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自分の心と向かい合う

「調子がおかしくなったらすぐに呼べよ」


「大丈夫だって。心配してくれてありがとう」



 見送ってくれる竜神に挨拶をして俺は家を出た。


 今日は南原さんと西野さんと会う日。

 初めて連絡を貰ったのは九月だった。何度も断られ、会うって言ってくれた日から既に三ヶ月経過していた。


 駅前の飾りはもうクリスマス一色だ。


 う。手、冷たいな。手袋忘れてきちゃった。ずれてしまったマフラーの位置を直しながら、木枯らしに追われるように早足になっている人たちの間をぬって駅へと急ぐ。

 まず、駅で百合と合流してから待ち合わせ場所へと向かうのだ。


 そういえば、百合、優しく見えるように化粧してくるって言ってたっけ。前にも思ったけど、化粧で印象をやわらげる事なんかできるのかな?

 顔が変わるわけじゃないんだから、化粧程度で印象が変わるなんて想像できないなぁ。


 ホームに出ると寒いから改札前の売店で待とうかな。百合にメールしようと携帯を取り出すと同時に、後ろから声が掛けられた。


「未来、お待たせ」


 呼ばれて振り返るけど、聞き覚えの無い声だった。

 そこにいたのもやっぱり知らない人だ。


 大きくて存在感のある垂れ目、ピンク色の頬と唇、長くて綺麗な黒髪をリボンと一緒に緩く三つ編みにした優しそうなお姉さん。


 誰?


 って。


「ゆ、百合!?」


「あぁ。そうだ」

 驚いた俺に答えた声はいつもの冷淡で抑揚に乏しい百合の声だった!


「すげー! 誰か判らなかった! 百合じゃないみたい!」

「伊達に探偵屋の娘はしてないと言っただろう。このぐらい簡単だ」

「さっすがー! かっこいいな百合! 化粧で別人になれちゃうなんて!」


 百合の変わりようにはしゃいでしまう。


「さぁ行こう。待ち合わせ場所は麦沢駅のバーガー屋だったな」

 百合が俺の手を引いて歩き出す。ホームに出ると、タイミングよく電車が入ってきた。


「百合、喋り方もさっきみたいにしててよ。わたしも気をつけるから」


 早苗ちゃんの友達は大人しくて優しい女の子なんだから、男言葉で話したらきっと怖がらせてしまう。

 百合はアニメに出てくるお嬢様キャラクターみたいな、ふわっと柔らかい笑顔を浮かべて、おっとりとした喋り方で言った。


「そんなこと判ってるわ。相手に警戒されないように振舞うなんて、赤子の手を捻るより簡単だから安心してね、未来」

「こここんなの百合じゃない……」


 台詞は完全に百合なんだけど喋り方も声も完全に別人だ。

 思わず人見知りを発動させ二メートルほど離れて座席の影に隠れてしまう。

 イラっとしたらしい百合に顎を掴み上げられ、指先でほっぺたをふにふにと揉まれた。


「いいから大人しく座ってろ」


 促されるまま百合と並んで座席に座る。


「あ、そだ、早苗ちゃんの友達には、「病気で脳死状態になった」って言ってるらしいから、百合も気を付けてな。自殺だったって言っちゃ駄目だぞ」

「判った。他に注意事項は?」

「それだけ……だったと思う。多分」

「頼りないな……。危ないと思ったら止めてくれよ」

「うん」


「お前は……二人の顔は知っているんだよな?」

「うん。ちゃんと知ってるよ。わたし、写真貰ってるから」


 今日もちゃんと持ってきているんだ。

 早苗ちゃんと三人で写ってる写真。


 写真をバッグから取り出そうとした俺の手を百合が止めた。


「知っているならそれでいい…………随分と自然に、私と言えるようになったな」


 メイクのせいだけじゃなく、百合が優しい目で俺を見ていた。

 きっと、俺が成長したって思ってくれてるんだろうな。でも、違うんだよな。


「これ、早苗ちゃんが怒ってるからなんだよ」


 怖いことから逃げようとして早苗ちゃんと入れ替わろうとしたのに、結局俺が戻ってしまい早苗ちゃんを怒らせた事件をかいつまんで話す。


「スポーツ大会の日にそんな事件があったのか……」

「ん。変に女の子らしく振舞おうとして心配させてごめんな」

「構わない。あれはあれで可愛かったしな。しかし、お前の中に早苗がいるというのは本当か?」


「うん。早苗ちゃんの父親に襲われてすぐは精神が不安定で、しょっちゅう早苗ちゃんと入れ替わったりしてたんだ」


 百合に「詳しく話せ」と身を乗り出され、どこから話そうか迷いつつも口を開いた。


「えと……、移植手術受けた後に性格が変わった人の話、聞いた事ない? 趣味とか、食べ物の好みが変わったとかさ。たまにテレビのドキュメンタリーでやってたりするんだけど」


「いくつかあるな。ドナーを殺した殺人犯の顔を受容者が夢に見た話が印象に残っている」


「それ、心臓移植した人の話だよな。記憶転移って言うらしいんだ。誰にでも起こる現象じゃないんだけど、わたしは早苗ちゃんの体全部と入れ替わっちゃったから……なのかな? 早苗ちゃんの父親に襲われたショックで、早苗ちゃんの記憶を鮮明に思い出せるようになっちゃって。それからすぐに、早苗ちゃんの人格まで出てくるようになって」


 思い出してしまうのは虐待の記憶だけだがそこは伏せておく。さすがにそこまで話したくはない。

 自分の手を顔の前でぐー、ぱー、と開く。自分の意思で動くのを確かめるために。


「最初に早苗が出てきたのはいつだ」


 えーと、あれは。






「警察から連絡があった日」







 そうだ。間違いない。


「竜神が致死量の薬飲まされたって勘違いして、びっくりして竜神に電話掛けたんだ。薬飲まされてから一週間も経った後だったのに、竜神が死ぬかもしれないって怖くなって、生まれて初めてじゃないかってぐらい、泣いて」


 なんであんなに悲しくて怖かったのか。

 その理由はすぐにわかった。


「電話を切った時、丁度、鏡に顔が映ってて……。泣いてるのは早苗ちゃんだって気が付いたんだ」


 早苗ちゃんが、竜神のことが好きだったから。


「早苗ちゃんさ、助けてくれた竜神のこと、好きになってたんだ」


 早苗ちゃん、大好きな人が死んでしまうんじゃないかって、怖くて、びっくりしてたんだ。

 電話をした俺は、俺だったけど俺じゃなかった。


「――――そうか」

 百合は険しい表情をして、短く呟いた。




 待ち合わせ時間の五分前にバーガー屋に到着する。

 全国的に有名なバーガー屋じゃなくて、個人経営のお店だ。

 ちょっと値段は高めだけど、ポテトは大きくてバーガーには野菜がたっぷりだ。

 俺はジュースとサラダを、百合はジュースとミートパイを買ってテーブル席に入る。


「あ」


 早苗ちゃんの友達――――南原さんと西野さんは既に席に座っていた。

 緊張を押し込め、俺が先頭に立って、写真で見慣れた二人に挨拶をする。


「こんにちは! 今日は、お時間を取ってくださってありがとうございます!」



 二人は不思議そうに俺を見上げてきた。


「――――――」


 え!!? あれ、ひょっとして間違えた!? どどどどどうしよう百合!!


 数秒の硬直。

 溶けたのは席に座る二人が先だった。


「あ、ご、ごめんなさい、こんにちは、日向さん……ですよね?」

「は、はい」


 よかった、間違えてなかったー、びっくりしたー。


 二人が座っていたのは四人席だった。並んで座る二人の前に俺も腰を下ろす。


「こんにちは。連絡差し上げた花沢百合と申します。今日は、未来の付き添いで来ました。よろしくお願いしま……きゃ」

 深くお辞儀をしすぎて、百合がトレイをテーブルに打ち付けてしまう。


「だ、大丈夫……?」

 西野さんが心配そうに百合に聞いた。


「ご、ごめんなさい、私、そそっかしくて……」


 やっぱり知らない人だ!

 初めから知らない人ならまだいいんだけど、百合が突然知らない人になってしまったんでびくびく距離を空けてしまう。

 百合が一瞬だけイラっとした顔になったのは見なかったことにしておく。怖いんだよー。


 南原さんと西野さんは穴が開きそうなぐらいに俺の顔を凝視してきた。


 なんだろう……この反応……。


 凝視するだけしてから、二人で顔を向かい合わせる。


「早苗……ってこんな顔だったかな……?」

「早苗っぽいけど……なんか、違わない?」

「だよね!」


「違う!?」


 違うって、顔が違うって事か!? どういうことだ!? 自分の顔を両手で挟んでしまう。この体、早苗ちゃんのものなのに、何が違うんだ!?


「あ、違うって、へんな意味じゃなくて」

「うん。なんか、あたしたちが知ってる早苗より、可愛い……っていうのかな。雰囲気が優しくて、別人みたいに見えたから」

「優しい……?」

 百合モドキが首を傾げる。


「うん。早苗って、もっと、こう、目尻を吊り上げたキツイ顔してたから。日向さんってなんかふわふわしてるんだもん。別人に見えちゃった」

「え……? 早苗ちゃんって、大人しい子なのに、キツイ顔してたんですか?」


 想像できない。写真の早苗ちゃんだって大人しそうな顔をしていたのに。


「早苗が、大人しい……? 全然違うよー。早苗、きつい子だったよー」


 は!?

 早苗ちゃんがきついって、どういうことだ!?


「早苗さんって、大人しい子じゃなかったの?」

 百合が聞くと、二人は、うん、と同時に答えた。


「なんでもズケズケ言っちゃうから、女子に嫌われて友達少なかったんだよ」


 困ったような顔をして、南原さんが話しだした。


「だね。男子には人気あったから、しょっちゅう告白されたりしてたけど、ぜんっぜん相手にもしてなかったしね」

「しつこく誘ってくる相手には物凄い罵倒してたんだよ。不細工が話し掛けんなとか、臭いから寄んなとか」


 二人は笑った。やんちゃな妹を語る姉のような困った顔で。


「そうそう。結構酷かったよねー。早苗が変質者に襲われそうになったとき、助けてくれた子いたじゃん。塩見君……だったかな」

「ああ、居た居た。あの子も可哀相だったよね。怪我してまで早苗のこと助けたってのに。「助けてくれって頼んだわけじゃねぇ、勝手に怪我したくせに恩着せたつもりかよ?」なんて言われてさ」


 俺は呆然と二人の会話を聞いていることしかできなかった。


「……随分と活発な子だったのね」

 百合が三つ編みを揺らす。


「活発どころじゃないよ。あそこまで行くと攻撃的、だよ。全方位、敵って感じだったもん」

「超可愛いから許されてたトコあったけど、フツーの子だったら無視されるどころじゃ済まなかっただろうね」

「困った子だったんだよね。私達まで巻き添えにハブられたりして、中学校時代は大変だったし。……まだ、一年も経ってないのに、大昔の話みたいに感じちゃうな」


 そんな、ありえない。早苗ちゃんがそんな子だったなんて。

 バッグをかき回すようにして、中から写真を取り出す。


 目の前の二人と、早苗ちゃんが笑う写真。

「これ……」

 笑うことさえぎこちない、こんな子が、性格がきつくて男相手でも罵倒するような子だったなんて、考えられない。


「あぁ、これ、唯一早苗が笑ってた写真だよ」

「こんな顔もできたんだーって笑っちゃって、早苗に怒られたよね。懐かしいなあ」

 どこか悲しそうな顔をする。



「――――――――」



 そんな。




 話していた時間は二時間程度。


 俺は、二人に早苗ちゃんのことを質問し続けた。

 早苗ちゃんの一人称、性格、普段の経ち振るまい。


 俺の中に居る早苗ちゃんと照らし合わせて、一箇所でも合致する部分がないかと躍起になって。


 でも、何一つ、同じ部分はなかった。



 早苗ちゃんの一人称は、俺、だった。

 女の子である自分を嫌ってたらしい。

 喋り方も男言葉で、今の俺よりずっと荒くて。声も落ち着いた綺麗な声なんかじゃなくて、今の俺より甲高い、金切り声だって。



 そんな、馬鹿な。



 バーガーショップから出てから、西野さんが俺に頭を下げてきた。


「日向さん……、早苗のこと、よろしくお願いします」


「うん! 早苗の体だけでも、楽しく、生きて行かせてあげてください」


 南原さんも笑う。


「すっごく綺麗になったよね、早苗」


「だね。ほんと、超キレー。なんか、この世のものじゃないみたい」

「これからも、ますます綺麗になっていくんだろうね……。大学生になって、社会人になって、結婚して、お母さんになって、おばあちゃんになるまで、これからもずっと、早苗の事、よろしくね」

「日向さんになら安心して任せられるよ。会うの、何回も断っちゃってごめんね。……知らない早苗に会うのが、怖くて、踏ん切り付かなくて」

「い、いえ……。今日は、本当にありがとう……」


 ばいばーい、またメールするからね!


 去っていく二人に手を振って、中途半端に手を下ろして、全身から力が抜けるように俯いて装飾された道に視線を落としてしまう。



 恨み言一ついわないぐらい優しいし、暖かいし、女の子らしくて料理も上手くて片付けも完璧で気が利いて。うるさくないし、思いやりがあって頭もいい、完璧な女の子。早苗ちゃん。



 俺の中にいる女の子と、本物の早苗ちゃんは、全く、違う人間だ。



 それじゃあ一体、





 俺の中にいる、早苗ちゃんは、誰?





「これで判ったな」


 百合が三つ編みを解きながら言った。





「お前が言う早苗とは、お前が作り出した妄想の産物だ」




「え」



「連中が話していた早苗と、お前が言った早苗は全然違うじゃないか。この写真を見ると、なるほど、お前の言うように、大人しくて笑顔を作ることさえ苦手な、引っ込み思案の印象を受ける。が、事実は、ヒステリックで助けてくれた男に感謝の一つも無く、男言葉で自分を「俺」という豪胆な女だった。お前が言う「早苗ちゃんの人格」はお前が生みだしたダミーだ」


 妄想!?

 ダミー!?

 そんなのありえないよ!


「ちがう……ちがうよ! だって、早苗ちゃんのお母さんだって、早苗ちゃんは地味で大人しかったって」

「家の中では大人しく振舞っていただけだろう。虐待を受けて育った人間にはままあることだ」


 ――! ちがう、俺の妄想なんて有り得ない!


「さ、早苗ちゃんの虐待の記憶、フラッシュバックしたこともあるし」

「早苗の父に襲われた時にでも話を聞いたんじゃないか? もしくは、授業やテレビなんかで見聞きした虐待の記憶と混合させている可能性だってある。よかったじゃないか。お前の記憶は本物じゃない。喜ぶべきことだと思うがな」

 辛い記憶なんて、偽者に越した事はないんだから。


 そう言って、百合は頭を振って背中に髪を流した。


「物は試しだ。未来『俺』と言ってみろ」


「え」


 俺は口を開いて――――。

 声を出すのが怖くて、唇を閉ざした。


「……すまない。意地の悪いことを言ってしまったな」

 百合が瞼を伏せる。


「――――――――」


「ん? 待てよ? 早苗がダミーだということは、竜神を好きだったのはお前自身だったということか。お前のような弱虫が守ってくれる人間に惚れるのはありがちな話だが……、それにしても、随分早い段階で惚れてたんだな。警察から連絡があった当時から好きだったなんて、全く気が付かなかった」


「え」


「さっきからそればかりだな。まぁ、人の恋路に口を出すなど、私のガラじゃないからこのぐらいにしておこう。竜神にいい思いをさせてやるのも癪だし、変にこじれさせて恨みを買うのも面倒だ。さぁ、帰るぞ」


「……」


 ホームに入って、電車を待つ。


「百合」

「何だ」


「き――今日の話、竜神には、内緒にしてくれないかな。ちゃんと、自分で話すから」

「言ったろうが。竜神にいい思いをさせてやるのも癪だと。あいつが話を聞けば喜ぶだろうからな。絶対に話したりしないから安心してろ」


「喜ぶ、かな。早苗ちゃん、居ないの」

「喜ぶだろうさ。今日も、お前の様子がおかしくなったらすぐに連絡しろと言われていた。すぐ駆けつけられるよう、そこらで待機してるんじゃないのか?」

「――――!?」

「バイクがあると便利でいいな。私も十六になったら免許を取るかな。そうだ、終わったと連絡しておかないと」

 百合がメールしている間に、電車が滑りこんできた。








 電車の中で百合と別れ、桜咲のホームに下りる。



 一人になってようやく、覚悟を決めて、声に出してみた。




「俺」




 なんだ。


 言えるじゃないか。




「ほんっと、俺ってバカだな」




 ビビリで根性無しなのは知ってたけど、ここまでバカだったなんて本当にがっかりだ。


 男を好きになったら何もかも変わってしまう。男だった日向未来が本当に死者になってしまう。

 多分、あの時の俺はそんなことでも考えたんだろう。


 竜神が好きだったのは俺自身だったのに、頭の中に作り上げた「女の子」に全部押し付けて、好きって気持ちを見ないようにして、逃げて。


 日向未来はとっくに火葬されてる。


 この体に上田早苗が戻ってくれば、「中身が元男の女」ではなく、「完璧な普通の女の子」になれる。


 クラスメイトは驚くだろうけど、六月から十二月までしか一緒にいなかった「偽者の女の日向未来」の存在なんかすぐに忘れて、新しい同級生、上田早苗を受け入れてもらえただろう。今度こそ、本物の女の子として。


 竜神を好きだって自覚した後まで、居ると信じて疑わなかった。

 俺の中の日向未来さえ死ねば本当の女の子になれる。そのための人格、上田早苗。本当の女の子なら、男を好きになっても何もおかしいことはない。「男なのに?」そう言われるのも怖かった。

 早苗ちゃんになれば、全てが解決する。だから、全部押し付けていた。


 立ち止まって、胸の上をとんとん、と叩く。

 なぜそうしたのか自分でもわからなかった。

 早苗ちゃんを呼ぼうとしたのかもしれないし、俺と、俺が作り出した早苗ちゃんをかき混ぜようとしたのかもしれない。


 すぐに、歩き出す。





 駅には、竜神が迎えに来てくれていた。


 駐輪場に竜神のバイクは無い。百合の言うのが本当で麦沢駅で待機していたのなら、わざわざ家まで戻ってから迎えに来てくれたのかな。

 竜神ならそうするだろうな。バイクがあったら乗せろって俺が騒ぐから。


「未来だよな」

「み、未来だよ……」


 答えた俺に、竜神が安心して笑う。


「おかえり」

「ただいま」


 『それにしても、随分早い段階で惚れてたんだな』


 百合の声が耳の奥で響く。



「手袋、していかなかったのか?」

「うん。忘れちゃった」


 竜神が左手の手袋を脱いで差し出してきた。

 え、でも、竜神が寒いだろ。

 突っ返そうとするけど、無理やりはめられる。観念して、ごっちゃになった指をちゃんと入れなおす。ぶっかぶかで、腕を振り回すだけで飛んでいきそうだ。手袋の無い片手同士で手を繋ぐ。大きな手は暖かかった。


「そういえば、ちょっと前、手を繋ぐの嫌がってたよな。なんで嫌だったんだ?」

「う」


 そんな事もあったっけ。


「あ、汗が出てきたら気持ち悪がられるかなーって」


「……そんなしょうも無い事で、手を繋ぐの嫌がられてたのか……」


「しょうもなくないよ! いい所だけ見せたいっていう乙女心だよ!」


「すげえ可愛いな」

 竜神が笑った。


「!!!」


 急に可愛いっていうの切実にやめてほしい。心臓に悪いから。

 頬が熱くなって、顔を見られたくなくて俯いてると、握っていたはずの竜神の指が離れていく。


「てことは、オレが汗かくのも嫌ってことか」

「それはいいんだよ」

「なんだそれ」


 今度は俺から手を繋いで強く握る。


「ついでだから、晩御飯の買い物して帰ろう。竜神、何が食べたい?」

「オレはなんでも。お前は?」





「わたしは――――」





 女の子になって六ヶ月目。


 初めて、何の抵抗も無く、早苗ちゃんに強制されたわけでもなく、自分の一人称を変えた。



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