表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/239

モールス信号遊び

 ものすごーく憂鬱だった翌日。


「……お、おはよ、竜神」

「お早う」


 家に迎えにきてくれた竜神は、どこにも不自然さなど無くいつもどおりの態度だった。俺の視線から目を離すこともせず、無愛想なヤクザみたいな顔で、何のわだかまりも無く返事をくれる。


「寝れなかったのか?」


 クマのある俺の顔を見て、竜神は眉根を寄せた。

 お前を怒らせたと落ち込んで眠れなかったんだけどな。

 謝りたい。

 幽霊が怖いなんて子供みたいな理由で、抵抗せず冷泉に踏まれてたこと。


 謝りたいのに、竜神の怒りを再燃させるかもしれないと思うと怖くて、俺は結局、何も言い出せなかった。

 ほんと俺のメンタルってモブ! かっこいい男ならここで一発頭を下げただろうに!

 竜神が何も無かったように振舞ってくれるからって、それに甘えるなんて。

 自分を罵りつつも、謝ることもできないまま日常を繰り返してしまう。

 階段を降りて坂を下り、電車に乗って学校傍の駅で降りる。


「竜神、ちょっとコンビニ寄っていいか?」

「おう」

 今日は教材の支払い日だった。

 俺の口座からお金を振込みして――――。

「うあ!?」

「どうした!?」

 口座を確認した俺は、悲鳴を上げてのけぞり、後ろに立って新聞の棚を見ていた竜神を驚かせてしまう。

「か、金が、金が!」

 慌てて手続きを済ませてから竜神に飛びついた。

「金?」

「すげー増えてんだ! しかも振込先が百合って、なんで!?」


 竜神はああ、と得心したように頷いた。

「バイト代だ」

「バイト?? バイトなんかしてねーぞ?」

 そういや、昨日、百合に口座番号を聞かれてメールしたんだった。自己嫌悪に落ち込んでいたんで、機械的に通帳見て返信したんだけど、振込みのためだったのか。

「冷泉の化物屋敷を徘徊したろ。その代金みたいなもんだ」

 そっか! でもすげーな! 15万も入ってんじゃねーかよ!

 一週間後に夏休みだ。これだけあればスゲー遊べるぞ! ありがとう百合!

「竜神! 夏休みにどっか遊びに行かねえ?」

 体当たりするみたいに竜神にくっついて背中に腕を回す。

 これが前の体なら肩に手を回してたところだけど、160に届かない身長じゃ肩が遠い。

「旅行もいいよなー! 遠出もできるぞ。俺、母ちゃんがパートだし、修学旅行以外で旅行したことないからどっか行きたいなー! 皆誘って行こうよ!」


 竜神を見上げると、なんかすげー困った顔して俺を見下ろしていた。

 う、しまった。

 昨日怒らせたってのに、いくらなんでも厚かましいか。


「――――そうだな。海にでも行くか」

 お! よかった、怒ってない!

「うん、海行こう! すげー楽しみ! 美穂子も百合も達樹も浅見も誘ってさ。海水浴も小学校のころ行ったきりだし、絶対行きたい」

 夏祭りに行くのもいいよな。街で花火大会あるし! いっそ泊り掛けの旅行に行ってもいい。

 廊下を抜けて教室に入ると同時に、上がったテンションのままで「おはよー」って挨拶する。


「お早うー」

「お早う未来」

 何人かのクラスメイトと、百合と美穂子が返事をくれる。

 俺はカバンを机に掛けると、着席していた百合の腕を掴んで、教室の後ろまで引っ張った。

 誰も聞かれないように、無人の席の後ろに立って耳打ちする。

「あんな大金よかったのか?」と。


 だって十五万だぞ十五万!! 俺の小遣い約二年半分もあるじゃねーか!


「あぁ。お前には特に不愉快な思いをさせてしまったからな。気がねなく受け取って欲しい」

 百合はあっけらかんと言い放つ。

「そっか……。ありがとう……!」

 なら遠慮なくいただこう! 五万円は母ちゃんに渡して、残りの金でずっと欲しかった低反発クッション買おう。それと、いつも世話になってる竜神になにかお礼しよう! なんて考えつつ、足取り軽く席に戻る。 


「せんぱーい、お早うございます!」

「おー、達樹おはよ」

「おはよう未来」

「浅見もおはよー。昨日は迷惑かけてごめんな」

「迷惑なんてかけられて無いよ」


 いつもの朝と同じよう浅見と達樹を向かえる。

 そんな中、



「諸君、座席につきたまえ」



 教卓に、見慣れない生徒が立って教室に言い放った。

 竜神には届かないけど充分な長身で、やや長めの黒髪をした女顔の男――――。


 ひ。


 美穂子の席の横に立ってた俺は、息を呑んで一歩さがってしまった。

 だって、そこにいたのは。

「はじめまして、ボクの名前は冷泉 三郎。今日からこの学校の3-4組に編入する」

 あの、アイス男だったんだ。

 アイス男は俺を見つけて近寄ってきた。

「――――やぁ未来。会いたくて、我慢できなくて、この学校に編入してしまったよ」

 歩いてくる冷泉の後ろに、口ばかりのゾンビの幻影が見えて、驚いた猫みたいに固まって動けなくなってしまう。

「貴様、なぜ」

 百合が俺の体を引き寄せてくれた。それでようやく動けるようになって、百合の体に抱き付いて目を伏せる。それとほぼ同時に、


「危ない――うぐ!」

 浅見のくぐもった声と、鈍い炸裂音、机の倒れる大きな音が教室中に響く。

 何事!?

 ゾンビのことも忘れて顔を上げると、鞄を持った浅見と冷泉が机を巻き添えに倒れていた。


「うわ、僕ごと飛ばすとか……」

 床に尻餅をついた浅見は一瞬呆然としてたけど、すぐに竜神に食って掛かった。

「竜神君! 暴力は振るわないって未来と約束しただろ!」

 竜神はバツの悪そうな顔をして、「忘れてた」と漏らした。

 音と状況から推測するに、竜神が冷泉を殴ろうとしたのを、浅見が鞄を盾に止めた――というところだろう。

「あああ浅見、ファインプレー!!」

 俺は拍手しつつ浅見を称えてしまう。すげー瞬発力だな、竜神の攻撃を止めるなんて! つか竜神、そこ忘れんなよ!! 俺、お前に睨まれたの結構怖かったってのに!


 いたたたた、って顔を押さえてる冷泉に駆け寄り、腕を掴んで引っ張り起こす。竜神を逆恨みされたらたまらないからな。あいつの夢を潰す真似はしたくねーし。

「大丈夫か。竜神は悪くないから恨むんじゃねーぞ。何しにきたんだよお前」

 冷泉は立ち上がり、流れた鼻血を拭いて、俺の肩に手を乗せた。


「ボクの足が肩を踏んだとき、君が「ん」と呟いた声がとても妖艶で耳に焼き付いて……。会いに来る衝動を抑えられなかったんだ!」

「妖艶とかいうな!」

 恥ずかしさにギリギリして顔が熱くなる。くそ、クラス中に注目されてんのに情け無い事暴露しやがって……!

 どうでもいいけど昨日の今日で編入とかできるもんなのか? ――ってそうか、この学校、セクハラ教師も長年処罰できなかったぐらいだし、あの気弱な校長なら編入なんて簡単にしてもらえそうだよな。こいつ金持ちだしなあ。


 とにかく、俺がやることは一つだけだな。

 カバンを机から取り上げて、女顔の変態に力一杯降り下ろした。

「うぶ!!」

 顔面に叩き付けたんで、変な悲鳴を上げて後頭部から教卓に落ちていく。

「なな、何をするんだ!」

「うるせえ。脅して踏みつけといて、無条件で許されると思うんじゃねーよ」

 俺は別に将来公務員目指してるわけじゃねーし、どうせフリーターにしかなれないだろうし、こいつに妨害されようと大差ない低空人生だろうからな。女の腕力の無さをカバンでカバーして、容赦なく連打する。


「あの、大変申し訳ございませんが、どうかその辺で主人を許してはくださいませんか」

 十発に届いたころ、俺の腕が背後から止められた。

 クーラーついてるとはいえ、暑い教室の中でスーツを着てる三十代ぐらいの男の人だ。

「誰だよあんた」

「冷泉の身辺警護のものです」

 身辺警護? ってボディガード!? 学校までボディーガード付けてくるって、こいつまじで上流階級のぼっちゃんなんだな! 単なる変態としか思って無かったよ。


「未来のその蔑む目がやはりたまらない……。もっと殴ってください」

「おぼっちゃん、もう、それぐらいで。これ以上はドン引きされます」

「とっくに引いてるんだよ! 俺に二度と話し掛けんな!」

 俺は背筋を振るわせて武器にしていたカバンを盾にした。

「もういいだろ。さっさと教室から出て行け」

 俺の前に立った竜神が容赦なく睨み付けて、冷泉がまるで熊に睨まれたウサギみたいに身を震わす。



 放課後。



 俺と百合、美穂子、浅見、達樹は教室で話し合いをしていた。

 夏休み、海に行こうって内容で。

 全員、すぐに食いついて来てくれた。なぜか冷泉も食いついてきたけど丁重に断る。

 具体的に言うと、俺がカバンを振り回して追いはらった。


 竜神は冷泉の顔を見ると殴りたくなるからって、机に突っ伏してガチで寝てる。

 話し合いっていっても基本的にうるさいのに、良く眠れるよなぁ竜神の奴。


 日程と目的地が決まったんで、竜神にも確認を取ろうと、ぎゃーぎゃー騒ぐ連中から離れて、寝ている竜神の前に立った。

 ジャンプを枕にして、両手を伸ばして机から掌を垂れ下げている。

「竜神」

 声をかけるが起きる気配はない。

 揺すり起こそうとした時、竜神の掌が目に止まった。

(手、でっかいよなー)

 何度も思っていたけど、ほんと、でっかい。

 俺の掌とどんくらいちがうんだろう。

 机から垂れ下がった手と手を重ねると。

(あ)

 竜神が俺の手を握ってきた。


 うーん、どうしようか。


 ……。

 やっぱりでかいなー。骨がしっかりしてて厚いから、これで殴られたらひとたまりもないだろうな。変態親父の歯も一撃で砕いてたもんな。

 保育園実習で子供一人軽々抱え上げてたし、俺の体も軽く抱き上げるし。こいつ力もあるからほんと憧れちゃうな。

 そだ、お金入ったからダンベル買お。体鍛えなきゃ。


「………………」


 あ、竜神が目を覚ました。ぼんやりした目で繋いだ手を見て、

「て?」

 と呟いた。

 そして、気が抜けた様子で笑った。

「どおりで、手ぇ繋いで歩いてる夢見たんだな」


 「――。」


 竜神は、は、とした顔をして、不自然じゃない程度だけど、俺の手を振り払った。

 顔をジャンプに伏せて、両手を組んで、眠気をはらうかのよう全身に力を入れて伸びをする。

 ジャンプから顔を上げて、俺に視線を合わせる。その顔に、もう笑みは無かった。

「終わったのか? 何日になった?」

「七月中に行こうってことになったけど大丈夫?」

「あぁ。大丈夫だ」


 笑い顔、久しぶりに見たな。

 お前いつの間にか笑わなくなったな。

 会ったころは、もっと、表情豊かな奴だったのに。

 俺といるのしんどいのかな。


 指からいつまでも目が離せなくて、俺は、竜神の指先に指を重ねた。

 人差し指を、人差し指でとんとんとんと叩く。


「何してんだ?」

「ガキの頃やんなかった? モールス信号遊び。人差し指が平仮名の行で、中指を叩いた回数が、その行の上から何番目ってこと」

 中指でとんとんとん。

「モールス信号ってそんなだったか?」

「本物の方はしらねー」

 人差し指でとんとん。


(待て、)


 そこまで叩いて、指を引いた。


(俺が、言う資格はないよ。早苗ちゃん)


 どうにか意識を逸らして早苗ちゃんと変わろうと頑張ったけど、周りに皆が集まってきて早苗ちゃんと変わる事はできなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ