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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
九章 自分の心と向かい合う
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最強の子VS普通の子(前編)

三人称視点です

「百合ちゃん、言いすぎだよ! 友達なのに嫌いだなんて酷いよ!」


「み、みほこ?」


 涙を零しながら呆然と見詰めてくる未来と、深い怒りと、それ以上に深い悲しみを湛えた瞳で睨んで来る美穂子に、百合は後退する勢いでたじろいだ。


 視線で狼狽するなど、花沢百合、生まれて初めての体験である。


「あ、そ、その……」

 完全に二の句が告げなくなって口が空回りする。


「百合ちゃんのバカ!! 大バカぁあ! 顔も見たくない!」


 美穂子のあまりの剣幕にどうしていいのか判らなくて、混乱の結果、百合は教室から逃げ出すというどうしょうもない選択をした。


 どうしよう。どうすればいいんだこれは。


 美穂子は百合の中身を知っても尚、軽蔑することもなく傍にいてくれる貴重な友人だ。

 優しくて女の子らしくて、変な趣味はあるけどそこもまた可愛いと思えるぐらいに気に入っている。

 こんなことで友情にヒビを入れたく無い。

 しかしどうして怒ったのだろうか。全く理解できない。


「何したんだよ。美穂子があんなに怒るなんて」


 声を掛けられて、百合はびくりと体を揺らした。怪訝に眉根を寄せる竜神と、顔を青ざめさせている浅見がいた。

 女子に呼び出しを食らっていた面子が戻っていた。


 百合は声を潜めて答える。


「お前が嫌いだと言っただけなんだ。どうして怒るのかさっぱりわからない」

「??……確かにさっぱりだな……? なんでだ? お前がオレを嫌ってるなんて判りきったことだろ?」


「全くだ。なぜ今更怒るんだ? 竜神、さっさとフォローしに行って来い」


「理由も判んねーのにフォローなんかできねえよ。火に油注ぐだけだろ」


「ちーす。どうしたんですか? 中に何かあるんですか?」

 珍しく部室に顔を出すと言っていた達樹も戻ってきた。ひょ、と百合の後ろから教室の中を覗こうとした。

 百合は達樹に飛びついてしゃがみこませ、これまでの状況を説明する。


「なぜ美穂子が怒っているのか判るか?」


 普通のガキの達樹になら判るかもしれないと一縷の望みを掛けて問い掛ける。


「なんでわかんねーんスか? 簡単でしょ」

 達樹は不思議そうに首を傾げた。やはり理解できるらしい。


「前置きはいい。さっさと説明しろ!」

 小声なのに迫力を出すと言う器用な喋り方で百合は達樹を急かした。

 胸倉を掴まれ引っ張られ、わたわたしながら達樹は続ける。


「美穂子ちゃんが『本当は未来の事キライ』って言い出したらガチ凹むでしょ? それと同じじゃねーっスか」


「「「……!!!」」」


 百合も竜神も浅見までも絶句してしまう。


 もし美穂子が未来を内心で嫌っていたら。

 未来が居ない場所で「未来が嫌い」なんて言い出したら。

 ダメージが大きすぎて立ち直れる気がしない。リアルに人間不信に陥ってしまいそうだ。


「そそ、それは……! 凹むどころではないな。下手したら年単位で引き摺りそうだ……!」

「浅見さん、想像だけで死なないでください。例え話っス。制服汚れますよ」

 百合がガタガタと指先を震わせ、浅見に至っては床に倒れ込んでしまう。達樹が肩を揺すって呼びかけるものの浅見からの反応はなかった。


「……いまいち納得できねえな。オレと百合と、美穂子と未来じゃ親密度が雲泥だろ」

「確かにそうだ。私と竜神がお互いを嫌いあってるのは見てて判っただろう。明らかに仲の良い未来と美穂子の間柄と比べるのは納得がいかん」


「いやいや、あんたたち二人でこそこそ相談してたりするし、普通に仲良いって思いますって」

「気持ち悪いことを抜かすな殺すぞ!」

「き、客観的な話してるだけっスからね? おおおれ殺しても何も解決しませんよ? それよか、早く謝ったがいいんじゃありませんか?」

 百合の余りの迫力に達樹がたじろぐ。たじろぎながらも促された言葉に、百合は観念したように立ち上がった。


「そう、だな……」


 重たい一歩を踏み締めつつ、百合は教室に入って行く。



「そ、その……美穂子、」


「……ちょっとだけ、話し掛けないで。ごめんね、百合ちゃん」


「――――――――!!!」


 百合は大きく息を呑んでふらふらと後ろ歩きで教室から出てきて、ふらふら戻ってドアに体をもたれかからせた。


「私はもう駄目だ。腹を切るから介錯してくれ竜神」

「腹切るなら他所でやれ。未来が怖がるからな」


「そもそもお前が未来の目に付く場所で告白なんかされているのが悪いんだぞ! むしろお前を介錯してやるから腹を切れ!」

「いてえいてえ八つ当たりすんなよ」

 百合が竜神に飛びついて首に腕を回し小脇に抱え込んで、頭にゲンコツを連打で落とす。完全に激怒しているのに器用にも声を潜めたままだ。


「って未来が見てたのか……。なんでこうついてねーんだ……。最近、ずっと運が悪い気がする……しかも肝心な所で」

 竜神まで落ち込んで廊下に座りこんだ。


「未来先輩手に入れちゃったから人生の運全部使い果たしたんじゃねーッスかぁ? ドンマイっス先輩。別れれば運が戻りますよきっと。未来先輩おれにください」

 達樹のアホな台詞にも反論する気力が湧いてこない。


「百合ちゃん、こっちに、来て。そこに居るんでしょう?」


 呼びかけに、百合がひいいいっと悲鳴を漏らした。


「刃物的な物を! 腹を切る刃物的な物を早く!」


「いいからさっさと行け」

 竜神が百合の首根っこを掴んで教室の中に放り投げた。


「ぎゃ」

 竜神……!!

 青筋浮かべて立ち上がろうとするのだが、

「百合ちゃん」


 美穂子に呼ばれて、姿勢を正した。

 スカートだろうと胡坐をかく百合が、借りてきた猫のように大人しく床に正座した。


 竜神、浅見、達樹の男三人は固唾を呑んで見守ることしかできなかった。



「その、美穂子、未来……、す、すまなかった。竜神のことは仲間とは思ってるんだぞ」

 人として嫌いなだけで……駄目だ、これを言えばまた怒られる。

 本能的に受け付けないだけで……駄目だ、益々悪くなった。百合の思考が混乱する。


 美穂子も百合の前に正座をして、悲しそうに笑った。目尻が少し赤い。美穂子を泣かせてしまったのだ。

 百合の心がぎしりと軋んだ。


「ううん。私こそ。バカなんて言ってごめんね……」

「い、いや、気にするな。その程度のこと謝る必要もない」


 美穂子はふわりと髪の毛を揺らして、百合の目を真っ直ぐに見た。


「百合ちゃんに……竜神君のこと、好きになってほしいなんて、私が言うのは竜神君にとっても余計なお世話だろうし……百合ちゃんの意思を無視して無理させるのも嫌だから言えないんだけど……。一つ、お願いがあるの」


「な、なんだりょうか(何だろうか)」


 百合が噛んだ。


 ぶは、と達樹が噴出した声がかすかに聞こえて、八つ裂きにしてやると百合が心で呪うが、それは後の話だ。とにかく今は美穂子だ。


「竜神君の前で、竜神君のことを嫌いって言って欲しくないの。私の我侭なんだけど……、このお願い、きいてくれたら嬉しいな」


 もうとっくに言ってる。しかも一回二回じゃなく言った気がする。さっきも言った。

 背筋に冷や汗が浮くが、表情に浮かべるようなことはしない。


「判った。美穂子が初めて私にしてくれた願いだ。必ず叶える」


「ありがとう」


 未来が、何かを言おうと口を開いて、閉じて、また、開いた。

 それから、床に座りこんだ。こちらは正座を崩して、直接床に尻を付け、両手を足の間に付いて、うな垂れる。

 ただでさえ小柄な体が消え入りそうなぐらいに小さく見えた。


「あの、さ、百合、俺のことは……嫌いになったら、早めに言って欲しいな。俺、竜神と違って馬鹿だから……お前のこと、益々怒らせることしか出来ないから……。だから、我慢しないで」


 あ、う。百合は生まれて初めて言葉を呑んだ。


「ちょっとでも、嫌になったら、言って。俺、百合に嫌われるの嫌だ。嫌われるぐらいなら、離れたい。だから、なるべく早く……」


 そもそも、男嫌いの百合が竜神や浅見と行動するのは未来を守る布石の為だ。竜神と百合の関係は、いわばチーム、戦友である。


 大前提であるはずの未来という存在を、嫌いになったりはしない。


 そうきっぱりと拒絶したかったが、今、ここでどれだけ言葉を尽くそうと、未来に届く気がしない。


 未来や美穂子から見れば、百合と竜神は仲の良い友人同士だったらしい。

 なぜそんな思い違いをしたのか問い詰めたい。小一時間どころか二時間でも三時間でも一日でも二三週間でも問い詰め続けたいが、とにかくそれは置いておく。


 今の百合は、竜神の前では友達のフリをしておきながら影で悪口を言い放った相当アレな女だ。

 そんなアレ女が「嫌いにならない」なんて言ったところで、「どうせ影では嫌いって言ってるんだろ?」と一蹴されて終わる。なんということだ。


 花沢百合。


 男からも女からも嫌われる性格をしていて、自覚もしていた。だが、構うことなく十五年間生きてきた。


 そのツケが一気に回って、今日、今まさに清算されようとしている。

 よりによって、美穂子と未来という大切な友人の手によって。


 なんと答えるのが正解なのだろうか。

 嫌いになったりはしない。有り得ないんだ。それを伝えるにはどうしたらいいのだろうか。


 普段は回ってくれる頭が、何一つ答えを出してはくれなかった。

 いや、答えなんて多分、一つしかない。


 百合は声を絞り出した。



「――――わかった……」



 嫌になったらすぐに嫌と言う。嫌いになったら、その場で嫌いだと言い放つと約束する。それしか答えは無い。


 今の百合がどれだけ未来を好きだと言おうとも、未来が納得するはずがない。


 要求を呑みさえすれば「影で嫌われているのではないか」という有り得ない不安で、未来を苦しめることはない。

 約束するしかなかった。


 が、頷いた瞬間、全身から骨が消えたような無力感と脱力感と絶望感に襲われて、百合はくらげのようにへちょーんと地面に広がる錯覚を起こしてしまった。



 生まれて初めてガチ凹むという体験をして、百合は今日、少しだけ成長したのだった。



「荒事に強い最強キャラ」が実は「普通の子」に弱い展開が好きです。

メンタルが強いからこそ普通の子が怒る基準がわからなくて何も反論できなくて逃げるしかできなかったり、泣かれたらもうどうしていいのか判らなくておたおたするしかなかったり。

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