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自覚

 高校生になってからというもの、本当に、ろくなことがない。


 信号無視して事故死して早苗ちゃんになっちゃったし、

 良太とは疎遠になるし、

 兄ちゃんが家を出て、母ちゃんが再婚して一家離散しちゃったし。



 母ちゃんが家を出て行った日から、毎日母ちゃんに電話をしてた。


 話す内容は学校のことだったり、竜神との生活だったり、友達のことだったり、どうでもいい内容ばっかりだ。


 それでも、母ちゃんと話すのが楽しかった。


 でも、電話を始めて二週間もしないうちに、毎日電話をする俺に、母ちゃんが切れた。


『毎日毎日電話掛けてこないの! もう母ちゃんとあんたは別世帯になったんだからいい加減親離れする! 母ちゃんに電話する暇があるなら、窓のサンでも掃除しなさい。風邪引かないように気をつけるんだよ。じゃあね』


 怒られて、一方的に電話を切られて、全身から力が抜けた。



 なんだそれ。


 母ちゃんは俺と話すより窓の掃除してたがいいのかよ。


 携帯を握ったままぼんやりしてると、竜神が部屋から出てきた。


「竜神」

「ん?」


「母ちゃんから怒られた。毎日電話してくるなって。電話してる暇あったら、窓のサン、掃除しろって。酷くねー?」


 竜神は怒ったみたいに、すっと目を細めた。踵を返してキッチンに入り、作業しながら答えてくれる。


「そりゃひでーな。でもお前、毎日電話してたのかよ。偉いじゃねーか。オレなんか親ともう一週間も話してねえってのに」

「え? そ、そうなの?」


 意外な言葉に驚いてしまう。九州に行っちゃった母ちゃんと違い、竜神は目と鼻の先に実家があるのに会話してないなんて。


「あぁ。ウチの家で花だけ小柄だろ? デカイ家系に奇跡的に小さい子供が生まれたからって花を姫様扱いしてて、オレのことは姫様の荷物持ち程度って認識しかないからな。親父もお袋も、俺が居ても居なくても関係ねーんだよ」


「さ……寂しくないの?」


「寂しくねえよ。お前がいるし」


 さらっと口説くような事を言われて、妙に戸惑ってしまった。


 竜神は俺(早苗ちゃん)の事、好みじゃないし、口説いてるはずないのに、こうもさらりと言われるとどぎまぎしてしまう。


 竜神がいい匂いのするマグカップを俺の前に置いた。

 カップの中ではホットミルクが小さく揺れていた。


「……飲んでいいの?」

「おー」


 間延びした返事を受けて、カップに口をつける。


 ミルクには蜂蜜が入ってて、甘くて美味しかった。



 それから、暖かくて美味しいミルク片手に竜神と雑談して、寂しいのはどっかに消えていた。


 電源が切れてた心にスイッチが入った気がした。



 この時は、竜神が居たから立ち直れた。



 きっとまだまだ悪いことは続くだろう。


 百合も浅見も美穂子も達樹も、今は一緒に居てくれてるけど、きっと遅かれ早かれ俺に呆れて離れて行く。


 良太みたいに。



 十年来の親友である良太も、血が繋がった家族である母ちゃんと兄ちゃんでさえ俺を置いていったぐらいなんだ。


 4月に知りあったばかりの友達が、いつまでも傍に居てくれるはずなんてない。




 浅見も百合も美穂子も達樹も、あきらめよう。

 俺は、近いうちにきっと捨てられる。

 だって俺みたいな何の価値も取り得もない人間が多くを望むなんて厚かましい。

 欲張れば、全部失う。



 竜神だけでいい。こいつさえ傍に居てくれたら、日向未来で居られるから。


 竜神が居なくならないために完璧に家事をしよう。でも、俺、馬鹿で竜神に迷惑かけてばかりだから、竜神も、いつか呆れてここを出て行ってしまうんだろう。


 遅いか、早いか、違いはそれだけで。



 ――――また、息が出来なくなってきた。





 ごん!



 唐突に頭に衝撃が走って、びっくりして目を見張ってしまう。


 竜神が俺の頭に頭突きをしていた。頭突きというか、うな垂れて頭を乗せてきていた。目を閉じて眉根を寄せた顔が至近距離にある。

 竜神の声が耳に注がれてきた。


「お前の家族が理解出来ねえ……なんでお前にひでーことばっか言うんだ……。なんで、何の価値も無い人間みたいな言い方するんだよ……お前頑張ってるじゃねえか……! 家事もできない大食らいの荷物おれを背負い込んでんのに、家事も勉強も両立させてっし、なんで追い詰めようとするんだよ」


「りゅ」

 名前を呼ぼうとした声が詰まった。


「猛さんの言葉は全部忘れてくれよ。完璧にしようなんて気張るなよ。お前みたいな神経弱い奴が毎日張り詰めてたら、絶対どっかで切れるから。お前が潰れるの見るの嫌だからな。オレに甘えていいから。家事下手だけど、ちゃんとこなしてみせるし……絶対、逃げたりしないから」


「……」


「返事は?」


「あ、う……」


 なんだそれ。

 俺、どうしようもない馬鹿なのに、頑張ってるって言ってくれるなんて。

 ただでさえ甘えてるのに、甘えていいって言ってくれるなんて。


 声が出なくて返事の変わりに頷くと、竜神が安心して笑った。




 あぁ。もう、なんか。



 俺は、









 竜神が大好きだ。









 見た目怖いくせに俺が泣くだけでおたおたして、俺が怖がっただけで自己嫌悪で死にたくなるって言っちゃうぐらい優しくて、変な男から守ってくれて、傍に居てくれて、誕生日パーティーしてくれて、クラスメイトにからかわれたら守ってくれて、一緒に暮らしてくれて。


 俺が馬鹿な事をするたび、呆れられるけど、たまに突き離されもするけど、ちゃんと傍にいてくれるこいつが大好きだ。



 デカイ体で受け止めて、甘えさせてくれる、優しくて暖かい竜神強志が大好きだ。





「――ありがとうな、竜神」





「あ、何が? それよりオレ、猛さん蹴るかも知れねえ……。今日もやばかった。本気で頭に血上りかけた。お前怖がりだし、お前の前で喧嘩したらオレを怖がりはじめそうで喧嘩なんかしたくねえってのに」


 顔を青ざめさせて目元に手をやる竜神に笑ってしまう。


「お前に暴力振るわせようとするなんて、ウチの兄ちゃん、中々スッゲーな」


「笑い事じゃねーよ」



 肩に乗った竜神の手に手を重ねようとしたんだけど、緊張して指先が震えて乗せられなくて、腕を下ろした。

 今まで何度も何度も触ってきた手だってのに、なんだか無性に恥ずかしかった。



「何赤くなってんだよ?」

「な! ん、でもないよ」

「……? 変なところで区切るなよ……。まぁ何でもないならいいけど。飯食うか。パン硬くなっちまう」


 リビングを進む竜神の広い背中を追って歩く。











 ――――――ごめん早苗ちゃん、


 俺、


 君の敵になるよ。





(俺も竜神のことが大好きだから)



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