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戸籍が女に変更されました

欝エンド編で立ってたフラグを竜神が折る回になります。海水浴編(後編)からの続きです。

 うん、やっぱり、ちゃんと言っておこう。

 長い坂を登り、階段にさしかかってから、重たくなっていた口を開いた。


「――――俺、夏休みの間、病院通うことになったんだ」

「病院!? まさか、事故の後遺症が出てるのか!?」


 がし、と肩を掴まれて、無理やり視線を合わされて、俺の方が驚いてしまった。

 竜神からこんな乱暴に扱われるなんて始めてだ。こいつ本気で力すげーな。簡単に体回されたぞ。


「ち、違うって。ほら、辻に触られた時もだけど、お前以外の男に体触られたらパニックになるだろ? 心療内科に通えって兄ちゃんに言われててさ。いいお医者さんも探してくれたみたいで」


「猛さんが――――……」


 竜神の手から力が抜ける。階段を登り、狭い庭を抜けて玄関開きながら「ただいまー」と呼びかけると、母ちゃんがひょっこりと顔を覗かせた。


「お帰り。強志君もお帰りね」

「ただいま帰りました」

 竜神が母ちゃんに返事する。


「――未来、マンガ貸してくれるって話してたよな。上がっていいか?」

「おう、いいぞー。クロマティ高校だったよな。兄ちゃんが全巻揃えててさー。読み終わったからって譲ってくれたんだよな。兄ちゃん、一回読んだら読み返すってことしないし」

「読み返さねえのか。頭いい人は違うんだな。覚えちまうのかな」

「みたい」


 部屋に入り、本棚から十冊ほど抜き取って振り返る。

 竜神が机の上に置きっぱなしにしてたルーズリーフから一枚抜き出して、シャープペンを走らせていた。


 ?


 視線が合うと、竜神は自分の唇の前に人差し指を立てて手招きしてきた。本を持ったまま寄っていく。

 どうしたんだこいつ。


『何も喋るな』


 なんで?

 竜神を見上げるが、竜神は脅すような――いや違うな。こいつ顔怖いから脅すみたいに見えてるだけだな。どっちかといえば懇願するみたいな目してる。


 意味はわからなかったが、こく、と頷く。


 またシャープペンが紙の上を静かに走る。


『病院には絶対に行くな。

猛さんと話がしたい。連絡先を教えてくれ』


 兄ちゃんの番号を? なんで?


 シャープペンを渡されて、ちょっと戸惑ったけど、断る理由もないので兄ちゃんの携帯番号を書いた。


『絶対に、病院には行くなよ』


 念を押すみたいに同じことが書かれる。俺は頷いて答えた。

 音がしないように静かに竜神はルーズリーフを畳んで、自分のポケットにいれた。


「――十冊も借りていいのか?」

「、ん」

「わりいな。明後日の夏期補習、出席するか?」

「うん、そのつもりだけど」

「家の用事あって行けないから送り迎えは浅見に頼んどくな」

「え、そなのか。うん。わかった」


 竜神を玄関から見送ってから、一日ぐらい送り迎えなくても平気だよ!って言えばよかったと後悔するけど既に遅かった。

 けど、どうして兄ちゃんの携帯番号を知りたがったんだろうなーあいつ……。


 病院、行くなって言ってたな。

 紙に書くなんて方法で告げてきたぐらいだ。きっと、何か理由があったんだろう。

 予約は入れてたけど、断らなきゃな。

 この時間じゃ病院開いて無いだろうし、明日にでも連絡入れとこうっと。






 夏期補習の日の朝、珍しく兄ちゃんが家に帰ってきていた。



「あらー、虎太郎君じゃない! 久しぶりねー! 元気だった?」

「お、お早うございます、お久しぶりです」


 玄関に立つ浅見に、母ちゃんがテンション高く絡んでいく。


 朝食を食べていた兄ちゃんは、狭いキッチンから顔を覗かせて、浅見を凝視してから言った。


「ふむ……。君は左右の瞳の色が違うんだな。虹彩異色症――ワールデンブルグ症候群か? だとしたらヒルシュスプルング病を併発することがあるので気をつけておきなさい。しかし見事な金目銀目だな。めずらし――」


「初対面の相手に何言ってんだ兄ちゃんんん!? ごごごごめん浅見! このバカ兄貴コミュ障で、誰に対してもこんな感じで失礼なんだ。ごめん、忘れてくれ!」

「う、うん」


「誰がコミュ障だ。失礼な。俺は別にコミュニケーション能力に問題はないはずだぞ。気が付けば周りに嫌われているか無視されるようになるだけで」

「大問題じゃねーかよ! 兄ちゃんに原因あっから嫌われるんだろ!!」


「しかし意外だな……。男を二股を掛けるような甲斐性がお前にあっただなんて……。一人に絞るべきじゃないか? お前バカだから、調子に乗ってると最終的にどちらからも振られて泣く羽目になるぞ」


「兄ちゃんさぁ、俺に刺されたいの? 刺されたいの?」


 人の話聞けよ! コミュ障なのも大概にしとけよクソ兄貴が!!!

 カバンを振り上げて攻撃に掛かる俺を浅見が抑えた。





 車一台通るのがやっとの坂を肩を並べて下りつつ、浅見に謝罪する。


「わざわざウチまで迎えに来させておいて、嫌な思いさせてごめんな……。駅で待ち合わせすればよかったよ……」

「気にしないでいいよ。面白いお兄さんだと思うけどな。僕、一人っ子だから羨ましいよ」

 いや、兄弟に寛容になれるのはお前が一人っ子だからこそだよ……。あんな兄ちゃんで恥ずかしいし申し訳ない。


 いつもはぎゅうぎゅうになる電車なんだけど、夏休みのお陰か乗客はいつもの半分以下だった。

「あんまり混んでなくてよかったな」

「そうだね。――――!!?」

 浅見がびっくりしたみたいに背筋を伸ばした。


 どうしたんだコイツ。

 顔を見上げていた視線を何気なく下げると――――。


「――――――!!」

 浅見の腹に女の手、手が!

 赤いマニキュアの塗られた細い指が浅見の体を後ろから抱き締めるみたいに回ってた。


 触るんじゃねー痴漢(?)!

 そう言い放ちかけた俺の口を、顔を赤くした浅見の掌が塞いだ。

「その、注目されるの、ちょっと、」


 女の子か。


 いや、女の子より繊細だな。

 俺、昔痴漢されたとき思いっきり声上げたんだけどなー。

 まぁいい。浅見は性格が大人しいんだから痴漢……じゃないな、痴女に立ち向かうなんて無理だな。なら俺がやってやる。


 思いっきり女の手の甲を摘み上げた。

 手はびっくりしたみたいに引っ込んでいく。

 浅見の横からケバイ女の顔を睨み付ける。女は舌打して体の向きを変えた。よし、もう大丈夫だからな!






 浅見はホームに付くと、ベンチに座りこんでがっくりと落ち込んだ。

 どうやら、痴女に襲われるのはこれが初めてではなかったらしい。


「ほら、これ。奢ってやるから元気出せって」

 浅見の肩を叩いて、自販機で買ってきたペットボトルを差し出す。


「未来……! そんな、迷惑掛けたのに貰えないよ!」


「いいから遠慮すんな。そんな大人しい性格してると人生損するぞー。せっかくかっこいいんだからもっと頑張れよ」

「か、かっこ良くはないけど……、そうだよね、もっと頑張らないと……」

「かっこいいって。ちょっと情けな……いや頼りな……いや、優しすぎるけどさ。もっと自信持てよ。達樹のバカなんか、たいして格好良くもないのに態度だけは大きいだろ? あいつの図々しさ見習えって」

「うう……」


 ようやく立ち直った浅見と一緒に学校に向かう。校門前に差し掛かった時、前に見慣れた二人連れを発見した。手を振って挨拶をする。


「百合、美穂子、オハヨー」

「お早う!」

「今日は浅見と一緒なのか」

「うん、竜神、欠席するって」


「それでか。……どうした浅見。痴漢にでもあったような顔をして」

 鋭すぎるだろ百合。

 顔を暗くしてるってだけなのにそこまで見抜くのか。さすが探偵チェーン店のご令嬢。


 浅見は露骨に反応してしまい、態度で百合に答えを告げてしまった。


「そうか痴漢にあったのか……気の毒に。ぶぶっ」

 おおおお、お、思いっきり噴出しやがったこいつ!!


「笑うなよ! 痴漢に会うのが怖いってことぐらいお前でも判るだろ。女の子なんだから!」

「別に平気だ。指を逆ボキするだけの簡単なお仕事だからな」

「そ、そっか……」

 駄目だ、俺の感性で百合は計れない。


「全く、浅見が男なのが残念でならないな。ある朝起きたら突然、女の子になっていたとか、通りすがりの怪人に渡された薬を飲んだら女の子になったとか、そういう事件を起こしてもいいんだぞ」

「……通りすがりの怪人に渡された薬を飲むなんて怖い真似できないよ……」


 突っ込みどころはそこだけなのか? 浅見。

 浅見が女の子になったら、中身が可愛いキツメ美人かー。それはそれで、可愛いだろうけど……。


「浅見みたいに繊細な男が女の子になったら耐えられなさそうだよな……。よかった、俺、強くて」

「未来が、強い……!!?」

 なんでびっくりするんだ美穂子。

「お前が強いならおたまじゃくしだってヘビー級プロボクサーだな」

 どういう意味だよ百合。


 講習を終えて家に帰ると(浅見が送ってくれた。今度は痴漢には合わなかった)家には誰も居なかった。

 そういや、今日、母ちゃん、遅くなるからご飯はいらないって言ってたっけ。


 兄ちゃんは仕事かな?


 食事をして、お風呂入って、居間で扇風機付けてテレビを見ていたら玄関で物音がした。


 誰だ?


 廊下に身を乗り出して確認する。兄ちゃんだった。


「お帰り兄ちゃん。今日おやすみだったのか? 朝も家にいたのに、また帰ってくるなんて」

「いや、お前に用があってな。また病院に戻らなきゃならん」

「何の用?」


「こないだ渡した名刺を返してくれ。やはりもうしばらく様子を見よう」

「どして?」

「俺の身辺がゴタゴタしているのが判ってな……。多分一ヶ月も掛からず落ち着くとは思う。だから病院はその後だ」


「…………うん。判った」


 竜神と何か話をしたのかな? 気にはなったけど、大人しく部屋から名刺を持ってくる。

 通院するの、正直面倒だったし、竜神にも行くなって言われてたし、病院に行かない言い訳ができたなら嬉しい。


 兄ちゃんの掌が俺の頭に乗った。


 う、


 兄ちゃんが触ってくるのなんて何年ぶりだろ。


「未来」


 また名前を呼ばれる。


「お前の言うよう、俺は少々コミュ障だったようだ」

 いや少々どころじゃねーけど。


「少し頑張ってくるからな」

「うん……」


「それとな、戸籍、変更したからな」

「こせき?」


「男性から女性にな。お前は性転換するつもりはないんだろう? なら、大事なことだ」

「――――――――!!!」

 そっか。

 そうだよな。


 性転換したら早苗ちゃんが可哀相って兄ちゃんに話したんだった。


 そっか。

 俺、もう、完全に、女の子になったんだ。

 体も、法的にも。


「……………………」


 兄ちゃんが家を出て行くのを見送ってから、一階の電気を消して、自分の部屋に上がった。

 姿見の鏡の前に立つ。


 シャツと短パン姿の可愛くて、華奢な女の子。


「早苗ちゃん」


 最近は早苗ちゃんに呼びかける事も、自分を早苗ちゃんだと認識することも少なくなった気がする。

 この姿が当たり前になってきたから。


 掌が小さすぎて、掌の上で豆腐を切ることができなくなったこと。

 ご飯もあまり食べられなくなって、生前の俺が使っていた茶碗の、半分の大きさの茶碗を買いなおしたこと。

 掃除機が重たくて階段が面倒臭いこと、ちょっと歩くだけで息が切れること、足が遅くて力が無くて、竜神が傍にいないと結構面倒くさい感じのナンパに絡まれたりすること。


 生前の体とまるで違うから順応するのも大変だったけど、もう、慣れてきた。


「とうとう女の子になっちゃったよ。喋り方もちょっと考えないとな。いつまでも――生前の日向未来のままじゃ、早苗ちゃんが恥かいちゃうしな」


 うーんうーん……。


 でも「私」なんて言うのはちょっと……どころか絶対やだな……。達樹の前で自分のこと私っていうのなんか嫌だし……。百合にからかわれそうだし……。僕もなんか嫌だ……。他に何があるっけ?

 自分、うち、おい、あたし、あたい、わらわ、せっしゃ、あっし、あちき、余、われ、それがし――――。

 無駄に辞書を開いて確認してしまう。どれもピンとこないなー。


「いっそのこと名前か? ――未来、明日は冷たい御素麺が食べたい」


 ヒィィィ! と、鳥肌立ったあああ!

 自分の言葉に自分で気持ち悪くなってベッドでじたばたする。


 そういえば、早苗ちゃんって、自分のことなんて言ってたのかな?

 ぼーっとしてる時間があっても、最近、早苗ちゃんなかなか出てこなくなった。意識してぼーっとすること無くなったからそのせいかもしれないけど。


「ただいまー。今日も外、暑かったわよー、お風呂沸いてる? 未来ー」

 玄関から母ちゃんの声が響いてきた。


「沸いてるよ。母ちゃん、早苗ちゃんのお母さんにまだ連絡取れるかな?」

「取れるけど、会いたいのかい?」

「お母さんには会いたくないんだけど、早苗ちゃんの友達と連絡取れないかなーって思って。どうかな?」


 早苗ちゃんのお母さんと会うのはまだちょっと怖いんだよな。


「連絡するからちょっと待ってなさい。まずお風呂入らせて。下からここまで歩くだけだってのに、汗が止まらないのよ」

「うん、ゆっくりでいいよ」


 あれ、母ちゃん、珍しく小奇麗な格好してんな。仕事の飲み会でもあったのかな。大人は大変だなー。


 母ちゃんはその日の間に早苗ちゃんのお母さんと連絡を取ってくれて、早苗ちゃんの友達と会う約束を取り付けてくれた。

 流石に明日明後日、というわけにはいかなくて、向こうからの連絡待ちになってしまったんだけど。


 そりゃ、戸惑うよな。死んだ友達の体だけが会いにくるんだからってうわああああ想像したらこええええええ!!!



 余計な想像すんな俺! ここに居る俺は日向未来ですから落ち着け!


 でもやっぱり怖くて、くそ暑い熱帯夜だったというのにタオルケットを全身まで被ってからしか寝ることができなかったのだった。

 危うく熱中症になるところでした。


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