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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
十一章 みんなで大騒ぎ二回目
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皇国ホテルでクリスマスパーティー

「えぇ、勿論よ」

 リリィさんは笑って会場を見渡した。


「皆様は大切なお客様ですが、百合さんも同じだけ大切な方です。これ以上場をかき乱すようであれば退室していただきます。どうか、私のパーティーに泥を塗るような真似はなさらないで」

 リリィさんが宣言するように言うと、百合を睨んでいた連中が気まずく顔を逸らす。会場は何事もなかったかのような平和な空気に戻っていった。

 それから、リリィさんは竜神を掌で促した。

「どうぞこちらへ。着替えを用意いたしますわ」

「お気使い無く。できるだけ友人の傍に居たいので」


 竜神が笑顔でリリィさんの申し出を辞退する。

 スタッフさんが持ってきてくれたタオルをありがたくお借りして、濡れた背中を拭いた。


「竜神、怪我してないよな?」

 こっそりと背中から聞く。

「あぁ。さっきの、かっこよかったぞ」

「ほんと!?」

 竜神に褒められた!

 緩みそうになる顔を慌てて引き締める。



 ホールの中に再び声が通った。



「冷泉様です」



 俺達が入った時とはまるで違う、媚を含んだような声が会場のあちらこちらから上がった。

 冷泉は女性を伴わず、二人組みのボディーガードさんと一緒に会場に入ってきた。

 真っ直ぐにリリィさんの元へ向かいそつの無い挨拶をこなしている。


 絡まれないうちに逃げよう。

 浅見と二人、飲み物を配っているスタッフさんの元へ歩み寄ったんだけど――「未来」

 あっという間に冷泉に見つかってしまった。


 うう。関わりたくない。こんな場所で「罵ってくれ」なんて言われたらどうしよう。俺までその手の趣味の人間だって思われちゃうぞ。

 視線を泳がせてしまった俺に、予想外の助けが入った。


「お久しぶりです、冷泉様!!」


 縦ロールだ。

 どんって力一杯ぶつかられて転びそうになった。わ、わざと当たっていきやがったなこいつ……だが許す。むしろありがとう縦ロール! そのままその変態の相手をよろしくお願いします!

 浅見、この隙に逃げよう。

 支えてくれた浅見の手を取って、さっさと逃げ出そうとするのだが。


「待ってくれないか、未来」

 ぱし、と、こともあろうか手を捕まれてしまった。

 触るな変態いいい!! 竜神から貰った手袋が穢れるだろおお!!

「ヘンリエッタ君、これまで何度もお願いしてきたが、ボクは君と婚約を結ぶつもりも無いし、恋人になるつもりも無い。正直に言おう、このまま君といては、大切な人に誤解されてしまうから、迷惑なんだ」

 縦ロールが、そんな、と口の中で呟いた。

「大切な人って、まさか、その、女が」

「あぁ」


 えぇ!? なんでそこで俺を!? 俺、無関係なはずじゃ……!?


 恐る恐る顔を上げる。

 縦ロールが凄まじい形相で俺を睨んでて、一気に青ざめてしまう。

 うわああ。性格悪いとは言えども元が可愛いから滅茶苦茶怖いぞ……!!


 暗闇の中で見たら余りの恐怖に心臓麻痺を起こしてしまいそうな形相のまま、ヘンリエッタは今度こそ会場から出て行った。


 美穂子が俺の手を握った冷泉の手をそっと離して、冷泉に詰め寄った。

 そして小声で訴える。


「冷泉君、さすがに今のは駄目だと思うの。さっきの女の子の怒りの矛先が全部未来に向いちゃうよ? 判るでしょ?判るよね?判らないって言ったら怒るよ」

「えっ?」

「美穂子の言う通りだボケが! 未来の為に断ったなどと勘違いされて未来が逆恨みされること山の如しだろうが! そもそもお前が一方的に未来に懸想しているだけで未来自身は何もかもに無関係だというのにお前のイザコザに巻き込むんじゃない! アホ以下か!」

「えっえっ??」


 美穂子と百合が見た目だけは綺麗な笑顔のまま、しかし冷たく冷泉に詰め寄る。

 や、やっぱそうだよな!? なんか、いつの間にか、俺が悪い事になってたよな!? 俺、冷泉とほぼ無関係なのに! 拉致されたり踏まれたり、迷惑掛けられてばっかなのに!


「もう面倒だ。殴る」

 普段温厚で絶対に自分からいさかいを起こすことのない竜神もさすがに限界超えたようで、拳を固めてしまう。

「浅見君、竜神君と一緒に飲み物貰ってきてほしいな」

 そんな竜神の腕を美穂子が光の速さで掴み、浅見に押し付けた。


「もういいよ、百合、美穂子。そいつの始末は後回しにしよう。今はパーティーを楽しもうよ。ね!」

 そいつのしまつの部分だけ超小声の早口で言って冷泉から離れる。

「み、未来」

 俺達が離れると、冷泉はここぞとばかりに老若男女問わず大勢の人に囲まれた。


 百合と、美穂子に言われるがまま律儀にグラスを持ってきてくれた竜神もまた、老年の紳士に呼び止められる。そして、俺はというと。


「未来ちゃん。また会えたね」

 アシュレイさんにエンカウントしてしまった。


「こ、コンニチハ」

 挨拶がぎくしゃくとなってしまう。


「こんにちは。始めまして、浅見君。ボクの名前はアシュレイ・ウェイン。君の活躍は街のあちこちで拝見しているよ。直接お話できてとても光栄だ」

「恐れ入ります」

「百合君の友人だったなんて驚いたよ……。未来ちゃんといい、百合君はいい友人に恵まれているようだね。……まさかとは思うけど、君は未来ちゃんの彼氏なのかな?」

 な、なんだよいきなり!?

 浅見は動揺することもなく切り返した。


「まさか。未来には僕なんか足元にも及ばない素敵な恋人が居ますよ」

「冷泉様かい?」

 なんでそこであの変態が出てくるんだよ!!


「違います。百合さんをエスコートしている彼です」

 浅見が竜神を視線で示すと、アシュレイさんはあぁ。と呟いた。


「なるほどね……。先ほどの、見ていたよ。百合君を庇った動きは素晴らしかった。ふーん……」

 アシュレイさんは失礼と言い残し、百合達へと向かって行った。

 浅見が表情は引き締めたままだけど、心底疲れたように「き、緊張した……、迫力のある人だね」と呟く。

 ありがとうな浅見。完全に任せてごめん。次は俺も頑張るよ。



 結論を言いますと、俺も浅見も三十分程度しか持ちませんでした。



 人と話すたびにHPゲージがガンガン減って行って、このままじゃ倒れると判断し、ホットの飲み物を持ってテラスへと逃げ出した。


 雪も降ってなくてただただ寒いだけのテラスに人は居ない。二人で肩を並べて、無駄に細工の凝った豪華なテーブルにつく。


「はぁあああ」

「ツカレタ」


 椅子に座った途端、俺は大きな溜息を漏らし、浅見は机に突っ伏して変なイントネーションで片言で呟いた。

「大丈夫か浅見……。でも凄いなお前……、受け答え完璧だったぞ」

「未来こそ、僕以上にきちんと振舞えてたよ。あ、寒くないかな?」

 大丈夫だって答えたのに、浅見はジャケットを脱いで俺の背中に掛けてくれた。

「未来に風邪を引かせたら竜神君に怒られるからね」

「ごめんな、ありがとう」

「ツカレタ」


 椅子に座った途端、また机に突っ伏してしまう。どうやら俺以上に消耗していたようだ。


「大丈夫っすか浅見さん。完全に死んでるじゃねーっすか」

 達樹と美穂子が連れ立ってテラスに出てくる。達樹は手に皿を持っていた。あ、こいつ、一人だけ食べてる。いいなー。こっちは次から次に話しかけられて、料理を見てる暇もなかったのに。

「うわ、寒いねー。でも気持ちいいな」

「美穂子ちゃんも、服、どうぞ」

「いいの? ありがとう達樹君」

 椅子に座った美穂子の肩に達樹もジャケットを掛ける。


 すぐに竜神と百合もテラスに出てきた。

 あれ、竜神のタキシードの色、ところどころ変だぞ?


「竜神……ひょっとしてまたワイン掛けられたのか?」


「ワイン掛けられる事三回、ジュースが二回だ」

「か、風邪引くなよ……」

「ここまでひでーとはな。想像を遥かに超えてた」


 百合がグラス片手に口を三日月に開いて、くく、と笑う。

「私としては感心しているんだぞ。それだけ狙われたのに私の服には染み一つないからな。中々優秀じゃないか。体がでかいと盾としての使い勝手が良くていいな」


 今後とも利用してやろうって魂胆が見え見えだ。頑張れ竜神。俺は百合の盾になれるほど身長も幅もないから応援することしかできない。


「達樹の一言もなかなか良かったぞ。ヘンリエッタが連れていた連中は金で雇われた輩ばかりだったからな」


「え!? まじスか!? うっわーやっちまった。けどおれ悪くありませんよね? あんな言われ方したら、友達だって思いますよね」

「うん。お前は間違ってないぞ、珍しく」

 よかったー。と達樹が拳を握る。ヘンリエッタって変な奴だな。自分も金で雇ってきたくせに、百合のことはバカにするなんて。自分のことは棚に上げちゃうタイプなのかな。


 結局、あいつに謝らせることは出来なかったけど……もう関わることもないだろうし、忘れよう。

 椅子から立ち上がり、手摺から下を見下ろす。

 眼下に広がる中庭は、クリスマスのイルミネーションで彩られていた。


「うわ……綺麗だな……竜神、外のツリーも凄いぞ……! サンタのイルミネーションもある」

 竜神が俺の横に並んで立った。

「確かにすげーな。帰り際に一回りしていくか?」

「うん!」


 クリスマスってケーキやご馳走も嬉しいけど、イルミネーション見るのが一番好きだから竜神と回れるなんて嬉しい!


「ふふ、竜神君と未来の格好、なんだか、結婚式みたいだね」

 美穂子が笑った。


 け、結婚式!?


 タキシードと、白のドレス。

 竜神のタキシードはジュースとワインに汚れていて、俺のドレスはウェディングドレスというにはシンプル過ぎるけど。


 でも、確かに、結婚式みたいだ!!


 反射的に竜神を見上げてしまった。竜神が嬉しそうに笑ってくれて――――、うわああ! し、幸せすぎて今なら死んでもいいかも……! 神様、こんなクリスマスをありがとうございます!

 意味不明にテンション上がって、竜神の手を握り締めてブンブン振り回してしまう。


「そう上手くいくっすか? 人間どんなことがきっかけで別れるかなんて判らないもんっすよー。こないだも『運命の恋人』だっつってーイチャイチャしてたおれの友達のアホカップルが二ヶ月持たずに別れてましたし」

「いいい嫌な事いうなバカ達樹!!!」


「じゃあボクは在校中に別れるに十万円」


 ボディーガードさんを引き連れてテラスに出てきた冷泉がいきなりそう宣言した。

 おおおおお前ふざけんなよまじでええ!!


「では、私は大学入学と同時に自然消滅に三万だ」

「おれ、来年、未来先輩に好きな人が出来て別れるに五百円かけます」


「嫌な賭けするなああ! 別れないぞ、絶対別れないからな!」


「そうだよー。未来と竜神君が別れるわけないじゃない」


 美穂子が笑う。


「大学卒業して、竜神君の仕事が落ち着くぐらい……そうだねー、25歳で結婚して、二年後に可愛い赤ちゃんができる方に一万円ー♪」


「そんなに上手くいきますかね」

「絶対行くよ。女のカンです」

 美穂子が自信満々に頷いた。


 お、女のカン……!? 俺もよたよたと賭け事の輪に加わる。


「……じゃあ、19歳で竜神の前に運命の相手(23歳ぐらいのお金持ちのご令嬢)が現れて一人ぼっちになってるのに五千円……」


「なんで……、未来がそんな悲しい予想を立てるのかな?」

「だってだって、女のカンがそう訴えかけてくるんだ……! 達樹の言う通りだよ人生上手く行くわけないよ。とんでもないことやらかして、竜神に愛想をつかされるんだよ……」

「大丈夫だ。お前の女のカンは飯に関することしか当たらない。本気で全く当たらない。お前がオレを捨てない限り、別れるなんてことはないから自信持っててくれ。絶対浮気もしないから」


「美穂子、写メ撮ってください。竜神から捨てられたらこの姿を結婚式だと思ってずっとずっと大切に保存しとくんだ……」


「やめろ!」

「悲しすぎるよ未来……。ネガティブすぎるにも程が……」

 竜神が俺を胸に抱いて背中を叩いてくれて、美穂子が両手で顔を覆って俯いてしまった。

「あれ、竜神、なんか硬いの着てるね」

 体に当たった感触に違和感あって、竜神の胸をぽんと叩く。

「あぁ、これは……」


 お酒に酔った赤い顔の男の人がふらりとテラスに出てきた。

 無駄に透明度の高いガラスドアと俺達が囲んでるテーブルとの距離は三メートル程度。

 俺はその人を一瞥しただけですぐに視線を逸らした。


「冷泉君」

 男の人が冷泉を呼ぶ。なんだ、変態目当てに出てきたのか。


 男の人が、拳銃を冷泉に向けた。


 え? オモチャ?

 こんな場所で余興?

 パーティーの出し物かなんか?


 そう思った。


 そんな中、一番最初に反応したのは、やっぱり、竜神だった。


 顔を上げると同時に足を踏み出し、冷泉を抱え込む。


 その半瞬後。


 パンパンパンって鼓膜が痛くなるぐらいの音がして、竜神の背中が弾けた。


「りゅう――――!!?」

 12月の冷たい空気で喉を切りそうなぐらい、強烈に、目いっぱい、息を呑んで、俺は叫んだ。


 悲鳴がいくつも木霊する。


 浅見が男の手を蹴って拳銃が落ちるけど、もう、遅くて。

 パーティー会場から上がる、女の悲鳴、男の悲鳴、冷泉のボディーガードに抑えられた男が喚く声。

 竜神が床に崩れ落ちて。


「竜神君! 竜神君!! そんな……!」

「りゅ、竜神先輩――!!!??」

 泣きそうな美穂子の声と達樹の声。

「くそ、まさか、こんな」

 低く呻く百合の声。


「りゅう、りゅう、りゅう、りゅうじん、」

「全員落ち着け! 大丈夫だ、竜神には防弾ベストを着せてあるんだ、死にはしない」

 竜神に駆け寄りたいのに体が動かなくなって、百合の声が直接体に響いてくる。すぐ傍から感じる百合の匂い。抱き締められていた。

 百合の声はいつも自信に満ちているのに、なんだか、頼りない。


「こんな間近で撃たれて防弾ベストなんか意味あんのかよぉ!?」

 達樹の震える声が響く。


「うるさい!! くそ――――お前たちは木偶か!? 16のガキに先を越されるなど何のための護衛エスコートだ!!」

 百合がボディーガードさんに叫び。


「皇国ホテルに救急車をお願いします、階は――」

 浅見の怖い声がして。




 そこから、もう、何も判らなくなった。





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