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竜神強志の報告書(変事のあった日のみ。一部抜粋)

三人称視点です。

NO_1

 日向未来に接近。

 送り迎えをし、行動を共にする約束を取り付ける。

 以下、日向未来の周りに居る目立つ人物。


 同級生 熊谷美穂子 花沢百合 浅見虎太郎

 同校中等部三年生 王鳥達樹


 添付会話音声ファイル NO_1.WAV




NO_18

 日向未来、他7名で上田早苗宅を訪問。

 出された飲み物に睡眠薬(またはそれに類似するもの)を混入され昏倒。

 日向未来が早苗の父、雅信に乱暴される。性暴行は未遂で阻止できたものの左頬に打撲。


 上田早苗らしき人格と接触。

 会話は成り立たず。

「お父さん、許して、嫌」を繰り返している。


 添付会話音声ファイル NO_18.WAV




NO_25

 正午過ぎ、日向未来より携帯電話に連絡あり。

 通話と同時に泣き出す。情緒不安定の様子。すぐさま日向宅を訪問し本人を確認。その後特筆するべき点は無し。


 添付会話音声ファイル NO_25.WAV




NO_30

 11:30頃体育教師、辻 勝魅に胸を触られ、グラウンドでパニック状態に陥る。

 掌、腕、足の広範囲に擦過傷を作る。

 40分ほどの失神の後、上田早苗が再び現れる。

 やはり会話は成り立たず。


 添付会話音声ファイル NO_30.WAV




NO_31

 登校時、黒板に日向未来を中傷する書き込みあり。

 詳細は添付画像にて。画像は同級生 花沢百合の携帯画像である。

 「日」の筆跡に特徴あり。


 slander.jpg

 添付会話音声ファイル NO_31.WAV




NO_32

 先日の中傷書きは調査の結果、同校教師 辻 勝魅(つじ まさみ)のものと判明。

 日向未来は欠席のため音声ファイルは無し。


 添付会話音声ファイル ――――




NO_47

 花沢百合の要望で、日向未来、浅見虎太郎、熊谷美穂子、王鳥達樹と共に、冷泉家を訪問。

 未来が同屋敷内で拉致される。外傷は無し。


 添付会話音声ファイル NO_47.WAV






 高校生になって、両親に買い換えてもらった机と椅子。

 身長が190までも伸び、自分自身でさえ無駄にでかいと思う不便な体だが、この机と椅子の使い心地は非常によかった。


 ボイスレコーダーをパソコンに繋いで、音声ファイルと報告書をいつものアドレスに送る。


 登校時の電車の音。

 朝礼中の教師の声。

 授業中、ノートの上に走るシャープペンの音。

 教師の説明。雑談。

 友人達の声。

 自分が発した言葉。

 何より、日向未来が発した言葉の全てが記録されていた。


 もう慣れたと思う。

 だけどいつまでも慣れないとも思う。

 ふ、と息を吐いてみるものの胸の奥にのしかかった塊のようなものは消えてはくれなかった。


「お兄ちゃん」

「どうした」


 ノックも無く妹が入ってくるのは珍しくはない。椅子を少しだけ回して背後に立つ花を振り返る。

「いきなり声掛けたのに、びっくりするとかないの?」

「いつものことだろ」

「うそ。お兄ちゃん最近、表情無くなってきたよ」

 花は悲しそうに微笑んだ。

 竜神は答えなかった。返す言葉はなかったし、眉一つ動かないのは、やはり花の指摘通りなのだろう。

 

「私……ね、未来さんのこと、好き。未来さんのこと、ちゃんと知ってるわけじゃないけど、すごく暖かい感じがするから好き」

「そうか」


「きつくなったら言ってね。私、お兄ちゃんの変わり、ちゃんとできるからね」

「お前じゃ無理だ。頭悪いくせに」

 いつもはうるさく悪態を付いてくる妹が、何も言い返してこなかった。ただ、悲しそうに笑っていた。


 このまま変化なく日常は続いていく。花が心配なんかする必要はない。

 信じていたのだがいともたやすく崩れ去った。



 7月17日。夏休みの少し前の日の事だ。



 花沢百合。

 学校の癌とも言うべき辻 勝魅という教師を見事陥れて見せた、陰湿な、だがとても頭の切れる女。

 その女が、呼んでもいないのに、竜神のテリトリーである屋上に勝手に上がってきたのが発端だった。


 百合は未来にちょっかいを出そうとする厄介な相手ではあるが、竜神は彼女を別段嫌いではなかった。

 敵を容赦なく切り裂く刃のような彼女を、未来を守る矛として評価していた。

 百合が守るのは、美穂子、そして未来。

 未来や美穂子を竜神が守っている間は心強い味方であるが、一度、彼女達を裏切れば、百合は容赦なく陰湿な刃を竜神に振るってくるだろう。

 広義の意味では仲間であるが、決して竜神の味方ではない。


 そんな女が上がってきて、「いい天気だな」と笑いつつ、竜神にスケッチブックを向けてきたのだ。

 『なぜボイスレコーダーを持っている』

 白い紙には、竜神を痛烈に問い詰める短い文が綴られていた。


 動揺はなかった。やはり気付かれていたか。

 自分のふがいなさに情けなくなる。


「どっかいけ」

「いいじゃないか。たまには私も日の光を浴びたい」

「お前がいると、なんか疲れるんだよ」


 ボイスレコーダーに拾われないように、小さく、小さく、指先で地面を叩く。未来に教えてもらった、モールス信号もどきだ。


 みき かんし


 気付かれるかどうか、確率は低いと思った。

 指が止まると同時に百合は頷いた。


「やはりそうか」

 会話の続きのようだが、確実に彼女は竜神の信号に気が付いた。


「お前がいつもうんざりした顔しているから、うすうす気が付いてはいたよ。お互い、共通の友人がいる身だし、一度、ゆっくり話をしようじゃないか。私の家に招待させてほしい」

「めんどくせえ」

「まぁ、そういうな。夏休み前がいいな。明日なんかどうだ? 他の約束を入れるなよ」



 竜神が招待されたのは、花沢家本宅の地下5階の密室だった。



 日本探偵事務所なんて大層な看板を掲げた、だがそれだけ確固たる力を持った花沢家が財を投げ打って作った、完全に盗聴、盗撮が不可能な部屋だ。

 中に入るといくつかの機械を翳され、盗聴器や発信機が無いのを確認された。



「よし、大丈夫だな。座れ」


 ドアも厚さ一メートルもあるコンクリートブロックで、シェルターかと見まがうような重厚な壁に囲まれた部屋だったが、調度品は素晴らしいものだ。

 向かいあったソファにお互い腰を下ろす。百合はまたあの、口を三日月にした笑い顔をして切り出してきた。


「貴様のことは調べさせてもらった。本家筋が未来を轢き殺したから罪滅ぼしにってのは嘘だな。未来を轢いたお前の親類とやらは親戚の婿の息子の友人の嫁の姑の姪の義父の甥。ぐらいだったかな? ここまであっちこっち辿れば、地球の裏側まで人類皆親戚だ。電波を発信する盗聴器ではなく、目視でしか確認できないボイスレコーダーを使うのはなかなかいい手段ではあるが、私が同じクラスに居たのが運の付きだったな。お前の目的は何だ」


 竜神は浅く溜息を付いてから答えた。

「脳移植後、未来の性格、行動に異変が無いか監視していたんだ」

「何のために。誰から頼まれた。あいつを手術したとかいう、兄か?」


「違う――――いや、間接的にはあの人のせいということになるか? 猛に後ろ盾がなかったから、未来に監視が付けられたんだ」

「詳しく話せ」

 竜神は猛が起こした、脳移植という奇跡の弊害を話し始めた。

 脳移植の技術が確立すれば、死に至る大病を患っても、金と力のあるものならば、若い体に乗り換えて寿命を延ばすことが出来る。老人の多いお偉方が喉から手がでるほど欲しい夢の治療法だ。

 一刻も早く拒絶反応や脳に与える悪影響を調べろと、大規模な研究チームが結成された。竜神は、その末端であり、そして、一番、『検体』――日向未来に近い人間であった。

「未来は最初、脳移植で起こる悪影響を調べるために隔離される予定だった。が、猛が強行に拒絶したんだ。学校に――日常に戻して欲しいと。でなければ今後、移植手術を一切行わないと」

「お前が監視に携わった理由は……? なんて聞くまでもないか。偶然か」

「ああ。偶然、警察関係者の息子がいた。だから選ばれた。それだけだ。あいつを監視してたのはオレだけじゃないけどな」


 言われて百合は得心した。未来といると、どこからか視線を感じた。

 未来はとても美しい少女だ。彼女を付けるストーカーだろうと特に気にしていなかった。竜神が常に傍に居るのだから危険はないだろうと判断したのだ。手を出してくれば容赦なく報復はしたのだが。


「あの尾行は未来のストーカーではなく監視だったのか。普通の奴だったから放置してたんだが」

「尾行の専門家じゃなくて、研究所の人間だったからな」

 百合は一つ頷いて答える。

「おかしいとは思っていたんだ。普通、臓器移植した場合、それがどんな小さな臓器でもドナーは秘匿される。全身丸ごと提供された未来にはなぜ相手の情報が開示されたのかと」


「日常生活を送りつつ、移植の拒絶反応をさぐる。早苗の家族が接触を許されたのもそのためだ。体が生前の記憶を持っている――というのは迷信扱いされているが生前の反射を持っているかもしれないって程度の推測はあったんだ。痛みに対する忍耐力や、味覚や触覚の好みの傾向も、元の体に付随する可能性があるという」

「未来を監視してそれを調べていたのか」

「ああ」


「日向猛も迷っている。このまま未来を普通に生活させるか、それとも、やはり、隔離して徹底的に調べるべきなのか――――」

「なぜ今になって、兄まで隔離を?」


「未来は最悪な結果を出しているからだ。男から襲われたら上田早苗らしき人格が出てくる。あの人格が、未来が作った人格なのか、体に残った反射や記憶が未来に悪影響を与えてるのか、今の段階では判断ができない。――――出てくる人格が早苗さんであれ、未来の妄想が作り出したダミーであれ、オレは、未来にはこのまま自由に生きて欲しい。俺ができるのは現状維持だけなんだ」


 百合は深く深く溜息をついた。

「どうりでな。好きでたまらないって目をしておきながら、距離を取ってる理由がわかった。ボイスレコーダーのせいか」

「オレは単なる監視者だ。……未来に特別な感情を持ってると知れたら、資格を剥奪される」

 竜神の役目は『監視者』――護衛であり、レコーダーだ。検体である未来の身に危険が無いよう便宜をはかること。雑談から、未来の体の異変を聞きだすこと。

 竜神強志に監視者の資格無し。その烙印が押された途端、確実に、未来は隔離される。「お兄ちゃんの変わり、ちゃんとできるから」妹の声が耳の奥に響くが、花では無理だった。花も当然警察官の娘であり納得させられるだけの身元ではあるが年齢が低い。たたが一歳差。が、十代の一歳差は致命的な境界線となった。



「竜神、負けるなよ」

「わかってる。日向猛が周りを固めるまでは時間を稼ぐ。絶対に」

 あの人が人脈を手に入れさえすれば後はどうとでもなる。検体は猛のたった一人の妹だ。

 時間を稼げさえすれば、未来は自由になるのだから。


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