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まさかの一人暮らし(前編)

 遊園地いって、水族館いって、お祭りいって、花火大会いって、皆で勉強して、楽しかった夏休みがあっという間に終わり、九月最初の土曜日に――――。



 二階の廊下が抜けました。



 歩いた感じがふわふわするなーってのは思ってたんだよな。

 だけどまさか、抜けるなんて。

 仕事に遅れそうになったらしい兄ちゃんが慌てて一歩を踏んだ瞬間、バキッといってしまったそうだ。


 一枚、板を踏み抜いただけで、下の階に落ちる――なんてことはなかったんだけど、スーツ着てたってのに兄ちゃんは十針縫う大怪我した。

 俺じゃなくてよかったー。俺、基本素足だから十針どころじゃなかっただろうな。

 あ、でもこれ、竜神もあぶないな。あいつ兄ちゃんより体重あるし。ウチを歩くときはそっと歩けって伝えとかなきゃな。


 ホームセンターで買ってきた板を穴に合わせてた途中だったけど、忘れないうちにと竜神にメールする。


『二階の床が抜けた!(汗の絵文字) 今から修理の任務に取りかかります!(びしっとしてる顔文字) 兄ちゃんが十針も縫う大怪我しちゃったよ。お前も家歩くときは気を付けろよ(!の絵文字)』


 すぐに電話が掛かってきた。


「もしもし?」

『お前が修理するつもりか?』

「そだけど? 兄ちゃん、そのまま仕事行ったし。自分で車運転して、勤務先の外科で治療して貰って、そのまま仕事に入ったんだって。なんか笑うよな」

『笑えねーよ。今から行くから何もせず待ってろ』

「え? いいよ。板を釘で打ちつけるだけなんだから一人で大丈夫だし」

『いいから待ってろ。道具は全部あるのか? 釘は? 金槌は? 板は?』

「揃ってるけど……」

『じゃすぐ行く。二十分で付くからな』


 釘を叩くだけなんだから、わざわざ来る必要ないってのに。変な所、過保護だよなー。

 このぐらい自分で出来るって所見せておくか。俺、別に不器用じゃないし。


 釘を一つ取り出して板に立て、金槌を――、う、重! バランスが取りにくいな。くそ、握力15のゴミが!

 それでもなんとか、高い位置から反動を使って叩こうとして。

 ものの見事に指を叩きました。指というか、爪を。釘は曲がって使い物にならなくなったし、桜色の爪が真っ赤になるし、痛いし。なんだこれ漫画か。


「お邪魔します!」


 まだ二十分も立ってないのに竜神が駆け込むように玄関に入ってきた。

 珍しくチャイムも押さずに。

「り、りゅう、わざわざゴメンな」

「ちゃんと待ってただろうな」

「……待ってたよ……」

「手」


 びく、と肩を揺らして恐る恐る右手を出す。


「そっちじゃねーよ、左」

 俯いて黙ってたんだけど見逃してくれるはずもなく、がっちり腕を捕まれて指を確認されてしまった。

 竜神の爪の二分の一程度しかない俺の爪が、真っ赤に腫れ上がっているのを。


「待ってろって……言ったのに……」

「ご、ごめんなさい……」


 物凄く落ち込んでしまった竜神に反射的に謝ってしまう。なんでお前が落ち込むんだよ、せめて怒ってくれよー!



 そんな事件の五日後、兄ちゃんが帰ってくるなり地図を広げた。


「新居を決めてきた」

「新居? あんた、まさか」

「母さんの意見は聞かないよ。もうこの家は駄目だ。諦めてくれ。丁度、未来の登校にも俺の職場にも都合のいい場所に中古の二世帯住宅があったんだ。もう契約は済ませたから、引越しの準備をしてくれ」

「もう買っちゃったの!?」

「あぁ」


 すげーな兄ちゃん、ぽんっと家買って来るなんて! 伊達に医者やってねーなー! 何で一言も相談してくれなかったんだろ。俺も家選びしてみたかったなあ。いや、兄ちゃんが金を出すのに口出しする権利はないけどさ。


「桜咲町の庭付き駐車場付き物件だ。あそこは最近スーパーも出来たし、戸建てが多いベッドタウンだし、母さんも文句はないだろ」

「桜咲――? あれ? これ、竜神の家の近くだ!」


 家族に何の相談も無く家なんて大きな買い物をしてきた兄ちゃんに、ぎゃーぎゃー食って掛かっていた母ちゃんが、俺の言葉に地図を覗きこんだ。

「あらほんとね。……それなら安心かしら」

 安心? 何が?

 訊き返そうとしたんだけど、

「強志君の送り迎えは楽になっていいわね。あの子、毎朝ここまで通うの大変だったろうし」

 母ちゃんの言葉になんとなく流されて、聞き返すことはできなかった。

 竜神の家、俺の家まで四駅も離れてるんだよな。ここに引っ越せば、あいつに余計な遠回りさせることもなくなるぞ!


 翌日の学校帰り、俺は竜神と一緒に、早速新居へと足を運んでいた。


「わー、すっげえな」

「豪邸じゃねーか」


 家は予想以上に豪華だった。


「庭広いなー!」

 一面芝生でちっちゃな花壇があるだけなんだけど、ぐるりと家を取り囲む庭があった。

 庭だけで、今住んでいる築四十年の家の坪数ぐらいはありそうだ。

 家は二階建てで一階にも二階にも豪華な玄関が付いている。折り返しの階段がマンションみたいでかっこいい。


「すげえ綺麗! いくらぐらいしたんだろ。兄ちゃんまじで金持ってたんだなー!」


 兄ちゃんってコミュ障で出不精だし、仕事が休みの日は部屋に篭って勉強ばっかりしてる。スーツには気を付けてるようだけど、私服にはまったく拘らずスーパーで売ってる服着てるし、我が身内ながら金持ちって意識なかったんだけど実は凄い兄だったんだなー! 今更だけど。


「早速中に入ろう」

 竜神の腕を引いて、玄関のノブに手をかける。

 ガチャン。

 あ、鍵が掛かっていた。


「そっか、鍵、気をつけとかないとな」

 前の家は基本開け放ちだったけど、こっちではちゃんと掛けないと駄目だよな。

 兄ちゃんから貰った鍵でドアを開く。


 靴を脱いで入り中ドアを開くと――、めちゃくちゃ広いリビングになってた。奥にはアイランド型のキッチンがある。

 

「わーわーわーなんだこれ、すげー綺麗! リビングも広いなー!」

「家具も新調したんだな」

「だなー!」

 リビングには重厚な黒の革張りのソファやガラステーブル、ローテーブルなんかが置かれていた。


「未来、いるのか?」

「あ、兄ちゃん!」

 兄ちゃんが玄関の中ドアを抜けてくる。


「強志君も来ていたのか」

「お久しぶりです。オレの家、ここから五分も掛からない距離にあるんです。今後ともよろしくお願い致します」

「こちらこそ馬鹿な妹をよろしくたのむよ」


「すげーな兄ちゃん、家具まで買ってくれたんだな!」

「もともと家具込みで売りに出されていたんだ。どこかの社長一家の家だったそうなんだが、資金繰りがうまく行かずに夜逃げしたらしくてな」


 え?

 よ、よにげ?

 思わずふらついて、後ろの竜神に体を預けてしまった。


「夜逃げ?」

「あぁ」


 竜神にしがみ付いて、平然としている兄ちゃんに怒鳴る。


「馬鹿じゃねーの兄ちゃん! そんな事故物件買うかよ普通!! 最悪じゃねーかばかあああ!! ででで出よう竜神! この屋敷は呪われてる!!」

「落ち着け未来、夜逃げしたってだけじゃ事故物件じゃねーよ」

「夜逃げしてんだぞ! 今頃一家全員心中してて、怨念がこの家に戻ってきてるにきまってるよ! この家で楽しくすごした時代を思い出してな!」

「お前、時々想像力豊かだよな」


「まったく、お前の怖がりはいつまでたっても治らんな。夜逃げといっても今はもう居場所がわかっている。それに、この家に住む前に会社が駄目になったそうで、結局ここには住んで無いんだ」


「す、住んでない……?」

「あぁ」

「ほ、ほんとに?」

「ほんとだ」


 ほっと力を抜いて竜神の体から離れる。


「部屋は全部屋洋室だ。どこでも好きな場所を選んでいいって母さんが言ってたぞ」

「ほんとに!? やった、どこにしよっかなー。兄ちゃんはどこにすんの?」

「俺は二階に住むからここに部屋はいらないよ」

「二階? あ、そういや、二階に上がる階段ってどこにあるのかな」


 リビングからは左右に二部屋ずつドアがある。そしてキッチンの奥に一つ。

 ドアの先が階段になってるのかな? なんかめずらしいな。


「二世帯住宅だと言ったろう。一階から二階へ上がる階段はない」

「そうなの? じゃあ兄ちゃん飯時、外から回ってくんの? 面倒じゃね? 一階に住めば?」

「今後は飯は自分で用意するから必要ない」

「仕事忙しいのに大丈夫なのかよ」

「時間が無いなら出来合いの食事にすればいいだけだからな。外で食べてもいいし。この機会に俺も親離れしないとな」


 親離れかー。そっかー。新しい家に引っ越してきたのに家族が減ったみたいで寂しいな。

 いやいや、俺も兄離れしないと駄目だな。





 引越しはつつがなく終わって、築四十年だった住みなれた家は、あっという間に更地になった。


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