百合の家にお邪魔しました
「まじっすか!? やった、皇国ホテルでのパーティーなんてすげー料理出て来そう! 超楽しみっス!」
「え!? いいの!? どんな料理でるかな!?」
パーティーに連れて行ってもらえるなんて嬉しい!
色めき立った俺と達樹とは違い、浅見が眉根を下げた。
「百合さん、僕はちょっと無理だよ……。クリスマスには仕事先のパーティーがあるから……」
「ええー? 浅見、断れないの? 一緒に行こうよ皇国ホテル……」
俺はついつい不満の声を上げてしまった。せっかくのパーティーなのに、一人でも欠けるのは寂しい。
百合は空になった袋をきちんと折りたたみつつ、浅見に言った。
「心配するな、お前の仕事先には話をつけてある。社長殿も喜んでらしたぞ。モデル業界の顔見せパーティーなぞ足元にも置かない規模の人脈と金脈のパーティーだからな。存分に顔を売っておけ」
「え!? いつのまに」
浅見が驚くが、俺もまた驚いてしまった。
「ちょっと待って百合、立食パーティーってぐらいだから、バイキングみたいな気軽なパーティー想像してたんだけど違うの?」
「全然違う。基本的に食事はできないと思え。他の招待客との歓談が中心だ」
「えええ!? 飯食えないなんて最悪じゃねーっスか! おれ、パス!」
「わたしもパス! マナーもわからないし」
達樹に続いて俺も断る。ただでさえ知らない人が一杯の場所に緊張するのに、堅苦しいパーティーになんか出たくない。
おまけにご飯も食べちゃ駄目なんてひどい。
「大丈夫だ。マナーについてはちゃんと教えるから。最初にまず一つ言っておく。一番大事な事だからよく覚えておけよ」
な、なんだ?
百合は人差し指を立てて、重々しく、言った。
「知らない人に、付いて行っちゃいけません」
「………………」
おい、そこから!!?
「……わたし…百合の中でどんだけ駄目な子扱いされてるの?」
百合に詰め寄った俺に、別方向から声が返ってきた。竜神だった。
「珍しいモン食わせるって言われても、絶対に付いていくなよ」
「竜神まで……」
「蟹にも釣られるんじゃねえぞ」
「え、蟹?」
「………………」
「………………」
竜神と百合が青ざめた。
「やっぱ駄目だ。未来は連れていけねえ。オレ一人でこいつを守れる気がしねえ」
「将来SPを目指しているんだろう。女一人守れなくてどうする」
「プロでもチーム組んで守るんだよ! オレみたいな素人が一人でやれるか」
「大丈夫だ。いくらなんでもさらわれたりはしないから心配するな。せいぜい、ワイン掛けられるか足を踏まれる程度だ」
「おい……どれだけ恨み買ってんだ。友人に手出されるなんて相当だぞ」
「ざっと思い出せるだけでも二、三十ぐらいかな……」
「最悪じゃねーか……」
竜神が机に肱をついてうな垂れてしまう。ところで、百合も竜神も食べるの早いよな。俺、まだ半分しか食べてないってのに二人とも完食してる。
「今回のパーティーにはドレスコードがある。男性はブラックタイ、女性はリボンだ。着こなしについてだが、竜神」
「何だ」
「ジャケットのボタンは全開、シャツもスラックスに入れずに出して、ネクタイは緩めでボタンも第二ボタンまで開けて来い。まず服装で威圧しろ」
びし、と指を突き付ける百合に、竜神は物凄く嫌そうな顔をした。
「冗談じゃねえ。んなみっともねー格好で会場に入れるか」
「……お前は本当に、見た目を裏切るな。形式張った場所だろうと、だらしないスーツでズボンのポケットに手を突っ込んでガニマタで歩くのが似合うヤクザ顔の分際で」
「分際ってなんだよ。ヤクザ顔だから、きちんとした場所ではだらしなくならないようにしたいって言ってんだろうが」
「浅見は白のスーツでホストも顔負けに飾り立ててこい」
「そんな格好嫌だよ! 白って、主役の色じゃないのかな? 着ていけないよ」
「結婚式じゃないんだから関係ない。未来にも純白のドレスを着せて主役を食わせてやるつもりだからな。私を招待したことを心の底から後悔させてやる」
「冗談じゃない、そんな役周り嫌だよ! 注目されるのもやだ!」
ばたばた暴れて両手を振る。主役を食うような純白のドレスってなんだよ!? ウエディングドレスでも着せられそうで本気でいやだ!
「冗談だ。スタイリストをつけてそれなりに仕上げるから、格好は気にするな」
「ヤクザみたいな格好はしないからな」
「僕もホストみたいな格好はちょっと」
「露出はしたくないよ」
「判った。希望の色は何だ」
「黒」「黒」「黒がいいよ! 目立たなさそうだし!」
「そうか。パーティーに喪服でいくというのもいいな。人は生まれたらいずれ死ぬ運命だ」
「何でお前はそう攻撃的なんだよ」
竜神がうんざりとうな垂れた。
「おれは別に何色でもいっすよー。ピンクのスーツでも紫でも緑でも。なんならラメでもスパンコールでもかまいませんよお笑い要員は任せてください」
「スパンコールのスーツって超重そうだな」
「達樹君の体力じゃ一時間持たないんじゃないかな」
浅見の言葉に達樹がイラッとした顔をしたが反論はしなかった。体力持たないって自覚があるんだろう。
「そんな格好をさせるはずがないだろうが。お前の恥は私の恥になるんだからな」
百合が机に肱を付いて足を組む。俺達の恥が百合の恥になるっていうんなら、だらしない格好しろとか、ホストみたいな格好させるってのも冗談だったってことか? 百合ってどこまでが本気なんだか判り難いな。
「でもおれ、笑いでも取りに行かないと話すきっかけすら作れませんよ。パーティーに来る人って偉い人ばっかなんでしょ? 中学生のおれと共通の話題なんかありますか?」
「無いだろうな。話しかけられたら、「そうですねー」でも繰り返しとけ」
「そんな雑な返事でいいんスかぁ? 恥かくのがおれだけならどうでもいいんスけど、百合先輩までバカにされんじゃねーの?」
「気にするな。私の顔に泥を塗る真似をすればお前に億単位の賠償請求をするだけだから」
「欠席さしてください!」
「駄目だ」
「私はあまり長くないドレスがいいな。足に纏わり付くのがちょっと苦手だから。パンツスタイルならなんでも大丈夫だよ」
美穂子が鯛焼きを両手で持ったまま、机に身を乗り出すようにして言った。
美穂子のドレス姿!? なんだそれ見たい!
歓談が中心って言っても料理全く食べられないってわけじゃないだろうし、クリスマスで皇国ホテルってのもお嬢様になったみたいでちょっと楽しみかも……!
と思っていた時期が俺にもありました。
「こここ、ここがりゅりの家……」
思わず百合の名前を噛んでしまうぐらいに、呆然としてしまった。
「すっげーっスね……。さすが社長の家は違いますね……!」
「豪邸だねー」
後ろで達樹と美穂子も驚いている。
パーティー前に打ち合わせをするから今週末に私の家に来い。
そう、百合に招かれた俺たち五人は土曜日の午後、バス停で落ち合ってから百合の家を探した。
地図を見てくれたのは竜神で、迷うことなく辿りつけた百合の自宅はなんというか凄かった。
遠くからでも一際目立つ豪華な5階建てのデザイナーズハウス。
俺一人で探してたら、絶対、会社の事務所だと勘違いして素通りしてた。
まずいぞ。想像以上に俺と百合の世界は別世界だ。パーティーで恥をかかないようにちゃんと行儀よく振舞えるかしら。
「お待ちしておりました。未来様」
「うぁ」
ぼーっと見上げていたところに突然声を掛けられて背筋を伸ばす。
振り返った先に居たのはクラシカルなメイドスタイルをした女の人だった。
メ、メイドさんだ! 百合の家、メイドさんまでいるのか!
「わたくし、百合様にお仕えしております冬月冬子と申します。冬子とお呼びください」
ヨーロッパのお姫様みたいな綺麗な挨拶をされて俺も慌てて頭を下げる。
「は、はじめまして、日向未来です」
「こんにちは。熊谷美穂子です。私のことも美穂子と呼んでください」
ぎくしゃくする俺の横で美穂子がふわふわした笑顔をしてる。
うう。コミュ力の差が見事に出てるなぁ……。我ながら恥ずかしい。
冬子さんに案内されて室内に入る。て、天井高いなー! 大理石の床と白い壁を際立たせている間接照明、観葉植物も見るからに高価そうだ。
突き当たりのエレベーター(!)に乗って三階に上がる。
エレベーターを降りた先には豪華な両開きのドアがあって、冬子さんが液晶を起動させてチャイムを鳴らした。
「百合様、ご友人をお連れ致しました」
『入れ』
短く答える百合の返事。
冬子さんの指がいくつか画面を叩くと、ドアがゆっくりと開いた。じ、自動なのか……。
「いらっしゃい」
教室二つ分はあろうかというただっ広いリビングの真ん中、豪華なソファに座った百合が笑う。
「あ、あの、百合、靴はどこで脱げばいいの?」
「脱ぐ必要は無い。そのまま入って来い」
え!? そなの!? 土足!? ……外国かここは……。
コートとマフラーを冬子さんに預けてからソファに座る。
高そうなカップに入った紅茶が用意され、一息ついてから百合が今日の目的を口に出した。
「さて、早速だが話を始めさせてもらおう。当日開催されるのは立食パーティーだ。先にも言ったが食事はほどほどに、歓談を中心に楽しんでもらう」
そう。今日はパーティーに向けてのマナーを教えてもらうためにここに来たのだ。
「歓談……楽しめるかなぁ……。私、庶民だしちゃんとできるか心配だよ……」
俺はうー、と呻きながら、目を細くして眉根を寄せて首を傾げてしまう。
「お前は意外にも、所作も食事の取り方も美しいから、立ち振るまいに関しては問題はないんだ。立食パーティーだからテーブルマナーといってもたたが知れてるしな」
「意外にもって言った! 何が意外なんだよ。結構気をつけてるのに! 皿汚さないように食べたり、音を立てないよう気をつけたりすんの大変なんだからな。氷が入ったジュースを音を立てないように最後の一滴まで飲み干すのだって技術がいるんだぞ!」
気を抜いたらストローがずずって鳴っちゃうから神経を張り詰めさせてるんだ。
「最後の一滴まで飲むな。そうだな……。会話のシミュレートをしてみるか。まず浅見」
「え!? 僕!?」
俺の隣に座ってた浅見が驚いた声を出す。
「『今日はとても素敵なパーティーですね』」
「そ、そうですね」
「『どなた様のご紹介で起こしになったのですか?』」
「友人です」
「『私の服、一番お気に入りなの。似合っているかしら?』」
「はい」
「………………。」百合に凄い目で睨まれ、浅見が青くなる。
「会話をする気が無いにも程があるだろうが! もうすこし頭を使って返事をしろ! 単語で返すな!」
「どう答えていいのかさっぱりわからないんだよ……」
「次、未来」
う! 俺もやるの!? 緊張する……!
「『とても素敵なお洋服ですね』」
「は、はぁ……」
「『どちらにお住まいなのですか?』」
「さ、桜咲町です……」
あ! 単語ばっかで返事してたら俺も怒られるな。何か話をつなげなきゃ。
「桜咲公園ってご存知ですか? おっきな木のある公園で、家がその隣で……」
「個人情報をベラベラ漏らすんじゃない! よからぬことを考える相手だったらどうするんだ!」
ひぃ! 単語で返事しなくても結局怒られた……! そっか、話しすぎても駄目だよな……むずかしいなあ……。
浅見と二人で怒鳴りつけてくる百合からタジタジしてると、メイドさんがプレートを差し出してきた。
「百合様、差し出がましいようですが、よろしければこれを」
首から下げられるように紐の付いた大きなプレートには、『観賞用。話し掛けないでください』と書かれていた。
ほんっっとに差し出がましいな!!!
「そんなもんいらないよ! わたしも浅見も人と話すの頑張るんだから! ね、あさ」
浅見はプレートを手にとって真剣に考え込んでいた。
「浅見いいい!!」
「わ、ご、ごめん、つい」
半泣きで詰め寄って浅見の体を揺する。
「お手を触れないでくださいって追記すれば完璧だな」
竜神まで!! くそ、俺達を馬鹿にしやがって……!
「百合さん、お勧めのマナーブックはあるかな? 当日までに読んで勉強してくるよ」
「そうか……。浅見はそちらがいいかもな。冬子、ピックアップを頼む」
「かしこまりました」
冬子さんが一礼して下がっていく。
「続いて、注意事項を言っておく。まず一つ、暴力沙汰は絶対に起こすな。突き飛ばす、払いのける、押し退けるなんて行動ももってのほかだ。特に未来、男に抱きつかれても悲鳴上げて突き飛ばしたりはするなよ。笑顔で足の甲を踏みつけろ。人体の急所だ」
そ、それは暴力じゃないの?
「二つ目。何度も言うが、食事よりも歓談を中心にしてもらう。話しかけろとは言わないが、話しかけられたらなるべく会話を頑張れ。特に浅見」
「うん……。会話を繋げられる気はしないけど、頑張るよ……」
「三つ目。パーティーなんて場所では、怒りを露にしたほうが負けだ。侮辱されようと罵られようと、笑顔で反論しろ。見下せ。絶対に激昂するなよ――――――ってこれはむしろ私にとっての注意事項だな」
全くだよ。浅見も竜神も声荒げて怒るタイプじゃないもん。達樹は年上相手だと意外と要領いいし、このメンバーで激昂するのは百合ぐらいのもんだ。
「おれは会話の練習しなくていいんですか?」
達樹が手を上げた。
「あぁ。お前はまぁ、会話に対して心配はしてない。年齢が年齢だから相手が多めに見る部分もあるし、お前なら料理に出てるレタス一つから話を広げることもできるだろう?」
「あ、それは簡単っすよ」
達樹は案外人懐っこいし中等部サッカー部なのに高等部の先輩達にも評判良かったもんな……。
後輩に負けるなんて悔しい。
当日に着るタキシードとドレスのため採寸されたり、マナーを一通り勉強したりと、土曜の午後は慌しく過ぎて行ったのだった。