おそるべき生理
生理の話があります。
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五時間目が終る頃、俺はめり込む勢いで机に突っ伏していた。
ムチャクチャ腹が痛ぇ……。
撫でてみても痛みは納まる気配すらない。弁当が腐ってたのかな……?
腹が痛すぎて腰までだるい。こんな腹痛初めてだ。
「未来、どうしたの? 顔色が悪いよ」
心配そうに美穂子が覗き込んできた。
「変なもの食ったみたいで腹が痛くってさ。便所に行けば治ると思うけど」
立ち上がっただけなのによろめいてしまう。う、結構重傷なのか?
「大丈夫? 花沢さん、手を貸して。未来がお腹痛いんだって」
花沢とは美穂子の親友だ。170に届く長身と、はきはきとした男っぽい簡潔な言葉遣いで男子から敬遠されているが、腰まで届くストレートの黒髪とすっきりとした顔立ちをした日本人形のような女だ。
「どうした? 拾い食いでもしたのか?」
「真顔で聞いてんじゃねえよ……」
差し出された花沢の腕に捕まる。男に手を貸してもらえばいいんだろうけど体を障りまくられそうだし、頼みの綱の良太はどっかで美羽ちゃんといちゃついているのだろう、昼休みが終っても戻ってこなかった。
「体育館裏の便所まで連れて行って欲しいんだけど……」
そこだったら誰も人が居ない。
「体育館裏? どうして? トイレならすぐ傍にいくらでもあるのに」
「でも……」
女子トイレに入ったら女子に嫌な顔されるしさぁ……。
「気にしないの。未来は今、女の子なんだから」
トイレに入ると、何人かがぎょっとした顔をしたけど、追い出されはしなかった。
「足を滑らせて便器に突っ込んだら二度と肩は貸さないからな」
花沢の言葉を背に受け個室の鍵を閉める。
しばし間。
「ひんやー!」
「未来、どうしたの!?」
形容しようの無い悲鳴を上げた俺を美穂子が呼ぶが、返事なんかできない。「血、血が、血がー!」とドアを叩いて騒いでしまう。
「血?」
ほんのちょっとだけ沈黙があって、「あぁ」と、美穂子がドア越しに得心した。ぽん、と軽い音がしたのは手でも叩いたのだろうか。
「お腹痛いって、生理痛だったんだね。ナプキン持ってる? ……わけないよね」
整理!? いや、生理か! こんなに血が出るものなのか!? いやあ未来死んじゃう!!
錯乱しておかま言葉な頭に、ナプキンが振ってきた。
「それ使いなさい」
「まったく、男であろうと女になろうと騒々しい奴だ。たたが生理でこの世の終わりみたいに取り乱すんじゃない」
泣きそうに取り乱す俺と違い、女二人は驚くほど冷静だ。
「初めてなんだから、しょうがないだろ!」
「そうか、初潮になるんだな」
「いうなー!!」
生理とか初潮とかぽんぽん口に出すのは止めてくれ。女の子なんだからちょっとは躊躇えよな。……って女の子なんだから慣れてるのかな? 耐性の無い俺はいちいち頬に血が上る。
教室へ戻り、美穂子に痛み止めを貰って飲んだけど、効き目があらわれずに、またも机に突っ伏してしまう。
「生理痛って我慢できない痛さだもんね。保健室に行かなくても大丈夫?」
「うん、……美穂子も、その、生理痛になったりするのか?」
「うん、たまに起き上がれないぐらい酷いの。始めてだったら、相当キツイだろうね」
女の子って大変だったんだな……。美穂子の手が机に突っ伏した俺の腰を摩ってくれる。たったそれだけなのに随分楽になる。
「辛いならいつでも言ってね。保健室に連れてってあげるから」
「ん…………」
六時間目が始まると、痛みはゆっくりと引いていった。よかったと安心する半面、毎月この痛みに襲われるかと思うとうんざりもする。
薬のせいか、ちょっとだけウトウトしてたらあっと言う間に六時間目は終った。担任の教師が戻ってきて、形だけの終礼を行い、解散だ。
鞄を引っ掛けた生徒が、ドアから吸い出されていく。