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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
二章 安心できる場所
33/239

初デート(後編)

 花ちゃんは問答無用でハンバーガーを食べ始めた。小さな口を一杯に開いて食べている様子が、ハムスターとかリスみたいで顔が緩む。

 ちっちゃいし美人だし、理想の妹像って感じだなあ。


「お前、さっさと行けよ。さっきの友達待たせてるんじゃねーのか?」

「断ったからいいの。今日は女の子だけじゃなくて、合コンだから行きたくなかったし」

「合コン?」

 鸚鵡返ししてしまった俺に、花ちゃんが「はい」と頷いた。

 中学生で合コンかあ。最近の中学生は凄いなあ。

 花ちゃんと竜神は一歳違いの兄妹だ。

 竜神が4月生まれの高校生で花ちゃんが3月生まれの中学生。

 なのに、片方が身長190ぐらい、片方が150ぐらいってどういうことだろう。お母さんのお腹から竜神が栄養を全部持って行っちゃったのかな。


「ウチの中等部ってクラス替えないでしょう? だから、違うクラスの人と親睦深めようって、クラス合同の親睦会を開いてるんです。ただのカラオケなんだけど」

 なるほど、その親睦会を合コンって言ってんのか。


「今日は嫌いな男子がいるから、最初から嫌だったし」

 しつこくナンパしてくるバカ男とかかな? 花ちゃんぐらい可愛いと、いろいろ面倒くさそうだよなあ。竜神は兄貴として心配にならないんだろうか。

 俺にこんな可愛い妹がいたら、心配で男女合同のカラオケなんて絶対行かせたくないよ。

「お前、人間の好き嫌い言える立場かよ。そんなだから彼氏の一人もできねえんだぞ」

「うっさいバカ兄貴! 彼氏なんかいらないもん!」

 ああ……駄目だこの兄貴。妹を積極的に売り払おうとしてやがる。


「やっぱ未来先輩だ! こっち出てくるんなら俺にも声掛けてくださいよ。ハブるなんてひどいっス!」

「うな!」

 見慣れたバカ面が駆け寄って来た。

 達樹だった。声を聞いた途端、奇声を上げたのは花ちゃんだ。

「なんで竜神先輩と未来先輩だけなんスかぁ? 美穂子ちゃんとか美羽ちゃんはいねーの?」

 いつものバカ面プラス、バカ三割増しのちゃらちゃらした格好に思わず眉間に力を入れてしまう。

「先輩をちゃん付けすんな。つかなんで眼鏡なんかしてんだよ。お前、視力悪くなかったろう? 似合わねー。バカ面に磨きかかってるぞ」

「ひっでえっ! かっこよくないスかー?」

 ぎゃあぎゃあ騒ぐ達樹の顔から眼鏡を取り上げてかけてみる。やっぱり伊達じゃねーか。

「先輩顔ちっせー」

 メガネがぶかぶかになってしまうのが面白いのか、達樹が笑う。

 と、同時に、達樹は、花ちゃんが座ったままの椅子を花ちゃんごと抱え上げて、思いっきり横に移動させた。

 いきなり抱え上げられてびっくりしたのだろう。花ちゃんが「うや!」と悲鳴を上げた。

 達樹はすかさず横の席から椅子を引いて、空けた場所に座ろうとするけど、ガガッと椅子を戻した花ちゃんのほうが早かった。


「どけこのチビ……!」

「邪魔よ猿……!」


「花ちゃんと達樹、面識あったのか……。ひょっとして、仲悪い男子ってこいつのこと?」

「そうなんです! あんた、なんで未来さんと知り合いなのよ!」

 前半は俺に、後半は達樹に花ちゃんが怒鳴る。

「未来先輩はサッカー部だったからおれの先輩なんでーすバーカバーカ」

「ほんっとあんた猿ね。悪口が幼稚園児なみじゃない」

 掌で押し合いへし合いしながら悪態を叩き続ける。

「なんでここにきたのよ! あんたがいるから合コン行かなかったのに意味ないじゃない!」

「お前の友達からヤクザと超美人が居たって聞いたから来たんだよ!」

「ぐ……! 口止めしとけばよかったああ! 未来さん、こいつ、バカだから一緒に居ちゃ駄目ですよ。文化祭でも体育祭でもなんでも、自分で何もしないくせ文句ばっかいってうっざいの!」

「あ、お前もバカっていった。人に猿っていったくせ自分も猿レベルじゃねーか」

「猿にレベル合わせてやったんじゃない! ありがたく思いなさいよ!」


 意外だなあ。達樹って廃部寸前とは言えサッカー部のキャプテンに任命されるぐらいだし、俺みたいなモブ先輩にも無邪気に懐いてくるような、いじられ系の可愛がられる後輩だってのに、同級生に対してはこんななのか。

 ところで、中学生ってこんなガキっぽかったかな? たった一年違いなのになんか小学生でも見てる気分。

 当時の俺も、高校生からみたらこんな感じだったんだろうか。


 押し合いへし合いしながらも、花ちゃんはハンバーガーを持ったままだった。そのバーガーに達樹が噛み付いて、一口で半分も食べてしまう。

「あーーーーー!!! わ、私のハンバーガー……!」

「あーもうっせえな。二人ともどっかいけ」

 掌についたポテトの塩を払いながら竜神が言い捨てる。

「ひでえっすよ竜神先輩い! 可愛い後輩に向かって」

「可愛い妹に向かって!」

「両方可愛くねえ」

 うきゃー! チャラ男と子リス系妹がギャーギャー竜神に詰め寄っている。


 早苗ちゃんに竜神とデートさせてやろうってのが目的だったはずなのに、完璧に頓挫したなあ。せめて、ほんのちょっとだけでも一緒に歩かせてあげたかったよ……。


「ここで騒ぐと迷惑だろ。場所移動すんぞ」

 竜神が立ち上がったんで慌てて俺も立ち上がる。

 確かに、ここには子供連れだっているから、暴れてたら迷惑だ。

 トレイを戻して、噴水横の広間で立ち止まる。ここなら誰にも迷惑はかからなさそうだ。

 竜神を挟んで、達樹と花ちゃんが喧嘩を続けている。

 俺に喧嘩を仲裁するスキルは無いんで、こっそり見守らせていただこう。


 多分五分ぐらい経過。


 ……おわらねーな。いつまで喧嘩してんだあの二人は。粘り強い攻防だな。付き合ってる竜神も凄いな。俺の兄ちゃんだったらとっくにどっか逃げてるぞ。兄ちゃん、コミュニケーション能力低いし。俺も低いけど。


 更に五分経過。


 見てても終わらなさそうだな。ヒマだし、ちょっとその辺歩いてこよっと。


 この広場はカフェ、噴水の他に、迷路のように入り組んだ花壇の公園がある。

 花壇っていっても、ちっちゃな木だけの花壇とでっかい木の花壇があるだけで、さして見所はないから人は少ない。

 なんとなくそこを歩いていく。


 俺の前にはいかにもヤンキーっぽいカップル二組が、腕を組んでいちゃつきながら歩いていた。

 四人で広がっているから邪魔だな。

 まあいっか。急いでるわけじゃないし、無理して追い抜く必要もない。

「うっわ、なにあそこの男。マジきめえ」

 男が木陰を指差した。

 え? ついつい俺もそっちを見てしまう。花壇に座ってカップアイスを食べている男がいた。


「え、どれ? ぶは、全身黒とか、ニンジャでも目指してんの?」

「影に同化しようとしてるんだろ。許してやれよ」

「ちょっと、一人でアイス食ってるかわいそうな人にひどくね」

 カップル達が見ているのに気が付いたのだろう。男は慌てて顔を伏せて、アイスをガン見している。

 不良カップルがそんな男に向かって爆笑した。

「ちょっとお話していこっか」

「お話ぃ?」

「いやぁ! きもい! ムリムリ!」

「いいじゃん。可愛そうな男と話してお小遣い貰おうぜ」


 カツアゲか! くそ、モブ時代を思い出すぜ。俺も一回やられたことあるんだよな。被害総額、二百八十円! ジャンプ買えなかった苦い記憶が蘇る。

 今の俺は、力はないけど(昔も喧嘩する度胸はなくて大人しく金出したけど)最大の武器がある。やってやる!

 なけ無しの全財産を奪い取られた過去の記憶を思い出して、アイスを食べている男に駆け寄っていった。


「遅くなってごめんね。噴水の前でみんな待ってるから、早く行こう!」


 ダッシュでカップルを追い抜いて、アイスクリームをつかんでいた手を握る。

 え? って顔をした男が余計なこと言わないうちに、「ほら、早く」と急かす。


「アイス美味そう! 何味? チョコミント? お……私も食べたいから、早くいこう」

 俺、と言いそうになったのを慌てて私に言い換えて、男の腕に腕を絡ませて、立ち上がらせる。

 本格的揉め事になったら俺の腕力じゃどうしようもないからな。さっさと人目のある場所に移動しなきゃ。


「うっわ、超かわい……」

「マジで? なんで? あんなのに? なんで?」

 男二人が呆然としたみたいに呟いた。

 ぎゃ、って悲鳴がしたのは、女から殴られたか足を踏まれたかしたのだろう。


 早苗ちゃんは可愛いだろう! お前らが連れてる下品な女じゃ太刀打ちできねえだろう!


「ちょ、ねえ、そいつじゃなくて俺らと遊ばない?」

 男を罵る女の声が遠くなって行く。

 カップルだったってのに、女を置いて俺をナンパしてやがる!

 ほんと最低だな。

 どうしよう、予想外の事態だ。しまったな。

 あんまり迷惑かけたくなかったけど仕方ない。

 背後から掛けられる言葉を無視して、アイス男の腕を引いたままガンガン歩く。


「連れてきたよ! 竜神、達樹!」


 噴水の広間に出ると同時に、片手を上げて声を張り上げる。できるだけ可愛く聞こえるように、オクターブをちょこっとだけ上げて。


「ん?」

「へ?」


 竜神と達樹が振り返る。

 ヤクザ男とチャラ男だ。

 しつこく付いて来た男達は、うわ、と声を残して踵を返していった。気配が遠くなっていく。ふぅ、穏便にすんでよかった。


「誰っスかそれ」

 達樹が眉根を寄せる。つかつか歩み寄ってくると、腕に絡めていた腕を手刀でなぎ払われた。


「この人が絡まれてたから、つい」

「ついってなんスか。あんた女になった自覚ねーの」

 達樹の目が冷たい。


 アイス男は俺の手が離れると同時に、全力ダッシュで夢屋の方角に走っていってしまった。

 あれ、ひょっとして、俺もカツアゲと思われたかな。


「説明しろ、未来」

「今の、誰ですか?」

 竜神兄妹の目も冷たい。

 俺はびくびく縮こまりながら、アイス男との顛末を話したのだった。



「ほんと、先輩って無防備っつーか無謀っスよね!」

「女の子なのに、信じられない!」

 前を行く中学生二人が、俺を罵りながら足音を荒げている。

 お前ら、こんな時だけ仲良くなるのな!


 竜神だけは俺に文句いうことはなかったけど、なんかもう、いたたまれない。

 完全に自分一人で対応できたなら胸を張って言い返せるのだが、最終的に竜神と達樹に頼ってしまったので言葉も無い。


 黙って聞くだけの自分が情けな――――――。


 竜神にいきなり手を引かれて、裏路地に引っ張りこまれてしまった。

「竜神?」

「し」

 口の前に指を立てて言葉を止められ、俺は大人しく手を引かれるまま裏路地に入っていく。

「あいつらうっせぇからな。一緒に行動するのが面倒くせえ」

 なるほど。

 しかし、自分の妹を撒こうだなんて、ひどい兄貴だな。


「どっか行きたい場所あるか?」

 狭い路地を進みながら、竜神が振り返って聞いてきた。

「スーパー行きたい! 俺、今日、晩飯の当番だから材料買い出ししなきゃなんだ」

「了解」

 裏路地をいくつか抜けて、近所の主婦御用達のスーパーにたどり着く。


 その間に、達樹と花ちゃんから鬼のような着信があった。

 もちろん、花ちゃんは俺の携帯番号知らないし、達樹は竜神の番号を知らないから、俺の携帯には達樹から、竜神の携帯には花ちゃんからだ。


 お互い相手が面倒くさいんで、すぐに電源を切ったのだが、後に確認したメールには、

竜神の携帯『From 妹

本文 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さないバカ兄貴』


俺の携帯『From 王鳥 達樹

本文 黙って居なくなるなんてひどいっす!(慌てるパンダの絵文字)メール見たら連絡ください(号泣するドラエモンの絵文字)びっくりしたし寂しかったっす!(涙の絵文字)』

 という、男女逆じゃね? って感じのメールが届いていた。


 まぁそれはさておいて、俺と竜神は連れ立ってスーパーの地下、食料品売り場へと降りた。


「お、ひき肉とピーマンが安売りかあ。今日はピーマンの肉詰めにしよっかな」

「まさか、お前が作るのか?」

 掲示板に掲載してるチラシを確認した俺に、竜神が驚いたみたいに言った。

「作るに決まってるだろ。俺ん家、母子家庭だって最初言ったろ。母ちゃんがパートの日は俺が晩飯当番なんだ」

 豆腐もほうれん草も安いな。

「マジでか。すげーな」

「飯つくれねーの?」

「できねえ。包丁持ったことねえ」

「作れるようになったがいいぞ。俺も昔は料理なんてできなかったんだけど、母ちゃんが二ヶ月も入院しちゃったことがあってさ。そっから作るようになったんだ」

 売り場を回る間、籠は竜神が持ってくれた。

 オバチャン達の隙間から手を伸ばして、次々に品物を手に入れていく。


「もし今、お袋が入院になったら、オレも花も親父も爺も毎日コンビニ弁当だな」

 籠に積み上げられていく材料を見下ろしながら、竜神が呟いた。

 

「最初はいいんだよ。でもな、ガチで飽きる。二週間でコンビニのおにぎりの海苔が食えなくなったし」

 ほうれん草の鮮度を見つつ、俺は、当時を思い出しながら思い出話をする。

「海苔? 海苔だけか?」

「うん。なんでか海苔が食えなくておにぎりの海苔外して食ってたんだよな。今はまた好きなんだけどさ。自炊できないってほんと辛いぞ」

「想像できねえな」

「ま、お前も花ちゃんも心配しなくていいからな。何かあったら飯作りに行ってやるよ。してもらってばかりだから、非常時ぐらい力にならせてくれ。あ、そうだ、今日晩飯食って行けよ。昼間、驚かせたお詫びってことで」

「あ?」

「ピーマンの肉詰め食べられる? 嫌いなものある?」

「ねーけど……」

「えっと、白和えと、きゅうりとカブの酢の物と……豆腐安いから味噌汁も豆腐にしてもいいかな」

「味噌汁もって? どういうことだ?」

「白和えって豆腐だろ。だから味かぶるかなって」

「白和えって豆腐なのか?」

「…………お前、そこからか」

 まぁ、そこからなら好きに作らせて貰おう。


 ご飯の材料と、ブックコーナーにジャンプがあったのを見つけて一冊入れる。

「オレも買おうかな」

 竜神もジャンプを手に取る。

「俺が買うから家で読んでいけよ。どうせ、ご飯できるまで一時間ぐらいかかるからさ」

 ご飯も炊かなきゃだし。

「……手伝うぞ」

「包丁持ったことないんだろ? 人に教えられるほど料理極めてねえから手伝いはいらねえ」

「………………そうか」


 せめて荷物持ちぐらいするって言い張った竜神に材料を家まで運ばせてしまった。

 スーパーから上り坂と階段で20分も歩くってのに、かえって悪いことしたな。

 せめてお礼ぐらいちゃんと言って、さっそく料理にとりかかる。

「お腹減ってるならすぐ食えるもの出すけど、腹、大丈夫?」

「大丈夫だ」

 ならいっか。竜神を俺の部屋まで案内して、ジャンプを渡す。

「本棚のマンガ読んでもいいし、ベッドも使っていいぞ。ご飯出来たら呼ぶからさ」

「おう」


 ふすまを閉めてキッチンに降りて、大急ぎで料理に取り掛かる。

 ところで、現時刻は午後六時半。

 竜神といると、時間があっという間に過ぎるのはなぜなんだろうなあ。


 料理を始めてから丁度四十分後にご飯が炊き上がり、ほぼ同時に最後の味噌汁が完成した。

 ピーマンの肉詰めが主食で副菜にサラダ、白和え、カブの酢の物。んで味噌汁。

 可も不可も無く面白くもない普通の夕食だ。

 これだけあれば足りるよな? あいつホットドックも食ってたし、そこまで大量じゃなくても大丈夫だよな? 足りなかったら海苔か納豆出せばいっか。ご飯は多めに炊いたし。


 階段を上って、声を掛けずにふすまを開く。

 あれ。

 竜神はジャンプを開いたまま、ベッドの上でうつ伏せに寝ていた。


 これはチャンスだ!

 おまじない★に頼ったり、三十センチ定規で竜神の身長を推測しちゃうようなメンタル面があれな早苗ちゃんも、寝ている竜神になら接触できるだろう。

 よし、気を逸らして早苗ちゃんを表に出して上げるんだ。

 えーと、えーと。

 明日の飯は何にしようかな。駄目だ、これじゃ弱い。えーとえーと……。


 竜神、そういや、綺麗な女の人が好きだって言ってたな。


 ……早苗ちゃんはタイプじゃないんだ。

 早苗ちゃんの恋、叶わないのかな。

 襲われたとき助けてくれたの、男の俺でも泣けるぐらい嬉しかったし、八つ当たりみたいに殴っても優しい言葉掛けてくれて、竜神は凄くいい奴だ。

 今日も、様子がおかしいってだけでわざわざ俺の家まで駆けつけてくれたぐらいだし。

 できたら、早苗ちゃんを好きになってほしかったなあ。

 でもこいつの好きなタイプって早苗ちゃんと正反対だし、早苗ちゃんを好きになることはないんだろうな。なんか、悔しいな。

 早苗ちゃん超可愛いのに。

 こいつの一番にはなれないんだ。

 こいつの一番は、綺麗で長身の、顔も知らない大人の女性なんだ。


 竜神が、好みだと言った身長の高い綺麗な大人な女の人と歩いているのを想像する。とてもお似合いの――――。


 唐突に目が眩んだ。

 すぐに視界は戻るが、何かがおかしかった。

 視界が、目の奥になっている。

 何て説明すればいいんだろう。直接見ているんじゃなくて、目の奥から、目の形に外を覗いているんだ。

 俺の意思で視界が動かない。誰かの視界を覗き見している。


 視界はベッドの上で眠る竜神に合わされた。

 震える俺の指が目の右下にある。


 指は、ジャンプの上に乗せられた竜神の手に重なった。


『ありがとう』


 俺の声なのに俺の声じゃないみたいな、落ち着いた、低い声が、竜神にさえ届かないぐらいに小さく聞こえた。

 これが本当の、上田早苗の声なんだろう。

 同じ体を使っているのに、全然耳触りが違う。


 視界がまた暗転して、目の奥から他人の視界を覗いてるような違和感は無くなり、俺の体は俺の意思で動くようになった。


「………………」


 あれだけでいいのか?

 ただ、手に触って、お礼を言っただけじゃないか。

 あれだけで満足できたのか?

 竜神は早苗ちゃんの言葉を聞いてもいないのに。

 たったあれだけで、終わりでいいのかよ!?


「竜神!!」

「うお」

「飯できた!!!」

「なんで声でけえんだよ。怒ってんのか?」

「ちがいます!!」


 先導して階段を降りる。竜神は自分が寝ていたから俺が臍を曲げたと勘違いしたらしくて、わりい、なんて謝ってた。

「怒ってねーって、おかわりあるから。口に合わなかったら無理しないでいいからな」

 テーブルに並んだ料理を見るなり、竜神が感心したように「すげぇ美味そう」と呟いた。

「お前、料理上手だったんだな」

「上手かどうかは食ってからにしてくれ」

 食前の挨拶をして食べ始めた竜神は、咀嚼してから驚いた顔をして、

「すげえうめえ……」

 と褒めてくれた。

「そっか、よかった!」


 美味いなら、竜神や花ちゃんが食で困った時に助けてやろう。多分そんな日はこないだろうけど。

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