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文化祭 (準備から開催まで)【挿絵有り】

未来のクラスメイトが次々に独白しつつ、未来の事を語っています。

1年2組 岩元 塔子


 ウチのクラスには超可愛い女の子がいる。


 笑顔も真顔も困ったような顔も、ぷにぷにしてそうな指も唇も、細い足首も何もかも可愛い子だ。くるぶしだろうが太腿だろうが二の腕だろうが、パーツ一つ一つが可愛い要素を含んでいる。


 毎朝、美穂子に髪を結んでもらってて、髪を触られるたびに、笑って身を捩らせるのが見てて癒される。

 笑い声に釣られてこっちまで顔がにやついてしまうぐらいだ。


 名前は、日向未来。


 本当は、男の子だった、女の子。

 高校に入って二ヶ月もせず女の子に変わっちゃったから、どんな顔だったかはもう覚えてないけど、地味な子……だったような? あれ? ほんとに覚えてないぞ。

 うーん……、えと……。

 必死に思い出そうとするけど、頭に浮かぶ映像は学生服を着たへのへのもへじ。


 それでも頑張って思い出そうとすると、今の、小さくて可愛い女の子の日向が男の学生服を着た映像が頭に浮かんできた。

 ツインテールで。しかもなぜか、太腿まで隠れる大きな学生服(詰め入り)を着て、生足素足の映像で。


 これはこれで萌えるな。


 いやいやいや、違う。

 ああもう、思い出せないや。


「文化祭の出し物ですが、希望はある人はいませんか?」

 委員長の湯川君が教室に質問すると、はい、と山崎さんが手を上げた。

 当てられる前に立ち上がって話し出す。


「劇はどうかな? 日向にヒロインやってもらえば盛り上がりそうだし」


 おぉ! 賛成!

 チープなシンデレラでも白雪姫でも盛り上がるに決まってる!

 日向が壇上に上がっただけで静まり返る会場が目に浮かぶようだ。


 こんな綺麗な子がスポットライトを受けたらどれだけ素敵だろう。


 相手役は浅見君がいいな。眼鏡を取ったら美形だったという「お前は昔の少女マンガのヒロインか」と突っ込みたくなる変化を遂げたオッドアイの同級生。成功間違え無しだ。


「む、無理! 絶対無理!」


 日向が両手をばたつかせて抗議した。


「大丈夫だって。未来なら失敗しても笑う人なんかいない。むしろ可愛い。だから気楽にやっていいぞ」

 加藤君が笑って日向に言った。




1年2組 加藤 正平


 俺は、後悔って言葉が嫌いだった。

 後から悔やむって正直だっせぇ。

 過ぎた事をいくら悔やんでも時間が戻りはしないんだから、悔やんでる時間があるなら楽しい事したい。

 でも、一つだけ、タイムマシン探しの旅に出たくなるぐらい悔やんでることがある。


 初めて未来が登校して来た日。


 一緒に昼飯食ってる最中、あいつの胸を揉もうとしたこと。

 毛虫でも見るみたいな目をされて逃げられた時は、男だったんだから胸ぐらいいいじゃねーかってむかついたんだけど、未来が辻に胸を触られたのを見て、とんでもないことをしようとしてたんだって自分が恥ずかしくなった。


 にやついた辻の顔、恐怖で引き攣る小さな女の子、余りの浅ましさに見ていただけの俺でさえ怖気上がった。


 辻を止めたのは浅見だった。辻の膝裏を蹴って、胸を掌底で押して地面に叩き落として押さえ込んだ。

 後から聞いた事だけど、浅見はガキの頃から空手を習ってたらしい。


 未来があんなに泣いて怖がるなんて思って無かった。

 俺も辻みたいにキモイ顔してたのかと思うと後悔どころの騒ぎじゃない。


 未来にがっつり距離置かれたし。


 その挙句、竜神や浅見が周り囲み初めて、今では話し掛けることも出来なくなった。

 あの時、胸を揉もうとさえしなければ、未来の隣に居れたのは俺かもしれなかったのに。

 少なくとも、浅見はボッチのダッセーがり勉のままだったはずなのに。


「ち、ち、違うんだよ!」


 未来が俺の言葉に振り返る。

 長い髪がふわって靡いて、大きくて綺麗な瞳が涙で潤んでる。

 あー、クソ、やっぱ超可愛いなー。


「いろんな男に絡まれすぎて……知らない人怖くなってきたから……大勢の人間の前に立ったら足も体もガクガクして立ってられない自信がある……最悪、泣き出して動けなくなるかも……み、皆に迷惑かけるから、劇なんてできないよ……」


「そ、そこまで!?」


 まじで!? え!? そんなに怖いもんなのか!?


「あ、でも裏方に回してくれるなら劇に賛成」

 ふるふるしてた瞳が俺から逸らされた。壇上に立つ委員長を向いてしまう。久しぶりに話せたってのに、会話はそれで終わってしまった。


「ちょっと出るぐらいならいいんじゃないかな? ほら、台詞が少ない脇役とか。日向のドレス姿見たいなぁ」

 夢見がちに言うのは柳瀬さんだった。




1年2組 柳瀬 香


 いつしか、クラスのほとんどが、日向のことは呼び捨てになっていた。「君」、とも「さん」、とも呼べない中途半端な存在だから。

 日向が女子更衣室で着替えるのを強硬に嫌がった一部の女子達は、日向を「君」つけで呼んでいた。

 だからか、大人しい地味なグループの女の子たちも日向を「君」つけしていた。


 それも、一学期の間だけだったけど。


 日向を男扱いしていた連中でさえ、二学期に入ってからはアバウトになってる。

 元々「可愛いものは正義」派であるわたしは、とにかく可愛いんだから可愛く着飾らせてみたかった。


 中学の時から被服部で頑張ってきて、今はドレスさえ手縫いできるレベルまで到達してる。

 文化祭という晴れの舞台で腕を振るいたい。わたしの作品を皆に見せびらかしたい!


 日向だったら絶対、素人が作ったドレスでも、王宮の舞踏会で王侯貴族が着ても遜色ないんじゃないかって錯覚させるぐらい美しく見せてくれるはず。食い下がったんだけど、日向は涙目で拒絶を続けた。


「ド、ドレスなんて無理! だ、大体、今でさえ緊張してるのに……」


「無理強いするのは可哀相だよ。私、食べ物屋さんやってみたいな!」

 美穂子がはーいはーいと手を上げて意見した。

 うう、美穂子が止めに入っちゃったか……。

 美穂子ってふわっふわした癒し系なのに、結構、気が強い。

 今みたいに、誰かが無理に嫌な事を押し付けられそうになったりしたら、躊躇無く止めに掛かってくる。

 席がえの時も、クラスで一番大人しい吉川さんが教卓のまん前の席に押しやられそうになったのを、「じゃんけんしなきゃ駄目だよ」って止めに入ってた。

 あの花沢さえ、時々頭が上がらなくなってるのを見るぐらいの子だ。


「賛成。菓子なら、大量に売れ残っても返品可能な店もあるし」

 竜神君が続いて意見する。うーん、これは完全に流れ変わるな。劇やりたかったなあ……。


「へー、そんなのあんの? 何の菓子?」

 クラスで目立つ男子が話を続ける。

「駄菓子のセットだけど、探せば他にもあるんじゃねーかな」

「駄菓子か。いいなそれ。バラして売ってもいいな」

「売れ残っても持って帰れるし、打ち上げにも遣えるね。予算はどれぐらいにする?」


 ま、いっか。この辺駄菓子屋無いから最近食べて無いし。ヨー×ル、あんず飴、さ×らんぼ餅。美味しいからちょっと楽しみ。


「次は場所ですね」

 委員長、湯川が言う。



1年2組 湯川 心太


 驚くべき速度で話がまとまって、超助かる。


 だいたい、俺が委員長っておかしいだろ。

 成績も運動神経もクラス平均より下のモブだってのに。


 俺が委員長になったのは、当然、推薦や立候補の結果じゃない。

 クジ引きで当たってしまったからだ。

 定番アイスのガリゴリ君でさえいまだ当たりが出た事ないってのに、クラス委員のクジは一発で当選ってクジ運無いにも程がある。

 

 席がえはじゃんけん、クラス委員はクジ引きってやる気無さ過ぎるだろウチの担任!

 今も話し合いに参加せず、黙って椅子に座って聞いてるだけだし。お前は置物かっつーの。


 さて、店を出店する場所だが、この教室は四階だ。ここで開くのは不利すぎる。

 文化祭当日は、一階にある資料室や購買部が開放されんだ。

 できたら一階の教室を取りたいけど……三年と二年が取っちゃうから難しいか……。


「希望の場所はどこだ?」


 花沢が女子にしては低い、良く通る声を教室に響かせた。

 うぉ、この女、妙におっかないんだよな。


「一番取れる可能性があるのは、三階の一番端の部屋かな」

 少々圧倒されてしまったが質問には答える。


 花沢の斜め後ろに座る日向が、竜神の机に伏せて、竜神が頭をぽんぽんって叩くみたいに撫でている。

 ほんと、仲、良いよな。あれで付き合ってないとかマジかよ。

 いや、マジであってください。


 頭を撫でてた竜神の手の上に、日向の手が乗った。大きさの差すげーな。日向の手、ちっちゃすぎてオモチャみたいだ。竜神が本気出して握ったら確実に砕けるな。

 つーか教室でいちゃついてんじゃねーよ爆発しろ。爆ぜろ。四散しろ。

 この世のリア充というリア充共は死滅してしまえばいい。未来は死なないでほしい。

 俺みたいなモブが彼氏になれるはずないってのは自覚してるけど。でも、1%の望みでもあるなら、俺はそれに賭ける。


「一年生が取れる場所なんて、そこしかないもんね。一階の教室なんか全部三年生が占拠しちゃうし」

「二階の教室……も無理か。やっぱぎりぎり三階だよなー」「うんうん」

 事情を知ってる中等部上がりの連中が口々に話す。


「話し合いはいつあるんだ?」

 花沢が再び凛と通る声を上げた。

「今日の放課後だけど」


「では、私が行こう」

「え、いいのかよ」

 上級生との話し合いなんて正直気が重かったから、変わりに行ってくれるのは超ありがたい!

 三階の部屋さえ取れなかった――なんてことになったら、教室中に恨まれるもん。

 俺、クジ運悪いから、正直、三階の部屋さえ取れる気しないし。


「なるべく希望の場所が取れるように善処する。竜神、お前も来い」

「わかったよ」



 放課後、二人は話し合いに参加しに行って――――。



「お前等どんな反則技使ってきたんだよ」


 一階の玄関つき当たりという、学校で最高の場所と呼ばれてる教室を確保して帰ってきた。




1年2組 寺戸 卓


 僕は竜神君が怖い。


 顔が怖いし身長が高いし体も大きいし、動き一つ一つが怪獣みたいで傍に寄るのも嫌だ。

 僕の身長が156しか無いからかもしれないけど、とにかく、でかくて乱暴で、クラスで一番関わりたくない人だ。


 それなのに、なぜか、僕は竜神君と一緒に客引きの担当にさせられてしまった。

 プラカードを持って校庭を回るんだ。


 冷や汗が浮いてくる。僕、運が悪過ぎるよ。よりによって竜神君と一緒なんて。


「強志は着ぐるみで客寄せヨロシク!」

 クラスの副委員長の因幡さんが大きなクマの頭を持ってきた。

 着ぐるみ!?

 つぶらな目をした可愛いクマの着ぐるみだ。

 竜神君がこんなもん着るわけないだろ!

 

 激怒して暴れる姿が一瞬で脳裏に浮かんで、僕は思わず一歩下がっていた。


「おー」


 へ?


 竜神君の返事はあっさりしてた。

 首に掛けていたタオルを頭に被せて後頭部で結んで、ジャージの上から着ぐるみを着ていく。


「一つ言っておくけど、絶対絶対喋っちゃ駄目だからね。子供の夢を壊すから!」

 因幡さんがねんを押す。

「判ってるよ」

 

 クマの着ぐるみは……なんというか、可愛かった。

 頭が大きくて胴体が長くて、竜神君の長い足が物凄く短くなった。

 股下は50センチ程度しか無さそうだ。


 実に歩きにくそうに、よちよち動き始める。

「だ、大丈夫? 竜神君」

「大丈夫じゃねーよ。でも、これ、百合の私物で、傷つけたら弁償って言われてるからな……。30万もするんだってよ」

「さ、三十万!!?」

「いつもみたいに歩いたら確実に股裂くし、30万も払えねえから歩くのもこええ」

「そ、そっか。なんかごめんね」

「お前が謝ることねーだろ?」


 クマが首を傾げる。可愛い。中身は竜神君だけど。


「寺戸君!」

 ふわっとしたいい匂いと共に、女の子が僕に迫ってきた。

 学年一、いや、学校一、いや、テレビの中で笑うアイドルたちより可愛い女の子、日向さんだった。

 細い肩が! 腕が! 胸の柔らかそうな部分が! ろ、露出されてる……!!


「竜神のフォローを頼むな! 子供相手だと蹴られても殴られても反撃できないから、何かあったら助けてやってよ。手間掛けてごめんだけど」

「え、ぼ、僕のフォローなんか役に立たないよ……」

「そんなことないって! 竜神ってちっちゃい子が泣いたり怖がったりしたら何もできなくなるから、ほんとに頼むよ!」

「う、うん……」


 僕の返事に日向さんはほっとした息をついた。

 竜神君って小さい子が泣いたり怖がったりしたら何もできなくなるのか……。そういえば、保育園実習の時も子供に取り囲まれていたっけ。

 子ども好きなのかな。意外だな。

 考え込む僕の前で、日向さんは竜神君を向いた。背伸びしてクマの顔を両手で挟む。


「なんかあったらできるだけ逃げろよ! クマを汚すだけでも百合に莫大なクリーニング料請求されそうだし! 弁償になったら相談してくれよ。俺も金出すから」

「いらねーよ。貧乏のくせに」

「貧乏だけど十五万ぐらいなら用意できるよ! なんなら兄ちゃんに相談してもいいし」

「それはやめろ」


 僕より小さくて壊れやすそうな日向さんが、怪獣みたいな竜神君に躊躇なく飛びかかっている。やっぱり、女の子だからかな。

 竜神君、日向さんのフォロー一杯してたし、信頼したら怪獣みたいな男相手でも安心できるのかな。僕はどれだけ信頼してても、同性のデカイ男相手に躊躇なく飛びついていける自信なんてないよ。いつ、不興買って殴りかかられるかわからないし。


 チャイムが鳴った。文化祭開始の合図だった。




1年2組 戸田 彩夏


 オレは日向のことがちょっと気に食わなかった。


 自分の事「俺」って言うのが。


 オレだって女なのに自分の事オレって言ってるけど、これは、ちゃんとした理由があるんだ。

 兄ちゃんが三人も居たから、オレって一人称しか選択肢がなかった。だからガキのころからずっと自分の事、オレって言ってる。

 そのかわり、オレ、男に頼るような真似だけはしたことがない。


 けど、日向は違う。自分の事「俺」っていうくせに、肝心な時には男に頼ってるのが気に食わなかった。

 んな女女するぐらいなら、一人称はワタシに変えて、言葉使いも「~だわ」「~かしら」に変えて女の子になってしまえばいいんだ。

 そうすれば、男達も守りがいあるだろう。

 一人称俺の男女より、可愛い「女の子」のがいいに決まってる。


 そんなオレのイライラを察したわけではないだろうけど、数日前、突然、日向が自分の事「ワタシ」って言い出した。


「わ、わた、ワタシ、は、その、」


 いつも傍に居る、竜神だの花沢だの美穂子だの浅見だのは別にからかうわけでも指摘するわけでもなく、不自然な日向の一人称を聞き流していた。


 だけど余りも不自然な様子に溜まりかねたのか、花沢が口火を切った。


「未来、慣れないなら無理することはない」と。


「で、でも……」

「『俺』は地方によっては女性が普通に使う一人称だよ」

 花沢が言う。美穂子も続けた。

「未来が女の子らしくなることには賛成なんだけど、あまり無理もしてほしくないかな。何もかも一気に変えるのは疲れそうだから、ゆっくりでいいよ。ね。竜神君、浅見君」

「うん」「そうだな」

 浅見と竜神が続けて賛成する。


「そっか」

 日向が安心したように笑った。

「体が早苗ちゃんに変わっちゃって、早苗ちゃんが恥をかかないように、行動も言葉遣いも女の子っぽくするって頑張ってたんだけど……、なんか、日向未来がどっかに消えちゃいそうで不安だったから、そう言ってもらえるとありがたいよ」


「どっかに消える?」

 竜神が眉を顰めた。


「ん。早苗ちゃん死んじゃって、ここにいるのは俺なんだけど、女の子っぽくしようとしたら俺も死ぬような……。よくわからないんだけど、ここにいるのが早苗ちゃんでも日向未来でもないっていう、変な気分になっちゃって」

「胡蝶の夢みたいだね」

 浅見が視線を下げて答えた。


「うん。ここにいるのは日向でも早苗ちゃんでもないキメラ体な気分」


 竜神がデカイ掌を日向の頬に当てた。

「お前は日向未来だよ。多少言葉遣いが変わっても、女っぽくなっても日向未来にしか見えない」

「………………」


 じーって、日向が竜神の目を見る。日向ってなんでこう人の目をガン見してくるんだろ。

「……」


 日向は表情を変えないまま、すり、と掌に頭をすりつけて竜神から離れた。



 それから、会話はどうでもいい話題へと流れていった。


 文化祭の今日、ミニスカ黒ワンピを来た日向は、一体何者なんだろうね。


 恥ずかしそうに胸元を一生懸命ファーマフラーで隠しているあんたは、一人称「俺」を使うのに相応しくない、小さくて可愛い女の子にしか見えないよ。

 あんたの中の日向未来はとっくに死んでる。それでいいんじゃない?って思うオレは、間違っているのかな。





1年2組 冬中 理子


 我がクラスの駄菓子屋さんは大盛況です!!!


 売れる売れる! 気持ちいいぐらい売れる!

 この辺に駄菓子屋さんが無いからだろうけど、紐を引いて選ぶアメも、ボックスの紙を破って中身を取り出すクジも、紙袋を引き千切って選ぶ付録の小冊子も、キナコモチも水あめも飛ぶように売れていく!


「かごをどうぞ♪」


 荷物が一杯になったお客さんに、籠を差し出す未来のお陰もあると思う!

 未来は普段ボケボケしてるくせに、人を観察するのが美味いというのか、丁度いいタイミングで籠を差し出してる。

 うん、販売職に向いてますよ意外に。


 実は、駄菓子屋さんを開くに当たって、クラスから徴収したお金は四万円程度しかなかった。一人千円。

 でもそれじゃ、少なすぎるということで、先生が三万円出してくれてクラスが大盛り上がりした――のだが、「売り上げが出たら優先的に返してくれ」なんて発言したせいで盛り上がったのがだだ下がりした。


 その後、花沢が十万も寄付してくれて、駄菓子だけではなくて、売り子の衣装まで用意できた。

 多分、あの女はこっちが目的だったんだと思う。


 未来の服を作る柳瀬としょっちゅう話し合いしてたし。

 結果、出来上がった服は超可愛かった。


挿絵(By みてみん)


 この教室に入ってくるお客さん全員が未来に目を止めている。男に至っては目がエロくなってる。


 今回、花沢と竜神は積極的に動いてくれた。二人とも面倒臭がりっぽいのに超意外なのだが、駄菓子屋の問屋まで買い出しにいってくれたぐらい意欲的だった。

 お陰で儲けもハンパ無い。


 レジを打ちながら、打ち上げは豪華に行けそうだとウハウハしていた。


 だが、これだけ人がいると、やっぱりガラの悪いのも来るわけで――――。


「これだけ買っても千円行かないっていいな。なあ。君はいくらで売ってんの?」

 三年生の男が未来の背中を撫でる。背中は剥き出しになってるから、肌を直接に撫でていた。

「ぁ……」

 未来が本気で怖がった顔をした。


 う! も、文句言いたいけどガラの悪い三年生……!? ど、どうしよ……!!


 躊躇ってる中、よろよろと近づいていく影があった。

 (・ω・)顔のクマの着ぐるみだ。


「お触り禁止だ。手ェ離せ」


 可愛い熊から放たれるドスの聞いた声。何たるギャップか。

 三年生は、頭一つ高い位置からクマに睨まれて、う、あ、と動揺した。その隙に、ぴゃ、と未来が逃げてくる。

 レジにしてる机の後ろに回りこんで座りこみ、頭を抱えてガクガク震えだす。


「だ、大丈夫? 日向……」

「だいじようぶ、すぐ収まるから! ハハッ」

 発音が外人みたいになってるよ? 笑い声が某○ッキーになってるよ!? 本当に大丈夫?


 クマがまたよろよろ近寄ってきて、蹲った未来の肩に手を置いた。


「大丈夫か?」

 何度聞いても(・ω・)顔の可愛いクマが発するバリトンの声に慣れない。

「竜神、ありがとう、助かった」

 クマの肉球をぷにぷにしつつ未来が答える。なんだこの光景は。


 大盛況すぎて、1年2組の駄菓子屋は午前中で店じまいになってしまった。


 売り上げは職員室の金庫に納めて、さぁ、これからは自由時間だ!



1年2組 日向 未来


 ようやく露出度の高い服から制服に着替えられて、ほっと息をついた。

 うう、まだ触られた感触が背中に残ってるのが嫌だ……。背中を手で触られるって慣れないから余計嫌。


「未来」

 撫でられた場所をぽんって叩かれ、緊張感が和らいだ。

 竜神だ!

「クマちゃんお疲れ様。暑かっただろ?」

「おー。蒸れて死ぬかと思った」


 早速出店を見て回ろうとグラウンドに出た途端、


「せんぱーい!!」


 達樹の声がした。


 達樹? そういや、中等部も文化祭やってるんだったな。

 達樹達は何やってんのかな。


 振り返って――――。


 クラシカルなメイド服姿の達樹がこちらに向かって掛けて来てた。


「あははははは、お前、その格好! に、にあわねー! あははは」


「こんなに可愛いのにー。酷いっすよー」

 達樹がセクシーポーズを取る。やめてやめて、お腹痛い!

「うん、可愛いよ達樹君」

「み、美穂子ちゃん、笑ってくださいよ! 普通に返されたらおれ超サムイ人じゃねーすか!」

「メイド服に対する冒涜だな。すぐに脱げ」

「この下、パンツ一丁だから脱げねーっスよ! 百合先輩引っ張らないでくださいっ!」


「なんでスカートなんか履いてんだ」

 竜神が達樹に質問する。俺は笑いすぎて息も出来なくなっていた。


「おれのクラス、性別逆転喫茶なんス。男子が女装で女子が男装してんの。これ割引券。サービスしますから食いに来てくださいよ」


「達樹君……そんな格好でよく高等部までこれたね……」

 浅見が心底から呆れたような、感心したような声を出した。

「折角だから先輩達にも見せとこうと思って! うけるでしょ。いやー、おれもここまで似合わないとは思ってませんでしたよ。未来先輩が予想通りの反応で嬉しいッス」

「あはははは、もう、く、くるし、」

 苦しいって言ってるのに、達樹がターンしてスカートを浮き上がらせて、益々笑い転げてしまう。


「僕だったら、そんな格好してるとこ皆に見られたら二年ほど引きこもれる自信があるよ……」

「浅見さん……メンタル豆腐どころか口どけ滑らかプリンレベルっすよ。こんなもんネタじゃねーすか」


「未来さーん! と、ヤクザ顔の高校生の人ー」

 今度は花ちゃんが来た。

 自分の兄を「ヤクザ顔の高校生」って酷いな。


 花ちゃんは髪を一つに結んで、執事風の格好をしていた。おー、こっちはなかなか様になってる!


「よかった、会えたー。喫茶店やってるんです、よかったら来てください! これ、割引券です」

「券はもういらねえよ。達樹に貰ったから」

 渡された券を竜神がつき返す。

「う! 先越された……! あんた、そんな格好でうろつくなんて恥ずかしくないの!? 他の男子は大人しく裏に引っ込んでるってのに!」

「お前だって同じじゃねーかよ。チビが無理してスーツ着てるのみっともねー」

 花ちゃんと達樹は火花を飛ばしあったけど、すぐにお互いそっぽ向いた。


「未来さんより身長高くなっちゃったー」

 確かに、花ちゃんの方が高くなっていた。慌てて足元を見ると五センチ……いや、七センチほども高さのあるローファーを履いていた。

「上げ底か! 反則だぞ」

「未来さんちっちゃーい」

「うわ」

 抱きつかれて一歩下がってしまう。


「誰だ? 随分可愛い子だな」

 あ、そっか、百合、花ちゃんのこと知らないんだっけ。

 

「竜神の妹の花ちゃんだよ」


「竜神(君)の妹!!??」

 百合だけじゃなく、美穂子も浅見も驚愕する。気持ちはわかるぞ。竜神みたいなデカイゴツイ男の妹が、こんなちっちゃく可愛い花ちゃんって衝撃だよな。


「み、未来さんのばかー! 兄妹だって言わないでくださいー!」

「ちっちゃいって言ったお返しです」


「竜神に妹がいるのは聞いていたが……全く似てないんだな……。何一つ類似点がないぞ。強いていうとすれば、日本人だというくくりぐらいか。信じられん……!」

 百合が驚愕の表情をしたまま、言った。

「始めまして。竜神花と申します。いつも兄がお世話になっております」

 花ちゃんが百合と美穂子と浅見に向かってぺこりと頭を下げた。


「始めまして。花沢百合だ。百合と呼んで欲しい」

「ありがとうございます、百合先輩! 私のことも、花って呼んでもらえると嬉しいです」

「ぎゃーーーーー!」

 思わず悲鳴を上げて、百合と花ちゃんの間に割って入ってしまった。


「百合、花ちゃんを毒牙にかけることだけは絶対、絶対許さないからな!」


「毒牙とは何のことだ? 私はただ友人のきょうだいと仲良くしたいだけだぞ」

「んじゃ、俺の兄ちゃんを紹介してやる! コミュ障。30歳独身! 脳外科医です! 年収は高いです多分!」

「いらん! どうでもいいが、自分の兄を紹介するのに、コミュ障を真っ先に上げるな」

 だって最大の特徴なんだもん! 


 騒ぎながらも、ほんのちょっと背が高くなった花ちゃんに手を引かれて、中等部へと足を運んだ。性転換喫茶でお菓子とお茶を頂く。達樹が女言葉で給仕するせいで笑いすぎてろくに休憩できなかったんだけど。

挿絵をダンダダン男子様よりいただきました

ありがとうございますありがとうございます!


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