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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
二章 安心できる場所
35/239

黒板に書かれた、(完結編)

未来視点ではなく、三人称視点になります。

「はぁ!? 辻が犯人だって!?」


「あれ? 未来、聞いてなかったの?」

「聞いてねえよ! なんで張本人の俺が知らされてねーんだ? なんで判ったの? 誰が調べてくれたんだ!?」


 昼休み、校舎裏の静かなベンチで昼食を食べていた未来が、隣に座る浅見に詰め寄っていた。

 未来の言う犯人とは、約一週間前、黒板に誹謗中傷文を書いた犯人の事だ。


 話の流れから、「辻先生が犯人だったなんて」と口に出した浅見に、未来は弁当をひっくり返しそうになるぐらい驚いて詰め寄っていた。


 未来は落書きの後、結局教室へ戻ることができなくて一日サボってしまった。翌日も、登校さえできなかった。


 その次の日、ようやく登校したのだけど、何事もなかったかのように教室はいつも通りだったから、未来も蒸し返すことはなくそのまま日々を過ごしていたのだが、まさか、犯人が見つかっていたなんて。


 睫の数さえ数えられる距離まで迫られて、浅見は頬を赤く染めていた。

 未来は基本的に人と距離を取る。並んで歩いていても、気が付けば遠くをふらふらしているし、弁当を食べている今でさえ、浅見と彼女との間には、もう一人座れる程度の空間がある。

 その距離を一気に詰められて、髪が靡いてふわりと漂ってきた甘い香りに目が眩む。

 コロンや香水の香りではない。この距離まで詰めないと判らない、シャンプーと石鹸の香りだ。

 柔らかそうな胸がたゆんと揺れるのが見えて、浅見は咄嗟に斜め下の地面に視線をやった。


「えと……日向の「日」が、数字の0に線を入れたみたいな特徴のある形してたの覚えてるかな。あれに見覚えがあったんだよ」


 体育の教師は保健の教師でもある。黒板に書かれたおかしな特徴のある日の文字を、浅見はよく覚えていた。


 当日、浅見は熱を出して休みを取っていた。

 翌日朝に、花沢から写メを見せられた浅見がすぐに思い当たって、美穂子、花沢、竜神、達樹と一緒に校長室へ向かったのだ。


 校長室では丁度いいことに、辻に対してセクハラ行為に対する厳重注意が下されていた。日向未来は胸を触られた恐怖に全身にすり傷を作るほどのパニック状態を起こしたというのに、ことなかれの校長は、今回も口頭注意ですませようとしていた。


 そこに挨拶もなく押し入って、全員で抗議をしたのだ。


 辻は最初、「俺を侮辱するのか、こんなことをするはずがない」と外まで聞こえる大声で叫んで、プリントアウトした写真を破り捨て、うやむやにしようとしたのだが、

「オレの父、警察関係者なんですよね。プロの筆跡鑑定士につてがあるんですけど、そちらに鑑定結果をお願いしてから来るべきでしたか?」

 竜神の一言で辻は言葉を呑み、そして開き直った。


 辻は、聞くに耐えない暴言を吐いて竜神に殴りかかった。


 竜神は顔色一つ変えず、向かってきた辻を簡単に投げ飛ばして、瞬きの間に床に沈めて見せた。


 セクハラ行為、被害者に対する誹謗中傷、そして、警官の息子相手に暴力行為。

 ことなかれの校長も、動かざるをえなくなった。ここまでやった教師を処罰しないとなれば、「ことなかれ」事態が「こと」を産む事になる。



 結果的に、辻は停職5ヶ月の懲戒処分になった。



「校長先生も、うちの担任も、クラスの皆も、あれが辻先生の逆恨みだってちゃんと知ってるから」

 浅見は近づきすぎた未来の体を、そっと押し返しながら答える。

 大きな目を一杯に開いて未来は口元を押さえた。

「辻が停職になったってのは聞いたけど、セクハラの件だとばかり……。竜神も何も言って無かったし……」

「蒸し返したくなかったんじゃないかな?」


「そっか……。生徒じゃなかったんだな。よかった」

 ベンチの背もたれに深く体を預け、未来は天を見上げる。晒された顎から喉のラインが扇情的で、見ては行けない物を見てしまった罪悪感に浅見はふたたび視線を逸らした。

「よかった?」

「うん。辻にどう思われてようとどうでもいいし。教えてくれてありがとうな、浅見。お前達が頑張ってくれてたのに、知らなくてごめん」

「知らなかったことを謝らないでよ」


「…………」

 未来がきちんと座りなおして、自分の体を見下ろして沈黙した。

「……なあ、浅見」

「ん?」

「おっぱい触るか?」


 言葉と同時に浅見は思いっきりむせた。

 別に物を食べながら話してたわけでも、飲みながら話してたわけでもない。

 しいて言うなら空気にむせた。いつも吸ってる空気の吸い方さえ判らなくなるぐらいに動揺した。


「なな、何を言ってるんだよ! それはチジョだよ! はたしないよ!」

「おお落ち着け浅見、それを言うなら、はしたないだ! でもそうだよな、はしたないよな! 綺麗な女の人から男に一日一タッチさせろとか言われてちょっと気になってたんだけどやっぱ違うよな!」

 うわああ何か超恥ずかしくなってきた! 頭を抱えて未来がベンチの上で丸まる。

 浅見と未来が校舎裏でそんなやりとりをしてたころ、の、

 


 屋上。



 昼食時、ここで食事をするのは竜神強志だけだ。

 そもそもこの学校は屋上立ち入り禁止で、戸には施錠がされているので猫の子が上る隙間もない。

 天窓を外すという荒業で竜神はここに上っている。


 屋上へ上る手段を教えたのはただ一人、同級生の日向未来だけだ。


 それが今日、もう一人、連れてきた。


「まったく、貴重な昼休みに何の用だ。竜神」

 同級生の、花沢 百合だ。


「これ、聞いたか」

 屋上で向きあった花沢に、竜神は紙を手渡す。



 辻 勝魅(49)

 女子生徒に対するセクハラ行為で停職5ヶ月の懲戒処分。

 依願退職。


 辻 雪子(妻)

 娘を連れて生家に身を寄せる。


 辻 幻乃(15)

 勝魅の娘。高校一年生。

 10日に携帯を紛失。紛失に気が付く10分前に、彼女の持つ携帯のアドレスに入っていた友人、家族、親類等全員に勝魅のセクハラ行為を訴えるメールが発信される。

 翌日より登校拒否。

 携帯は紛失に気が付いた当日に本人の手元に戻ってきた模様。

 母、雪子の実家に身を寄せている。


 辻 神弥(25)

 勝魅の息子。社会人。

 勤め先の会社社長、上司、及び交際相手の女性宛てに、勝魅のセクハラ行為を糾弾する封書が送られる。

 依願退職。現在行方不明。


 尚、辻のセクハラ行為を糾弾する封書は辻宅半径30m内家屋にランダムに投函されている模様。



「ほう。見事な一家離散だな。辻も自業自得とはいえ気の毒に」

 紙に書かれた文面を確認した花沢が、痛ましそうに顔をしかめた。


「花沢、これ、お前がやったんだろ」

 唐突な竜神の問いに、花沢は怪訝に「何の話だ?」と返した。


「犯人に写真を送りつけると言ってたそうじゃねえか」

 落書きを写真に撮りながらの言葉を、あの場にいた全員が聞いていた。


「あぁ……そういえば、頭に血が上ってしまって、言うには言ったが……。まさか、本気で送りつけるなんてできるはずないじゃないか。私は辻の住所など知らないし、写真を送りつけるのは名誉毀損になる。私は臆病者だから、犯罪を犯す度胸はないよ」

「花沢」

「疑われるのも仕方ないが、本当に知らん。やってないとしか言えないな」


 花沢の態度に不自然な部分はまるでなかった。


 少々顔立ちが中性的で喋り方に特徴があるといえども、花沢はまごうことなき美人である。

 ほとんどの生徒が髪を染めているこの学校で、彼女の長い黒髪はそれだけで真面目な印象を与える。

 制服のスカートの長さも膝より少し上程度。

 そこらの女子よりずっと大人しい、品行方正な女子高生だ。

 誰もに、犯罪などおかしそうに無い、清く正しい印象を与える。


 それでも、竜神は引かなかった。


「未来がもう少し弱い人間だったら、あの落書きだけで高校生活を棒に振っていただろうな。実際、落書きのあった当日は一日サボって、次の日も登校できなかったし」


 今、日向未来が登校してるのは、『落書きが大したことじゃなかったから』ではなく『日向未来が強かったから』にすぎない。

 日向未来が平気に笑っているからといって、落書きの罪の重さはなんらかわりない。


「全くだ。未来があまり引きずらない子でよかったよ。この辻の家族も、あまり気にしない子だったら、一家離散なんてしなくてもすんだかもしれないのにな」


 辻 幻乃。彼女が、自分と同じ年の女子に父親がセクハラしていたと、友人知人、先輩後輩、男友達、全員に知られても、気にしない女の子だったら登校拒否なんてせずにすんだろう。

 辻 神弥。彼が、父親が教え子にセクハラしていたと、結婚を間近に控えた彼女や、勤める会社の上司に知られても、「自分とは関係ない」と言える男なら行方不明にならずにすんだのだろう。


 花沢は視線を床に下げた。


「いや――それだけじゃないか。自暴自棄の発言をした未来に、フォローを入れたお前のお陰でもあるのかな、竜神。わざわざ慌てたみたいに辻を持ち出したのも芝居だったのだろう? お前があの程度で取り乱すとはとても思えないしな。道化にもなれる護衛と言うのはとても貴重だ。これからも未来の盾になってくれよ」


 百合は笑って書類に視線を落とした。

 ヤリマンビッチなんて黒板に書かれた女が男と消えたら、罵倒を肯定するようなものだ。


 あの時、竜神が辻を持ち出したことによって、『竜神が付いて行ったのは、あくまで、未来を守るため』『胸を揉んだ最低の教師から未来を守るため』。そう印象付けられた。 


「しかし酷いな。娘さんの学校の友達や息子の恋人にも送られてるとは。まともな感性を持つ人間のやることではない。これでは、送った人間の方がよっぽど悪だ」

 花沢は不愉快そうに頭を振る。

「悪とまでは思わねえよ。辻は未来に怪我までさせてるんだしな」

「おいおい竜神、人間、どこで間違いを犯すかわからないのに、身内の犯罪程度でこんな報復をされていたら、怖くて外も歩けないぞ」


 花沢が差し出した紙を受け取った竜神は、真っ直ぐに目を見て言った。


「花沢。やりすぎると自滅するぞ。どこから足が付くかわかんねーし、当然、恨まれるしな」

「……ご忠告ありがとう。だが、私は怖がりだと言ったろう? 誰かに報復するなんて生まれてこのかた考えたこともないから、お前の忠告は一生役に立ちそうも無いよ」




「嘘吐きが」


 苦笑交じりの竜神の言葉に、花沢は面白そうに目を細め、薄い唇を三日月に開いて笑った。





 天窓から降り、花沢は足取り軽く廊下を進む。

 心が浮き立つほどに楽しかった。

 面白い男だ。

 生まれて初めて会う同属かもしれない。


 花沢百合は、人は根本的な部分で分別ができると考えている。

 細かく分ければきりがないけど、一言で言うなら、

 美穂子は素直。

 浅見は誠実。

 未来は凡庸。

 達樹は我侭。


 そして自分は――――卑怯者。

 そんな自分の本質に切り込む事ができた竜神も、また、

(卑怯者だ)

 

「ふふふ、ふふふふふ」

 あぁ楽しい。

 頬が勝手に緩んでしまう。


「どうしたの? 楽しそうだね」

「竜神がとても面白い男だと、さっき初めて知ったんだ」

「竜神君? 珍しいね。花沢さんが男の子褒めるなんて」

 美穂子の髪が揺れて、花沢は無意識に指を伸ばしていた。

 柔らかな栗毛の髪だ。自分の真っ黒の剛毛と違って随分触り心地がいい。

「花沢さん?」


「ただいまー」


 学校だと言うのに場違いな挨拶に視線を上げる。昼食を外で食べている未来と浅見だった。

「お帰り、未来、浅見君」

「せんぱーい! 遊びに来ました!」

 窓の向こうから達樹が手を上げて挨拶しつつ、教室に入ってくる。

「びっくりした。相変わらずテンション高いね達樹君……」

 中学生のノリに付いていけない浅見がしり込みする。

 いつもはチャイムぎりぎりまで戻ってこないくせに、珍しく、竜神も教室に戻ってきた。

 あいも変わらず大股で、ずかずか進んでくる。


「おい、百合、これ持ってろ。自戒にしとけ」

 先ほどの書類を差し出され、浮き立っていた気分に水を射される。

「いらん。私には関係ない。お前、自分でゴミを捨てるのが面倒なだけだろう」

 花沢と竜神の会話に、達樹が割って入った。

「花沢先輩って百合ちゃんって名前なんスか。超可愛いー。俺も百合ちゃんって呼んでいいっスか?」

「駄目だ。竜神もやめろ。私のことは苗字で呼べ」

「えーなんでーいいじゃん名前ぐらい。なんで駄目なんスかー?」

 拗ねた達樹に、花沢はなんのてらいもなく答えた。


「私が女が好きな女、いわゆる百合だからだ」

「は?」


 先輩達の中でも始終口を開いている王鳥達樹が、始めて二の句を飲んだ。

 達樹だけでなく、浅見も、未来も。

 周りの戸惑いなど知らぬかのように、花沢は続けた。


「百合が百合……。面白くもなんともない。まあ、お前達が駄洒落好きなら百合と呼ばれることもやぶさかでないが」

「えっと、先輩、女の子が好きなんですか?」

 花沢の台詞を達樹が繰り返す。

「あぁ」

「性的な意味で?」

「勿論だ」

「は、花沢さん、こんな場所で言ってよかったの!? 教室なのに!」

 浅見がなぜか真っ赤になって訊いた。左右を確認しているが、幸いなのかどうか、こちらを気にする生徒は居ない。

「なぜ浅見が照れる」

「だだだだ、だって、」

「落ち着け。お前は花も恥らう乙女か…………実に可愛らしい反応だが男なのが残念だ。目付きの悪い男に赤面されてもときめかない」

「ん、んじゃ、ひょっとして、百合先輩と美穂子ちゃんってひょっとして」

「いや、誤解だ。美穂子には告白したのだが、女だからと振られてしまった。はぁ……私にも穢れたバベルの塔があれば」

「お前は馬鹿か」

 硬直した未来を花沢から引き離しながら、竜神が吐き捨てる。

 自分の性格をモブと評し、花沢自身も凡庸と評する日向未来は、友人の突然の性癖暴露に全く頭が付いていかないようだ。

 しかし硬直しても綺麗な物は綺麗だ。

 いや、硬直してるからこそだろうか。このまま部屋に飾れればどれだけ素晴らしいだろう。

 うっかり未来の頬に伸ばしてしまった手を竜神に叩き落された。


「馬鹿とはなんだ。自分がバベルの塔を持っているからといって調子に乗るなよ竜神。お前の持つバベルの塔の代用品など、今はいくらでも手にはいるんだからな」

「お前は馬鹿だ」

「なぜこの世には男などという生き物が生まれてしまったのか……。女だけならば世は楽園だったというのに」

「え、で、でも、あんたバベルの塔欲しいんでしょ? 男に生まれたかったんじゃねーの?」

 達樹も未だ動揺しているのだろう、どこか論点がずれた突っ込みをする。


「全く違う。この体についてなければ意味が無い」

 花沢が胸に掌を当てて首を振った

 丁度その時、始業のチャイムが鳴った。


 達樹はまだどこか呆然としながら教室を出て行って、残された面々は自席に着席する。未来は体に染み付いた習性で着席しただけのようで、まだ頭の上にヒヨコが飛んでるような顔をしていた。


「む」


 花沢百合が教科書とノートを机から引き出すと、入れた覚えのないプリントも一緒に出てきた。竜神が差し出してきた書類だ。いつの間に入れたのか。

 人の目を霞めるのは御手の物というわけか。


(やっぱりお前は卑怯者だな)


 ふふふ、やっぱり楽しい。学校生活が華やぎそうだ。

 百合は静かに微笑んだ。

判りにくい場所がいっぱいありそうな気がしてます。説明が足りない部分があれば是非ご指摘ください!箇条書きでも大歓迎です!

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