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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
三章 みんなで大騒ぎ
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 なんか竜神、やばくねえかな。

 すげー怒ってるだろ、あれ。


 浅く息を吸って、吐いて、心を静めるための深呼吸をしている。

 俺達にばれないようにしてるんだろう。呼気は小さかったけど。

 必死に表面を取り繕ってるだけで、怒りは全く収まってなさそうだ。


 どうしよう、何か、言わないと。


 だって、冷泉に手を上げたら、警官になれないって百合が言った。

 竜神の部屋には、警官になるための本が何冊も置いてあった。頑張ってるのに、こんなことで終わらせたくない。


 まだちょっとガクガクする足でなんとか立ち上がって、つんのめるみたいにして、竜神の前に回りこむ。

 竜神の指を握って、目を見て、俺は言った。


「竜神、お前が怒る必要はないよ。あいつへの仕返しは俺がするから、お前は引いてくれ。

 早苗ちゃんを守るとか言っておきながら、守れないのは全部俺の責任なんだ。

 お前が俺のせいで警官になれないなんて、絶対に嫌だ!!!」


 竜神はしばらく俺を睨んでたけど、沈黙してから瞼を閉じて、体から力を抜いて、「わかった」そう、短く答えた。



 この騒ぎのせいで、俺達は帰宅することとなった。

 お化け屋敷に泊まることになってただなんて聞いて驚いた。

 よかった、踏まれたかいがあったよ。お化け屋敷に宿泊なんてとんでもない!

 朝まで持たずに死んでたよ絶対!


 冷泉の屋敷に戻されて、執事さんに土下座せんばかりに謝られて、俺達はまた百合のおごりのタクシーでそれぞれの自宅に帰った。

 タクシーだし、一人で帰れるって言ったんだけど、竜神は律儀に俺に付いて来てくれた。

  

 でも、やっぱり、竜神の態度はいつもと違った。あからさまに態度に出す男じゃないから、話掛ければ普通に返してくれる。だけど俺を全然見ようとしない。

 それでも玄関まで送ってくれたものの、竜神は最後まで、俺を見ないまま帰っていった。


 よろよろとドアを開けて、玄関のたたきに仰向けに寝転がる。


 はぁあああああ。

 軽蔑されたよなーこれ……。

 俺のこと、軽蔑したって言った達樹にフォロー入れてくれたけど、やっぱり竜神も俺のこと軽蔑したよなああああ。

 あああああもう、最悪だ……。


 そりゃそうだよなあ。抵抗もせず踏まれてたら普通軽蔑するよなああああ。

 腰抜かすわ泣くわ喚くわ。

 なんで俺、こんなビビリなんだろう。

 中身は男だ、とか言う資格ないな。完全に女の子だよ。

 百合や美穂子よりずっとか弱い。


 あああもう、思い出すだけで恥ずかしい!!!

 あの男に踏まれてるところ、浅見や達樹だけじゃなく百合にまで見られたし! 


 もうもう、俺、最悪だあああああ。

 自分がほんっと情けねえ!

 口ばっかりじゃねーか。何も行動できないで!


 ゴロゴロゴロゴロ。ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。


 いつまでもここに転がってるわけにはいかないな。

 部屋に戻らなきゃ……。動きたくないよぉ。


「だから、そろそろ家を建て替えようって。金は俺が出すから」


 あれ、珍しく兄ちゃんがいる。

 最近ずっと帰ってこなくて、帰ってきても明け方で三時間ぐらいしか家に居なかったのに。

 今日はゆっくりできるのかな? 母ちゃんと話してるのか?

 そんなことしてる暇あるなら、一分でも長く寝ればいいのに。


「なに言ってんの。姑付き一軒家持ちの男なんて、嫁の来てがなくなっちゃうじゃないの。この家はこのままでいいの。お父さんの思い出の残る家なんだから、そう易々とは壊せないわよ」


「だけどもう、この家は限界だよ母さん。開かない窓はあるし、床も随分傾いた。第一ここは不便だしな。坂と階段で消防車も救急車も入ってこれない場所なんて、今時この近所ぐらいのもんだよ。二世帯住宅なんかどうかな? 一階と二階が別世帯のアパートのような家なんだ。これなら、俺に嫁が出来ても世帯は別のまま生活できるし……」


「あのね、お嫁さんは自分の家を建てて欲しいものなんだよ。家があるから嫁においでっていうより、家を建ててあげるから嫁においでって男のほうがモテるんだよ。お金はとっときなさい。それにあんた、30でしょ。今家を建てたら、本当にお嫁さんの来てがなくなっちゃうわよ。せっかくお医者さんになって、女の子にモテるようになるかと思ったのに、ほんと、人付き合いが苦手なのは治らないんだから……。いつになったら彼女の一人でも連れてきてくれるんだい――あら、未来、お帰り」


「ただいま……。俺は家を新築してほしいです」

 自己嫌悪に暗く沈みながらも、家族会議には意見させてもらう。


「あんたまで!」


「母ちゃん嫁さん嫁さん言ってるけど、まず現実問題として、女の人のおっぱいを大胸襟、おしりを筋肉って言う兄ちゃんは結婚できないよ……。だから家、あっても無くても関係ないと思う」


 ひゅううう。


 どこからか冷気が吹き込んできて、部屋の空気が一気に重たくなった。


 教訓。ガチで結婚出来そうにない人を結婚できないと評してはいけない。日向未来は齢15歳にして学びました。対象が兄ちゃんでよかった。


 ごめん兄ちゃん、俺、今、自己嫌悪中なんで自分の発言のフォローもできません。

 一時間待っててくれ。前言撤回して慰めるから。



 お風呂入ってご飯食べて、百合のメールに返事して、一時間後、俺は兄ちゃんの部屋に声を掛けた。

「兄ちゃん、入るぞ」



 我が家は全部屋畳とふすまの和室だ。ノックするときは柱を叩くが、大抵声を掛けてから入る。

 そっとふすまを開くと、兄ちゃんがたたみの上に力無く横たわっていた。

 こちら側に背中を向けているので顔は見えないのに落ち込んでいるのが判る。部屋中に負のオーラが立ち込めていた。

 やばいな、俺も花ちゃんみたいな兄貴に容赦ない妹になってしまいそうだ。口は慎もう。


 兄ちゃんの後ろで胡坐を組んで、肩を叩いて笑う。


「結婚できないなんて嘘だよ兄ちゃん。医者なんだし、天才って言われてるんだし、絶対いつか結婚できるって。見合いの話も一杯来てるんだろう?」

「………………」

「三十過ぎたおっさんのくせ拗ねんなよなー」

「おっさんでも拗ねたい時があるんだもん」

 もんとかいうなキモイ。っと、キツイ事は言わないって誓ったばかりなのにあぶね。

「どうせ俺も結婚できないんだから兄ちゃんの仲間だよ。男と付き合うなんてできないしし、奇跡が起きて女と付き合えたとしても結婚は無理だしさ」

 兄ちゃんが仰向けに転がって俺を見た。


「竜神君とお付き合いをしているんじゃなかったのか?」

 は!?


「違うよ! なんだよいきなり! 誰から聞いたんだよ」

 よりによってなんで竜神!? ……あ、また自己嫌悪が……。


「お母さんからだが。あと三丁目の山下さんの姪御さん」

「誰だよ山下さんの姪御さんって」

「病院で看護師として働いてくれている女性だ」

「全然面識ないんですけど何で竜神のことまで知ってんだ……。とにかく、俺と竜神は付き合ってないよ」

「じゃあ、竜神君は彼女でもないお前を送り向かえしてくれているのか? いくら竜神君の血縁がお前を轢いたとはいえども、元はといえばお前が猿のごとく歩道から飛び出たからだし、加害者の家族でもない、ただの親戚なんだろう? お前が傍にいては、竜神君は彼女を作る事もできないじゃないか。いくらクラスメイトだからとはいえ、高校生の貴重な時間を削らせるのは違うんじゃないか?」


「竜神に、彼女……」


 それもそうだよな。

 あいつ、早苗ちゃんみたいな子、タイプじゃないんだ。

 大体、俺、早苗ちゃんとあいつをデートさせてやるって張り切ったりしたけど、一体、何がしたかったんだよ。

 いくらこの体で可愛い格好して歩いたって、中身が俺じゃ何の意味もない。

 そりゃ、意識反らせば早苗ちゃんが出てくるけどさ、出てきて、一緒に歩いて、早苗ちゃんは喜んでくれるかもだけど。

 親戚の言いつけで好みでもない女を守らなきゃいけない上、俺達の都合で振り回し続けるって可哀想だよな。あいつの気持ちも考えず、デートさせるとか調子乗ってた。



「男に触られたら酷いパニックが起こるそうだな。それだけかわいいんだから、今後も男からの意に添わない接触があるのは防げないだろう。よしんば、高校の間は竜神君が守ってくれるにしても、その後は? 一生守られ続けていくのか? 竜神君の人生を犠牲にさせるのか? お前に必要なのは、守ってくれる男じゃなくて、トラウマを克服することだよ」


 兄ちゃんが腕を伸ばして、携帯やらサイフを置いてるミニテーブルから手探りで掌サイズのケースを取った。ケースから取り出して、差し出してきたのは名刺だった。なんてことない地味な白の名詞には、名前と、電話番号と、――精神科医の文字があった。


「つてを辿って見つけた、多分お前に最良の先生だ」


 あう……。


 俺、すげえ竜神に甘えてる。

 前からそれは気にしてたんだよな。

 でも、

 やだなあ。地味に心が重いなあ。


「精神科を受診するのは嫌か?」

「……別に、それはいいんだ」


 別に精神科に行く事が嫌なんじゃない。面倒くさいけど。


「もう一度聞くが、竜神君とお付き合いはしていないんだな?」

「してねーよ……」

「付き合いたいとも、思わないんだな?」




 俺は、少し考えて、首を縦に振った。




「兄ちゃんの同級生に高校生から恋人同士で、社会人になって結婚した夫婦が二組ほどいるぞー。今はどっちも子供が生まれて楽しそうにしてやがる。あああ妬ましい嫉ましい一家纏めてノポトミーしたい」

 そこはせめて爆発しろぐらいでやめとけよ兄ちゃん。洒落になってないぞ。


「男に戻りたいか」

「そりゃ、戻りたいに決まってるだろ」

「完全な男性体に戻るわけではないが、性転換手術をするという手もあるぞ」

「そんなことできねえよ」


「なぜだ?」


「だって、早苗ちゃん可哀相だろ。ただでさえ俺みたいな男に体使われてるのに、さらに男にされるとか。いくらなんでも手術なんかしたくない」

「……そうか」


 それだけ話して、俺は兄ちゃんの部屋を出た。


 自分の部屋のベッドに飛び込む。

 ああああ、ますます気が重たくなってきたよ……。

 竜神を怒らせるわ、ビビリを晒すわ、泣くわ踏まれるわ、改めて……調子に乗ってた事を思い知るわ。


 手の中の名刺が重たいなあ……。



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