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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
五章 夏休みが始まりました
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海水浴編(前編)【挿絵有り】

 海水浴当日、俺は、姿見の鏡の前で、服装の最終チェックをしていた。

 後五分で竜神が迎えにくる。それまでに、一番可愛い格好を決定しておかないと……!!


 自分がほんっとに女の子になったみたいで嫌なんだけど、これは必須なチェック事項だった。

 生前の姿でも必死に考えまくってたよ。

 だって、美穂子も達樹も浅見も竜神も百合も、みんな美男美女なんだもん!


 揃いも揃ってリア充面してるから、下手な格好して飛び込むと浮いてしまう。

 全員制服だとモブは背景に溶け込むのに、全員私服だと、ださいモブだけ目立つ不思議な逆転現象があるんだよ! 「え?あの人同じグループだったんだ?」みたいな扱われ方するんだよ!

 そんな注目のされ方嫌すぎる。早苗ちゃんが恥かくじゃねーか。


 駄目だ、もう竜神が来る!

 流石にあいつ待たせてまで服装のチェックなんかしてられない!

 結局、上はふわふわ下は短パンと言う、デートの時と同じような服装で竜神を迎えた。


 百合からのバイト代が入ったとはいえ、学生だし、普通電車で行く予定だったんだけど、寸前になって百合から「電車は面倒くさいから私が迎えに行く。待ってろ」と連絡が入ってきた。


「迎えに行くってなんだろうな」なんて竜神と話してると、俺達の前にでかいリムジンが止まった。

 え?なんだこれ?なんて疑問に思う暇もなく、さっさと乗れ、と百合に促されて車に乗り込む。車内はまるでロビーみたいな空間だった。

「うっわすげー!」

 中に入ると同時に叫んでしまう。

 まるで車じゃないみたいだった。

 流石に竜神は腰を屈めてるんだけど、俺は普通に立って入れるぐらい車高が高い。

 車って普通、進行方向に座席がある。だけどリムジンの中は電車みたいに車の辺に添って座席が設置されていた。

 運転席の後ろ側に長い座席――いや、違うな、長いソファがあって、助手席の後ろ側にはテレビ、ガラス張りの冷蔵庫、どでかい水槽が設置されている。

 俺は運転席のすぐ後ろに座って、その横に竜神が座った。

 座席はめちゃくちゃふわっふわだった。ほんと、超高級なソファって感じで。素足がふわふわに埋まって気持ちいい!


 百合ってほんっきでお嬢様なんだなあ……!


 途中で達樹、浅見、美穂子も拾って、広い車内でトランプやカラオケをしてると、あっという間に目的地に付いた。

「うっわ、すげーきれー!」

 座席の後ろのカーテンを開けて、広がった景色に声を上げてしまう。

 海と空の栄目が判らない全面青の空間だったんだ。

「ほんと、綺麗だねー!」

「水平線が判らないなんて初めて見た」

 美穂子と浅見も感動の声を上げる。


 運転手さんに挨拶して車を降りて海の家に入る。六人だったから個室に案内されて、全員、海のための道具をバッグから取り出した。

 水着を出すのは当然だけど、それぞれ、シュノーケリングや浮き輪なんかを持ってきてるんだ。


「うわああ、達樹、なんだそれ、すっげーな!」


 達樹がやたらとでっかい鯨を出した。勿論本物ではなく鯨の浮き輪だけど。全長三メートルはありそうだ!

「すげーっしょ!? 皆で遊びたくって買っちゃったんっす!」

「でかすぎだろ」

「膨らますの大変じゃないかな」

 浅見と竜神が冷静な突っ込みを入れる。

「ポンプも持ってきてるから大丈夫ですって!」

「俺も手伝う!」

 こんなでけー浮き輪初めて見た! どんなになるんだろ。楽しみ!


 個室の鍵は竜神が持ってくれて、俺達はそれぞれ更衣室にむかった。百合と美穂子は女性更衣室に、俺と竜神と浅見と達樹は男性更衣室へと――向かおうとして、竜神に首根っこ掴まれて美穂子に渡された。


「何してるの未来……」


 美穂子に心の底からびっくりした顔をされてしまう。

 いや、俺もちょっと自分にびっくりしたけど、でも、女性更衣室には入れねえよ!


「竜神、鍵貸してくれ。俺、部屋で着替えてくるから」

 広い背中に言うものの、竜神は振り返りもせず、片手を上げて男性更衣室に入って行ってしまった。

 え、なんで!?


 左を美穂子に右を百合に掴まれて、女性更衣室に引っ張りこまれてしまう。

「ちょちょちょちょちょちょ、女の更衣室になんて入れないよ! お前達だって嫌だろう!? 俺に裸を見られるなんて!」

 自分でわかるぐらい顔を真っ赤に染めて抗議するものの、美穂子に笑顔で言われた。

「私はね、未来がその体になった日から、未来の事を男の子だって思ったことは一度も無いんだよ。もう、いい加減、諦めなさい」

「ででで、でも、一緒に着替えるなんて、俺……!!」

「いいから。ほら、こっちで着替えないとね。男性更衣室で着替えるなんてチジョだよ」

 う、そりゃそうだけど…………! でもでも、俺……!


 なんかもう半泣きになりながら更衣室へと足を踏み込んだ。


 女の裸を見ないよう下を向いて歩く。更衣室はコインロッカーになってた。俺は一番下のロッカーに決めて、上着に隠れるようにしてこそこそ着替え始める。

 間違っても美穂子や百合の体を見ないように小さくなって着替えていたのに――。

「あらま、可愛いお嬢ちゃんね! そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに。ほら、こそこそしないの!」

「ふあああ」

 通りすがりのおばちゃんに、思いっきり背筋を伸ばされてしまった。

「ややややめてくださいいい」

 じたばた叫んでますます体を小さくさせる。顔どころか首まで真っ赤になってるのが判る。

「あらあらほんっとに恥ずかしがり屋さんなのね。ごめんね、おばちゃんおせっかいだったわ」

 おばちゃんの急襲にショックを受けて、顔を抑えてふやふや嘆いてしまう。いや、駄目だ、このまま嘆いても着替えは終わらないのでどうにか行動を再開する。


「未来……」

 百合の呆れたような声が聞こえる。振り返らないまま、なんだよ! と答える。

「ほんっとに可愛いなお前は。舐めていいだろうか」

 駄目に決まってんだろ! 頼むから静かに着替えさせてくれ!


「先に行くね、未来」

「さっさと来いよ」

「え!? 待ってくれよ!」

 言葉も虚しく、美穂子と百合の水着姿の背中が遠ざかって行く。うわ、えっろ! 海辺で見るのと更衣室で見るビキニってなんか違うな! いや、そんな新発見してる場合じゃない。さっさと着替えないと! パンツを脱いで、どうにか下まで着替える。なんとなく収まりの悪い胸もブラジャー(?)に入れなおして、ジャンプして確認する。よし、大丈夫だな。

 パーカーを着てる時間は勿体無かったんで、腕に引っ掛けて、下を向きながら更衣室を抜けた。


 更衣室の出口に、美穂子と百合は居た。

 百合は長い黒髪に合わせた黒のビキニを着てる。百合、変人だけどやっぱり美人だよな。すらっとしててモデルにしか見えない。

 美穂子は黄色の花柄ビキニだ。前から見ると普通のビキニなんだけど、背中が大きなリボンになってる。

 肩に流して緩く結んだ髪型が良く似合っていて、こっちもすげー可愛い。

 そして俺は、ひらひらしたのが一杯付いたビキニだ。

 どうしてもどうしても、ビキニだと下着にしか思えなくて、胸の下にも足にもヒラヒラしたのがついた水着にしちゃったんだよな。

 良かった、待っててくれたんだ……! って感激したんだけど、違った。

 百合と美穂子の前に、日焼けした男が四人も居たんだ。


「俺ら男ばっかで寂しいから、一緒に遊ぼうよ」

「泳ぎ得意だからおしえたげよっか」


 男が美穂子の肩に腕を伸ばしてきて、俺は咄嗟に腕を振り払い、二人と男の間に立ちはだかっていた。

「お断りします。連れがいますんで。さ、行くぞ。みほ……」

「うっわ、超カワイー! この二人のお友達? レベル高いねー」

 海辺に向かおうとしたのに、腕を捕まれ引っ張られてしまった。

 うわああ! いつかのナンパトラウマが蘇る! でもでも百合と美穂子にみっともないところは見せたくないから頑張らないと……!!!

 踏ん張って、腹の底から声を出す。

「連れの男がいるんだよ! 離せっての!」

 全身から力が抜けるような脱力感を堪えて抵抗するものの、簡単に引っ張られてしまう。


「お前のガードに何の意味があるというんだ。お前が目を付けられるだけだろうが」

 百合が呆れて言った。


 反射で前に出ただけで何も考えてませんでした! だ、誰か助けてください、りゅうー!

「いーからいーから。ビールもカクテルもあるから楽しいよ」

 男がにやけた顔を近づけてきて、ひ、と息を呑みそうになった瞬間。




「おい、そいつに触んな」




 見慣れた大きな手が、俺を掴んでいた男の腕を鷲掴みにして捻り上げた。

 竜神だ! 腕を捕まれた男はぎゃー!って本気で痛そうに叫ぶ。


「つーかその程度の面でこの子等ナンパしてんじゃねーっての。自分のレベル知らねぇってまじダッセーわ」

 達樹が本気で馬鹿にした顔をして男達を睥睨する。


「念のため見に来てよかった。駄目だよすぐ逃げないと」

 浅見が心配そうに掴まれた俺の手を確認した。



 男達が顔を青ざめさせて黙ってしまった隙に、俺達はさっさと海辺へ足を向けた。

 うん、竜神も浅見も達樹もどっちかっつったらキツイ顔してるんだけど、ナンパ避けには最高だな。顔だけでびびってるわ。

 さっきのナンパ男への啖呵が夢だったみたいに、達樹が顔を緩めた。

「やっぱ先輩達、超かわいーっス! ビキニすげーやらしいっス! ね、浅見さん、竜神先輩」

「やらしいとこに同意求めんな! 恥ずかしいだろ!」


挿絵(By みてみん)


 達樹はどうでもいいんだけど、竜神や浅見にやらしいって言われたらなんか立ち直れない気がする。

「でも超やらしー、かわいー! 先輩、まじ体細いっすねー!」


 後ろ向きつつ浜辺を歩く達樹の顔に、竜神の掌底が入った。

 ぶふ、と後ろ向きに倒れかかったけど達樹は寸前で踏みとどまる。

 自分のシャツを脱いだ竜神が俺に頭から被せた。

「着てろ」

 いや、俺、ちゃんとパーカー持ってるんだけどな……。まぁいっか。


 ありがたく竜神のシャツを着せてもらう。すぐ海に入るし、どうせ脱ぐからと袖は通さず、頭から被るんだけど、でかすぎて肩から落ちそうになるんですけど。やっぱ竜神ってでっかいんだなあ。



 服を調え、顔を上げて、俺は思わず悲鳴を上げそうになった。

 竜神の体が――――、傷と痣だらけだったんだ。




 りゅう。名前を呼びそうになった寸前、達樹がおおお! っと感嘆の声を上げた。

「すげーっすね先輩! どうしたんですか。喧嘩っすか!?」

「ちげえよ。ジジイと親父に柔道だの剣道だの教えられてるうちに怪我だらけになっただけだ」


 俺は着せられた竜神の服をきつく握って口を開きかけ、言葉を呑んだ。

 ぐらついた視界を瞼をきつく閉じて耐えて、首を振って気分を切り替える。


「よし、ここらにシート敷こ! 早く達樹の鯨膨らまそう!」

 竜神と達樹の間に飛び込んで、腰を叩く。

 シートを敷いてレンタルして来たパラソルを立てる。


 座った美穂子が髪を肩に垂らして背中を百合に晒した。

「百合ちゃん、背中に日焼け止め塗って」

「私に任せていいのか? ブラを外すかもしれないぞ」

「百合ちゃんはそんなことしないもん」

「美穂子……、お前のその素直さはいつか身を滅ぼすぞ。えい」

「きゃあ!」

 百合、本気で美穂子のブラを外しやがった!


「おおおお鬼かお前はー!!」


 思わず百合を蹴って美穂子のブラを付けなおした。美穂子は体育座りしてたから、胸が晒されたわけじゃないし、ホックとリボンの二重構造だから完全に外れたってわけでもないんだけど、充分びっくりするよこれ!


「あ、ありがとう未来。もー! 百合ちゃんの馬鹿馬鹿馬鹿ー!」

 逃げる百合を美穂子が追いかけていく。ほんっと、百合って最悪な女だな! 男の前で外すとかありえねーよ!

 追いかけっこする美穂子を横目に、俺は浅見の横に膝を付いた。

「浅見、背中に塗ってやっから向こうむけ」

「え、いいの?」

 今日日差し強いからな。ちゃんと塗っとかないと火傷する。

 いっぺんやっちゃったことあるんだ。水の中に入れば熱された体も冷えるから大丈夫だよなーなんて楽観してたのに水ぶくれ出来まくって地獄を見た。

 クオーターの浅見は肌が白いから余計に気をつけとかないと皮膚科に駆け込む羽目になっちゃうぞ。


 たっぷり出して、厚めに日焼け止めを塗っていく。

「あ、いいなー浅見さん! 未来先輩、俺にも塗ってください」

「オレが塗ってやる」

「え! いいッス遠慮します! せめて美穂子ちゃんに塗って欲しいっス! ――て聞いてください竜神先輩!」

 「動くな」バチン!!「いてえええ!」うわ、すげーいい音。

 達樹は諦めたのか逃げるのをやめて大人しく竜神の前に座ってる。叩かれた場所は手形にくっきり赤くなっていた。


「酷いっス、穢されたっス」

 達樹が膝を抱えて泣き真似をする。馬鹿なこといってんな相変わらず。

 浅見の背中に塗り終わったんで、竜神の背中に回って、掌にたっぷり日焼け止め出して――――痣と古傷で一杯の背中を触った。

「う」

 珍しく竜神が驚きに肩を揺らした。

「あ、ごめん、痛かったか?」

「いや、……なんでもねえ」


 百合がてくてくてくと戻ってきて、竜神の横にしゃがみこんだ。

 耳打ちするよう掌を翳すけど、完全に普段のままの声量で言う。

「穢れたバベルの塔を暴発させるなよ竜神」

 竜神の体が百合と逆側にちょっとだけ傾いて、百合の方に突っ込んだ。

 ゴッ! 竜神の側頭部が百合の頭頂に炸裂して、いい音が響いた。

 百合が尻持ち付いて頭を抱えて悶絶する。

 おお、竜神が女に手え上げたの初めて見たな。手っつーか頭突きだけどさ。


 竜神に日焼け止めを塗りながら、着ていた服を脱いで後ろの浅見に「悪いけど、俺にも塗ってくれねえ?」と頼む。

 浅見は途端に真っ赤になって、手を振った。

「ぼ、僕は……! その、女の子の体に触るなんて無理だよ!」

「俺も塗っただろー。気にす」

「では私が」

 竜神の頭突きを食らって悶絶していた百合が俺の背中に回りこもうとした。

「うわあああ! ゆ、百合さんは駄目だ!」

 浅見が百合の腰を掴んで、シートの上に放り投げる。

「お前、女の体には触れないんじゃなかったのか」

 百合が目を細くして浅見を責めるが、浅見はきっぱりと答えた。

「百合さんは女じゃないよ! 別な何かだよ!」

「オレもそう思う」

「俺も」


 竜神と同時に浅見の言葉に同意して、竜神の前に座った。

「塗ってくんね?」

「…………」

 肩に掛かった髪をはらって頭を下げる。竜神の掌が背中を撫でた。

 うー、こいつの手、気持ち良いなー。眠たくなる。

 あ、そだ、手足にもちゃんと塗らなきゃな。早苗ちゃんの綺麗な肌が腫れたら大変だし。

「お前、小せえなー」

 竜神が改めて感心したみたいに零した。ちっちゃいからいろいろ大変なんだよ。どこもかしこも無駄にデケェお前にはわからないだろうけどな。


 足、手、おなか、首、顔。早苗ちゃんの体に徹底的に日焼け止めを塗ってから、美穂子の背中にも塗ってやって、俺は海に入ったのだった。


イラストをダンダダン男子様よりいただきました! ありがとうございます!!!

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