海水浴編(後編)
「うわ、気持ちいい!」
「ぎゃー! 波がすげー!」
三メートルの鯨はやっぱりでっかくって、波が来るたび、達樹の体ごと海岸へと押し返している。
潮の匂い、足元を動く砂、波! 人は結構多いけど、やっぱ来てよかった。気持ちいい!
浮輪を水面に投げる。浮輪に飛びつこうとジャンプして――――――、
ばしゃ、バシャーン!
丁度波が来て浮輪が流されてしまい、思いっきり水の中に沈んでしまった。
「あはははは」
なんとか体勢を立て直して立ち上がると、達樹が指差して笑ってた。くそ! むかつく!
「笑うなー!」
達樹目掛けて思いっきり水を飛ばすんだけど、俺の体じゃ飛ばせる水の量もたたがしれている。
「お返しっスよ先輩」
にやりと笑った達樹が反撃して水を飛ばしてくる。
「うー!」
水しぶき、じゃなくて水がブロックで飛んでくるみたいで、俺も水を飛ばしてはいるんだけど全然勝負にならない。
擬音にすると「ぺちぺちぺち」vs「ドバ! ドゴ! バッシャーン!」だ。
「竜神、手貸してくれ!」
一人では不利すぎる! この細い体で達樹に立ち向かえるはずねえ! 後ろで見ていた竜神に助けを求める。
竜神は「え、」と戸惑ったように答えてから、達樹の後頭部を押さえて顔面を水に突っ込んだ。
デカイ掌の下で、達樹ががぼがぼ暴れている。
「な何してんだよ!!」
「お前が手伝えって」
「水掛けるの手伝ってって言ったんだよ! 始末してって頼んだわけじゃねーよ!」
「こっちが手っ取り早いだろ」
「早いとか遅いとかの問題じゃありませんから!」
「なかなか水が綺麗だな」
「うん、遠くまで見えてびっくりしちゃったー」
シュノーケルで潜っていた百合と美穂子が戻ってくる。
浅見は達樹が死線をさ迷っているせいで流されそうになった鯨に捕まって、目付きの悪い視線を沖に向けて体を浮かせていた。ようするに、ボーっとしながら浮いていた。
殺されかけた達樹がなんとか復活し、俺は浮輪で、達樹と浅見と美穂子と百合は鯨に捕まって、足が届かなくなる場所まで泳いで行く。俺は、泳ぐと言うか、歩いてる竜神に捕まって引っ張ってもらってるんだけど。竜神は結構どこまでも足がついてて、今更ながらに三十五センチの身長差を痛感してしまう。でかくていいなー。
「日向未来!」
ななななんだ!?
沖合いで一通り遊んで戻ってくると同時に、いきなりフルネームを大声で呼ばれて、肩を揺らして背筋を伸ばしてしまう。
こんな人の多い場所でフルネームで呼ぶな! 恥ずかしいだろ! 反射的に文句を言おうとした先には、冷泉が居た。またも上下黒のシャツとズボンだ。
すげー目立つでかくて分厚いパラソルと、寝そべれる椅子を掌で指している。
思わず隣にいた竜神の腕を握ってしまった。こいつがまた殴りかかってしまいそうで。
そんな俺の苦労も知らないのだろう。冷泉は続けた。
「君の為に用意したんだ。是非使ってくれ」
「いえ、結構です。それよりお前、熱射病で死ぬなよ」
「優しい言葉なんて欲しくない! ボクが欲しいのは君の蔑みの目線と侮蔑の言葉なんだ!」
日常会話にハードル立てんな。そういうの俺、無理だから。
どうしようかな。今更だけど他人の振りしたいな。
俺は視線をさ迷わせたのだが、ざっぷざっぷと波を書き分け、冷泉の元に向かう人影があった。百合だった。
百合は冷泉が用意した椅子に座って、見覚えのあるボディーガードさんが持っていたトロピカルなジュースを受け取る。
「随分気が利くじゃないか冷泉。丁度休みたかったんだ」
「い、いえ、その、お前の為に用意したんじゃな」
百合に答える冷泉の声が尻すぼみに小さくなって行く。
冷泉の動揺など聞いてないのだろう。百合は椅子に両手足を伸ばし、はぁ、と溜息を付いた。そして女顔の冷泉を見上げて口を開いた。
「お前が女だったらさぞ可愛かったろうにな」
「やめてくださいいくらボクでも自分の女体化に萌えることはできません」
うん……。あれはもう、百合に任せよう。
百合に続いて、達樹も浜辺へ上がっていく。
「おー、サイフじゃねースか。丁度よかった。カキ氷奢ってくださいよー」
「な、なんでボクが」
「あぁ? あんた未来先輩踏んだ事忘れてねーだろうな。金で許してやるっつってんだから大人しく払えよ」
あああ達樹が完全にヤンキーに……。あいつ、あんなでもカツアゲとかやったこと無さそうな普通の子だったのに。
俺、ほんっとうに言動に気をつけないと駄目だな。
警察官になるって竜神の夢の邪魔をする所だったし、達樹はあんな柄悪い真似してるし。
次回から頑張ろう。とりあえず今回は奢らせよっと。俺の体踏んだんだからこのぐらいは返してもらっても罰は当たらないだろ。
「俺、ストロベリー」
メロンも美味しいけど、オーソドックスなストロベリー味が一番美味いんだよなー。ミルクだけってのも好きなんだけど。
六人+冷泉で海の家に入って、それぞれカキ氷を買って行く。
「私はピーチにしようかなー」と美穂子。
「おれ、オレンジにします」これは達樹。
「私はレモンがいい」百合。
「みぞれがいいかなー」浅見。
「抹茶」竜神。
冷泉が持ってきたパラソルを、レンタルしたパラソルと並んで立ててカキ氷を食べる。なぜか冷泉まで一緒に。
「人口甘味料の味しかしない……。こんなもので喜べるなんて、貧乏舌の連中が羨ましい――う!」
冷泉もコーラのカキ氷を購入していた。一口食べて、カキ氷が美味しい庶民にたいして失礼な感想を口走っているが、言った途端百合と竜神に同時に蹴りを入れられた。
「なんでアンタまでシートに座ってんだよ。どっか行けよ」
冷たく言い放つのは達樹だ。
「君ね……、ボクに奢らせておいて、その態度はどうかと思うよ。大体ボクは君より三つも年上なのに」
冷泉が達樹に及び腰ながら反論する。
文句を言い合う二人を他所に、俺は竜神のカキ氷を見て目を輝かせてしまった。
「抹茶って宇治金時だったんだな。白玉いいなー」
「ん」
竜神がスプーンに白玉と小豆を乗せて差し出してきた。
ありがたく食べさせてもらう。期待通りのモチモチ具合で美味しい!
「しかし……浅見はカキ氷の趣味まで地味なんだな。みぞれを選ぶ人間なんか始めて見た」
百合が呆れたように浅見に言った。
「美味しいよ? 甘くて」
「カキ氷は全部甘いだろうが」
「どんな味なの?」
美穂子が不思議そうに目を瞬かせた。
「砂糖味だ」
答えるのは百合だ。へー、みぞれって砂糖味だったんだ。何もかかってないのかと思ってた。
「浅見、一口食べさせてよ。俺のも一口食べていいから」
「え」
「あ、ごめん、嫌なら――「い、嫌じゃないよ。僕、兄弟いないし、友達も居ないから、誰かと食べ物分けた事なくてびっくりしただけで」
なんか今、どえらい発言飛び出したぞ。そうか。こいつ、昼休み外で一人で食ってたしな。友達居なかったんだな。
俺だって友達は良太一人だったし、ゼロと殆ど変わらないけど。
「浅見さん、友達居ないとか寂しい事いわないでくださいよー。おれら友達っしょー」
「君は後輩だよ」
「ひっでええ! アンタそんなだから友達いねーんじゃねーっスか!?」
「う、そ、そうなのかな?」
「知らん」
問われた百合がイラッとして答える。
「嫌じゃないなら一口もらうな」
「私も」
美穂子と同時に浅見のカキ氷にストローのスプーンを刺す。
食べた感想は、甘い。うん、甘い。砂糖味。
「でもなんか癖になるかも」
「そうだね」
美穂子と顔を合わせて笑ってしまう。
「せんぱーい! スイカ割りしましょー!」
いつの間にか居なくなってた達樹が、スイカとアイマスク、バッドを抱えて走ってきた。
「海の家で売ってたんですよスイカとスイカ割りの道具! 一回やってみたかったんスよー」
「アイマスクまで買ったのか? タオルでいいのに」
「あ、そっか」
「お前無駄遣いすんなよ。あの三メートルの鯨だって高かったんだろ?」
「いーじゃねーすか。どうせおれの金なんだし」
「お前な、夏休みは目一杯遊ぶって話しただろ? 金無くなったら誘わないからな」
「――――!! 気を付けます!」
達樹が青ざめて背筋を伸ばす。
説教はそれぐらいで、早速スイカ割りの設置をする。
地面にタオルを敷いて、その上にスイカを乗せて。
「じゃあ、おれからやりますね!」
最初にバッドを握るのはスイカを買ってきた達樹だ。
けど、竜神に騙されて呆気なく空振りしてしまう。
次は百合。
狙いすましたかのように竜神だの達樹だのにバッドを振り下ろして、失格。(竜神は避けたけど、達樹は間に合わず頭に食らってた)
次は俺の番。
アイマスク型の目隠しをしっかりと装着する。
「見えてないだろうな?」
百合に確認されるように聞かれて、うん、と頷く。視界は完全にゼロだ。
「回すぞ」がし、と百合のデカイ手が俺の肩を掴んだ。瞬間。勢い良くぐるぐる回された。
「うわぁああ、百合、もちょっとゆっくり」
「ゆっくりだとゲームにならないだろう」
ひぃい!
百合の掌が離れた途端、バットを持ったまま横によろめいてしまった。
どん、と、ほぼ全体重で誰かの体にぶつかる。
でも全然揺らがない。この安定感は竜神だな。
「ご、ごめ……」
ぐらぐらしてるから謝る声もなんか不安定だ。
「未来ー、そのまま真っ直ぐだよー」
「もっと右っすよー」
「真っ直ぐだからね、未来」
達樹の奴、騙そうとしてやがるな。美穂子を信じて、バットを構えて真っ直ぐ進んでいく。
「「そこだよ、未来!」」
おお、浅見と美穂子の声がはもった! 間違えなくここだな!
あの二人が同時に嘘つくなんて絶対ありえないし!
思いっきり振りかぶって、力一杯振り下ろして――――。
ぽこん。
「……」「……」「……」「……」「……」
「――――――――」
恐る恐る目隠しを取る。
俺は見事にスイカにバットを振り下ろしてました。
そして見事に、スイカは――――割れてませんでした。
「な、ナイッシュー(?)未来先輩!」
達樹が拍手しつつフォローを入れてくれる。こいつ、こんなでもサッカー部のキャプテンだもんな。中等部のサッカー部15人しかいないけど。
「ば、ばっちりだったね! 位置は!」
位置「は」っていうなー! 天然な浅見が俺にとどめを刺しにかかってくる。
情け無くてふるふるしてしまう俺の肩に、柔らかい手が乗った。
「わ、割れなくて残念だったねー未来。次、私がやってもいいかな?」
美穂子だ。
「うん!」
目隠しを取って美穂子に渡す。
目を覆ったのを確認してから百合がゆっくりと美穂子を回しだした。
「百合、なんか美穂子に優しくない? 俺スッゲー速さでぐるぐる回されたよな?」
「お前は苛めたくなるんだ」
「ひでえええ!」騒ぐ俺をまるっと無視して、明らかに俺より少ない回転数で美穂子から手を離す。ひいきだひいきー! じたばた騒ぐ俺の頬を百合が抓って引っ張り上げる。いあいいあいー! こいつ……! どれだけ俺に容赦がないんだ……!
浅見と竜神の誘導で、ふらふらしながらも美穂子はスイカに向かって進んでいき――――。
「そこだ」「ばっちりっすよ!」「そこだよ」
同時だった合図に棒を振り下ろす。
ぱこん。
スイカは綺麗に真っ二つに割れて、美味しそうな実が露になった。
「わ、おいしそー」
「すげー、綺麗に割れましたね! 時間もいい頃だし、そろそろ飯食いません? スイカ、切り分けてくれるそうですし」
「いいな。ほら、行くぞ財布!」
百合が冷泉の尻を蹴って歩き出す。名前が完全にサイフさんだ。
そういや、ボディーガードさん居たよな。いい加減怒られるんじゃないかな……と恐る恐る見上げるんだけど、ボディーガードさんは微笑ましそうに百合と冷泉のやり取りを見ていた。
「おぼっちゃんにこんな普通のご友人が出来るなんて……」と聞こえた気がするがここはスルーで行こう。突っ込んだら負ける気がする。何かに。
海の家の八人席に適当に座っていく。と、冷泉が俺の隣に座ろうとしやがった。文句を言うより先に、竜神が俺と冷泉の間に割り込んだ。
「……なんで君の隣に座らなきゃならないんだ……。せめてもうちょっと」
「うるせーな。オレだって嫌なんだよ。お前別の席にいけよな」
ガツ!「ヒィ!」
椅子を蹴られた冷泉が奇声を上げる。
「会計するのはボクなのに別の席に行けだなんて酷過ぎるよ」
「ボディーガードさんと一緒に食べればいいんじゃないかな?」
浅見が一人で座っているボディーガードさんを指差した。
聞いてる側からすると、「仲間がいるんだからあっち行け」になるんだけど、浅見に限って悪意があるはずない。
ちょっと空気の読めない天然さんだから、本気で、ボディーガードさんと一緒に食べたがいいと思っているに違いない。下手したら、一人で寂しく食事をするボディーガードさんを気遣ったつもりかもしれない。
「いえ……ここでいいです」
浅見が天然だなんて知らないだろう冷泉は、文句を諦めたみたいで、大人しく黙り込んで小さくなったのだった。北風と太陽か。
目付き悪いし見た目キツイし、そんな浅見から淡々とした口調で「あっち行け」的な事を言われたら怯んでしまうのは無理もないけど。
壁には紙に書かれたメニューの札が張ってあった。カレー、ラーメン、ヤキソバ、ホットドック、おでん。海の家の定番メニューって感じだな。
何食べようかなー。
「私、ラーメンとチャーハンと餃子とたこ焼とミックスピザにしよーっと」
「え!? そんなに食えるのか美穂子」
「うん、泳いだからお腹空いちゃったしねー」
意外だ……。美穂子って細いし、俺と同じぐらいしか食べないと思ってたのに……! なんか負けた気がして悔しい……。
「決まったか?」
竜神に聞かれるけど、うーんと曖昧な返事をしてしまう。
「お好み焼きもたこ焼きもヤキソバもラーメンもカレーも食いたいけど、全部食べるなんてできないし……、ううう、どれにしようかなー」
「それ、全部注文するから、オレの皿から取り分けるか?」
「え、いいの!?」
「あぁ」
「ご注文決まったかな?」
来てくれたおじさんに注文を済ませると、向かいに座ってた達樹がコップに水を注ぎながら言った。
「いつまでもあっちでチラチラ、こっちでチラチラ、鬱陶しいっスねー。竜神先輩が居て良かったですよ。顔こえーし体デケーから、声掛けて来れてねえし」
「あぁ。全くだな。纏めて破砕してやりたい。誰か燃料気化爆弾買ってこい。グレネードボムでもいいぞ」
「どこで買えるんですか気化爆弾」
?
チラチラ? 意味が判らないが、俺がこいつらの話についていけないことなんてしょっちゅうあるんで、気にせず水を飲んでいたんだけど、
「アンタのこと話してるって判ってますか? 未来先輩」
ずい、と達樹に詰め寄られてしまった。
「俺のことだったのか?」
「そーっすよ! 未来先輩が異常に目立つからとりあえず友達になっとこーって、隙伺ってる連中がいるんですよ。今だって、ほら」
達樹が顎を上げるような動きをして俺の視線を促した。
こちらを伺っている男五人のグループだった。慌てたみたいに視線を逸らしていく。
「最初のときも、竜神先輩、あんたの体だけ隠してたっしょ。めちゃくちゃ見られてたの気が付いてた?」
え、そうなのか!?「全然気が付かなかった……」
「危機感が薄すぎる上に、鈍感すぎるにも程があるな。周りの動向ぐらい把握しておけ」
「そうだよー未来。相手が女の子連れでも、ほいほいメアド教えたりしちゃ駄目だからね。付いていくなんてもっての他だよ」
美穂子まで……。
「女と一緒に友達になろーって感じで声掛けてくる連中、超ー鬱陶しいですよねー」
「うん。断りにくいから尚更だよね……。去年、それで友達が揉めちゃって、彼氏と喧嘩別れしちゃったから……」
美穂子がお冷を両手で掴んで溜息をこぼした。しばし力を抜いてから、がばりと顔を上げる。
「おまけにね、その子、連絡先を渡してきた男の子と付き合い始めちゃったの! その子も、彼氏も、今の私達みたいな仲良しグループだったから、それから皆で集まりにくくなっちゃって……結局、一緒に遊ぶ事が無いまま卒業しちゃって……」
どよどよと暗雲を背負う美穂子なんて初めて見た……。
「うわー、最低のコンボ決まっちゃいましたねー。未来先輩、まじで気を付けてくださいよー。なんかコロっと引っかかっちゃいそうで怖いですよ」
「気を付けます……」
「本当に気をつけてよ未来! あんな事、もう二度と嫌だから!」
「はい!」
出てきた料理は予想よりもずっとずっと美味しかった。
竜神のを取り分けてもらったから、お好み焼きもたこ焼きもヤキソバもピザもおでんもラーメンもカレーもちょっとづつ食べられて贅沢な気分だ。
「はーい、これ、よーく冷やして置いたからね。こっちのフルーツポンチはサービス。いい食べっぷりだったよー」
「わー! ありがとうございます!」
おじさんが最後に持ってきてくれたのは三角に切られたスイカだった。フルーツポンチには色とりどりのフルーツと白玉が入ってて、見た目もすごく豪華だ。
「なんでお前まで食うんだよー」
「いいじゃないか。スイカの一つや二つ」
「そういう言い方すっから食わせたくねーんだよ!」
達樹と冷泉がやりあう。
スイカまで残さず食べて、俺達は海の家を出た。
久しぶりの海なんだし、夕方まで嫌ってぐらいに遊び倒そ!
――――帰りもまた、百合のリムジンで送ってもらった。
行きは時間があっという間だったのに、帰りはやたらと長く感じる。泳ぎ撒くって体力が落ちたからなんだろうな。
車内は静かで、俺は、横に座る美穂子に体を預けて寝そうになっていた。
う、寄りかかっちゃ駄目だ。いくら俺の体が軽くなったとはいえ、美穂子は女の子なん――。
ぽすり。
栗色の髪が俺の頬にかかり肩に重みが乗った。美穂子が眠りに落ちていた。
そっか、美穂子も疲れちゃったんだろうな。
小さな根息が耳元で聞こえて、俺もまた眠たく瞼が落ちる。
「美穂子、未来、こっちへ来い」
百合に椅子から立ち上がらされ、手を引かれる。このリムジンの座席は俺達六人が並んでも悠々と座れるソファだ。それだけではなくて、座席の先にはカーテンが掛けられてあった。
百合がカーテンを開くと、小さなベッドが設置されていた。
「ここならゆっくり眠れるだろう?」
「ん……、ありがとう、百合ちゃん」
「わりいな」
靴を脱いで、美穂子と一緒にベッドに横たわる。流石に二人では狭くて俺の足はベッドから落ちたんだけど、でもすげー寝心地がよかった。
百合が俺達の体にタオルケットを掛けてくれる。冷房の利いた車内に温もりが気持ち良くて、俺はゆっくりと眠りに落ちつつあった。
「おい竜神、なぜ座席を移動した。デカイ図体で入り口を塞ぐな」
「お前が未来と美穂子にちょっかいを出さないようにな」
「ほんっきで私を信用してないんだな」
「これまでの自分の言動を振り返ってみろよ」
ふふ、竜神と百合が言いあってる。
「竜神先輩、マジで未来先輩にベタ惚れっすよねー。はー、いいなあ。あんな可愛い子彼女にできるなんて。超羨ましいっス」
何言ってんだ達樹。俺と竜神は付き合ってねーぞ。竜神も俺になんて惚れて無い。
「達樹、お前、未来が好きだったんじゃないのか? 諦めたのか」
百合が突っ込む。
「好きっスよ。諦めてなんかねーす。でも、竜神先輩と付き合ってんだからしょうがねーじゃん。おれ基本的に、先輩の彼女口説くなんてカッコ悪い真似したくねーんすもん。未来先輩があんま可愛すぎるからついついちょっかい掛けちゃうんですけど……。浅見さんもっしょ」
「僕は……未来が好きというか……うう、その、好き……かもなんだけど、それより、まず、何かしてあげたいって思うんだ。けど未来と竜神君の邪魔もしたくないから……。そもそも、達樹君と竜神君相手に僕がかなうわけなんかないって判ってたし。僕なんかどうせ駄目な男だから僕なんかどうせ」
「ど、どしたんスかいきなり。浅見さんその顔で草食系とか違和感すげーんですけど、なんでそうなっちゃったの」
「俺と未来は付き合ってねーよ。付き合うつもりもねえし」
疲れたように竜神が言う。
うん。そうだよな。
そこまで聞いて、俺は、眠りに落ちた。
起こされたのは、自宅の傍でだった。俺と竜神は一緒に車を降りた。
既に陽は落ちて昼間の射す様な日差しが嘘だったかのように、空気が冷えている。
狭い坂を肩を並べて登って――――俺は、病院に通うことを竜神に告げるか、それとも黙っておこうかと、迷っていた。
俺が病院に通おうが、通うまいが、こいつにとっては関係ない話だ。ひょっとしたら、病院に通うと告げれば、通院の行き帰りを付いてくるといいかねない。貴重な夏休みを、俺の病院通いに費やさせるなんて、気の毒すぎる。
どうしよう。言わないほうがいいかな、言ったほうがいいかな――――。並んで歩きながら、考えを巡らせてしまった。
食事の後、女子チームに気が付かれない様こっそりと、竜神と浅見がスイカの代金を達樹に渡すやり取りがありました。
達樹「なんすかこの金」
竜神「スイカの代金」
達樹「おれが遊びたくて、勝手に買ってきただけなんだからいらねっすよ」
竜神「後輩に金出させんの気持ちわりーんだよ」
達樹「こんな真似されたら、おれのほうが気持ちわりーっすよ。勝手に買ってきたものに金出させるなんて嫌ですもん」
浅見「あ、達樹君、スイカのお金払いたいんだけどいくらかな?」
達樹「ああもう金いらねーって言ってるじゃねーっすか!」
浅見「え? い、いつ言われてたかな!? ごめん、でも、後輩に払わせるのはちょっと……」
達樹「…………………………。
んじゃ、竜神先輩と浅見さんのワリカンでお願いします……」
という感じで達樹が折れました。