町内会清掃!【挿絵有り】
俺の様子が安定するまで、と、竜神は道場もジムもしばらく休んで様子を見てくれることになった。
そうまでしなくても大丈夫だって言ったんだけど、オレが心配だからといって譲ってくれなかった。
竜神、警察官になるため努力してるのに、足を引っ張ってしまって申し訳ない。
昨日の土曜日だって、本当はおじいさんの道場に行かなくちゃ行けなかったのに休ませてしまった。
おまけに、竜神、丸一日寝てなかったのに、目を離すと消えそうで怖いと結局一日起きてたし。
寝るときもそれぞれの部屋じゃなくて、いつかと同じようにリビングに布団を敷いて寝た。
俺、竜神に負担掛けてばっかりだな。
せめて浮気相手としての仕事を頑張ろう!
ところで、間男の女版って間女でいいのかな? 語呂悪いな。
お盆にお茶を乗せて持っていって、リビングのソファに座っている竜神に差し出した。
「お茶をどうぞご主人様」
「また碌でもないこと考えてるだろ!」
竜神は間髪入れず立ち上がって、ラグの上に膝を付いてお茶を差し出した俺に怒鳴った。
「ろ、碌でもないことって、どういう意味だよ」
お盆を口元に抱え、膝をついたまま後ずさりしてしまう。
「お前がキャラ作りしてる時は考えが暴走してる時だってオレもいい加減学習したんだよ。いきなり態度変えた理由はなんだ」
い、言えない……。お前が二股掛けているのに気が付いてるから、浮気女としての態度を頑張ろうとしてるなんて言えない……。
こ、困ったぞ。どうしよう。
「その、お前の彼女になったから、男を立てる女になろうかなって」
「本当か?」
「本当だ!」
竜神の目から視線を離さず答える。頑張れ俺。目を離すな俺。早苗ちゃんの目力を全力発揮だ!
「…………何か隠してるな」
目力失敗。
冷や汗をかく俺だったが、竜神はそれ以上問い詰めようとはしなかった。こいつ基本的に俺に甘いな。
「……怒鳴って悪かった。余計な気を回す必要はねーよ。むしろ、今まで通りにしてくれたほうがいい」
そっか。俺が急に態度変えちゃったら、ミスさんに浮気がばれちゃうもんな。こいつなかなか出来るな。さすが竜神。浮気の隠し方も抜かりない!
竜神のスマートフォンが鳴った。竜神は相手を確認してから通話を繋げる。
漏れてくる声で、相手は花ちゃんだと判った。聞くのも悪いし離れようとしたんだけど、「町内会清掃」って聞こえて思わず足を止めてしまった。
慌ててカレンダーを確認する。今日、町内の一斉清掃の日だ。しまった、完全に忘れてた!
「未来の様子が本調子じゃないから今回は休むって伝えて――――」
「出ます出ます! 完全に忘れてたよ! 早く準備して行こう竜神!」
慌てて竜神に飛びついてしまう。
「昨日熱あったのに無茶言うな」
「もう下がったよ! 町内会費も払わないとだし」
竜神は躊躇してたけど、俺が無理やり電話に出て花ちゃんに参加すると告げると観念したようだった。
ドアを閉めるのもそこそこに部屋に飛び込んで、ジーンズと裏地がフリースになった安物のジャケットに着替える。
長い髪をポニーテールにしたら帽子をかぶれなくなってしまい、ポニーテールをサイズ調整のベルトの上から引っ張り出した。
寒く無いように靴下を二枚重ねにして完成だ。
何かと時間の掛かる俺とは違い、脱いで着るだけの竜神はすぐに準備を終えて、軍手やシャベルを準備してくれていた。竜神の格好は上下揃いのトレーニングウェアだ。剣道着も迫力あったけど、こいつ、トレーニングウェアでも充分迫力あるな。
「無理だと思ったらすぐに言えよ」
頭にタオル巻きながら言う竜神に、頷いて答えた。
「うん! ちょっと待ってて、兄ちゃんに用あるから」
外から二階に登って、兄ちゃんの家のチャイムを鳴らす。
………………。
………………。
出てこないな。兄ちゃん、この時間家に居るって言ってたのに。
寝てて気が付かないんだろうな。
ピンピンポン ピンピンポン ピンポンピンポンピンピンポン
ピピピーンポポン ピピピンピピーン
しつこくチャイムを連打し続けると、兄ちゃんが怒鳴りながらドアを開けた。
「やかましい! 三々七拍子でチャイムを連打するな! チャルメラもやめろ無駄に腹立たしいわ!」
「だったらさっさと出てこいよ! 今日は町内会費貰いに行くってあらかじめ連絡しただろ!」
「チョウ ナイカイヒ?」
兄ちゃんは異国の言葉でも聞いたみたいに繰り返してから、あぁ、と家の中に戻って行った。
すぐにサイフを持って出てくる。
「いくらだ? 今、五万しか手持ちがないが足りるのか?」
「兄ちゃん……前の家の町内会費だって一ヶ月で三百円だったろ? 五万もいるわけないだろ……」
「そんなに安かったのか? 全然知らん。町内会があったことすら初耳だ」
うん。まぁ、兄ちゃん、近所の人と挨拶すらしたことないもんな。想定内だ。驚くもんか。
「ここは一年で三千円だよ。万一俺が嫁に行って家を出たら兄ちゃんがちゃんと払いに行かないとダメなんだからな。ゴミも出せなくなっちゃうぞ。町内清掃だって三ヶ月に一回必ずあるんだからちゃんと参加しろよ」
「そうか。お前、一生ここで暮らせ。子供が三人ぐらいできても住める程度の広さはあるだろう」
「どんだけ面倒くさいんだよ……」
「細かいの無いから、先払いしといてくれ」
兄ちゃんが札を俺の手に乗せた。
「え?」
万札が三枚。
「ちょ、十年分も先払いなんか出来るわけないだろ! こらー! ばか兄――――!」
閉じたドアをバンバン殴るが中から反応は無かった。
兄ちゃんを叩き出すのは諦めて、竜神と二人で家の裏の公園に行く。ここには樹齢三百年とも言われてる巨大な木があった。俺が五人集まって囲んでも手が届かないぐらいに幹の太い立派な大木だ。さして広くない公園のせいか、空一杯に枝を広げるこの大木が、公園を守っているかのような安心感がある。
公園にはテーブルが設置してあって、斉藤さんが出欠の確認をしていた。
「お早うございます」
「お早う、強志君、未来ちゃん」
「お早う」か「こんにちは」か微妙な時間だったので一瞬躊躇った間に、竜神が先に挨拶をした。俺も便乗して頭を下げる。
この時期の掃除は、最後に奥様方手作りの豚汁が振舞われるそうで、参加人数の確認をしているのだ。豚汁楽しみだ! 他所の家の豚汁って不思議なぐらい美味しく感じるんだよなー。家庭によって具も微妙に違ってくるし!
「二人とも怪我しないように気をつけてね」
「はい!」
竜神の仕事は溝さらいだった。ゴミ袋を持って竜神の手伝いをしようとしたんだけど、「お前は向こう」と首根っこ掴まれた。
「え!? 竜神と別行動なの!?」
思わず声を上げると、傍で溝さらいしていたオジサンが笑った。
「女の子は草むしりなんだよ。力仕事は男の仕事だからオジサンたちに任せとけ。強志が居なくて寂しいだろうが我慢するんだぞー」
うわああ、は、恥ずかしい……! 寂しいからじゃないんですオジサン! 俺、兄ちゃんと一緒でコミュ障だから、知らない人と話すの苦手なだけで!
「花、未来の傍に付いてろ。何かあったらすぐ呼んでくれ」
「らじゃー! 未来さん、こっちこっち」
草むしりしてた花ちゃんに引き渡され、花ちゃんからお母さんに引き渡され、最終的に、俺は、公園での豚汁作りに参加させられてしまったのだった。
豚汁作りをしているのは、五十代のベテラン主婦が二人、そして竜神のお母さんと俺だ。す、すげー場違いなんですけど、なんで俺ここの担当になっちゃったの!?
困惑している俺に、お母さんが笑って言った。
「未来ちゃん病み上がりでしょ。無理しちゃダメよ。手伝ってくれるのはありがたいけど、具合悪くなったらすぐに言うのよ」
あ……気遣ってくれたのか……。確かに此処ならあまり動き回らないでいいもんね……。
「す、すいません、ありがとうございます……」
お母さんに頭を下げると、「気にしない」とからかう口調で言われた。
せめて美味しい豚汁作りの役に立とう。
包丁と里芋を手にして皮を剥いていく。
里芋って美味しいけど剥くの面倒臭いんだよな。濡らしたら痒くなるから気をつけないとだし。よし、完了。
「あら、未来ちゃん手際いいわね……」
「ありがとうございます」
お母さんに褒められたのが嬉しくて、にへ、と笑ってしまう。里芋をザルにいれて、水洗いしてから細かく切る。
よっしゃ里芋完了ー。次はごぼう行こうかな。皮を剥いて薄く切ってー。
「……。さすがお医者さんの家系のお嬢さんね。花嫁修業もばっちりじゃない。今時の女の子が里芋とごぼう切れるなんて」
オバサン一号にいわれて、びっくりしてしまう。
「お医者さんの家系!? ち、ちが、私そんなんじゃありません。一般家庭です!」
兄ちゃんだけが医者なんだから家系じゃねー! 俺、凡人なのにすっごいいい所のお嬢さんみたいに聞こえちゃうじゃないか!
「未来ちゃん。子供が謙遜なんかするもんじゃないわよ。あんな立派なお屋敷に住んでるんだから充分お嬢様よ。おまけにこれだけ可愛いんだから、ボディーガードしてる強志君も気が気じゃないでしょうね。でもやっぱり教育って大事なのねえ。私の娘なんか甘やかしたせいで働いてるのに魚の煮付け一つ作れないのよ。里芋の処理なんて絶対してくれないわ」
オバサン二号がしみじみと呟く。俺も母ちゃんいたら甘えて里芋なんかほったらかすよ。そう言おうと口を開いた瞬間、
「ほんと、上手ねえ未来ちゃん」
唐突にオバサン三号が割って入ってきた。
「私、前から言ってたの。未来ちゃんにはもうちょっと年上の男が似合うんじゃないかって。ねぇ未来ちゃん、ウチの息子と付き合ってみない? 女の子はやっぱり年上の男と付き合ったほうが幸せになれると思うの」
よ! 嫁!? いきなり現れて捲くし立ててきた三号にたじろいでしまう。
「鬼山さん、この子はウチの強志の嫁なんだからちょっかい掛けちゃ嫌ですわ。ね、未来ちゃん」
「え、あ、う、つ、強志君の嫁……」
竜神の本命はミスさんなんだから、嫁なんかじゃないんだよな……。今はまだ恋人だからキープさんでいれるけど、将来、竜神が結婚したら……そこで、俺たちの関係も終わりだよな……。
いやいや、遠いみらいのことなんか考えるな! 竜神は大学まで行くんだから、結婚なんて十年ぐらい先の話だし!
嫁なんて言われたのが嬉しくて無駄にばたばた腕をさせてしまう。
オバサン二号と一号も止めに入った。
「鬼山さん、だから、前から言ってるでしょう。この子は強志君と結婚を前提にしているからあきらめなさいって」
「でもねぇ……。強志君、まだ子供じゃない。未来ちゃんみたいに綺麗な子を守れるのは、それなりに歳のいった男じゃないと……」
「ご心配無く。強志は幼い頃から鍛えてありますし、私の夫は警察官です。四丁目に居を構えている竜神武信は裁判官ですし、武信の妻は弁護士で一線で活躍しています。一丁目の竜神恭一郎は刑事ですしその弟も交通機動隊ですし、五丁目の竜神まどかも今年警察官に就任いたしました。親類縁者一同で気に掛けておりますから、ご安心を」
オバサン一号がぱちんと手を叩く。
「そうよねぇ。竜神さんの家は警察関係者と法曹関係者が多くて頼もしいわ。ねぇ、小松さん」
「本当にそうよ。未来ちゃんのことは任せておけば間違いないわ。ほら、鬼山さんは草むしり担当でしょう? 作業しないと終わらないわよ」
竜神が親戚多いってのは聞いてたけど、親戚にも警察官がいたんだな……。しかも一杯……。
「未来ちゃん、鬼山さんには気をつけておきなさいね」
「え?」
オバサン一号が声を潜めて呟いた。
「あの人、前から息子の嫁にって未来ちゃんに目をつけてたみたいなの。息子はもう四十なのに高校生の未来ちゃんに目をつけるなんてどうかしてるわ全く……」
「え」
お母さんが困ったように笑って言った。
「未来ちゃん、何かあったらすぐに相談してちょうだいね。強志に言い辛かったら、花にでも、私にでも、いつでも相談してちょうだい」
「は、はい……」
おばさん三号が去ってようやく、食事作りが再開された。
どうせだから味付けまでって言われて、大きな鍋二杯分の味付けをさせられて参った。
「違う味付けの豚汁食べるの楽しみにしてたのに……」
なんて恨みがましく呟いても聞く耳持ってくれなくて、結局、いつも俺が作ってる俺の味になってしまったのだった。……がっかりだ……。
大量の豚汁が完成したころ掃除が終了して、公園に皆が戻ってきた。
「未来ちゃんが味付けしてくれたのよ。味見したんだけど、美味しくてびっくりしたんだから」
配膳しながら、オバサンがさっくりとそう暴露してしまった。
や、やめてくださいオバサン一号さん! 暴露した挙句ハードル上げないで!
参加している人は三十代から六十代の人が多い。ベテラン主婦だったり、ベテラン主婦にご飯作ってもらってるお父さんだったり、またはベテラン主夫な方々ばかりだ。
採点されるみたいで、い、胃がキリキリする……!
大量に残ったらどうしよう……!!
一口しか口つけて貰えず、突っ返されたらどうしよう……! 溝に流されたらどうしよう……!!
「おう、今回は若い子が作ってくれたのか。嬉しいねえ。それだけでも参加したかいがあったってもんだ」
「ま、不味かったら! ごめんなさい!! せ、責任持って処分しますので残してください!!」
公園中に響くように言って、頭を下げる。
「若い子の料理は不味いぐらいで丁度いいんだよ。そんな緊張しなさんなお嬢ちゃん」
竜神よりも体格のいい体つきをした、でも目尻が下がった優しい顔をしたおじさんが笑ってくれる。ほっとして俺も笑い返して、おじさんにお椀を手渡す。
「あれ、いい匂いするぞ?」
おじさんは怪訝に眉を潜めて、口をつけて、「なんだウチのかーちゃんより美味いじゃねーか。上出来上出来。グーだ」
そう笑ってくれた。うちのかーちゃんより美味いっていうのはお世辞だろうけど食べられたみたいで安心する。
「わー美味しそうー! お母さん、私にも! 具たっぷりで!」
竜神兄妹が公園に入ってきた。花ちゃんがはしゃいで駆け寄ってくる。
「ダメよ。皆同じだけ、ね」
「はい、これ、竜神のな」
こっそりと肉多めについで竜神に手渡す。
俺も自分の分の豚汁持って竜神の横で食べようとしたんだけど、オバサン一号に引っ張られて女性チームの中で食べることになってしまった。
竜神もまた、見知らぬオジサンに引っ張られてしまう。
「花、ちょっと落ち着いて食べなさい」
「おかわりするんだもん。早く食べないと無くなっちゃうでしょ」
「気に入って貰えてよかったよ……。残ったらどうしようかってドキドキしてたから」
って言い終わる前に、花ちゃんは完食して鍋の所に行ってしまった。こ、この食い意地兄妹め……。
おじさんチームからどっと笑い声が起こった。
「?」
竜神がさっきの優しそうなおじさんにプロレス技かけられてた。どうしたんだ一体。
周りのおじさん達が笑いながら拍手したり、竜神を応援する野次を飛ばしたりと楽しそうだ。
よくわからないけど、本気で怪我をさせるつもりはなさそうだからほっとこ。
豚汁は割と好評で、無事に完食してもらえたのだった!
「あんま食えなかった……」
食器を下げてきた竜神が不機嫌に言った。
「え、どうして? お腹減ってなかったの?」
参加人数は五十人で、実際作ったのは七十人分ぐらいあったはずなのに、食べられなかったなんて驚いてしまう。
「オッサン連中に、いつもお前の飯食ってんだから今日ぐらい遠慮しろって押さえこまれてたんだよ……! 未来、今日の晩飯、豚汁にしてくれ」
なるほど、あのプロレス技はそういうことだったのか……。
漫画を呉作様よりいただきました!いつもありがとうございます!
竜神にプロレス技を掛けていた名もなきおじさんは、竜神の親戚で現役の丸暴刑事です。以前にリクエストいただいていたストーカーの話もそろそろ書きたいです!