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俺といると、疲れるのかな?

「ひまああああ」

 夏休みに入って二日目で、俺はもう、暇で暇で死にそうになってた。


 良太を遊びに誘っても断られてばかりだし、例によって浅見は誘えないし、達樹は論外だし、竜神も俺といるのしんどいみたいだから誘えないし!!


 竜神か……。


 天井に向かって腕を伸ばして掌を広げる。

 夏休み数日前の放課後。竜神に、手を振り払われた。

 こんな貧弱な手とは違う、日に焼けた肌、長い指、指の根元にタコのできた大きな掌。

 弾かれたみたいに離れて行ったのを思い出して胸がギシギシ痛む。


 畳をごろごろ転がって足をじたばたさせてから重たい体を持ち上げると、そこは丁度、鏡の前だった。


(あ)


 鏡の中から悲しそうな顔をした早苗ちゃんが俺を見ていた。


 モールス信号で、竜神に伝えようとした言葉を思い出す。あの時、言葉を伝えようとした指先を動かしていたのは、早苗ちゃんだった。正確に表現するなら、早苗ちゃんの意識に引き摺られた日向未来だ。

(ごめんな早苗ちゃん。俺が、竜神に迷惑ばっかかけたから、こんなことになって)



 早苗ちゃんの頬に涙が流れたのを見た気がした。 




 ――――――――ああもうやめやめ! 夏休みの間だけでも竜神に迷惑掛けないように気をつけるからそれで許してくれ!

 暇で死にそうだけど耐えるのだ俺!

 早く学校始まらないかなー……ってうわ、まさか夏休みにこんなこと考えるようになるなんて。


 去年の今頃は部活頑張ってたっけ……。


「ひーまー!」

 再びたたみに寝転んで天井に言い放った。

 言葉に被さるようにメールの着信音が鳴る。

 迷惑メールかな……。


 サイドスイッチを押す。液晶に表示されたのは「竜神 強志」だった。

「何だろ……?」

 ぱかって携帯を開いて確認すると『暇だから遊び行ってもいいか?』の本文。


 はい?

 数分間も時が止まった。


 え!!??


 思わず飛び起きて画面を二度見してしまった。

 ほんとに!? 正気かお前!? いや、待て、これは罠だ! きっと、また花ちゃんが遊びに来たがってるとかそういうオチがあるに違いない!


 恐る恐る電話を掛けた。


『未来?』

「もしもし竜神!? 俺、女の子家に入れた事ないから、花ちゃんと遊ぶのはちょっと恥ずかしいんだけど!」

『花? 花がどうした? あいつが遊びに行きたいって連絡してたのか?』

「今、お前がメールしただろ。遊び行っていいかって。あれ、花ちゃんのことだろ?」

『オレのことだけど』


 またも時が止まってしまう。


『――――無理なら』

 俺に用事があるとでも勘違いしたんだろう。竜神が切り出してきた。

「いやいやいやいや無理じゃないよ! 暇だったから丁度良かった! 家にいるからいつでも来ていいぞ」

『じゃ、すぐ行くよ』

「うん!」


 やった、竜神だったー! 俺と一緒にいるの疲れるわけじゃ無かったのかぁあ! よかった、ほんっとよかった!

 毎日送り迎えさせたり、俺の都合でスーパーだの買い食いだのさせた挙句に、精神的にしんどい思いさせてたとかじゃなくてほんとによかったー!! 鏡の前に立って早苗ちゃんに呼びかける。

「早苗ちゃん! 竜神、俺といるのしんどいわけじゃなかったみたいだ! よかったー! ほんとによかったよなー!」

 ちょっと待ったけど、そこに写るのは俺のままだった。

 早苗ちゃん照れてるのかしら。まぁいっか。それより竜神が来る前にシャワー浴びとこう! ちゃんとした格好しとかないと早苗ちゃんが悲しみそうだ。


 タオルと着替えを準備して風呂に入ってると、

 ピンポーン。

 家のチャイムが古めかしい音を鳴らした。


「お邪魔します」


 続いて竜神の声。

 う、よ、予想より早かった……。バイクあったの忘れてた。


「竜神、俺、今、風呂入ってるから、部屋に上がっててくれ!」

 声を反響させながら風呂場から呼ぶ。竜神から「おー」と返事があって、重たい足音が二階へと上がって行った。


 手早く体を拭いて身支度を整えてから、冷凍庫を開く。

 こないだ奮発して買った三百円のアイスを二つ取り出して部屋に上がる。


「じゃーん。俺のとっときのアイスを食わせてやるよ。ストロベリーベリーとチョコレートチップ、どっちがいい?」


 フスマを開くと同時に、座っていた竜神に向かってアイスを翳す。


「オレも買ってきたぞ。まったく同じアイス」

 竜神がテーブルの上に乗せてた袋を指差した。

 運がいいのか悪いのか、竜神の言った通り同じメーカーのアイスで種類まで一緒だった。 


「あ! じゃあさ、これ、次お前が来た時に出すってことでいい? これ食いたいなら、もっかい遊びに来いよ」

「わかったよ」

「やった」

 ペン立てから油性ペン取り出して、竜神が買ってきたアイスクリームに竜神と未来って書いておく。万一にも母ちゃんに食われないように。

 ばっちり署名したアイスを冷凍庫に入れてから、俺がベリーベリーで竜神がチョコチップで早速食べ始める。


 さっき、どっちがいいかって竜神に聞いたんだけど、どっちがどっちかなんて決まってた。コンビニで買って公園で食ったりしたから、竜神の好きな味も、俺が好きな味もお互い把握済みだし。

 て言っても、こんな高いアイスを頻繁に買えるほど、俺も竜神も金持ってないから、二回ぐらいしか買った事ないけど。

 俺は基本ベリーベリーだ。チョコレートまで家にあったのは、竜神が食べてるのを見て美味そうだったから気まぐれで買っただけ。でも、買っといてよかったー!



「なるべく早めに遊びにこいよ。アイス硬くなっちゃうからな」

「……じゃあ、近いうちに宿題でもすっか? 数学のプリント山ほど出たろ」

「あー……。あれ、忘れたい」

「忘れっぱなしにすっと、オレ、確実に留年だからなー」

「授業サボリすぎっからだろ。二学期は真面目に出ろよ」


「そうすっかな…………何ニヤニヤしてんだよ」

 う、ニヤニヤしてたか。


「……お前が最近疲れてるみたいだったから、俺と一緒にいるの面倒くさいのかなって心配してたんだよ。でも、遊びにくるぐらいだから、面倒じゃなかったんだって安心したの」

「は? なんだそれ。面倒じゃねーよ。疲れてもねーし」

「うん、よかった」


 竜神が腕を伸ばしてきて、俺の頭をぐらぐらするぐらいの勢いで撫でた。髪、まだ濡れてるのに。

「………………」


 肩に引っ掛けてたタオルで竜神の手を拭いてから、俺も竜神の頭を撫でた。

 竜神は腕を伸ばすだけでテーブルの向こうから届いたのに、俺は膝立ちにならないと届かないのが不公平だ。


 お、頭の形いいなこいつ。髪硬い。

 って困った顔してるな。もっと困れ。頭撫でられるって変な気持ちだろ。


 気がすんだから竜神から離れてアイスクリームを食べる。

 楽しみに取っておいたベリーベリーの果肉たっぷりの部分だ。

 甘酸っぱくて美味しい果肉を堪能してたらまた竜神に撫でられて、イラッとして顔を上げた。竜神が撫でて俺が撫でてそれで終わりだと思ってたのにまたやりかえされるとは。

 竜神に飛びついて、首を羽交い絞めして頭を撫でる。


「あーもくっつくんじゃねえよ。離れろ」

「うっせ! お前がやりかえしてくるからだろ!」

「判った、悪かったから!」

「反省の色が感じられねーんだよ!」


「…………」

 竜神もまたイラっとした顔になった。


 あ!!


 制止するのが間に合わない勢いで、竜神が俺のカップに残ったベリーベリーの果肉を食いやがった!

 て、テメー! やっちゃ駄目な事やったな!


 竜神のチョコチップ食ってやろうとスプーンを取ったんだけど、竜神が掌で蓋をして、俺の手の届かない場所に移動させてしまう。

 くそ、身体能力の基本スペックが違い過ぎる!!

 

 結構本気でギーって怒ってたんだけど、竜神が俺の口にスプーンを――――チョコチップを突っ込んできた。

「ほら、これでいいだろ、離れろ」


 ――――――。


 ぱりっとしたチョコチップが美味い。

 ベリーベリーも美味しいけど、やっぱそればっかじゃ飽きる。


 ……まぁ、許してやるか。



 大人しくもとの場所に座って、カップに残ったストロベリーにスプーンを刺すが。


「……」


 なでなでなでなで。


 竜神の頭を撫でて仕返しだけはしておいた。

 竜神は俺をじとりと睨みつけてはきたけど、仕返しはしてこなかった。勝った。


竜神は十年かぶりに撫でられてびっくりして、また撫でたら撫で返すかな?って撫でてみたら顔に胸押し当てる勢いでしがみつかれて、未来の無防備さにイラつくやら自制出来なかった自分にイラつくやら

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