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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
三章 みんなで大騒ぎ
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お化け屋敷とか肝試しとか(中編)

「あれ?」

「うぁああああああ!!」


 お化け屋敷を抜けた先は、細長い通路になっていた。すれ違うのがやっとという程度の幅で、天井も、壁も、床も、全面が薄い赤の柔らかな素材で覆われていた。

 それはまるで腸の中のような――――。


「ふむ、単なる通路か。驚かせる仕掛けはなさそうだな」

「よかったー、これなら私も大丈夫。よく出来てる壁だねー。店長が見たら喜びそう」


 いつもの調子を取り戻した美穂子が、楽しそうに壁を撫でる。

 純粋にお化けが怖いだけで、この手の怖がらせ方は全然平気なんだろう。


「並んでいくのは無理だから、私が先導…………って、おい、未来、どうした」


 もうだめだ。

 情けないことに、とうとう俺は腰が抜けた。

 ガクガク震えながら座りこんでしまって、震えて言うことを聞いてくれない指で顔を覆う。


「おい、未来」

「ご、ごめ、俺、もう、駄目だ」

 泣きたくないのに勝手に涙が流れてきて、ぐす、ぐし、と啜り上げてしまう。


「お前、怖いのがそこまで駄目だったのか……」

 そこまで駄目なんです! ほんと、無理なんです、ごめんなさい!

 美穂子が俺の横に座って、心配げに背中を摩ってくれる。


「おい! 冷泉! 非常口はどこだ。もう充分私達で遊んだだろう、帰らせてもらう」

 鋭く発した百合の声に、しどろもどろな冷泉の声が帰った。

『え? あ? ひ、非常口?』

「まさか、非常口を設置してないんじゃなかろうな。消防法違反だぞ」

『う、あ、その、これ、営利目的じゃなくて、個人用の建物だし』

 どうやら脱出口は無いらしい。先に進まないと駄目らしい。


「お、置いていかないでください……!」

 咄嗟に百合の服を掴んでしまう。

「なぜ敬語になる」

 だってだって、俺、立てないもん! いくら百合が男前っつっても、人一人背負えるはずねーし、物理的に運ぶの無理じゃねーか!

「大丈夫だよ。私が傍にいるからね。でも、こんな綺麗なのが怖いなんて……未来って感受性豊かなんだね」


 美穂子が手を握ってくれた。すっげー安心したけど、これが怖いのは俺の感受性のせいじゃありません! 大抵の人間は怖いと思いますよこれは!

 綺麗っていうのはお前みたいなグロ好きな子ぐらいだよ多分!


「百合ちゃん、私、未来と一緒にいるから、竜神君達探してきてくれないかな」

「そうするしかなさそうだな。すぐ探し出してくるから、落ち着いて待ってろよ」


 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ


「ん?」

「地震?」

「ふゃあああ」

 揺れというより振動という程度の衝撃だったのだが、神経過敏になっていた俺は悲鳴を上げて美穂子に抱き付いてしまう。


「通路が動いているな」

 長く続いていたはずの廊下が壁になって、ゆっくりとスライドしている。やがて新しい通路が開けてきた。

 今度は、真っ直ぐの道じゃなくて右に折れ曲がった通路になるようだ。

 パイプパズルでもしてるみたいに道が切り替わって行く。道が繋がると同時に声が聞こえてきた。


「うわあああ! 床が動いてますよ浅見さんんん!!」

「た、達樹君、動きにくいから、僕じゃなくて竜神君にくっついて欲しいんだけど……」

「さっき見てたでしょ! おれがくっついたらガチで腹パン入れてきやがったんすよあの鬼! 悶絶してる間にさっさと行っちまうし酷過ぎっスよ! おれには浅見さんしか味方がいないんス、お願いですから見捨てないでください!」

「うるせえな」


 この声、竜神と浅見と達樹だ! 見慣れた姿が腸みたいな通路の角を曲がってくる。


「未来!」


 先頭に居た竜神が駆け寄ってきた。

「また怪我したのか!?」

「ち、ちが、こ、腰が抜けただけで……」

「またかよ」

 またですごめんなさい。

「怪我はしてねーんだな」

「それは大丈夫。全員無事だ」

 差し出された竜神の手をぎゅっと握ってしまう。

 俺を運べる力があるのはこいつしかいないんだ。どこかに行ってしまわないように、置いていかれないようにしないと。


『ガールズラブからのNTR……! これはまた良い展開……!!』


「な、なんすか今の声……?」

 達樹が浅見の背中に張り付いたまま、びっくりしたみたいにキョロキョロ見回した。どうやら、男チームに放送はなかったようだ。


「未来のストーカーだ。今回の依頼主はハナから未来が目当てだったらしい」

 百合が簡潔に説明してくれる。なるほど、あれってストーカーなんだな。

「えええマジで!? 大丈夫ですか先輩、なんかされたりしてないっスか!?」

「うん、大丈夫だ。色々言われてるだけで、直接は何もされてない」


『百合と未来、美穂子。三人は愛し合っていたはずだったのに、未来は一人の男の出現に心を揺らしてしまう。百合と美穂子を裏切ることはできないと思いつつも未来は心惹かれやがて――――――NTR!NTR!』


「何なんだ」

 竜神が眉を顰める。

「深く考えたら負けって気がしてる。お前も聞き流してくれ」


「先輩をNTRするのは竜神先輩じゃなくておれっスよ!」

『ダブルNTRいただきました――――三角関係――――!』


「達樹君、NTRって何?」

 美穂子が真剣な顔で達樹に聞く。

「知らなくても人生なにも困らないことっス。良い子はググッちゃだめっス」


「私はガールズラブではなくふたなりとして扱って欲しいのだが」

「あんたのシモネタに対する振りきり方は何なんだよ!」

 同じく真剣な顔で言い放った百合に、達樹が食いつく。

「達樹君、ふたなりって何?」

 今度は浅見が達樹に聞く。

「美穂子ちゃんと浅見さんは百合先輩の言葉聞いちゃ駄目っスよ穢れるっスよ!」

 頑張れ達樹。この空間で突っ込みできるのはお前しかいない。


 ……あれ?

 馬鹿な話してたら、ちょっと動けるようになったかも。

 竜神の腕を掴んで立ち上がる。うん、大丈夫、歩ける。


「お前、未来に手ェ出してねえだろうな」

 俺が立ち上がったのを確認した竜神が、低く、唸るような声で百合に詰め寄った。

「なんだ藪から棒に。私がそんな真似するように見えるか?」

「見える。お前はこいつを放り出して、助けて欲しけりゃ素っ裸になれぐらい言いかねないからな」

「素晴らしい洞察力だな。竜神。まさしくその通りだ」

 百合が何のてらいもなく答える。

「やらせたのか!?」

「やってねーから落ち着け!」

 食って掛かろうとする竜神を押さえつける。


「しかしお前は未来、未来と……。美穂子のことは心配してないのか?」

「してねーよ。美穂子のことは未来が守るだろ」


「え?」「え?」「あ?」


 しばしの間。


「――――竜神! お前ほんといい奴だな!」


 そうだよ俺、美穂子は守ったんだよ! なんかすげー嬉しい!

 ずっとずっと情けないところしか見せてこなかったのに、こいつ、俺のこと、美穂子を守る人間だって信用してくれてたんだ!

 余りにも予想外の答えすぎて、俺、何を言われたか理解するまで時間かかっちゃったよ。


「く……まさか私の突っ込みが好感度上げイベントに利用されようとは……!」

 百合が悔しそうに頭を振った。イベントって何だよ。ゲームじゃあるまいし。

 竜神と百合のやり取り、なんか見た事あるなーって思ったら、花ちゃんと達樹のやり取りに似てるんだな。

 花ちゃんと竜神って顔は全然似てないのに、やっぱ兄妹なんだなあ


 あ、しまった、竜神の手が濡れてる。俺、涙付いた手で触っちまったんだ。

 ハンカチ……忘れてきてる。制服で拭くか。

 袖で拭いて……っと、よし、綺麗になったな。

 男時代に全然持ち歩いてなかったから、つい忘れちまう。気をつけとかないとな。結構不便だし。


「ん?」

 うわ、皆こっち見てる。なんだ一体。

「先輩カワイー、ちまちま動くのが超可愛いっす」

「うん、リスみたいで可愛かった」

 達樹と浅見が目を細める。可愛い? 袖で手拭くのがか? 不衛生だと思うんだけどな。

「未来って手もちっちゃいもんね。見てて飽きないなあ。竜神君とセットだと余計にちっさく見えちゃう」

「全くだ」

「お、おれが先輩と手を繋いでたいけど……、おれ、怖いと思いっきり抱きついちまうからなあ……、先輩に怪我させたくねーしなあ……」


『小動物系JKとヤクザ系DKカプ萌え――!』

「なんでもかんでも萌えんな!!」

 思わず叫ぶと、なんか男の息が荒くなった。


『ボクを助けてくれた心優しい未来が、まるで汚物でも見るかのようにボクを嫌いになってしまうのかと想像するだけで、こう、ぞ、ゾクゾクっと』


「うわぁ真性の変態っすよこいつ……」

「とんでもない人に目をつけられちゃったんだね、未来……」

 浅見と達樹が身を震わす。


 また、振動が始まった。


「うわあああ! ちょ、また、ゆれ、ゆれ」

 達樹が浅見の背中にしがみ付いて叫ぶ。

「達樹君、耳元で叫ばないでほしいな」


「浅見も達樹もどけ、私が先に行く」


「ちょ、百合先輩、女の子に先に行かせたら俺等立つ瀬無いじゃないっスか! せめて先陣切らせてくださいよ!」

「うるさいボーイズラブカップル。歩くのが遅すぎる」

「ちげー! 変な言いがかりつけてくんならアンタに抱きつくぞ!」

「私に触ったら貴様の金玉は無くなると思え」

「ヒィイ! すんまっせん!」


 騒々しいな。お陰で、ちょっとだけ怖く無くなってきたけどさ。


 通路が狭くて並んで歩くのは無理だから、俺達は一列になって進んだ。

 先頭が百合、続いて浅見、背中に達樹がしがみ付いている。

 こいつもビビリだったんだな。よかった、怖がってんのが俺だけじゃなくて……。

 その後ろから美穂子、竜神、竜神の腕を握って、背中に張り付くみたいにしてる俺。


 周りの壁や足元を見ないように、竜神の背中に額をくっつけて進んで行く。


 でもやっぱ目に入ってくるな。赤くてぶにぶにしたのが。

 ほんとに腸の中みたいだ。溶かされたらどうしよう。上から粘液が降って来て俺達に被さってきて皮も、骨も、ゆっくりと。


 想像した途端、視界が歪んだ。

「未来?」

 心音が高まる。足の下がぐにゃぐにゃ動いているような錯覚に襲われる。錯覚? 本当に?

 錯覚じゃなく現実じゃないのか? 溶かされて吸収されちゃうんじゃないのか?

 俺だけならまだいい、一回死んだ人間だから。でも、竜神や百合や美穂子や達樹、浅見を死なせたくない。視界がぐるぐるする、駄目だ、ちゃんと、皆をにがして、竜神も、信用してくれた、のに、


「未来!」


 そこで、全てが真っ暗になった。

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[気になる点] 誤字報告 >「く……まさか私の突っ込みが高感度上げイベントに利用されようとは……!」 高感度→好感度
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