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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十一章 みんなで大騒ぎ二回目
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子どもの頃の写真

 こども。

 まご。

 こどももも。

 こどももももも。すもももももも。


 放課後になったっていうのに、朝、母ちゃんに言われた言葉が頭をぐるぐるして離れない。


 子ども、かぁ。


 保育園実習で会った子の顔を思い出そうとしてみたけど、いまいち思い浮かばない。

 リナちゃんとサナちゃん。

 やっぱり、どっちがどっちだったか区別もできない。


 子どもになんて興味ないよ。

 リナちゃんもサナちゃんも顔は可愛かった。それでも、可愛がりたいって思うことはなかった。

 俺にとっては生意気なうるさい子どもで、ただ、それだけだ。


 あの時、美穂子は子どもに懐かれて、美穂子も子どもを可愛がって、帰り際なんて別れを惜しんで泣いてた。

 美穂子みたいな本物の女の子は無条件に子どもを可愛がるんだろう。


 俺が子どもを可愛いって思えないのは、やっぱり偽者の女だからだ。

 まだ高校生だからってだけじゃなく、どう考えても、子どもを作るなんて無理だよ。


「未来、また、明日」

「うん。送ってくれてありがとうな浅見。蓮さんもありがとうございます」

「ついでだもの。構わないわ。どうしても心苦しいって言うなら、うちの事務所に所属してくれてもいいのよ」

「蓮さん!」

 浅見が抗議してくれてる間にそそくさと車から逃げ出して病院に入る。


 学校が終わって、俺を病院まで送ってくれたのは浅見とスタイリストの蓮さんだった。

 浅見、急激に人気になったせいで、変なストーカーに付きまとわれてるらしくて蓮さんや麗さんといった事務所の人たちが車で送り迎えをしていた。

 その車に俺も便乗させてもらっているのだ。


 結局、竜神の希望もあって、クラスメイトには入院している病院を教えてなかった。まだ、安静が必要だからでもある。

 そのせいでクラスメイトだけじゃなくて、用務員さんや先輩にまで容態を聞かれて大変だった。竜神っていつも俺と一緒に居るってイメージあるけど、俺の知らない知り合いが何気に多いんだよな。


 廊下に伸びた色とりどりのラインを辿るように病室を歩く。


 この病院は歴史が古く、その上何度も建て増しをしているせいで通路が複雑になっていた。

 わかりやすいようにと外科には青色、内科には黄色と床にラインが描かれているんだ。


 片手に鞄と、もう片手に竜神へのお土産を抱えて病院の中を早足に進んでると、入院患者の団欒の場であるフリースペースのソファに、見慣れた後姿を見つけた。


 竜神だ!


 竜神はおじいちゃんを相手に将棋してた。……ギャラリーまで出来てるぞ。

 まだ安静にしてなきゃ駄目だってのに出歩いてんじゃねーよ。


「王手」

 竜神がコマをスライドさせつつ宣言すると、お爺さんはうぅ、って唸り声を上げる。

「……待ったじゃ」

「待ったは三回までだって言ったろ。オレの勝ちだな」


「残念だったのー山田さん」「いやー、兄ちゃんなかなかつえーなぁ」ギャラリーのお爺さんやおじさん達が口々に笑う。


「先の短い老い耄れから金を毟り取ろうとするなんて、最近の高校生は恐ろしいのぉ」

 お爺さんはぼやきつつポケットから小銭入れを取り出した。

「人聞き悪ィ事いうなよ。ジュース賭けようって言い出したの爺ちゃんだろ」

 お爺さんからお金を受け取って、茶化してくるおじさん達に答えながら竜神は自動販売機に向かった。瓶入りの牛乳の自動販売機(100円)だ。


 声を掛けようとした俺より早く、小学校低学年ぐらいの子どもが竜神に駆け寄って行った。


「なぁ、兄ちゃんって撃たれて入院してるヤクザなんだろ?」

 な!?

 ど、どっからそんな根も葉もない噂が……!? いや、根も葉もあったよ。実際撃たれて入院してた。

 竜神は牛乳を取り出してから男の子に答える。

「ちげーよ。オレ、生まれつき体弱いから、風邪こじらせて入院になっちまったんだよ」


 ……。

 随分思いきった嘘付いてるな竜神の奴。いくらなんでも無理あるだろ。


「えー、嘘付けよー。うちのかーちゃんが言ってたぞー。あぶねーから近寄るなって」

 案の定、子どもに詰られてる。しょうがない。助けてやるか。


「危なくないぞ! この兄ちゃんは見た目が怖いだけで中身はすげー優しくて頼りになるんだから」

「未来」

「うわ! すっげー美人! 兄ちゃんの彼女!?」


 彼女!!?


 やっぱりその響きに慣れない……! 相手は子どもだってのに恥ずかしくなって、思わず鞄を床に置いて顔を手で覆ってしまう。


「おう。オレの彼女だよ。美人だけど中身もすげー可愛いんだぞ」

「ややややめやめろ!! 子ども相手に何言ってんだよ! 恥ずかしいだろー!」

「お前も同じこと言ったろ。お帰り」

 「た、ただいま」って答えると、男の子が「ちがうぞー」って抗議してきた。

「お帰りってのは、家に帰った時に言うんだぞ。ここ病院だからお帰りじゃねー。間違いだー」


「わたしが帰る場所はこの兄ちゃんの所だから間違いじゃないの」


「こりゃ、強志!!」


 唐突な怒鳴り声に、俺が驚いてびくっと肩を揺らしてしまう。

 白い髭を蓄えたお医者さんがつかつかと歩み寄ってきて、竜神の頭にゲンコツを落とした。


「な、な!?」

 驚くのは俺ばかりで、殴られた竜神はいてて、と頭を摩るだけだ。


「まだ安静にしておけと言ったろうが出歩くんじゃない! お前の放蕩癖はいつになったら治るんじゃこのバカタレが!」

「ヒマだったから、つい」

「竜神、怪我してるんだから殴らないでください、傷が開いちゃう」

 あわわわって漫画みたいに慌てて竜神の前に立ってしまう。


「未来ちゃん。こいつは毎回こうなんじゃよ。こないだなんか、足を骨折したのに病院を抜け出して四キロも離れた廃工場まで脱走してのお。警察まで呼ぼうかって騒ぎになったんじゃよ」

「こないだじゃねーよ。それ、オレが5歳の頃の話じゃねーか」

「もう40年ほど医者やっとるが、松葉杖で抜け出してカブトムシを捕りにいったアホはお前ぐらいのもんじゃ。母親にケツが真っ赤になるまで叩かれてびーびー泣いとったのに、もう忘れたのか」

「11年も前のことなのによく覚えてるよな……」

 竜神が顔を渋くしてうな垂れた。

 カブトムシの為に病院抜け出しちゃったのか。しかも松葉杖で。

 昔は悪がきだったのかな。竜神の昔話が聞けてちょっと得した気分だ。


「忘れられもせんわ! 8歳の頃には車に轢かれそうな子ども庇って意識不明で運び込まれて、13歳の頃は変質者に襲われそうになった女を助けて腹切られて運び込まれて、今回はとうとう銃創か! 人助けもいい加減にせんとお前が死ぬぞ! こんな可愛い彼女も出来たんだから自重せんか!」

 人助けして怪我したの今回が始めてじゃなかったのか……。


「やめてくれ爺ちゃん、またおかしな噂広がるだろ。ただでさえヤクザっていわれてんのに」


 じゃあ部屋で大人しくしてろ、と怒られて、俺と竜神は肩を並べてVIP用のエレベーターへと向かう。

「くそ、次入院するときはここ以外にしねーと……。ガキの頃から知ってる先生が多すぎる」

「安静にしてなきゃなのに出歩くのが悪いんだろ。あ、そだ」


 抱えていたお土産を竜神の視線の高さまで上げる。


「これ、今日のお土産。夢屋のカフェのホットドックとバーガーとポテト! そろそろジャンクフードも食べたくなるだろ?」

「……! すげー気ィ利くな……! ありがとう」


 ふふ。喜んでもらえたようでなにより。浅見にお願いして寄り道して買ってきたかいがあったよ。


「竜神って昔はやんちゃ坊主だったんだな。カブトムシの為に病院脱走しちゃうなんて」

「同室だった奴が幼虫が山ほど取れるって言ってたから我慢できなかったんだよ……。結局、幼虫は没収されて元の場所に返されるしよ。あの時は散々だった」


 そりゃ、病院に虫は持ち込めないもんな。

 がっかりしただろうな、当時の竜神。


 ――――保育園実習で見た子達と同じ、五歳の頃の、りゅう。か。


「なー、りゅう」


 入院着にしてるトレーニングウェアの裾を掴んで、俯いて、竜神の顔を見ないまま口を開く。


「ん?」


「母ちゃんにさ、早く子ども作れっていわれたよ。いつになったら孫の顔見せてくれるんだって」


 竜神の手にあった牛乳の瓶が落ちそうになった。

 咄嗟に指に力を入れて持ち直し、左手で俺の手をぎゅって握ってから、搾り出すような声で言った。


「どおりで、どーりで、変だと思った……!! お前みたいな寂しがりを一人で放り出すのも、高校生で男と同居させるのも……変だと……! 普通どう考えても猛さんと生活させるもんな。兄がすぐ傍にいるのに高校生の妹と別居なんて」

「変な母ちゃんでごめんな。お前に苦労かけて」


 兄ちゃんが俺と別に暮らしているのは、純粋に一人暮らしの気ままさが手放せなくなっただけだと思うけどな。兄ちゃん、靴下とか脱ぎっぱなしにするから、俺しょっちゅう文句言ってたし。


「苦労してるのはお前だろ! おばさんとは後で話ししとくから変に考え暴走させんなよ。ちゃんと学校卒業して、お前と子どもを養える給料が稼げるようになってから子ども作りたいからな」


 竜神の手から手を離して、ちょっとだけ距離を置く。


「お前って変な奴だなー。嫁にするって前提で話してるけど、わたしなんか嫁にしたら家に隕石落ちてくるぞ」

「なんだそれ。家に隕石落ちてきたことあるのか? 逆にすげーな」

 隕石見せてくれよ。って茶化してくる。

「隕石はものの例えだよ! でもそれぐらい大変な災害に見舞われるんだ……。具体的に言うとコミュ障な兄が親類になったり、私が通信販売に騙されてとんでもない額の借金背負ったり」

「通信販売はクーリングオフしてやるから早めに相談してくれ。猛さんは……お前に対してひでーから、親類になって間に入れるようにしたいかな」


 …………。


「ほ――保育園実習、あったよな」

「あぁ」

 急に話を変えたのに、竜神は戸惑いもせず返事をくれる。


「あの時さ、子ども、可愛いって思わなかったんだよ。それどころか、結構うざかった。子どもが好きになれないのは……本物の女じゃないからなのかな。子どもが嫌いな女なんて、おかしいよな」


 言い切る前に、竜神がはぁ?って呆れた声を出した。


「そういうのは性差じゃねーだろ。オレ、結構子ども好きだぞ。お前の理屈で言ったらオレは女ってことになるじゃねーか」


 !!!


「お前が子ども嫌いなら、オレがお前の分まで可愛がってやるから一々気にすんな」


 エレベーターの中、竜神は片手で俺をぎゅって抱き締めてくれた。


「相変わらず世の中怖いことばっかみたいだな。なんでもかんでも心配すんな。何のためにオレがいると思ってんだよ、未来」


 うん。


 すり、とトレーニングウェアに頬ずりした。




 エレベーターが最上階に着く。駆け足で先に立って病室のドアを開いた。


「竜神の子どもの頃の写真見てみたいなあ。やっぱり子どもの頃からヤクザだったの?」

「ヤクザじゃねーって」


「タイムリー」

「ひぃ!?」

 耳に息が拭きかかるぐらいの近さで背後からボソッと呟かれて、思わずたたらを踏んでしまう。


「花ちゃん、居たのか!」

 声をかけてきたのは花ちゃんだった。ドアの影に潜んでいたようだ。

 驚かせようと隠れてたんだな。くそ、してやられてしまった。


「驚いた? 作戦成功ー! 未来さんちょっとしたことでびっくりするから面白いよねー」

「く、悔しい……、いつか仕返しをしてやるからな……」

 めらめらと対抗意識の炎を燃やしてしまう。

 花ちゃんは悪戯に笑いながら、バッグからスマホを四倍ほど大きくしたデジタルのフォトフレームを取り出した。


「ヒマしてるだろうから昔の写真持ってきたのー!」

「おい、余計なもの持ってくんなよ」

「写真!!? 見たいいいい!」

 鞄を投げ捨てる勢いでフォトフレームに食いついてしまった。


 嫌そうにする竜神を他所に、俺と花ちゃんはテーブルに肩を並べて座る。


「えっと……三歳ぐらいからでいっか」

 表示されるカレンダーをタッチして、時間が13年も巻き戻る。


 フレームの中の竜神は、三歳だっていうのにやっぱり目付きが悪くて噴出してしまった。


「竜神この頃から人相悪かったんだな……! あ、花ちゃん……は……この当時から、目、くりっくりだったのか……。どうして兄妹でこうも違うんだ? 可哀相に……」

「うるせー」


 道にしゃがみこんで、水溜りの泥の中に手を突っ込んで真っ黒になってる竜神と、遠くで慌てるお母さんの姿。

 四頭身程度しかない小さな体だってのに、「こいつ、この後死んだんじゃないか?」って心配してしまうぐらいの高さまで木登りしている写真。

 カゴの中のカブトムシを見て目をキラキラさせてる写真。


 写真の中の健康的に日焼けした男の子は、時に楽しそうに、時に拗ねたように、時に泣きべそをかいて――――。写真をめくるごとに、どんどんと成長していった。

 始めの頃は、泣きべそかいてる竜神に花ちゃんと一緒に爆笑したりしてたんだけど。


 いつの間にか、夢中で見てしまってた。


 花ちゃんが帰ったのにも気が付かないぐらいに。



 一番最近の写真は去年の春に撮ったもので、竜神の家の庭先でバイクと一緒に写っていた。

 竜神は工具を片手に楽しそうにバイクを整備してた。


「…………」

「やっと終わったか。随分熱中してたな。オレの家のアルバムなんか見てて面白いもんでもねーだろうに」


 俺はカレンダーに画面を戻して古い日付に戻った。


 竜神の誕生日に、『強志。誕生』その見出しを見つけて、タップした。


 疲れた様子ではあるけど笑顔のお母さんとこちらも嬉しそうながらも半べそのお父さん。それと、男の子か女の子かもわからない赤ちゃんが一緒に写ってた。

 写真がスライドするごとに、赤ちゃんはゆっくりと成長する。

 はいはいして、掴まり立ちして、

 残念なことに、一歳のころから既に目付きの悪さの片鱗があった。


 目付きは悪いながらも楽しそうに笑う一歳の誕生日を迎えた竜神を見ながら、机に頬杖を付く。


「………………子ども、可愛いかも」


 写真から目を逸らさないまま出た呟きは、俺自身さえ自覚することもなく、ぽつんと口から漏れていた。


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