷く。


「達樹の言う通りだよ。お好み焼き屋にはな、相手の上に乗ったお好み焼きは相手のものになるって言う鉄の掟があるんだ。残念だけど諦めろ」


「そんな掟ねーよ。ほら、浅見に返せ」

 竜神が上に乗ったお好み焼きをヘラで浅見に戻してしまう。


「あ! ひっで。おれ、何回も部活の先輩達とか兄ちゃん達に没収されたのに」

「竜神、お好み焼きは奪い合いだぞ。甘やかしたら浅見が成長しないぞ」

「食いモンを奪い合うな」


「人のもの取っちゃ駄目だよ達樹君。未来も。浅見君は初心者なんだから」

 美穂子に叱られて、はーいと俺と達樹は声を揃えた。


 浅見から大きなヘラを受け取って、次は俺がひっくり返す。続いて美穂子。


「うおー。」


 達樹が俺と美穂子のお好み焼きを交互に見て感嘆の声を上げた。


「女ってこういうのマジ美味そうに作りますよねー。同じ材料使ってんのになんで違いが出るのか全然わかんねぇ」

 美味そう? まだ焼いた段階なのにそんなに違うかな?

 何気にお好み焼きを見比べると、なるほど、ホットケーキのパッケージのような丸く厚い形をした俺たちのお好み焼きとは違い、達樹のお好み焼きは形がいびつで全体の厚みが不均等になっていた。


 俺、本物の女っぽいかも!

 ちょっと喜んでしまう。


「達樹。私のお好み焼きを見ろ。上手い下手は性差じゃないぞ」


 キリっとした表情で言う百合のお好み焼きは、ひっくり返す途中に失敗したらしく、半分に折れ曲がってキャベツも具も散ばってしまってた。そ、そうか、これも別に性差じゃないか。慣れ、だよな。


「なんかすんません」


「始めては皆こんなものだよ」

 美穂子が手早く流れ出した生地を押し込んで形を整える。

 あっという間に綺麗なお好み焼きになった。


 全員の分がいい感じに焼けたので火を止める。

 ソースを塗って、トッピングを掛けて完成だ!


 竜神と達樹、浅見は小さなヘラを使ってそのまま、俺と美穂子と百合はお皿に取ってお箸で食べ始める。

 俺もヘラで直接食べたいのに、どうしても熱くて無理なんだよな。ちょっと悔しい。皿に盛るよりもヘラで食べるのが美味しそうに見えるのに。


「んじゃ先輩、一個貰いますね」

 達樹が俺のカレーチーズお好み焼きを取っていく。

 一口で食べて――――。


「う、美味い……」

 と呟いた。

「だろ! だろ! 意外とカレー風味のお好み焼きって美味しいんだよなー」

「おれが悪かったです。も一個ください」

「よし。謝ったから食べていいぞ」

「私も食べてみたいな」

「うん! 食べて食べてー」

 美穂子とは交換ってことになって一欠片入れ替える。美穂子が食べてた海鮮も美味しい!

 浅見も竜神も百合も食べたいって言ったから配る。

 そして、竜神の豚玉、浅見のこの店お勧めミックス玉、百合の超豪華特選玉をいただく。チーズ玉にカレー粉をトッピングした俺のお好み焼きは一番安かった。超豪華特選玉なんて俺のお好み焼きの3倍以上の値段する。エビで鯛を釣っちゃったな。


「食い足りねえなー。浅見さん、もう一枚頼んで半分こしません?」


「うん。いいよ。僕、もんじゃ食べたこと無いから食べてみたいな」

「もんじゃ? もんじゃ食うなら一人一枚いりますよ。もんじゃは食い物じゃねーっす。飲み物です。スよね、竜神先輩」

「あー。ありゃ飲み物だな。全然腹に溜まんねーぞ」

「そ、そうなんだ」


 追加注文は全員で取り分けられるヤキソバになった。三人前注文して、俺と美穂子の二人掛かりで調理する。

 その上、百合が明石焼きを食べてみたいって言い出して、予想より大振りな明石焼きが来てしまった。

 食べられるかな?って慌てたのは俺だけで、鉄板の上からは瞬く間にヤキソバが消え、麺一本も残すことなく見事完食したのだった。


 お好み焼き屋を出た後も、退院記念にとゲーセン行ってプリクラとった挙句にカラオケまで行ってフリータイムではしゃいでしまう。


 竜神は病みあがりなのに、家に帰りついたのはとっぷりと暗くなってしまった頃だった。




 玄関の鍵を開けて、俺が先に中に駆け込む。



 靴を脱いで玄関に立ってから、両手を広げた。




「りゅう、お帰り!」




 竜神はすぐ俺の意図を察してくれた。

 俺の背中に腕を回して、苦しくなるぐらいにぎゅうううって抱き締めてくれる。

 身長差のせいで竜神の胸に顔が埋まる。


「ただいま」


 低い、耳触りの良い声が体に直接響いてくる。

 俺も抱きつく腕に力を入れたかったのに、背中の傷に触りそうで怖くてできない。


「目を覚ましてよかった……ずっとずっと、怖かった……。二度と、怪我なんかしないで」


 竜神は返事をくれなかった。

 ただでさえ胸に埋まってた俺の頭に手を添えて、ますますきつく引き寄せてくる。

 空気さえ入り込めないぐらい体が密着して――――。


「く、ぐるじい」

 息ができなくて、唯一動く足でじたばた暴れてしまう。


「もうちょっとこのまま」

「死ぬー!」


 珍しく我侭な竜神に笑いながら、俺も、背中に回した腕に少しだけ力を込めた。大きな掌に引き寄せられるまま胸に顔を埋め、竜神の匂いを胸一杯に吸う。






 おかえり。竜神。







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