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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
九章 自分の心と向かい合う
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綺麗な先輩に、竜神を取られる

 お昼休み。


 俺と浅見は弁当を持って連れ立って教室を出る。裏庭のベンチに行くために。

 靴を履き変えて外に出ると冷気が体温を一気に下げた。


「さむ……。そろそろ外で食べるのきついなぁ……」

「そうだね。でも、教室で食べたら未来はご飯食べてる暇、無くなるんじゃないかな」

「……ん。多分無いと思う。浦田とか岩元に絡まれそうだし」


「あ」


 校舎の角を曲がろうとしたら、いつも座るベンチの横にいつぞやの女子達が居て、浅見が慌てて身を隠した。


「未来、違う場所で食べよう……。折角降りてきたのに、ごめん……」

「謝らないでいいよ。丁度ジュースも買いたかったし。どこで食べる? いい場所あったっけ?」


 この学校には、一階にしか自動販売機が置いてない。あったかいお茶を買って浅見と頭を悩ませる。


「やっぱり、あそこしかないか」

「あそこしかないね」


 俺と浅見は顔を見合わせて笑う。思い付く場所は一つしかなかった。竜神の秘密基地だ。


「おじゃましまーす」

「あ、へんぱい。あさみはんも、めずらし」


 コンビニ弁当を食べていた達樹が食べ物を口に入れたまま行儀悪く呼んで来る。

 当然だけど、竜神も一緒に居た。


「達樹、ここでご飯食べてたのかよ」

 達樹はペットボトルのお茶を飲んでから笑った。


「竜神先輩の弁当が超美味いからオスソワケ貰ってたんです」


「タカってたんだろうが。迷惑だっつってんだろ。オレだって弁当楽しみにしてんだよ」


「おかずの一個ぐらいいいじゃねーっすか。おれ、母ちゃん居ないし父ちゃんもおれも料理できないから、たまには手料理食いたいんすもん。いいっすよねー家庭円満な家。ウチの母ちゃん、おれが小4の頃男引っ張りこんで家でやってましたからね。ばっちり見ちゃってマジトラウマですよ。まぁ、すぐ父ちゃんが家から叩き出して離婚してくれたからまだマシかもですけど」


 ちょ、達樹……!


 さっくり話されたとんでもない内容に、俺も浅見も固まってしまう。


「先輩、こっちに座ってくださいよー」


 達樹にとっては完全な雑談だったんだろう。自分の席の隣を叩いて俺を呼んだ。ショッキングな内容すぎて意識が飛んでた俺は、「あ、うん」と思考停止した状態で椅子に座った。


 コンコン。


 ドアがノックされた。「いっすよー」と達樹が答える。


「こんにちはー」

 入ってきたのは美穂子と百合だった。


「竜神君、今日から私達もここで食べていいかな?」

 おお! まさか美穂子達まで来るなんて!


「オレに許可取る必要ないぞ。いつでも使えよ」

 ありがとーとふわふわ笑う美穂子の横から、百合が竜神にでかい荷物を押し付けた。


「私からのプレゼントだ。設置しろ」


 竜神は怪訝そうにしながらも、箸を置いて袋から中身を取り出す。

 中から出てきた段ボールに、俺と達樹が立ち上がってはしゃぐ。


「すげー! 電気ストーブ!! 百合ありがとう!」

「さすが百合先輩! 超寒かったから助かります!」


 達樹が竜神から段ボールを受け取って、俺が中身を取り出す。

 緩衝材を全部取って、説明書に軽く目を通して問題ないのを確認してから早速コンセントに繋いだ。


 この教室、普通の教室の四分の一程度の広さしかないから、小さな電気ストーブでもあるのと無いのじゃ大違いだ!


「達樹君、料理できないなら、普段は何を食べてるのかな?」


 浅見がずばっと会話を続けて、横で聞いてた俺がう、と固まってしまう。


「90%ビニ弁っス。後は友達んちで食べさせて貰ったりとか、外食とかっスよ。夜遊びしてたらたまに知らんお姉さんがご飯奢ってくれたりするし」

「……達樹……ご飯に釣られて誘拐されるなよ」

「何言ってんすか未来先輩……三つか四つのガキじゃあるまいし……」


「達樹君、そんな生活してたの?」


 美穂子が驚いた声を上げた。なぜそんな生活をしているのかと聞かないところはさすが気遣いのできる女の子だな。天然炸裂させすぎて心配になる浅見とは大違いだ。


「そうですよー。自分で飯作ったこともあるんですけど、なんか、不味くなっちゃうんですよね。料理してもおれも父ちゃんも食わなくて、結局そのまま腐らせてゴミ箱行きになるから、料理しなくなっちゃって」


「そう……」


 美穂子が俯いて、ふと上げた視線が俺と重なった。何となく考えてたことが判って、頷いた。


 ご飯の後、こっそりとメールのやり取りして、俺と美穂子で明日からお弁当を作って行く事に決定した。

 今日の夜にでも、百合と達樹と浅見に明日からご飯持ってこなくてもいいからって連絡しとかないとな。


 皆で一緒に同じお弁当を食べるなんてちょっと楽しみだ。作るのは大変だろうけど、がんばろうっと。


 さて何を作ろうかと意識を飛ばしつつ、五時間目、六時間目の授業をやり過ごす。


 放課後、竜神がちょっと困ったような顔をして、言った。


「一時間ほど、上の教室で暇潰してくれ」って。


「用事? 先生から呼び出しでもあった? 最近真面目に授業出てるのに何やらかしたんだよ」

 何となく話しにくそうだったんで追求しては聞かずに、軽口だけ叩いて「んじゃ、上で待っとくから」って竜神の背中を叩いた。


 あ、そだ! この暇に、上の教室掃除しよっと。使われて無い教室だから結構汚れてたんだよな。


 ある程度掃除はしてたんだけど、いい機会だし本格的にやっちゃおう。

 掃除用具のロッカーから余ってたバケツと箒、それから自分の雑巾を持って教室を出ようとして、


「未来、今日掃除当番じゃないよ? どうしたのバケツなんか持って」


 美穂子に呼び止められた。


「竜神が用事あるっていうから、上の教室掃除して暇潰そうと思って」

「じゃあ私も手伝うよ! ちょっと気になってたから丁度良かった。百合ちゃん、先に帰ってて」

「私も一緒に掃除しよう。美穂子と未来だけに押し付けるわけにはいかないからな。三人でやったほうが早く片付くし」


 帰ろうとしてた浅見も一緒に掃除するって言ってくれた。が、浅見は廊下で下級生の女子に捕まって引っ張って行かれてしまった。


 あれはきっと告白イベントだな。浅見が困った顔して視線で助けを求めてきたものの、俺にはどうすることもできないのでさっくりと送り出させて貰った。後輩の女子に恨み買いたくないっていうビビリな俺を許してくれ、浅見。


 達樹も呼び出して一緒に掃除させようとしたんだけど、達樹は珍しく部活に顔を出さなければならないらしくて断られた。

 そういや、あいつサッカー部のキャプテンだもんな。時期が時期だし、来年の引継ぎとかあったんだろう。そろそろ最後のお勤めかぁ。

 サッカー部、一年と二年でぎりぎり十一人残ったって言ってた。一人でも辞めたら試合できない状態だけど、存続できただけマシかな。

 来年になればまた新一年生が入ってくるし、盛り返せばいいけど……きっと難しいだろうな。この学校のサッカー部弱小だし。


 掃除はさくさく進んで、あっという間に綺麗になって行った。


 天窓に登る用の机はそのまま積んでおいて、六人用のご飯席を黒板側に移動させて机をくっつけて並べる。

 机の影からシンクが出てきて驚いた。ここ、教員用の待機場だったんだろうな。

 蛇口を捻るときちんと水が流れ出す。


「水、換えてくる」

 バケツを両手で持って、よいしょよいしょと運んでいく。シンクがあると言っても、床を拭いた水を流すわけにはいかない。頑張って廊下の端の手洗い場まで運んでいく。


 水を換えて、手を洗って、またよいしょよいしょと運んで――――。掃除、大分片付いてきたし、そろそろ休憩でもしようかなって思い付いた。


 バケツを置いて、一階まで一気に階段を下る。

 目指すは自動販売機だ。

 百合には無糖コーヒー、美穂子にはミルクティーを買おう。手伝ってくれてる二人へのお礼だ。


 自動販売機は校舎の外、中庭にある。

 簡易な屋根の付いたスペースにずらりと各メーカーの販売機が並んでるのだ。校舎から二メートルほど離れてたその場所には、休憩できるようにベンチも設置してあった。


 ――階段を降りて、角を曲がると、ベンチに座る竜神の背中を見つけて、思わず顔が緩んでしまった。ここに居たのか。


 りゅう。


 声を掛けようとして踏みとどまる。慌てて角に隠れた。


 放課後の帰宅ラッシュが終わり部活が佳境に入るこの時間、自動販売機の通りに人は居ない。


 そんな静かな通りで、竜神は、女子と二人でベンチに座っていた。長い綺麗な黒髪の、女の人。

 そっと覗く。女の人が竜神を向いたから横顔が見える――すごく、綺麗な人だった。

 まっすぐに切りそろえられた前髪、目尻の下がった優しい瞳。


 あ、あの人、ミスさんだ。


 文化祭でミス桜丘高校に選ばれてた三年生。


 上品で、綺麗で、趣味はお茶とお花だなんて今時有り得ないぐらいの、お嬢様――――。


「竜神君、私の彼氏になってほしいの」


 こ、告白……!!?


 落下式の絶叫マシンにでも乗ったみたいに、足からがくと力が抜けて全身に浮遊感が襲ってきた。慌てて壁に捕まって体勢を整える。


 あの人、いつか竜神が言った好みのタイプそのものだ。



 竜神を取られる。



 なんだよこれ! 竜神のこと、好きになったばっかなのに、もう失恋するなんて酷い!

 泣きそうになってしまい、拳を強く握って掌に爪を立てて堪える。


 速攻で逃げ出して、俺は、竜神の秘密基地まで駆け上がった。




 教室に入ると入り口に背中を向けて机を拭いている後姿が目に飛び込んでくる。百合だ。さっきのミスさんの後姿と印象が重なった。

 頭で理屈を考えたわけじゃなく、俺は百合に飛びついた。


「百合――――!」


「どうした? バケツはどこにやったんだ?」


 机の上を拭いていた百合の肩をがばりと両手で掴んでから、叫ぶように言った。

「竜神に告白して、あいつの恋人になって!!」


 戸惑うか、困るか。どちらかを予想していたんだけど、百合の反応は違った。長い髪の毛まで浮き上がったんじゃないかってぐらいの勢いで、ぶわって体に鳥肌が立った。


 ゴッ!

「ゃ!」

 百合に頭突きされて痛みに首を竦める。


「なぜ私があんなのと! アレと付き合うぐらいならガラス破砕機に身投げして肉片と化したが千倍マシだ! 意味不明の言動も大概にしろ! 日常会話で人様のSAN値を削るんじゃない!」


 怒る百合に俺も食ってかかる。


「だってさっき、竜神が美人の先輩に告白されてたんだ! あいつを知らない女の人に取られるなんてやだよ!!」


 知らない女の人に取られて、遠くに行っちゃうぐらいなら、百合と付き合ってくれたほうがいい。彼女になるのが百合なら、まだ、竜神との距離が近いままで居てくれる――気がする、から。


「だから私を人身御供にしようとしたのか……。バカかお前は……」

「バカでいいよ、だから、竜神の彼女になって! 百合、竜神の好みのタイプだから」

「とりあえず落ち着け。私は、あいつの好みのタイプの真逆だ。間違いない。私にとってもあいつは恋愛対象にかすりもしない」

「もういいよ! お前が駄目なら美穂子に頼んでくるから!」


 早く、一刻も早く邪魔しなきゃ。竜神が返事をしてしまう前に、邪魔しなきゃ。きっと竜神はOKしてしまう。あの女の人のものになってしまう。


「やめんか! 美穂子を本気で怒らせるつもりか! 私でもフォローでき――――」



「未来」


 ヒッ。



 初めて聞く、地の底から響くような美穂子の声。


 俺は裏返った小さな悲鳴を上げた。百合が一瞬で遠くに逃げて行く。


 美穂子が怒ってるのはわかるんだけど、それでも、引けなかった。

「みみ、みほ、りゅうの、か、彼女に……」


 顔を見ることが出来なくて、俯いたまま声を振り絞る。


「他の女の子に取られるのが怖いぐらい竜神君が好きなら、未来が告白すればいいんだよ」


「え」


 地の底から響いてくるような声が嘘だったみたいに、美穂子の声は優しかった。

 投げやりなわけでも、呆れているわけでもなく、いつも通りの声。

 顔を上げて、恐る恐る美穂子を見る。

 美穂子は困ったような笑顔だった。


「私は、竜神君が知らない女の子と付き合っても祝福できるもん。一緒に遊ぶのが減るのは寂しいけど、彼女が出来たなら仕方ないし」


「でも……竜神に彼女が出来たら……話し掛けることもできなくなるかもしれないんだよ……。良太みたいに、携帯も着信拒否されて、アドレス削除しなきゃならなくなったり、そんなの……」


「竜神君が望むならしょうがないよ」


「この部屋も使えなくなるんだよ! 折角、皆で一緒にご飯食べられるようになったのに」


 もう駄目だ。訳が判らなくなって涙が出てきた。すぐ傍にいる美穂子の顔さえ滲んで、頬を下って顎から落ちて行く。


 美穂子がポケットからハンカチを取り出して、俺の顔に押し当てた。


「違うでしょ、未来。一緒に遊びに行ったりとか、ご飯食べたいからじゃなくて、竜神君のことが好きだから嫌なんでしょ? 自分の気持ちから逃げるの良くないよ。違う人に取られた後で後悔するなら、今、竜神君に告白しておいで。きっと上手く行くよ。私が保証してあげるから」


「……駄目だよ。俺が告白したってあいつ絶対OKなんかしないよ。あいつが好きなタイプって百合みたいな女だもん……」


 教室の端まで逃げていた百合が肩を落とした。


「やめてくれ……。なぜ今まで一緒にいてそう断言できるんだ? あいつと私はお前が居るから一緒にいるだけで、お前がいなければ何の接点もないんだぞ。むしろ、あの手の男は私は大嫌いだよ。あいつだって私を――」


「だ、だいきら……?」


 嘘だ。


 確かに百合と竜神は喧嘩してたけど、でも、友達だから何でも言い合えるんだと思ってた。


 嫌いだったなんて。


 全然、気が付かなかった。


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