女の子の自殺の動機
恐らく真赤だろう顔で、台所で茶を飲んでる母ちゃんの前に立つ。
これまで、こんなに恥ずかしいことがあっただろうか、いや、ない。初めてこの体で風呂に入った時だって、こんなにまで緊張しなかった。
でも伝えなければならない、よし、いうぞ――――!
「母ちゃん、俺の体に生理が始まったんだ」
いった――――――!
やった、やったぞ、ようやくいえた! 頭の中にファンファーレが吹きまくる。
「あら、そうかい!」
妙に弾んだ母ちゃんの声。どうやらファンファーレが吹いたのは、俺の頭だけじゃないようだ。
「そりゃお目出度いわね! お赤飯を炊かなくちゃ。炊飯ジャーに残ってるご飯は冷蔵庫で冷やして、明日チャーハンにしようかしらね」
「余計なことすんじゃねえよ!」
財布を持って台所を出ようとする母ちゃんに後ろからタックルをかます。
が、母ちゃんはさっさと家を出て行ってしまう。本気で赤飯を炊くつもりだな。
「今日は何かの記念日だったか?」
夕食で出た赤飯に、珍しく早く帰ってきた兄ちゃんが箸を取りながら目を丸くした。
家じゃ、記念日には赤飯って決まっているのだ。
「未来が大人になったんだよ」
「生理がきたのか?」
ずばっと兄ちゃんに問われ、俺はやけになって「ああそうだよ」と言い捨てた。
因みに父ちゃんはかなり昔に亡くなっている。家の家計は十五歳年上の兄ちゃんの収入と、母ちゃんのパートでやりくりしている。
食事はいつも通り終わったんだけど、部屋に来いと兄ちゃんに腕を引っ張られた。
「話しておく事があってな。座れ」
家は築四十年も越えて傾きかけたボロ家だ。歳月を連想させるように、全部屋が畳敷きの和室である。兄ちゃんの部屋だってそうだ。なのに兄ちゃんの部屋には不釣合いにソファが置かれていた。言われるがまま座ると、やたらとふかふかで体が半分沈んでしまう。
「お前の体の主――上田早苗は自殺を図った際、体中に暴行の痕があったそうだ」
「うそ!」
唐突に切り出された内容に、叫び声を上げて反射的に腹を押さえた。
「早苗は日々暴力をふるわれていたんだろう。遺書がなかったので正確には不明だが、自殺の動機は暴行を受けた続けた事に違いない」
俺は間抜けにポカンと口を開けたままだ。
「ねぇ兄ちゃん、早苗ちゃんに暴力を振るったのって、誰?」
「不明だ。おそらく父親だという推測はできるが、確証がないらしい」
ノックの音がした。兄ちゃんが答えると、母ちゃんが顔を出す。
「未来、今度の日曜日、早苗ちゃんのお母さんがお前に会いたいんだって。五時から駅前の喫茶店でね。忘れず行くんだよ」
「俺だけ?」
「そ」
一人はちょっと心細いな。早苗ちゃんのお母さんとは数回会ったけど、向うは生きて動いているのを見れれば満足、といったふうであまり会話をしていない。
早苗ちゃんのご両親も合意の上の脳移植だけど、娘の体を乗っ取ってしまったのに変わりはない。負い目も付きまとってくるし、二人きりで何を話せばいいんだろう。早苗ちゃんの過去とのダブルパンチで憂鬱になる。
事故った日から、俺の人生は余りにも何もかもが変わってしまった。
さっさと風呂に入り、寝てしまおう。深く、溜息をついた。