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ガールズPOPの弊害。そして皆でお昼ご飯。

 月曜日の朝、俺は登校すると同時に五階の竜神の秘密基地へと駆け込んだ。

 竜神はスポーツ大会の件で先生に呼び出され職員室へ行ったから、今ここにいるのは俺一人だ。

 ここぞとばかりにカバンを開き――今朝買ったばかりのガールズPOPを開いた。




「おおおおお」




「どうしたんスか先輩。なんかキラキラしてますね」


「あ、おはよー達樹!」

 入ってきた達樹に挨拶する。

 俺がキラキラするのは当然だ。

 今度こそ竜神の目を盗んで買った、~恋愛宣言~ガールズPOP。

 今回の特集はなんと「愛される浮気系女子になるための10の心得」だったんだ!


 すごいぞガールズPOP!

 俺の要望に答えてくれる素晴らしい雑誌だ!



「あれ? 先輩、女の子っぽくするのやめたんですか?」

「やめてないよ。喋り方戻しただけ」

「そっちがいいっスね。金曜の先輩、大人しすぎて気持ち悪かったから……って、ガールズPOP読んでたんですか。それまじ笑えるネタ雑誌ですよねー。おれのクラスでもはやってますよ」


「ね、ネタ!? この本のどこがネタなんだよ! すごーく為になるんだぞ! やっぱり勉強も人付き合いも、こういうマニュアルがあると進歩の度合いが違うな。恋愛力のレベルが上がった気がする!」


「え!!? それ、実践してるんですか!? 大丈夫ですか、竜神先輩マジギレしてません!?」

「どうして竜神が切れるんだ?」


「だって書いてることひでーでしょそれ。男の内股撫で回せとか、他の男と比べて駄目な部分があったらどんどん指摘しろとか」

「さすがにそれはやらないけど……、でも色々と参考になるんだよ!」


 達樹は俺の横の椅子に座った。


「えーと、面白そうだから止めたくねーなーってのもあるんですけど……。例えば何実践してるんですか?」

「これ! 男の人の三歩後ろを歩く!」


 立ち読みしたときこれが目に入って、早速登校時に実践したのだ。


「……竜神先輩って未来先輩の速度に合わせてますよね? 後ろ歩こうとしたら竜神先輩の速度も落ちませんか?」

「うん。最終的に二人で止まった。ああいう時はどうすればいいんだろうな」


「…………」


 達樹が力無く首を振った。


「先輩……滑り芸にしてもそれはねーわ」

「芸じゃねーよ! しかも滑ってるとか言うな失礼な!」


「その手の雑誌に書いてること鵜呑みにしないがいいですよ。実践してたらとんだ面白人間になりますよ」

「こんなに為になる雑誌なのに!?」


 浮気系女子になる方法だって詳しく書いてあるんだぞ!


 一、本妻さんと会ってるときは絶対に邪魔しない。メールもNG

 二、彼氏が携帯を持ってこそこそ部屋を出たら絶対に追わない、話を立ち聞きしない

 三、約束をドタキャンされても文句を言わない

 四、デートの費用は全部あなた持ちで☆


 などなど!


 三十項目以上あるから上げたらきりがないけど、具体的かつとても役に立つ充実の内容なんだ。


 む。足音!


 こちらに向かってくる重たい足音に、慌ててガールズPOPを机の中に隠す。が、入ってきたのは竜神じゃなく浅見だった。


「浅見さん、お早うございます」

「お早う……」


 浅見は力無く入ってきて、力無く椅子に座って、力無く机に伏せた。


「だ、大丈夫、浅見……。顔色悪いぞ。具合悪いのか?」


「……違うんだ……、湯川君を怒らせちゃって……ちょっと元気が」


 湯川を? 何があったんだ一体。

 達樹が何かに思い当たったようで、「あー」と間延びした返事をした。


「湯川先輩、女子にすげー野次飛ばされてましたからね。あれはちょっと気の毒でしたよ」

「野次?」

「浅見さんスポーツ大会欠席して、湯川先輩が穴埋めしてたでしょ。浅見さんが出るって期待してギャラリーに集まってた女子がすげー切れて、えぐい野次飛ばしてたんですよ。湯川先輩が怒るのも無理ねーっスよ」

「湯川君、泣きながら怒ってたよ……こんなことなら佐野君に変わりを頼めばよかった……」


 机に突っ伏したまま呟いた浅見に恐る恐る聞いてしまう。


「えと……良太に何か恨みでも?」


「? 恨みなんてないよ? 佐野君は彼女が居るから、女の人に怒られても平気かなって思ったんだけど」

「浅見さんって時折ぶっとんだ思考してますよね」

「え? そうかな? 僕の考え変かな」


 浅見は結局、湯川に許して貰うために、なんとかっていうグラビアアイドルのサインを貰ってくることになった。


「事務所は同じだけど……グラビアの人たち怖いから、上手く話し掛けられる気がしないよ……」

 浅見は教室に戻った後も机に突っ伏してしまった。

 浅見……。俺が頑張れ頑張れいったせいでごめんな。見守ることしか出来ない自分が歯がゆい。

 サイン貰ってくるの変わってやりたいぐらいだけど……グラビア雑誌に出てくるような迫力系女の人と話せる自信は俺にもなかった。

 人見知りの俺を許してくれ。




 午前中の授業を終えて、お弁当の時間。




 俺は、バカ面のイラストが描かれたタッパーを、バッグの中から取り出しながら説明した。


「バカ面のアルカパはタコさんウインナー蟹さんウインナーなどの各種ウインナー詰め合わせ、バカ面の犬は卵焼き、バカ面のカピバラは唐揚げ、バカ面のカエルはおひたしやミニトマト、サラダの野菜詰め合わせ。バカ面の猫はおにぎりな」


「なんでバカ面ばっかなんスか? 仲間意識ですか」

 どういう意味だ! 頭を拳でぐりぐりして達樹を攻撃する。


 続いて美穂子も綺麗な重箱タイプの弁当をバッグから取り出しながら説明した。


「私が作ってきたのは、ハンバーグ、魚の照り焼き、ポテトサラダとゆで卵ー。そしてきんぴらごぼうと……、同じくおにぎり! 未来のは海苔で、私のはふりかけです」


 蓋を取ると、浅見が驚きに声を上げた。


「うわぁ美味しそう……! 見た目から豪華だね……!」


 見た目を楽しむ浅見を横に、百合がいち早く取り皿に自分の好みのおかずを盛り始める。


「あ、百合先輩! 抜け駆けずりー! おれにも皿ください」


「浅見も好きなおかずあるなら早くとれよー」

 達樹と浅見に皿と箸を渡す。

「う、うん」

「竜神もどーぞ」

「ありがとう」


「先輩、アレ、作ってきてくれました!?」

 達樹が椅子から立ち上がって身を乗り出してきた。


「うん。はい、これ」


 バカ面のシベリアンハスキーの絵が書かれたタッパーを達樹に渡す。


「ありがとうございますー!」


「何だ? 何をせびったんだ達樹」

 百合の質問に、達樹はにやりと笑って一瞬溜めてから、蓋を取った。


「じゃーん、ハートご飯っす!」


 白いご飯の上に桜でんぶでハート描いただけの、単なるご飯だ。


「これ食ってみたかったんですよねー。ありがとうございます未来せ」


 達樹が俺に視線を向けている隙を付いて、百合が箸でハートの中心にギザギザの線を入れた。


「あー! な、何するんですか百合先輩! ハート割れた……!!」

「うるさい、騒ぐな。まったく、子供みたいな事で喜ぶんじゃない。未来、明日から私にもこのご飯作ってきてくれ」

「ちょ」

 達樹の額に血管が浮くが百合は全く気にしてない。


「ん、いいよ」


 おにぎり作るより全然簡単だからな。そっちでいいなら楽だ。


「ぼ、僕も……、その、お願いします……」

「わかった」

「私もー」

「オレにも」


「うん、任せろ」


「えー! おれが先にお願いしてたのに便乗してくるなんて皆ひでーっスよ……」と達樹が嘆き出す。

 小学生みたいなこと言ってんな相変わらず。


 達樹はふてくされながらご飯を食べて、俺が作った卵焼きを咀嚼してから恨みがましい目で竜神を見た。


「……この味、竜神先輩が毎日食ってた弁当と同じ味ですよね。先輩が食ってた弁当って未来先輩の手作りだったんスね……。ああもう超腹立つ……」

「なんで腹立つんだよ。世話になってるんだから弁当ぐらい作るよ」

「もっと横取りしとけばよかった」

「だからなんで? お前にも食べさせるために作ってきてやってるだろ。あんま我侭言うと食べさせないぞ」

「す、すんません!」


「浅見、味付け大丈夫? お前のお母さんのご飯と全然違うと思うんだけど……、口に合わなかったらムリしなくていいからな」

 浅見のお母さんのお弁当は、素材の味を生かした優しい味のお弁当だった。

 あの味で育ってきた浅見には俺の味付けは濃いだろう。


「凄く美味しいよ! 美穂子さんのも未来のも、こんな美味しいご飯久しぶりだよ」

「浅見君、それは大げさだよ……」


「いや、今日の弁当も本当に美味い。未来も美穂子もここまで料理上手だとは知らなかった」


「百合に言ってもらえると嬉しいな」

 お金持ちは口が肥えてるイメージあるから、百合にお墨付き貰えると安心する。


 賑やかに食事が進んで、あっという間に全ての弁当が空になったのだった。


「美味しくて食べ過ぎた……」

「どうしたんスか浅見さん。落ち込んで」


「仕事先から三キロ落とせって言われてるのに食欲に負けたから、ちょっとね……」


「三キロ!? お前その体のどこから三キロも落とすんだよ! ガリるぞ!」

「がりる?」

「ガリガリになるよ。ただでさえ細いのに」

「そうでもないよ。僕、着やせするだけで結構体重あるから。美味しいご飯をありがとう、未来、美穂子さん」

「どういたしまして。無理しない程度にダイエット頑張ってね。私だったら三キロも落とせなんていわれたら気が遠くなっちゃう」


 弁当箱を片付けようとする美穂子の手に、手を重ねて止める。

「弁当かして。洗うの持ってきたんだ」

 小さなバックの中から、スポンジと食器用洗剤を出す。

 折角流し台あるからな。お弁当箱洗っちゃおう。


 美穂子から弁当箱を受け取ると、達樹が立ち上がった。


「おれが洗いますよ。先輩、洗ったの拭いてください」

「え? 達樹、食器なんか洗えるの?」

「言ったっしょ。おれ親父と二人暮らししてるって。食器洗うぐらい出来ますよ」


 達樹は見た目を裏切る手際の良さでタッパーを洗って行く。


 これには竜神も浅見も百合も驚いていた。竜神は男子厨房に入らずで生きてきたから家事は苦手だし(俺がやらせてないせいもあるけど)、浅見も似たようなもんで、百合はお嬢様だから家事なんてやる必要がなくて、全くできないそうだから。

 人って見た目によらないな。


 美穂子に綺麗になったお弁当箱を渡して、バカ面のタッパーもバックの中に片付ける。


「今後、食費にはこれを使ってくれ」


 机の上に百合が通帳を差し出した。カードまで挟んである。


「私と浅見で毎月一日に一定金額をプールしていくから、食費や必要経費があれば遠慮なく引き落として欲しい」


 俺と美穂子は目を見合わせて、通帳を開いた。記入された金額は――十万円。


「ちょ――十万も入ってる! こんな大金管理できないよ!」


「気にするな。私にとっては小銭だ」

「僕も自分で稼いだお金だから気にしないでいいよ。未来や美穂子さんの料理は本当に美味しいから、気がねなく使ってくれると嬉しいな」


「……べ、別世界の人間が二人もここにいる……」


「おれ、金ねーんすけど……」

「オレも五万は無理だぞ。二、三万ならなんとかなるけど」

 達樹が一歩下がり、竜神も困ったように言った。


「お前達に金を出せとは言わん。その変わり労働で返してもらう。必要があればキリキリ働かせるからな」

「は、はい……」


「でも十万もなんて……」

 通帳の金額に俺はたじろいでしまう。


「一ヶ月の平日の日数は約21日だ。一人あたり500円のワンコインランチだとしても、六人で一日三千円、一ヶ月平均六万三千円。諸費用や、美穂子と未来に対する手間賃を考えると、さして異常な金額ではないだろう。領収書は必要ないからな」

「駄目だよ! ……私、会計する。百合ちゃんや浅見君のお金がどう使われたか、ちゃんと管理して、月末に報告する」


 美穂子が宣言する。

 うん、俺もレシートちゃんと管理しよう。毎日家計簿つけてるからついでだし。……友達のお金預かるなんて緊張する。



「明日のお弁当、何がいい? リクエストあったら遠慮なく言って」


 美穂子の質問に速攻で反応したのは百合だった。

「煮物が食べたい」

「海老チリ食いたいです!」

「僕、ヤキソバ食べたいな……手間じゃなければだけど……」


 達樹の奴、海老チリなんて高価な物リクエストしやがって……。金を出すのは俺じゃないけどさ。


 海老ばっかり食ったら頭叩いてやる。……あ、メール着てる。


 携帯を開いて確認すると美羽ちゃんからだった。おお! なんか超久しぶり!

 良太と美羽ちゃんしか着信履歴になかった頃が遠い過去に思えるよ。

 まだ半年しか経ってないってのに。


 俺に連絡してくるなんて珍しいな。良太と喧嘩でもしたのかな?


 何気なく開くと。


『放課後、三年生の校舎の五階に来てって如月きさらぎ先輩が言ってたよ』


 との内容が。


 如月……???


 あ! ミスさんのことか!


 せ、正妻さんからの呼び出しだ! こ、これ、どうすればいいんだ……!?

 が、ガールズPOP呼んでみよう! 対処法が書いてるかも!


 皆が騒いでる隙に、こっそりと机の中に突っ込んでたガールズPOPを開いて確認する。


 浮気系女子特集の中に、正妻さんとのやりとりのマニュアルもちゃんとあった。


 『正妻さんと喧嘩するときは、彼氏を挟んで喧嘩しましょう! 二人の女の子に取り合いされて、彼氏は「まいったなー(笑)」って困ったふりしながらも、内心では大喜びのはず☆』


 えええええ……!!!!???


 竜神、こんなの喜ぶかなぁ……??


 自分の為に女の子が喧嘩するって知ったら絶対嫌がりそう……。「まいったなー」なんて絶対思わなさそう……。


 う、うーん……、ガールズPOPが俺の恋の指南書といっても、コレはやめとこう……。

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