完璧な、女の子に、なればいい
――――竜神が、知らない女の人の物になっちゃった。
告白の邪魔をするの、間に合わなかった。
竜神に告白していたミスさんは、本当に綺麗な人だった。
艶々の長い黒髪に優しげな瞳、白い肌と――――何より、大人っぽくて上品だ。
あんな綺麗な人から告白されて、断る男なんかいるはずない。
竜神は告白を受けたはずだ。
断ったなんて、嘘だ。
竜神は優しいから、俺に嘘をついてくれてるんだ。
彼女である美羽ちゃんが嫌がるから、良太は俺と疎遠になってしまった。
竜神は、良太に着信拒否されて馬鹿みたいに泣きまくったのを見てるし、遊びに行くのを断られるたびに落ち込んでるのも知っている。
『自分に彼女ができたら良太の二の舞になるんじゃないか。未来が不安定になる』その程度の予想は竜神なら簡単に立てられるはずだ。
竜神は俺を守ってくれようとしてるから、自分に彼女ができたことも隠すつもりなんだろうな。
優しい奴だから。
ミスさんの告白に、何て返事したんだろう。
短く「はい」って言ったのかな。それとも「嬉しいです」って言ったのかな。
無愛想でヤクザみたいな癖に、笑うと優しくなる顔で嬉しそうに答えたに違いない。
早苗ちゃんなら竜神の彼女になれるかもしれないって思ったのに、早苗ちゃんを竜神に否定されてしまった。
必死で走ってるのに全然竜神を振り払えない。
持久力なんて無いから、ちょっと走っただけで息が上がる。キンと冷えた空気に喉を裂かれてしまいそうだ。
――竜神をミスさんに取られるのに、早苗ちゃんが否定されたことに安心してしまった。
未来で居て良いって竜神に認めて貰えて嬉しかった。
色々な感情が交じって、もう、ぐちゃぐちゃだ。
肺まで痛くなって、とうとう俺は足を止めた。
竜神は俺に近寄らず、数歩離れた場所で立ち止まる。
いつまで竜神と一緒に帰ることができるんだろうか。
ひょっとしたら、今日が最後になるかもしれない。
やっぱり嫌だ。竜神をミスさんに渡したくない。
ミスさんに取られるぐらいなら、早苗ちゃんと――――!
『早苗ちゃんが、お前の事を好きなんだ』
これを言えば竜神だって揺らぐはずだ。
早苗ちゃんはいい子だ。早苗ちゃんに好きって言われて心が揺るがない男なんかいない。
竜神だって、早苗ちゃんが好きだって知れば心が動くはずだ。
ミスさんと付き合うの、考え直してくれるかもしれない。
早苗ちゃんと付き合ってくれれば、竜神はずっと『俺』の隣にいる。
俺はゆっくりと速度を落として、立ち止まった。
「竜神、あの、」
早苗ちゃんがお前のこと。
そう言おうとした瞬間に、
(じゃあ、体、返して)
冷たい早苗ちゃんの声が耳元で聞こえて、俺は上げそうになった悲鳴を飲み込んだ。
嫌だ!!
やっぱり嫌だ!
俺はもっと、生きていたい。
竜神と一緒に生きてたい!
竜神はこれからミスさんと付き合うようになって、だんだん俺と疎遠になって行くだろう。
一緒にご飯食べられなくなって、一緒に遊べなくなって、話すこともできなくなって、着信拒否されて。
でも!
良太と違って、竜神は同じ家に住んでる。
それに、言ってくれた。「絶対、逃げたりしないから」って。
竜神は真面目で責任感もある男だ。約束を破るなんて事、絶対にしない。
家に帰れば、傍に居てくれる。
一日に数分でいい。一緒にいて、話せる時間があるならそれだけで充分だ。
それだけで多分、俺は、日向未来のままでいれるから。
そのために……何をすればいい?
そんなの簡単だ。
女の子になればいい。完璧な。女の子に。