雷、怖いです!!!!
「ほ、ほんとに、それ、借りるのか」
竜神の手には死霊の阿波踊りのDVD。
レンタルショップでぶるぶると身を震わす俺に、竜神がちょっと困った顔をして言った。
「……どのレベルまでなら耐えられるんだ?」
どのレベル……?
ひ、ひょっとして、竜神と俺の妥協点が合致すれば、死霊の阿波踊りなんてショック死レベルのホラー映画を見なくてすむかもしれない!
俺は迷い無くキッズコーナーのアニメを探して、ケケケのケ太郎を手に取った。
「それはホラーじゃねえ」
「!!!」
ケ太郎を棚に戻し、今度は別の棚からゴーストパスターズを手に取る。
「それもホラーじゃねえよ」
「!!!!!」
すごすごとパスターズ(パスタ大好き幽霊たちのグルメ映画)を棚に戻す。
妖怪人間メムやもののの姫など提示してみたものの、妥協点は結局見つからずに、竜神は死霊の阿波踊りをレンタルしてしまったのだった……。
こうなったら俺も覚悟を決めよう。元はと言えば俺の勘違いが悪いんだしな!
だけど、家のテレビはなんと迫力の65型だ。
昔の家で使っていた20インチのテレビの四倍はあろうかという脅威の大きさを誇っている。ゲームをするのもサッカーを観るのも迫力があって気に入ってるんだけど、この画面でホラー鑑賞だなんて……これはもう、拷問かもしれない。
そんな拷問が待ち構えているというのに不思議なことに食欲は落ちず、美味しくご飯を食べ終えた頃、外には大粒の雨が降り出していた。
今夜の天気予報は雷雨だ。
ホラーDVDが終わると同時にすぐに布団に飛び込めるように、きっちり歯まで磨いて準備を万端にする。
いや、これだけじゃ足りないな。ベッドから毛布を引っ張って、頭から被ってからようやく俺はリビングに入った。時間は十時。外は本格的な豪雨になっていた。この家、結構防音性に優れているっていうのに打ちつけてくる雨音がリビングまで響いてくる。雰囲気ありすぎていよいよ怖くなってきた……。
「……お前がお化けみたいになってるぞ……。顔ぐらい出せよ」
「ほっといてくれ! これでも一杯一杯なんだよ!」
ソファに座る竜神にこれでもかというぐらいにくっつく。
「ほんと、怖がりだよな。これ、ホラーもスプラッタもあるけど、メインはストーリーだからそんな警戒するなよ。ちょっとは慣れろって」
「な、慣れろって言われても……」
「中学校の頃ネコに驚いて失神して怪我したり、小学校の頃は行方不明にもなったんだろ? 今のままじゃまた繰り返すだろ」
「う、う……」
覚悟を決めて毛布から顔を出すけど、テレビの画面が変わった途端に思いっきり体をびくつかせてしまう。
「■⊃〇#$&●」
「まだ配給会社のロゴだ」
「&=~$#△■」
「OP始まったけどまだ何も出てきてねーよ」
『キャー!』
OPが終わり、女の人の緊迫の悲鳴が響く。
「〇*‘+■□」
いよいよお化けが出てくるシーンとなったその時。
ドーン!!
雷の音が耳をつんざいて、びりびりとガラスまで揺らした!
途端にプツン、と電気の全てが消えてしまった。テレビから電灯まで。
「停電か……。雷が電線にでも落ちたのか?」
竜神が暗がりの中、器用に障害物を避けカーテンを開いた。近所の家も、街灯さえ明かりが消えて窓の外は真っ暗で、打ちつけてくる雨だけが景色を揺らしていた。
「今日は中止だな。よかったな、未来……って、どうした」
毛布を掴んだまま硬直している俺に駆け寄ってくる。
「ひょっとして……雷も怖いのか?」
「ソ、ソノトオリデス……」
怖いといいますか、ぶっちゃけ腰が抜けました。
お化けが出ようかってタイミングであの爆音。そして停電。
気絶しなかっただけ俺凄いよ。強くなったよ。がんばった俺。
「こ、腰が、抜け、た、立てません」
竜神はしばし言葉も無くしていたけど、俺を抱き上げて、なんと、俺の部屋に入ろうとした。
「ゃー! こんな日に一人ぼっちにするなんて鬼か! 添い寝! 添い寝お願いしますまじで! 襲っても構いませんので!」
「怖がってる女襲えるか!」
「ほんとお願いだから! 一人ぼっちにするなら明日ご飯作らないぞ!」
「う」
分厚い遮光カーテン引いてるのに窓の隙間から光が漏れた。まるで昼みたいな強い光。間髪居れず爆音が響く。
「うきゃぁ」
「落ち着けって」
竜神は今度こそ自分の部屋に入ってくれた。
しがみついて剥がれない俺を抱えたまま、ベッドに入って布団を頭まで被せてくれる。
とん、とん、と優しい手つきで布団の上から肩を叩かれた。
「ほんと臆病者だな……。美穂子に怒られるのも怖くて、ホラー映画も都市伝説も怪談も幽霊も暗闇も雷も怖いって……。世の中怖いものばっかじゃねえか。むしろ平気な物はあるのか?」
布団の中に入ってるから竜神の声がくぐもって聞こえる。呆れてはいるけど、笑いを含んだ声だった。
また、ドーンと雷の音が響いて、竜神の体に益々くっついていく。
「あるよ」
「何だよ」
即答だったのが意外だったのか、竜神の手が止まった。
「竜神のことは怖く無い」
胸に顔を埋める。
あれだけ雷が怖かったのに、竜神の匂いに安心して急激に瞼が落ちてくる。外の雷雨も、暗闇も、チラッとテレビに映ったお化けの残像も遠くなっていく。
「お前にだったら何されても怖くないよ……。たぶん、殺されても、こわくない……」
「バカな事言うなよ」
怒ったような困ったような竜神の声。
大きな手が乱暴に俺の頭を撫でる。
判ったのはそれだけで、あっという間に眠りに落ちてしまった。
翌朝には、もう、嵐は過ぎ去っていた。