小話
本編とは繋がりの無い日常話です
日向未来が教室に入ってくる。
白皙の美貌の少女だ。
男子だろうが女子だろうが関係無く、未来の美しさに息を呑みそうになる。
美人は三日で飽きるというのが通説なのに、何度見ても慣れはしなかった。
後ろからは別の意味で息を呑む柄の悪い大男が付いてくる。竜神強志だ。
腰を屈めてドアをくぐり、教室に入ると同時にゆっくりと周りに視線を走らせる。
人でも殺して来たかのような鋭い目をしていて視線があっただけでも反射的に謝りそうになってしまう。
そろそろ二人の人柄も判ってきた。
白皙の美貌の女はうるさくて臆病者であがり症。
柄の悪い大男は口が悪く喧嘩は強いけど、温厚で声を荒げることもない。
ようするに、二人とも見た目とは違い話し掛けやすい人間だった。
「未来、メアド教えてくれよ」
通り過ぎる未来を呼びとめ、スマホを手にして、クラスでもチャライ部類に入る男、山原が声を掛ける。
「あ、俺も。俺も教えて」「俺もー」
一緒に居た阪谷と高比良も携帯を手に取った。
「…………!」
未来は思いっきり嫌そうな顔をして、座る三人を見下ろしていた。
異臭を放つ汚泥の物体とでも遭遇したかのような表情に、チャラ男三人の時が止まる。
「んな嫌そうな顔すんなよ! こんな僕でも傷つきます!」
「お前顔可愛いから余計傷つくんだよ……」
「もっと表情抑えてください。心抉られるからさ」
山原が一人称まで変えて叫び、高比良と阪谷が机に突っ伏す。
未来はフシャーと威嚇しそうな顔で「だって嫌なんだもん!」と言い放った。頭の上に毛の逆立った猫耳を幻視してしまう。
「ちょっとぐらい考えてくれてもいいだろー。クラスメイトなんだから」
「う……」
未来が困ったようにうな垂れる。背中の半ばまである長く美しい髪がさらりと流れて、柔らかそうな胸の上にかかった。
体の前で指先を絡ませているので、腕に胸が挟まれて、ただでさえ大きな胸が強調されている。
三人揃って胸をガン見してしまった。
「前は聞かれるたび教えてたんだよ……。そしたら、中の誰かが俺のメアドいろんな人に漏らしちゃったみたいでさ……」
か弱く俯いた未来の瞳にじわりと涙が浮く。華奢で可愛い女の涙に、う、と三人がたじろいだ。
「朝起きて、携帯の電源入れたらメール受信が始まったんだ。…………十分も、二十分も……ずーっと……ずーっと……」
まるで怪談でも話すかのように声を潜ませた。
が、次の瞬間に、未来はがばりと詰め寄ってきた。
髪の毛がふわりと広がり、優しく華やかな香りが三人を包む。
すげーいい匂い。意識がそれたが、その間にも未来は涙目で話を続けていた。
「『メール着信中です』の画面がいつまでもいつまでも終わらなくて……! 携帯が呪われたって思って、寝てた兄ちゃん叩き起こしちゃって、ケツ蹴られたんだよ! 痣になるぐらいに!」
最終的に五百件も受信したし! 五百件だぞ五百件! 大事なメールも一杯流れちゃったんだ! と怒りで未来が細い肩をぶるぶると震わす。
「中学の頃から使ってたアドレスも変えなきゃいけなくなっちゃったし……! 気に入ってたのに……!」
未来は掌でぺしぺしと机を打ち鳴らした。
制服の裾から半分だけ出た掌と指が小さくて、痛くないのかと心配になる。
「直接メアド教えたわけでもないのに、知らん男達から自撮りの写メが何百枚も送られてきた俺の気持ちが判るか!? 全部プリントアウトして目玉に画鋲さしてやりたかった! 貧乏だからできないけどな!」
「あぁ……自撮り写メはウゼーかもな」
アドレスを教えた相手ならまだしも、教えて無いのに送りつけられても困る。
「だろ!? メアド変更してる最中にもメール着信あって、すげー面倒で……。だからもう、メアドは竜神達以外には教えないって決めたんだ」
「んじゃお前に連絡する時どうしたらいいんだ?」
未来はようやく笑顔になって、通路が狭いせいで横に立ち止まっていた竜神の袖を引いた。
「竜神に連絡してよ。しょっちゅう一緒にいるから、こいつにメールくれれば大丈夫だから」
「おい……お前と竜神って、付き合ってないって言ってたよな?」
「ないよ?」
「それで?」
「どれで?」
まぁいい。そう山原は気を取りなおした。
「遊びに誘いたい時も竜神に連絡すればいいんだな?」
「え、遊びに誘ってくれんの?」
未来が嬉しそうに声を弾ませた。
え!?
想像もしなかった反応に、山原も高比良も阪谷も驚いてしまった。嫌そうな顔はしないまでも、戸惑うと予想していた。メアドさえ教えてくれない程度の仲なのだから。
「誘っていいのか?」
「うん! いつでも連絡してよ。竜神と時間が合ったら、絶対行くから」
ん?
「竜神と時間が合ったら?」
「うん」
「二人で来るってことか?」
「当たり前だろ」
「おい……つき合ってないって言ったじゃねーか」
「だから、付き合ってないよ」
未来が不思議そうに繰り返す。
「それでか?」
「だから、どれ??」
まぁいい。再び山原は気を取り直した。
「二人じゃなくて、お前一人を誘いたい時も竜神に連絡していいんだな?」
「………………!」
未来はまた思いっきり嫌そうな顔をしていた。
「だからその顔!! 心が抉れるっつってんだろうが!」
「一人で遊びになんか行くわけねーだろ! どうせ俺の胸とかケツとか触るのが目的なんだろ!」
う。
いくらなんでも痴漢みたいな真似はしないと言いたいけど、全く興味がないわけではなかったので一瞬沈黙してしまう。
「ひ、ひでー言いがかりやめろよな。いくらなんでも、そんな」
動揺しながら答えてしまうと、黙って聞いていた竜神が重たい声を響かせた。一瞬の沈黙が竜神の警戒の網に引っかっていた。
「未来をオレ抜きで遊びに行かせるつもりはねーからそのつもりでいろ。目離したら心配でオレが倒れっからさ」
………………。
「うん……わかったよ。バカップル……」
「付き合ってねーってば」
未来の声が三人の耳を虚しく素通りした。
因みに、未来の指先はずっと竜神の袖を掴んでいた。