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一日百回、名前を呼ぶ勢い

しばらくの間、早苗ちゃんなんか居ないのに振り回されるアホな未来をお楽しみください

深層心理で女の子らしく振舞いたいという願望があるから変わってるのに、「早苗ちゃんが!」と思いこんでいます

 う……。


 すげーよく寝た……。


 気持ちいい。


 暖かい。


 布団から出たくないなー。寒いし。



 長い悪夢を見ていたような気がする。


 足元がずっと暗くて、今にも大きな穴が開いて落ちていくようで、ずっとずっと怖かった。

 なのに、今は凄くふわふわしてる。不安だったのが嘘みたいだ。


 ――なんであんなに怖かったんだっけ?


 そうだ、早苗ちゃんだ!


 早苗ちゃんと変わって俺が消える予定だったんだ。



(早苗ちゃん)



 心の中に呼びかけてみる。


 声は返ってこなかった。


 早苗ちゃん……。





 謝りたいけど、謝ったぐらいで許されるはずもなくて言葉が出てこない。


 怖いから逃げるためだけに利用しようとして、結局、俺が戻ってしまった。

 早苗ちゃん、どれだけ傷ついただろう。

 本当に、本当に――――ごめん。……ごめんなさい。ようやく出て来た謝罪の言葉を、何度も心の中で繰り返す。



 早苗ちゃんは優しくて暖かくていい子で、俺なんか足元にも及ばない最高の女の子だ。


 早苗ちゃんが出ていたほうがいいって、頭では判っている。

 俺は煩くて弱くて馬鹿で、周りに迷惑を掛けてばかりだから。



 百合だって、大人しくて完璧な早苗ちゃんがいいに決まってる。


 しょっちゅう俺に文句言ってくる達樹だって、完璧な女の子の早苗ちゃんだったらムカツクこともないはずだ。


 浅見も、傍にいるのが俺じゃなくて、早苗ちゃんだったら。

 俺が無神経に頑張れ頑張れ言ったから、浅見は人付き合い頑張るためにモデルの仕事なんて始めてしまった。

 その挙句、ご飯さえ食べられないぐらいに疲れている。早苗ちゃんだったら浅見を追い詰めることもなかったはずだ。



 傍にいてくれる大事な友達を傷つける事しか出来ない俺より、早苗ちゃんの方がこの体に相応しいのに、竜神の優しさに甘えてしまった。



 本当に、ごめんなさい。


 もう少しだけ俺にチャンスをください。




 指先にシーツの感触があった。



 保健室?


 そんなわけないよな。昨日……竜神と一緒に帰っておばさんに車で送ってもらって……?

 熱があったせいか昨日の記憶が曖昧だ。


 熱にうなされた夢の中で、何回も竜神と会った気がする。

 いつも傍にいてくれるんだけど、目が合うたびに不安そうな顔で「未来か?」って聞いてきた。

 名前を呼んでもらうのが嬉しくて、聞かれるたびに「未来だよ」って答えるのが楽しかった。



「ふふ」


 夢の記憶が幸せで笑ってしまった。その途端、

「未来?」

 声を掛けられて一気に目が覚めた。


「――りゅう……」

「未来か!?」


 ぎゅうっと掌に柔らかい痛みがあって、竜神が手を握り締めているのに気が付いた。

 引っ張られて、鼻が触れ合うような至近距離で聞かれる。


「う、うん。未来だよ」


 竜神の目の下には隈があった。まさか……こいつ、寝てないのか!?


 え、あ!?

 し、しかも、ここ、竜神の部屋だ!

 驚いた途端、ぱたりとタオルが顔から落ちて反射的に手で受け止めた。

 あれ、タオル?


 ベッド横のサイドテーブルには氷の浮いた洗面器があった。氷が全然解けてない。ってことは、竜神、ずっとタオル換えてくれてたんだ……。


 洗面器の横には、ちょこっとしか食べられなかった俺用のお粥、それから、半分も減ってないコンビニ弁当。飲料ゼリーやスポーツドリンクも転がっていた。そうだ、おばさんに車で送って貰う途中、コンビニで、竜神が買ってきてくれたんだ。


 時計を確認すると、もう十時を回っていた。が、学校は!? って慌てて、土曜だったのを思い出す。


 一晩中看病してくれてたなんて! 申し訳なくて謝ろうとするんだけど、それより早く、


「良かった……」


 力任せに抱き寄せられて、変な体勢で竜神の胸に収まってしまった。


「――――――!!?」


 竜神は猫か犬のように俺の肩に頬ずりしてから、俺の額に手をやった。

「熱も下がったな。良かった」


 俺の大好きな大きな掌にうっとりと目を細めてしまうけど、甘えてる場合じゃないと慌てて気を取りなおす。


「め、迷惑かけてごめん! お弁当食べる暇もないぐらい看病してくれてたんだな。ありがとう」


 昨日は女の子らしく振舞わないと竜神の前に立つのも怖かったのに、さらりといつも通りの言葉が口から出てきた。


「弁当……?」


 竜神はサイドテーブルに目をやって、あぁ、と声を漏らした。


「お前が早苗に変わるんじゃないかって気が気じゃなくて、飯食う余裕が無かっただけだ。腹も減らなかったし」


 安心したら腹減った……と呟いてまた、俺の肩に顔を埋めた。


「んじゃ、昨日のお詫びに美味しいもの作るから」


 ぽんと竜神の背中を叩いて立ち上がる。竜神も立ち上がって、片手に俺の手を引いて、片手にコンビニ弁当とお粥を持って部屋を出た。


 いつもと同じように、洗面台の前に並んで身支度を整えてから、エプロンをしつつキッチンに入った。



「朝ごはん何にしようかなー」



 竜神は本気でお腹空いてるみたいでコンビニ弁当を片手に「先に食べてていいか?」と申し訳無さそうに聞いてきた。

 もちろんOKだ。いちいち確認取るなと口先だけで文句を言う。


「弁当もあるし、ご飯、軽めがいい?」

「がっつり食いたい」

「んじゃー、どうしよっかなー」

「……お前、未来だよな?」

「未来だよ」


 冷蔵庫の中にはベーコンとウインナーがある。野菜はピーマンとたまねぎか。ふむ……。


「ナポリタンでもいい?」

「いいな。ナポリタンなんてすげー久しぶりだ」

「母ちゃん直伝だから結構自信あるんだ。楽しみにしてろ」


 大きめの鍋にたっぷりとお湯を沸かす。

 たまねぎ、ピーマン……あ、エリンギもあった! キノコってソース吸って美味しくなるから好きだ。これもたっぷりいれちゃおっと。


「未来か?」

「未来です」


 卵はいれようかなー、どうしようかなー。半熟で絡めると美味しくなるんだよなぁ。でもがっつりになりすぎちゃうかも。


「未来ー」

「未来ちゃんです」


 材料を切り終えた頃、ようやくお湯が沸く。パスタ投入だ。時間間違えないようにしないと。麺がくっつかないようかきまぜてっと。


「未来」

「日向未来だよ」


 よし、これでいい。後はソース作りだな。ケチャップとー、ちょっぴりウスターソース入れて。


「未来」

「未来だって言ってるだろ!」


 未来未来呼び続ける竜神に、俺はとうとう食って掛かった。


「切れんな。オレを置いてどっか行こうとしたくせに。未来か?」

「未来です! 一大決心の結果だったんだもん! 早苗ちゃんの方がお前の傍にいるのに相応しいって思って……! 女の子っぽくしようとするのも頑張ったんだからな!! あ、あっちの方がよかった? 竜神、私、綺麗?」


 昨日の自分を思い出して、女の子っぽく振舞ってみる。昨日は自然にできてたはずなのに、なんだかぎくしゃくなってしまった。


「口裂け女みたいだな」


「マスクをした若い女性が、学校帰りの子供に「わたし、きれい?」と訊ねてきて「きれい」と答えると、「これでも?」と言いながらマスクを外して耳元まで大きく裂けた口を大きく開く化物と一緒にしないで! 怖いから!!」


「怖い割りには良く知ってるな。昔の都市伝説なのに」


「怖いからこそ一回聞いたら忘れられないんだ! 何気なくネット見てたらウィキの口裂け女の項目見ちゃって……ちらっとしか見て無いのに全部覚えちゃったんだ……多分ほぼ原文ままだ……! 机に座ったら机の下にテケテケさんがいたらどうしようとか、人生は日々お化けとの戦いだ!」


「どうせ敗退するんだから無駄に戦うな。未来だよな?」

「未来だよ!」


「それと、女の子っぽくするのも禁止な。早苗になったみたいで怖いから。とにかく、余計な事はせずに、考えずに、自然体でいろ。そっちがオレも楽だから」


「うー」


「返事ははいで頼む」


「はいいえ」


「怒るぞ」


 本気で怒りそうな竜神から離れて具を炒める。


 竜神、早苗ちゃんのこと怖いんだ。


 なんで怖いんだろう?


 しばし迷ったけど、意を決して聞いてみた。



「なんで早苗ちゃんが怖いんだ? 早苗ちゃんいい子なんだぞ。未来の中に引っ込んじゃったのに恨み言一ついわないぐらい優しいし、暖かいし、女の子らしくて料理も上手くて片付けも完璧で気が利いて。うるさくないし、思いやりがあって頭もいい、完璧な女の子なのに」


 竜神は驚いた顔をして俺を見た。


「な、何だよ」


「それ、誰から聞いたんだ?」


「一緒にいるんだから判るよ」


 早苗ちゃんがどんな子かぐらい。判る。


「家事能力は? 早苗が料理したり家事をしたことがあるのか? おとといは完璧なんて断定してなかったよな」


 あれ?


 そういえば、なんで、俺、早苗ちゃんが家事上手いって知ってたんだっけ?



 ?



 あ、そっか。


「早苗ちゃんは完璧な女の子なんだから、完璧に家事が出来るのは当然だろ。私なんか足元にも及ばないに決まってる」


「未来!」


 竜神が椅子を鳴らして立ち上がり、ばし、と俺の肩を掴んだ。


「み、未来だけど」

「今、私って言ったぞ!」


「え?」


 そうだったっけ?

 何も考えないで喋ったから、普通に俺って言ったと思うんだけどな。


「私、私なんて言ってないけど……って、あれ?」


 竜神も俺も硬直してしまう。



「あれ、おかしいな、私(俺)、私(俺)」


 なんだこれ! 俺って言えない!!


「竜神、変だ! 私(俺)、私(俺)って言えない! うわあああ!! 早苗ちゃんの呪いだ! 私が早苗ちゃんを押し退けたから、早苗ちゃんが怒ってるんだ……!」

「落ち着け。他に変わった事はないか?」


「他……? わ、わかんない。あるのかな……?」


 ぐー、ぱー。掌を握ったり開いたりしてみる。違和感は無い。


「何かあったらすぐ言ってくれよ」

「うん……」



「絶対に消えるんじゃねえぞ」

「ん」



「未来だよな?」

「未来です」



「告白の返事は?」



「え゛!?」


 こ、告白!!?


 いきなりすぎて、フライ返しを落とすかと思った。


「ここ、こ、こここ!?」


 確かに、俺のことが好きって言った。言ったけど、俺の願望だったような気がして完全にスルーしてたのに、あれ、夢じゃなかったの!?


「未来が好きだ。一学期からずっと好きだったよ。オレの彼女になってほしい」


「かかかっかか」


「もっと早く告白したかったけど……、お前が怖がると思って言えなかった」


「怖がる!?」


「オレみたいに力の強いデカイ男に好かれてるなんて知ったら怖いだろ。おまけに同居までしてるし……」

「こ、怖くねーよ!」



「未来、返事」


 そんなの一つしかない。



 体中の体温が上がったんじゃないかってぐらい熱くなりながら、ロボットみたいな発音で、「ウレシイデス……」って答えた。



 竜神が無愛想でヤクザみたいな癖に、笑うと優しくなる顔で嬉しそうに笑った。


「よかった」


 そう呟いて。



 いつか立てた俺の予想そのままの笑顔だ。告白をする側、される側の違いはあったけど。





 ってか。






 ここここここいつ――――俺とミスさん二股にかけやがったー!!


 気が付いてないと思ってるんだろうな! 生憎だったな! 俺の目は誤魔化せないぞ! 女の勘舐めるんじゃねー!


 ショックだ……。


 竜神って恋愛面だらしなかったんだなぁああ……。二股かけてるって知ってるのに、告白受けちゃった俺も俺だけど!

 いや、待て、ガールズPOPにも書いてあったじゃねーか。浮気の一つや二つ、大目に見てあげるのが女の甲斐性だって!


 いや、待て!(二回目)これ、浮気じゃないかも……! あっちが本命なんだから、むしろ俺が浮気だよな! キープさんだ! あ、涙が出てきた……。


 落ち着け泣くな。キープでもいいじゃないか! 竜神の彼女になれるんだ!




「未来」

「未来ちゃんですよ」


「もうお前はオレの彼女になったんだから、これからは気兼ねせずに何でも相談してくれよ。お前、一人で悩ませたら暴走してとんでもない方向に突っ走るから心配だし」


「う、うん……」


 今までも何でも相談してきたし、目一杯甘えてきたんだけどな。

 これ以上相談したら竜神の負担になるだろうし、ミスさんとの時間を邪魔したくもない……うーん。


 しかし竜神ってば、つくづく責任感強い男だな。キープの俺にも優しいなんて浮気男の鏡だ。




 恋人になって初の食事、ナポリタンは、具がちょっと焦げて麺がちょっと伸びてしまったのだった。


 それにしても、か、彼女か……。


 竜神の彼女って考えるだけで頭と目がぐるぐるするな。キープさんって判ってるのにこのダメージはすごい。恥ずかしくて倒れそうだ。ダメだ、深く考えるな。





まだまだ未来の思いこみは炸裂中。竜神の受難は続きます。竜神の知らない所で。

未来の女の勘は「竜神は今日、ハンバーグを食べたいと思っている!」的な方向でのみ発揮されます。的中率100%です。

それ以外にはポンコツです。半壊して煙噴いてます。

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