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普通の子VS普通の子(お説教編)


「そうだ、未来」


 百合が唐突に俺を振り返った。慌ててガールズPOPを机の奥底に隠す。


「南原と西野に私から連絡を取った。今週の土曜に会うそうだ。午後から開けておけよ」


「え!?」


 南原さんと西野さんとは、早苗ちゃんの親友の名前だ。

 どうやって連絡取ったんだよ!って聞きそうになったけど、百合、探偵事務所のお嬢様だもんな。調べることぐらい簡単か。


「そっか、ありがとう……」

「土曜一時に桜咲の駅前で待ち合わせをしよう」


 あ、そっか。

 百合も行くって話してたんだった。

 うー。でも百合と二人って怖いぞ。


 俺、十五年生きてても良太しか友達できなかったコミュ障だし、関わりすぎると絶対百合から嫌われるよな……。

 百合、竜神が嫌いってこと上手に隠してたし。

 よし、ちゃんと話しておこう。


 しばしうろうろしてから、障害物(竜神)の後ろに隠れて、こっそりと話しだす


「花沢さん」


「ど、どうした……?」


「私、花沢さんに嫌われたくありません。できたら末永くお友達のままで居続けたいと思っております」


「…………」


「そこで提案があります。二人きりで行動するのを避けましょう。私、絶対、花沢さんを怒らせて嫌われてしまいますので、できるだけ接触する時間を減らしたい所存です」


 ガターン。


 百合が机に拳を打ち付けるような体勢で机に突っ伏していた。



「百合ちゃん」「百合先輩」


「「自業自得(っすね)」」


「――――! 未来! 言ったはずだ。お前が嫌になったらその場で嫌と言うと。私は我慢ができる人間ではないからそこは信じろ!」


 うう……。


「わかったよ……。でもちゃんと言ってくれよ」


 百合は判ってるといいながら机に肱をついてうな垂れた。長い黒髪が流れて百合の表情を隠した。




 さて、運命の放課後!


 お守りのガールズPOP(先月号と今月号の二冊)を、お弁当を入れてきたバッグに忍ばせて、俺はこっそりと三年生の校舎五階に潜入することに成功していた。


 竜神は竜神で、剣道部の先輩に呼び出しを食らっていたから問題なく潜入することができた。竜神、喧嘩はしないって言ってたけど、向こうから掛かってきたら別だよな。心配だから、竜神が危なくなったら助けてもらうためにこっそりと達樹と浅見を派遣している。


 と、ところで、


 ミスさん、友達を三人も引き連れてるんですけど。


 これ、俺、結構やばくないか?


 戦略的撤退を選択するべきか。しかし相手は女だし、殴りかかってくるのは少々想像し難い。出て行っても大丈夫かな……?



「日向さん」


 こっそりと階段と廊下の角から覗いていたのにあっさり発見されて、俺は選択の余地無くすごすごと廊下に出た。

 ミスさんと向かい合う。

 優しげな目尻の下がった瞳だからか高圧的に睨まれると余計怖くて、腰が引けてしまう。

 後ろの人たちも俺のことすげー睨んでるし。


「単刀直入に言わせて貰うわ。竜神君は私と付き合っているの」

「知ってますけど……」


「え?」ミスさん

「え?」俺

「え?」ミスさん


「………………」一同


 な、なんだろう、この沈黙は……?


「竜神君の本命は私なんだから。あんたなんか浮気相手以下の存在なのよ!」

「知ってますけど、それが何か……?」


「え?」ミスさん

「え?」俺

「え?」ミスさん


「………………」


「私のほうが大切にされてるんだから!」

「当然です」

「私のほうが愛されてるんだから!」

「知ってます」

「あんたなんか竜神君につりあってないんだから!」

「おっしゃる通りです」


「………………」

「………………」


 ……まいったぞ。話が噛みあってる気がしない。

 何が言いたいんだろう。もうちょっと要点をはっきりさせて欲しいな。


「わ、わかってるならいいわ……?」


 ミスさんが長い髪を靡かせて去って行った。友人達もふにおちない顔をしてミスさんと一緒に踵を返していく。




 ????




 何だったんだよ一体……。


 俺も教室に戻ろっと。


「未来」


 階段の角に曲がって数歩歩いたところで、聞きなれた声に名前を呼ばれた。


「うわ、びっくりした! どうしたんだよ百合。美穂子まで!」


 廊下と階段の角、掲示板の前に美穂子と百合が立っていた。


「お前がこそこそ教室を抜けて行ったから何かあると思ってな。案の定だったな」


「の、覗き見するなんてやらしーぞ二人とも」

「あぁ。私はやらしいがそれがどうした」


「百合ちゃん、話が逸れてるよ。……未来、さっきの先輩の話、どういう意味かな? 竜神君、あの人からの告白断ってなかったの?」


 美穂子の質問に答えたのは俺じゃなくて百合だった。


「いや、本人が告白は断ったと言っていたぞ。ひょっとしてあのバカ、お前にちゃんと言って無かったのか?」


「断ったってことは聞いたよ。でもあんな綺麗な人の告白を男が断るわけないだろ? 竜神、優しいから秘密にしてくれてるんだよ。自分に彼女ができたら不安になるのを判ってくれてるから。良太に着信拒否された時、号泣しちゃったし」


 びき、と。百合と美穂子の空気が凍った音がした。気がした。


「えっと……、昨日ね、竜神君からメールあったんだ。未来と付き合うことになったって。これ、嘘じゃないよね?」

「え!? りゅ、そんなメールしてたの!?」

「嘘なの?」

「う、う、う、嘘じゃ……ないよ。ただ、本命がさっきのミスさんなんだよ」


「ってことは、竜神君が二股してるってことだよね?」

「ふ、二股っていうか……。ミスさんが本命で私が浮気相手だってだけで」


「未来落ち着いて考えて。竜神君が自分のことが好きな女の子を二股に掛けたり、浮気したりするような最低男に見える?」

「見えないよ」

「即答か」

「それでなんで……浮気してるなんて思っちゃったのかな?」


「男は浮気する生き物だし、女なら浮気相手の一人や二人多めに見なきゃダメってガールズPOPに書いてたんだ!」


 俺は、お守りにと持って来たガールズPOPをバックから取り出して、『女の子が覚悟しておくべき☆恋の掟☆』と書かれたページを開いて、二人に指差して見せた。


「そうか。ではまずその本を窓から投げ捨てよう」


「な、何で!? 恋人なんて出来たこと無いし、人を好きになったことだって初めてなんだからコレがないとどうしていいかわかんないよ! ちょ、やめて、本気で捨てようとしてるだろ! どうして捨てなきゃだめなんだよ!」

「お前のように客観性に乏しく思い込みの激しい人間は、低俗な情報に踊らされやすいからだ!」


 窓を開けて本を引っ張ろうとしてくる百合に必死で抵抗する。まだ全部読んで無いんだから!


「でもでも、あれだけ美羽ちゃん大好きな良太だって昔、浮気したことあるんだぞ! ちゅーぷり持ってたって美羽ちゃんが倫理の教科書(厚さ二センチ)で良太のこと撲殺しようとして止めるの大変だったんだから! 男は浮気する生き物なんだよ!」


 付きあい始めて一年目ぐらいで発覚した浮気だ。俺、良太が浮気したことさえころっと忘れてたけど、美羽ちゃんが良太に俺を寄せたがらないのはあの事件があったからなんだろうな。良太の奴覚えてるかな。あいつも自分が浮気した事完全に忘れてそう。


「佐野君は佐野君、竜神君は竜神君なのになんでごっちゃにして考えるの? 別人なのに男の子ってだけで一緒にしちゃだめだよ」


「未来、横に、『女も浮気する生き物だから浮気を許さない男の子はさっさと捨てちゃいましょう』って書いてあるが……この本を信じるということはお前も浮気するのか?」


 立て続けの質問に混乱してしまうけど、とにかく百合の言葉に返事をする


「浮気なんて最低な真似するわけないだろ!」

 ずっと一緒に居てくれて、俺みたいなどうしょうもない人間を好きって言ってくれた竜神を裏切るなんてとんでもない!


「竜神君はそんな最低な真似をする男だって思ってたんだよね」

「え?」


 沈黙が走る。


「ち、」


 ちがうんだー! と逃げ出そうとした俺の首根っこを美穂子が掴んだ。


「こら! 可愛く逃げてもダメ!」





――――





「ちゃんと反省してるの!?」

「ご、ごべんなざい……」



 美穂子の迫力の怒声と半泣きの未来の声が廊下に響き、竜神は足を速めた。

 蝶番の壊れたドアの隙間から、達樹と浅見が室内を覗き見している。


「今度は何の喧嘩なんだ?」

「あ、先輩」


 しゃがみこんで覗いていた二人の上から竜神も室内を見る。

 狭い教室の真ん中で未来と美穂子が向かいあって正座していた。その横で百合が椅子に座っている。



「あんたが浮気してるって未来先輩が思いこんでたらしいですよ」

「え!? なんでだ。つーか誰とだ」

「そこからっスか」

「身に覚えがねー。ずっと未来と一緒にいたし、勘違いできる時間的な余裕すらねーよ」


 困惑する竜神を他所に、未来が口を開く。


「でもでも、竜神が私だけ好きになるはずないよー! 母ちゃんだって男作って出て行ったし、兄ちゃんは新しい家に引っ越した途端さっさと別居したし、十年も親友だった良太だって美羽ちゃんだって離れて行ったのに!」


 え。と浅見も達樹も息を呑んだ。美穂子も困ったように表情を変えた。


「だいたい、竜神みたいなかっこいい男を独占できるはずないもん! 無くすぐらいなら最初から何も期待したくない……!!」


「あらー。すげーのろけられてるじゃねっすか」

 達樹が竜神を茶化してくるが、顔は拗ねたような表情だ。


「こんな惚気嬉しくねえよ。むしろ心配だ。未来の自己評価はいったいどんな事になってんだ」



 悲壮に叫ぶ未来に、美穂子はたじろがなかった。


「ご家族の事に関しては……、事情を知らないから何もいえないけど……、竜神君に関しては言わせてね。竜神君が未来を大事にしないような男だったら私も百合ちゃんも黙って見てるはずないじゃない!! 全力で止めるよ!」


「その通りだな。むしろ社会的に抹殺する程度はやっていたぞ」

 静観していた百合が始めて口を開いた。


「しかし未来の思いこみの力は凄いな……。電力換算したら日本全土を賄えそうだ。竜神に対しても盲目すぎてむしろ呆れる。あいつは暴力だけが取り得の男だろうが。花から聞いたぞ。お前が熱を出した時、粥は作れるかと母親から聞かれた竜神が、米と水を鍋で煮ると答えたとな。塩を思い出すまで二分も掛かって、母親からぶん殴られたそうじゃないか。結果、お前の粥もコンビニのレトルト粥だったんだろう?」

「え、そ、そうだったかな……??」

 未来はお粥がレトルトだったことは覚えていたが、そんなやり取りがあったなんてすっぽりと抜け落ちていた。


「竜神先輩、粥も作れないんですか? まじで? あんなもん原始人だって作れると思うんですけど」

「うるせえ。オレも反省してんだよ」


「百合、言っておくけど、竜神は暴力だけが取り得じゃないぞ! 優しいし思いやりあるし責任感も強い、いい奴なんだからな!」

「優しくて思いやりあって責任感の強い男は浮気はしない」

「う」


 未来がはくはくと口を動かしている。

 美穂子が苦笑した。


「竜神君が未来から離れることなんてないから安心していいよ。女の勘なんだけど……」

「そ、そうかなぁ……」

「それより、「でも」は言わない!!!」


 怒鳴られて、ひーと未来が首をすくめる。


「美穂子まで最近きつい……。百合に怒った時はもっと優しかったのに……」


「未来、私ね、妹がいるの。妹もよく思いこみだけで失敗してね。そのたびにこうして怒ってるんだ」


「……どうりで怒りなれてると」


「妹、七歳なんだけどね……」


「……」


「百合ちゃんは私の大事な友達。未来は私の大事な妹。だから怒り方がちがうのも判ってほしいな」

「美穂子」

「だから、人を疑う前に、ちゃんとその人と話をしなさいって言ってるの!」


「うぅー! 美穂子が怖いー!」


 べそをかき始めた未来に、頃合かと竜神は教室内に入った。


「美穂子、未来を怒ってくれてありがとう。オレ達の問題なのに巻き込んで悪いな」

「竜神君……」


「り、竜神……!」


 逃げようとじたばたする未来の首根っこを掴んで、竜神は重たく声を絞り出した。


「未来」

「は、はい……?」


「恋人が浮気してるって疑うきっかけな、自分が浮気してるから相手も疑わしく見えるってのが、意外と多いんだ」

「え!!?」


 自分が浮気しているからこそ、相手も疑わしく見えてしまう。

 相手も浮気していると思うことで罪悪感を軽くする場合だったり、逆に、自分から浮気を口に出すことで相手の疑いから逃れるなんて場合もあるが、浮気している人間が浮気を疑ってくるのは、実にありふれたことだ。


 目を丸くする未来に竜神は更に続けた。


「お前、誰と浮気してたんだ?」


「ししししてないよー!! 竜神がいるのにするわけないだろー!!」

「未来。怒らないから言ってみろ」

「してませんー!」


「ありゃー。なかなか容赦ねーっすね。未来先輩、竜神先輩にベタ惚れだから疑われるのキツイでしょーに」

「未来、頑張れー」

 達樹が静観し、浅見が小声で未来に応援を送る。


 未来は半泣きで竜神にしがみついて違う違うと繰り返して、竜神は辛そうな顔でオレは暴力しか取りえねーから浮気されてもしょうがないとだめ押ししている。



 最終的に竜神が浮気をしているというどうしょうもない未来の誤解は解けたのだったが、


「罰としてホラーDVD鑑賞な。死霊の阿波踊り」


「あ、それ、私からもお勧め! 怖いだけじゃなく、スプラッタの出来も凄いの! 今日、夜から雷雨になるって天気予報で言ってたし、雰囲気出て丁度いいんじゃないかな」

 ホラー映画だというのに興行収入174億円を叩きだした作品だ。美穂子が目を輝かせて喜ぶ。

 しかしお化け怖い未来にとっては死刑宣告にも似た仕打ちだ。


「ゆるじでぐだざい……!!」


「それと、オレの部屋にポスター貼るから。ムンクの叫びのポスター」

「いやだぁあああ! 結界ができて竜神の部屋に入れなくなっちゃうよ……!!」


 あんな世界的に有名な絵画も怖いのか。

 見守る友人一同、呆れてしまいながらも、まぁ、雨降って地固まったようでよかったと竜神にしがみついて騒ぐ未来に苦笑するのだった。





竜神の知らないところで発生していた竜神の受難がようやく解決です!

未来は最初から竜神と話をしていれば、竜神がミスさんと付き合ったなんて勘違いから早苗に変わろうとすることもなく、

平穏無事にスポーツ大会も乗り切れたはずなのですが……


竜神はスピンオフや欝展開まで含めて、トラブルに見舞われても孤立奮闘だったり誰かの盾になったり、人の助けを借りれずに自身の力だけで立ち向かわなければならない事が多かったので、今回ぐらいは友人達に動いてもらいました。


次回更新は嵐の中でのホラーDVD鑑賞です。しかし雷怖い話です


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