恋愛宣言~ガールズPOP~(雑誌名)
ご飯を食べてから、いつも通りの時間に家を出る。
その頃になるともう、早苗ちゃんの気配は俺の中から消えていた。
竜神が甘えていいって言ってくれた。兄ちゃんの言葉に怒ってくれた。
俺はバカでどうしようも無い人間なのに、ちょっとだけ価値のある存在になれた気がして、安心して嬉しくて、早苗ちゃんが出てきてグラグラしてた精神が落ち着いた気がする。
竜神が好きだ……けど、……俺が彼女になるのは不可能だよな……。
前、彼女になるって誓った時は早苗ちゃんが居てくれたから、頑張れば彼女になれるって思ったけど、一人の力で竜神の彼女になるなんてあり得ない。
今のままで満足しておいたほうがいいんだろうな……。
いや、駄目だ!
(大好き)
そう言って笑った早苗ちゃんの声が耳に響く。
早苗ちゃんにこいつを取られたくない! こいつを取られたら、俺まで消えて無くなってしまう。
最初から諦めるなんて嫌だ!
「パン買って行くか」
「う、うん!」
急に声を掛けられて、驚いて大声で返事をしてしまう。
家から一番近い俺と竜神の行きつけのコンビニ。二人並んでパンを吟味する。
「どれにしようかなー」
竜神はソーセージが乗ってたり、ハムが挟んであったり、見た目からボリュームのあるパンを手に取っていく。俺はクリームパンと――。
お菓子でも買おうかな。
パン売り場を離れてお菓子売り場に移動しようとして、雑誌のコーナーに目が行く。
いつもは存在さえ意識しない、女の子向けのキラキラした雑誌が目に入った。
大きなロゴで書かれた「オトメ☆恋愛宣言~ガールズPOP~調べてみよう!彼は脈有り?男の子のホンネを知るためのチェックポイント☆」!!
こ、これは……!
ふるふる震える指で雑誌を手にとって、そっと、だけど、急いでページを捲っていく。すぐにその特集は見つかった。
【二つ以上当てはまったら、彼は貴方のことが気になっているはず! 頑張ってアプローチしてみてね!】
その文章から始まるページに、ドキドキしながら目を通していく。
【①あなたが彼にくっついた時、ドキッとした態度を取る☆】
う…………。とりません……。
【②腕や肩に触っても嫌がるそぶりを見せない☆】
…………嫌がるそぶりは見せないけど、無関心。
【③家族のことを聞いてくる☆】
………きません。
【④目を見て話してくれる☆】
……俺が見ます。
【⑤あなたとの距離が近い。カラオケやファーストフード店で隣の席に座る☆】
…俺から近づきます。隣に座るけど、俺が隣に行きます。
【⑥いつもあなたの傍にいてくれる☆】
俺から以下略。
…………完全に脈無しだな。知ってた。
肩を落としながら雑誌を棚に戻す。
竜神にとって俺ってやっぱり女じゃないのかも。
花ちゃんレベルの妹ポジションなのかな。
いや、それどころか手の掛かるペットとか、うるさい珍獣扱いされている可能性も……!
やっぱり色仕掛けだ! 女扱いしてもらうには色仕掛けしかない。
でもやりすぎたら絶対竜神引くよな。嫌われたらどうしよう……! あいつのリミットってどこなんだよ全然わかんないぞ!
頭を抱えて涙目でおおおおおと呻く俺を、竜神が「今度はどうしたんだよ」と怪訝な視線で見下ろしていた。
駅に入り、改札を抜けた先のホームはすでに人でごった返していた。
いつもいつも混んでるよなぁ……。
うんざりしつつ電車に乗る。人に押されて中へ中へと流されて、通路の真ん中あたりで止まってしまった。う。一番嫌な場所だ……。
掴めるものがないから踏ん張るのも大変な場所だ。一人っきりの時は周りの人に押されて挟まれて足を踏まれないように必死になってた。
だけど、竜神がいればこんな場所でも安定感があって助かる。
釣り革が無くても広告を釣ってる鉄棒に楽々と手が届くから。体重もあるし、万が一電車が急ブレーキ掛けても全く平気なぐらいだ。広告で顔を打つ位の身長だしな。
引き寄せられるまま、竜神に掴まった。
う。
電車が動き出すと同時に、横に立ってたおっさんが俺の体に腕を擦りつけてきた。
たまにいるんだよな。こういう、痴漢とは言えないけど変な動きをする奴……。俺の服まで動いてしまい肌に服が擦れて痛い。
ひぃ!
思いっきりブラを動かされてのけぞってしまう。
竜神の腕が俺の背中に回って、カバンと弁当のバッグが俺とおっさんの間に挟まれた。
おっさんはチッと舌打ちをして腕から先を見上げ――。
がばって勢いで慌てて顔を逸らした。
俺は思わず笑ってしまいそうになった。
竜神、怖いもんな。
小太りのおっさんでは竜神相手に文句言うこともできないだろう。
ただそこにいるだけで変な奴を追い払ってくれる竜神が急に誇らしくなって、無性に誰かに自慢したくなってしまった。
竜神はこんな見た目だけど、変な奴を追い払ってくれるだけじゃなくて、朝ごはん作ってくれたり、どうしようもない俺をフォローしてくれるぐらい優しいんだぞ。と。
浮かれた気分になったのは束の間だった。
!!!!!!
今度は後ろのお姉さんに押されて竜神の体に密着した。服越しとはいえども体と体がくっついて、ふにゃりと胸の形が変わって、恥ずかしくて顔が熱くなってくる。
待て俺! こんなのいつものことじゃないか。
むしろ満員電車じゃなくても押し当てまくってたぞ。
上に乗ったこともあるし、昨日も腰に抱きついたし!
今更なのに……は、はずかしい……! なんだこれなんだこれ!
海で見たこいつの体が頭に浮かんでくる。
バランスよくついた筋肉、羨ましくなるぐらいのかっこいい体――――うわああ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ分厚い冬服越しでよかったぁ! ど、ドキドキしすぎて目が回ってきた……。
『桜丘駅ー、桜丘駅ー、間もなく桜丘駅に到着致しますー』
高校のある駅の名前がアナウンスされてびっくりしてしまう。え、もう到着したの!?
人でごった返すホームに出ると、竜神が俺の手を握った。
竜神が先に立って、引っ張られて後ろからついて行く。
しょっちゅう竜神と手を繋いだりくっついたりしてたんだな……。改めて痛感してしまう。
大きな掌が羨ましくて触っているのが好きだったから、いつもは何となく繋いだままにしてたんだけど――今日は俺から手を離した。
繋いだままなんて恥ずかしいからな! 手汗が出てきたら嫌がられそうだしな! うん。手を繋ぐなんて無理。赤くなった顔を見られるのも嫌で俯く。竜神と俺は40センチ近い身長差があるから、俯いてしまうと顔なんか見れないから助かる。
――――
放課後。
朝はぎゅうぎゅうだったのに、下校時は余裕のある電車を下りて、朝、パンを買ったコンビニに到着する。
「買い物あるからここで待ってて」
竜神をコンビニ前の駐車場で足止めして、俺は宣言するようにそう言い放った。
「今から秘密の買い物をしてくる。だから絶対、絶対見るなよ! 見たら本気で怒るからな。もし見たら、お前の今日の晩ご飯はお米と味噌汁だけだ!」
「味噌汁は付いてくるんだな」
「見なかったらお前の好きな生姜焼きだ! だから見るなよ! 女の秘密を暴こうとする男は最低だぞ!」
「わかったよ。絶対見ないから買って来い」
竜神はコンビニに背中を向けて立った。
それでも信用できなくて、中に入る前に俺はもう一度念を押した。
「絶対、絶対見ちゃ駄目だからな! 女の子の秘密の買い物なんだから!」
「わかったからデケー声出すなって」
よし、これだけ言えば竜神のことだから絶対見ないだろう。
開けっ放しになってたコンビニのドアを潜って、一目散にブックコーナーに駆け込んで今朝の雑誌――『恋愛宣言☆ガールズPOP』を手に取った。
この雑誌の特集は、「彼は脈有り?ホンネを知るためのチェックポイント」だけじゃなかった。
「彼の心を掴む20の魔法」「ちょっぴりエッチなアプローチの仕方」
俺が知りたい情報が目白押しだったんだ。
さっと手にとって、こそっとレジの店員さんに差し出す。
「み、未来ちゃん……」
店員さんに名前を呼ばれて、心臓が止まりそうになるぐらい驚いて顔を上げた。
レジに立ってたのは三軒隣の奥さん、坂本さんだった! し、しまったああ! ここ、坂本さんがパートしてるコンビニだったああ!
「こ、これが女の子の秘密の買い物? アハハハハ可愛いわねえ四百九十円ですフフフフフ」
ひぃい! ドア開いてるのに店の前で大声出しちゃったから中まで聞こえてたんだ!
「恋しちゃってるのねぇ。若いっていいわねー」
吹きだされ爆笑されて、(隣に立ってた同じ年ぐらいの女の子まで肩を震わせて笑ってた。そして本を袋に入れながら、「頑張って」って満面の笑顔で言った)俺は耳まで真っ赤になりながら、店から逃げ出したのだった。
「竜神、俺、恥ずかしくてこのコンビニ二度と来れない……!」
「坂本さんはここで十年以上働いてるベテランだぞ。何買ったらあそこまで爆笑させられるんだよ」
「エロエロ大天国だ!」
「制服でエロ本買うな。よく売ってもらえたな」
信じるなああああ!!
完全に八つ当たりで竜神の腕を掴んで揺すってると、坂本さんが店から出てきた。俺にビニール袋を差し出してくる。
「未来ちゃん、笑っちゃってごめんなさいね。これ、おばちゃんからのお詫びの品。強志君と一緒に食べて」
中に入ってたのは、肉マンと唐揚げサンだった。
「え! い、いいんですか!? ありがとうございます!」
「ありがとうございます。いただきます」
会釈する竜神の肩に手を乗せて、坂本さんはしみじみと言った。
「貴方のお母さんと花ちゃんが自慢するのもわかるわ。可愛いお嫁さんでよかったわねえ」
「はぁ……」
大事にするのよーと手を振る坂本さんに見送られ、俺と竜神は帰路に付いた。
「花ちゃんとオバサン、俺のこと、嫁って言ってんの?」
「一緒に住んでるからな……」
「そっか」
好きでもない女と一緒に暮らしてるって知られたら、不誠実な男みたいで、竜神の評判が悪くなっちゃうもんな。そりゃ、嫁候補だって言っちゃうよな。
でもなんか嬉しいな。花ちゃんとオバサンに認められてる気分。よし、雑誌を熟読して、こいつを落とすの頑張ろう!
冷めないうちにとビニールから肉マンを取り出した。
「肉まん、半分こな」
そう宣言してゆっくりと割っていくと、
「あ」
肉まんは一目で分かるぐらいに不公平な大きさに割れてしまった。
片方が大きく、片方が小さく。
しばし呆然としてしまったが、俺は迷わず大きな方に食いついた。
「お前の失敗なのに勝手に選ぶなよ」
竜神が笑って俺が食いついた大きな肉マンに食いつき、一気に五分の三も食べてしまう。
「ああああ! 俺が貰ったのにー!」
半ば本気で竜神に食って掛かる。
「唐揚げサン、三つ食っていいぞ。それでおあいこな」
「え、いいの!? よし、なら許す」
俺も笑って、肉マンを食べてから今度は唐揚げさんの袋を開けた。
カバンを持ったままだと爪楊枝で食べるから揚げさんは少々食べ難い。
どう持とうかと戸惑ってたら、竜神がカバンを持ってくれた。
お礼を言ってから、爪楊枝に刺した唐揚げを竜神の口元に差し出した。
ところで、ガールズPOPに特集されていた
「ちょっぴりエッチなアプローチの仕方」は……すごく、ハードルが高かった。
座る彼に持たれかかって内股を撫でちゃえ☆
後ろから抱き付いて、服の中に手を入れちゃえ☆
耳元で囁くフリをして、耳にキスしちゃえ☆
などなど。
「こんなのやったら、竜神、絶対ドン引きだよな……」
俺しかいない部屋の中でぽつりとつぶやいて、ベッドにぼすん、と転がった。
よく考えたら、竜神ってエロイ女の子より身持ちの固い女の子の方が好きそうだし、色仕掛けするって作戦事自体違ってるような気がする。
壁一枚隔てた隣の部屋には、竜神がいる。
いつでも話が出来て、いつでもくっついていける距離にいるっていうのに、心の距離を縮める方法がわからない。
人から好きになってもらうって難しいな……。