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まさかの二人暮らし(監視者からの開放)

三人称視点です。未来が一人ぼっちになって、タオルケットに包まっている頃の、竜神宅での出来事。

「長い間、すまなかったな強志」

「いいよ。将来の勉強になったし」



 竜神強志は今日、監視者の任を解かれた。


 リビングで向かいのソファに座る両親に、ICレコーダーを差し出す。

 こんな小さな記録媒体が強志を縛る鎖だった。


 強志は本当に、本当に、安堵した。

 未来から猛の連絡先を聞き出し、連絡を取って驚いたのだ。

 猛は、強志が監視者だとさえ知らなかった。


 唯一の脳移植の技術者であり、唯一の検体の兄であり、何もかもを掌握していて当然だと思っていたのに、何一つ知らなくて何一つ危機感が無くて、心の底からぞっとした。


 ようやく終わった。いや、終わったわけではない。また何か始まっているかもしれない。それでも、もう、未来は大丈夫だろう。後は猛の問題だ。



「よかったわねー! これで晴れて未来ちゃんに告白できるじゃない」

「――――――!」


 母の言葉に強志は絶句した。

 監視者である以上、恋心の一旦も出すまいと心に決めていた。取り繕っていたつもりだったのに。

 こうもあっさり見抜かれていたとは。母は侮れないといったところか。


「え!? そうだったのか!? 強志、お前、あんな可愛い子に惚れてどうするんだ。やめとけやめとけ! あんな可愛くって小さい子とお付き合いなんかしたら犯罪者扱いされて通報されるのがオチだぞ! 脅して無理やり恋人にしてると思われてな! お付き合いするなら、お母さんみたいな巨女にしておきなさい!」


「あの子、あんたのこと信用しているみたいだし、絶対絶対物にしてきなさいよ。あんたみたいなでかくてゴツイ男が、あんなちっちゃくて可愛い子とお近づきになれるなんて人生で最初で最後かも知れないんだから!」


 父の頭をアイアンクローで締め上げ、絶叫を上げさせながらも笑顔を見せる母の身長は177cm。

 身長に劣等感を持っているわけでは無いが、直接言われればカチンとくる程度には気にしていた。


 (明日、家に行くか……)


 ようやく鎖が外れ、今すぐにでも未来に告白しに行きたかったが、時間はもう十時を過ぎている。


 未来の家族に悪印象を持たせまいと、礼儀正しく振舞ってきたつもりだ。

 ここに来て、夜分に押しかけるなんて非常識な真似をして、未来の母や兄を幻滅させたくはない。これから先、時間はいくらでもあるのだから。


 やっと、未来に好きだと言える。


 たとえ振られるとしても、これまでどおり一緒に居ることは出来るだろう。

 未来を怖がらせないように、胸を押し付けられようが抱きつかれようが誘われようが、一切、性的な目で見ないよう自制に自制を重ねてきた。

 振られても友人で居れると思うのは楽観ではないはずだ。その程度の信頼関係は築けていると信じたい。


 始めて未来を見た時は、好きになるだなんて考えてもなかった。


 恐ろしいぐらい可愛くて、小さくて、粗雑な自分とは別世界の生き物だとしか思っていなかったから。

 そもそも、未来に告げた好みのタイプも嘘ではなかった。何人か彼女が居た事はあるが、全員年上の女ばかりだ。


 でも知れば知るほど駄目だった。

 強志が一歩進むたび二歩分揺れる小さな頭、怖がりの癖に警戒心が薄くておせっかいで危なっかしい面。料理が美味い事。見た目のせいで、沈黙するだけでも怖がられる自分相手に一歩も引かず食って掛かってくる所、何より、一番に自分を信頼して、誰よりも何よりも優先してくれる態度に落とされた。


 精神的に弱い部分――――佐野絡みの出来事も、駄目だった。


 朝、佐野が教室にいることは滅多にない。大抵、彼女である美羽の教室へと足を運んでいるからだ。が、たまに教室に居ることがある。


「あ、お早う良太!」

「おー」


 未来は嬉しそうな満面の笑顔で佐野に挨拶する。佐野も笑顔で挨拶は返すものの、「なぁ、昨日――」と未来が話しかけようとした途端、「じゃあなー」と教室を出て行くのだ。


 未来は佐野の姿を見つけるたびに嬉しそうに目を輝かせるのに、露骨に避けられて、本気で悲しそうにうな垂れて席に戻っていく。

 握力を制御できずにみしりと机を軋ませて、隣の男子生徒を驚かせたことは一度や二度ではない。


 相手ぐらいしてやってくれと、何度佐野に文句を言いそうになったか。

 佐野は美羽を一番に大切にしているのだから、元は親友とは言えども「女」と仲良くするなんて出来ないのはわかる。

 自分みたいな大男が口出しすれば、佐野は未来の相手をしてやっただろう。だが結果として、美羽と佐野との仲を壊すことになるかもしれない。

 さすがにそんな事態は避けたい。口出しなどできなかった。


 「オレがいるから、佐野の事はもう諦めろ」そう言ってしまいたかったが、ICレコーダーが邪魔で言えないのが歯痒かった。



 冷泉に踏まれているのを見た時など、怒りで目の前が真っ赤になった。と同時に恐怖で神経が焼き切れそうになった。小さな体が今にも踏み潰されてしまいそうで。達樹と浅見と、何より、女である百合が止めてくれなければ確実に冷泉を病院送りにしていた。骨の一、二本では済まなかったに違いない。


 怒りを沈めようと懸命になった中、未来に手を握られて、掌の小ささに改めて怖くなった。

 こんな小さな生き物、乱暴に扱ったら壊れてしまう。無事でよかった。何かある前に助けられて本当によかった。


 抱き締めてしまいそうなので視線を合わせることができなかった。

 未来を悲しませているのは判ったけど、とうとう、家に送り届けるまで顔さえ見れなかった。


 ICレコーダーは心音さえ録音するほど性能が高い。

 未来に好意を持っていると知られれば、監視者としての資格を失ってしまう。

 竜神強志が監視者としての資格無しと烙印を押された途端、未来は施設送りになる。

 胸を押し付けてこようが泣き顔で縋ってこようが、心音を乱さないよう徹底的に感情を抑制していたので、日々、表情が削げ落ちて行くのがわかった。妹にまで心配されたぐらいだ。


 それでもなんとか取り繕っていた中、夏休みに入ってから、急に、未来がくっついてくるようになった。


 印象に強いのは、未来の家で宿題をした日だ。

 横に並んで体を密着させてきたので、思わず押し退けて離れたというのに、体の上に寝そべられて驚いた。

 いきなり何だ。

 問い詰めたかったができるはずもない。


 二日後に行った水族館のレストランでは、六人掛けのソファ席に、浅見、美穂子、達樹。対面に百合、未来、竜神と腰を下ろした。


 一緒にメニューを見る自分に、未来は無防備に体をもたれ掛からせていた。

 百合がギリギリした視線で何があったか説明しろとでも言いたげに睨みつけてくる。しかし、実際、何もないから説明しようがない。

 とりあえず無視していたのだが、未来は逆隣の百合にもくっついて行った。


「なぁ、百合、このフリカッセって何のこと?」

 百合にもしなだれかかるようにしながら、メニューを指す。

 自分だけじゃないのか。少々落胆したような気持ちになる。

 百合はきつい眦を驚きに開いて、緩ませてから答えた。


「クリーム煮のことだ」

「クリーム煮かぁ。それにしよっかなー」

 百合にもたれ掛かったまま、未来がうーん、と楽しそうに迷う。

「未来」

「ん?」

 むにゅと、形が変わるぐらいの勢いで、百合が未来の胸を鷲掴みにした。


「ヒッ――――!!!」

「百合ちゃん!」「百合さん!?」

 未来が叫び、美穂子が批難する声を、浅見が純粋に驚きの声を上げる。

 未来はそのまま強志に飛びついて、「場所変わってくれ場所!!」とソファから押し出そうとしてきた。非力な体にじたばたされても、体重90キロ近くある体は微動だにしないが、立ち上がって場所を変わってやる。


「待て、悪かった。つい、手が動いた」

「ついってなんだよやっぱ百合怖い!」

「あんなに寄ってこられたらオールオッケーだと思うだろう!」

「オールって何がオール!? ……って俺、そんなに寄ってた?」

「意識してなかったのか……。体も胸もぎゅうぎゅう押し付けてきたぞ。くそ、一時の欲望に負けたばかりに……」

 百合がダンとテーブルを叩くが負けるのが早過ぎる。瞬殺にも程がある。


「なぜ私がお前の隣に座らないとならないんだ! でかい、鬱陶しい、縮め!」

「なぜって、お前が未来の胸揉むからだろ」

「くそ……!」


 百合からのセクハラが堪えたのか、その後、人前では露骨に触れてこなくはなったものの、二人になると距離が無くなる。一緒に歩いていても、腕に肩が当たってくる有様だ。夏休み前は並んで歩いていても、いつの間にか遠くをふらふらしていたというのに。


 振られたら縮まった距離がまた開くかもしれない。それは少々寂しいが、とにかく、明日にでも会う約束を取り付けて――――。



 その時、強志の携帯が鳴った。未来だった。


 タイミングの良さに驚きつつ通話を繋げる。



「もしもし」

『竜神、た、助けて……!!』


 流れてきた未来の切羽詰った声に、浮き立っていた心が消し飛んだ。


「どうした!? どこにいるんだ」

『い、家に、』


 強志は靴を履くのもそこそこに家を飛び出し、夜道を走った。未来の家までは徒歩で五分。走れば二分も掛からない。すぐに駆けつけてドアを開く。

 未来が玄関でタオルケットに包まって涙目になっていた。


「未来、何があった!?」


 まさか暴漢にでも踏み込まれたのか。

 室内に視線を走らせるがその気配はない。

 ドアと言うドアが全部開かれ、テレビが付けられ、どの部屋の明かりも煌々と輝いている。

 トイレも風呂も、間接照明まで全部。明るすぎて逆に不自然だ。


「りゅうううう……! ごめん、来てくれてありがとう……! こわくて……!」


 未来がタオルケットに包まったまましがみ付いてきた。とにかく落ち着かせるのが先だ。

 小さな体を抱き寄せて背中を叩く。


「母ちゃんが――――!」


 未来が零した言葉は意外なものだった。

 母親が再婚して、家を出て行ったのだという。


 とにかく、今日は家に泊まらせて落ち着かせようと連れて帰ったはいいものの、最終的に、未来と同居する羽目になってしまった。


 なんでこうなった。


 深夜三時。


 一人で布団から抜け出した強志は、リビングのソファにずり落ちるような体勢で座り、心の底から自分の不運を呪った。



 やっと、未来に好きだと言えると思ったのに。



 なのに。



(この状態で告白なんて、できるわけねぇ――――!!)



 怖がりの未来が広い新築の家で生活していくためには、強志の協力が不可欠だ。


 自分しか頼る人間が無い今、告白すれば、「うんと言え」と脅迫しているようなものだ。


 告白なんてできない。


 なんてこった。

 ようやく監視者から開放され何もかも解決したと思ったのに。


 まさか、こんなでかい落とし穴が待ってようとは。しかも一緒に暮らすってなんだ。

 未来の母も兄も一体何を考えているんだ。

 そりゃ、悪印象を持たせまいと頑張ってきたけど、いくらなんでも信用しすぎではないのか。自分が未来を襲うとは考えてないのか。怖がられたら死にたくなるから絶対襲えないけど。ということはあの家族は見る目があるのか。考えが迷走する。


 持ち出してきた携帯が鳴った。現在の時刻は午前三時だ。こんな時間に誰だ? 確認して納得した。未来の兄、猛だった。そういえば、また後で話そうと言ってた。が、まさかこんな深夜に掛けてこようとは。さすが妹にコミュ障を連呼されるだけはある。



 だらけた体勢のまま通話を繋げる。


『強志君の携帯で間違えないだろうか』

「はい」

『夜分に済まないね。先ほどの話だが、考え直してはくれないだろうか。未来と一緒に暮らしてやってほしい』

「オレなんかが一緒に住むよりも、猛さんと暮らしたほうが、未来さんのためにも良いと思うのですが」


『いや、それは困る。未来はうるさいからな。一人静かに暮らせる環境に慣れてしまったから、あいつと一緒に住むなんて無理だ。母から聞いたのだが、君は未来がギャーギャー泣いても、落ち着くまで傍に居てくれたそうじゃないか。誰にでもできることでは無いよ。俺は先日、尻を蹴飛ばして益々泣かせたからな……』

「先日!?」


『あぁ。正確に言うと、脳手術をして帰ってきてすぐだったかな? もう使わないから、あいつの生前の服や靴をまとめて処分していたんだ。サッカーの道具も。帰ってきてからそれに気が付いた未来が泣き喚いてうるさくて、ついな』

「…………!!」


 使う使わないではなく、サッカーの道具は部活をしていた未来にとって思い出の品だ。捨てたのか。泣いて当然じゃないのか。

 強志が絶句している間にも猛の話は続いた。


『……君が嫌なら無理強いはできないな……。未来は二股を掛けてたんだったな。もう一人の男の連絡先を教えていただけないだろうか? たしか虎太郎君とか言ったかな』


 強志が猛の言葉に戸惑う。二股を掛けている? 何の話だ。そもそも付き合ってさえないのに。浅見だってそうだ。

 未来が二股を掛けるような女ではないと知っているからいいものの、未来を知らない他人が聞けば、男を玩ぶ最低の女のようではないか。人聞きが悪いなんてレベルじゃない。


 (おい、仕事中だっつってたな? まさか傍に同僚や看護師が居ないだろうな)そう問い詰めてやりたくなったが寸前で耐えた。


『あらぁ、日向先生の妹さん、男の子を二股に掛けてたのぉ! やるわねー』


 背後から女の声がはっきりと聞こえてきた。やはり人が居た。強志は頭を抱えたくなった。


『君の変わりに送り迎えしてくれた金目銀目の男だが……ひょっとして、君は二股を掛けられてることを知らなかったのかな? しまった、余計なことを言ってしまった』

「いえ、未来さんは二股を掛けたりはしてませんよ! オレも虎太郎も友人ですんで! 未来さんは二股が掛けられるような軽い子じゃありませんから!」


 背後の女にまで聞こえるように大声を出す。女の声が聞こえたぐらいだ。こちらからの声も届いただろう。届いたと思いたい。

『あら、違ったの? あぁ、また日向先生の暴走なのね。妹さんも気の毒に』

 呆れた声がかすかに聞こえた。よかった伝わっていた。ほっと息をつく。また、ということは猛のこの人聞きの悪い発言は日常的に繰り出されているのだろうか。同僚の苦労が偲ばれる。


『声が大きいよ』

「気をつけます。未来さんはオレに任せてください。絶対に、未来さんに手を出したり、傷物にするような真似だけはしませんので、ご安心ください」

『傷物? あれはとっくに』「失礼します」


 ぷつ。


 反射的に通話を切った。

 これ以上話しては駄目だ。会話するなら誰も居ない場所で対面じゃないと未来のあらぬ誤解が広がりまくる。

 自分も良い兄とは言いがたいがこれは酷過ぎる。


 この兄と暮らさせるよりは自分の方がマシだろう。でも、告白ぐらいしたかったと己の不運を嘆きながら自室に戻るしかなかった。


 振り出しに戻る★


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