初デート(中編)
どこを見ても血、髑髏、目玉! ついでに指、腕、足!
竜神の腕を両手で掴んだまま、俺は半ば涙目になっていた。
許されるならコアラみたいに竜神の腕にしがみつきたい。もしくは蝉みたいに背中にへばり付きたい。
ひぃ!
なんだこの内臓、スゲーリアル! 標本なのか? ……って、く、クッキー……だと……。誰がこんなもん食うんだよおお!
もうだめだ、このまま見続けたら減る。俺の精神的な何かが減る。
商品を目に入れたくなくて、薄目で、店内のお客さんを見渡す。
意外とお客さん多いなあ。
さして広くない店内なのに、女だけのグループ、男だけのグループ、カップルもいる。楽しそうにキャアキャア商品を吟味してる。
う、男だけのグループの達樹2号、3号、4号みたいな金髪三人組がこっち見てるな。
「うっわ、すげー可愛い子居んじゃん」と達樹2号。
「大丈夫? 怖いの? 俺が抱っこしてあげよっか」と達樹3号。
是非お願いします!
「ばっか、彼氏いんじゃん」達樹4号が慌てると、ほぼ同時に全員が青ざめた。
「ちょ、まじヤベエ感じの人じゃん」「ヤベエって」「すんまっせんした、冗談っす」口々に謝って三人とも後ろを向いてしまう。
俺と竜神は恋人同士じゃないし、そこまで謝らなくていいのにな。
こう見えて竜神、キレたりしないのに。
俺が見てたのも悪かったな。ごめんな達樹2号、3号、4号。諦めて陳列棚に顔を戻す。
ガタン!!!
俺が棚を振り向くと同時に、真っ赤な髑髏が視界一杯に広がった。
「ふ――――ふやぁああああああ――――――」
思いっきり後ろに下がりかけて、「あぶね!」
後ろの陳列テーブルに飛び込む寸前で竜神が止めてくれた。みたいだけど、俺はもう何が何だか判らないまま、竜神のでかい体にしがみ付いていた。
「彼女カワイソー。あんな怖がって」
「出てあげればいいのに。あの男サイテーじゃね」
女の子の無情な言葉が突き刺さる。ちちち違うんだ俺が勝手に入ってきただけなんです!! 何で骸骨降ってきたんだよおお!
「やっぱあの子に声掛けてくるわ。ツレの男にボコられてもいいや」
「お、おれも、あの子のためなら命張れそう」
「そうだな」
なんか店内が一気に不穏になった! 違うんだああああ!
「びっくりさせてごめんなさい、大丈夫でしたか!?」
俺が口を開くより早く、店の奥から聞き慣れた声がした。
「――――美穂子?」
「あれ、竜神君。ってことは……やっぱり未来! ごめんね、びっくりしたでしょ? 骸骨が降ってくるギミック、店長の悪戯なの。怪我してない? 店長もちゃんと謝ってください!」
最後は店の奥に向かって怒鳴りつける。
店の奥から、二十代後半ぐらいの女の人が出てきた。
ウェーブの掛かった髪を真ん中で分けた、彫りの深い顔立ちをした色白の美人だ。悪趣味なこの店の店長だなんて信じられない。
「いやー、すまんのう。まさかあそこまで驚かれるとは思ってなかったんじゃ。許してくれんかのう」
赤黒い骸骨のマジックハンドの手が、竜神に抱きついたままの俺の肩に乗った。
ひぃいいって息を飲んで、竜神の胸に顔を伏せる。
前言撤回、間違い無くこの店の店長だな!
「いくらなんでもやりすぎっすよ。こいつ、後ろのテーブルに突っ込む所だったんですから」
「いや、君にもすまんかった。しかし、おっぱいの感触は最高じゃろう」
おぱ……? うわああ! 思いっきり竜神に抱き付いてた!!
「お前さんたちが入ってきた時から見てたんじゃが、そっちの女の子が、お前さんの腕を掴んでるだけで見てるほうがまどろっこしくてのう。男としてはやっぱりおっぱいくっついたほうが嬉しいじゃろう? そっちの子も、せっかくいい物持ってるんだから、がんがん押し付けていったほうがいいぞ。減るもんじゃないんだから、一日一おっぱい、男にタッチさせるぐらいの心意気をもたにゃ」
ありえねーよどこの痴女じゃ!! もと男の俺でもドン引きじゃ!! あーもう何弁か判らない言葉使いが移った!!!
「しっかし可愛い悲鳴じゃったのお。ふやぁああやあああってな。ほれほれ、もういっぺん鳴いてみぃ」
竜神に伏せていた顔の横に、骸骨の手が差し出されて――――。
「うやぁああああ!」
竜神の体に抱きついたまま暴れる俺をまた竜神が止めてくれる。
「堪らんのう。ほーれほれ」
「離れろ」竜神
「店長、いくらなんでもドン引きです」美穂子
心強い同級生二人が追い払ってくれたみたいで、ようやく俺の視界からグロ的物体は消えてくれた。
なんかもう腰が抜けて、恥ずかしいとか申し訳無いって意識すらどこかに消し飛んで、俺は半死半生で竜神に抱き付いていた。
顔を竜神の体に伏せたまま、お化けに見つからないよう存在感を消す。
抱き付いているとは言えども、腕はもちろん竜神の背中には廻してない。だって、背中(見えない場所)に廻そうものなら、お化けに掴まれるからな。
服をがっちり掴んで竜神が逃げないよう必死に縋りつく。
「未来、あいかわらず怖いの駄目なんだね。私の消しゴム拾ってくれたときも大変だったもんね」
「目玉の消しゴムの話か?」
竜神が俺の背中をぽんと叩いて言った。
「うん。未来が悲鳴上げて後ろにひっくり返って大騒ぎになっちゃって。本当にあの時はごめんね。それからだったかな、未来と名前呼ぶぐらい仲良しになったのって」
そうです。それがきっかけでした。情けないからひっくり返ったことは竜神に話してませんでしたが。
いつまでも引っ付いているのも申し訳なくて、ぎくしゃくしながらもなんとか体を離す。片手はがっちり竜神のシャツの裾を掴んだままだけど。
美穂子、ここでバイトしてたんだなーって普通に話そうと笑顔を作る。
「みみみみみ」
駄目だった。
「落ち着け」
「無理しないでいいよ。外に出ようか?」
落ち着け俺! ちょっと情けなさ過ぎるぞ、女の子の前で!
心臓の上に手をやって深呼吸する。
「美穂子、ここでバイトしてたんだな」
ぶるぶる振るえながらも、ようやく声が出た。
美穂子は可愛く笑ってから答えてくれた。
「うん! 趣味と実益を兼ねてるの。このエプロンも可愛いでしょー」
流石にリアルな絵ではないが、食道から胃、腸と内臓が描かれたエプロンに、俺と竜神は同時に可愛くないと首を振った。
美穂子が唇を尖らせるが可愛くない物は可愛くない。
「美穂子、お前がこの中から買うとしたらどれを買う?」
竜神が棚の一つを指す。
「絶対これ! メダ君! 今ね、全色集めてるの。まだ赤と黄色しか買って無いんだけど」
メダ君……? 目玉に掌と足が生えているキャラクターだった。バボ君のパクリじゃねーか!
全部で何色あるんだろうか。駄菓子売り場のうまい棒みたく、箱みたいな仕切り棚に、色違いのメダ君が何十個も入ってる。
竜神は黒色のメダ君を取り出すと、会計頼むとレジに向かった。もちろん、俺も竜神の腕に捕まったまま付いていく。
「525円です」
「プレゼント包装できるか?」
「プレゼントだったんだ。びっくりさせたお詫びに豪華にしちゃうね」
美穂子がレジ下から袋を取り出す。
おおおおおい! 包装紙が内臓柄ですよ!? それ、豪華なのか!? 嫌がらせじゃないのか!!??
竜神は会計を済ませると、そのまま、美穂子に渡した。
「え? 私に? どうして?」
「ノートの礼」
「そうだったんだ、ありがとう! 大事にするね」
笑う美穂子が超可愛い。うん、癒されました。怖いからまだ竜神にくっついたままだけど。
「それとこれ、店長からのお詫び。夢屋のオープンカフェのドリンク無料券。よかったら使って」
「ありがとう。こいつが腰抜けてるから早速使わせてもらうな」
抜けてはねーよ! 半分しか抜けてねーよ! でも早くこの店出ましょう。上に掛かってる骸骨がいつ降ってくるかと思うと気が気じゃないし。
やっと臓腑から抜け出せて、体力消耗した俺は竜神に手を引かれて夢屋のオープンカフェへとたどり着いた。
夢屋とは、街のシンボル的な観覧車のある大型商業施設だ。
店先が噴水のある広間で、その一角が50席以上あるオープンカフェになっていた。
俺と竜神は二人でカウンターに並んで、無料券を使ったドリンクと、それぞれ食べ物を購入してパラソルの下の席に座った。
ここのカフェはバーガーもホットドックも美味いのだが、グロ屋敷でSAN値を消耗し尽した俺は、無料券を使ったドリンクとアイスだけを購入した。竜神は内臓や目玉など見なかったかのようにバーガー、ホットドック、ポテトをトレイに乗せてる。
「大丈夫か?」
「ん……」
席に付くなりテーブルに突っ伏してた体をどうにか持ち上げる。
こいつに聞かなきゃらないことがあったんだ。
「なあ竜神、お前、身長いくつ? ついでに、血液型とか誕生日とか体重とか胸囲とか、わかること全部教えてくんね」
「いいけど、なんで」
「参考に」
テキトーな俺の言い訳に竜神は怪訝そうな顔をしながらも、質問には全部答えてくれた。よっしゃ! これでほぼコンプリートだな。早苗ちゃんも満足してくれるだろう。忘れないように携帯でメモを取る。
当初の目的を終えて、ようやく俺はアイスクリームにスプーンを立てたのだが、ふと、思いだした。
こいつが俺一押しの早苗ちゃんのコーディネートに無反応だったのを。
「お前って、どんな女が好みなんだ?」
竜神は右を見て、左を見て、「あんな感じかな」と顎を軽く上げた。
よし、チャンスだぞ早苗ちゃん! こいつの好みをがっちり把握してやるからな!
俺の後ろ、竜神の視線の先に立っていたのは。
年齢は二十台前半、身長は170にも届きそうな、すらりと長身の綺麗系の女の人――――――。
がーーーーーーーーーん
指から力が抜けて、カップアイスをトレイの上に落す。
だってだって、俺と全然タイプが違うじゃねーか!
ドコもかしこもちんまりしてるこの体で、あんな格好したって変だもん。
ショックだ、俺、こいつの好みにかすりもしてない。
いや、俺じゃなく早苗ちゃんが。
こりゃ諦めたほうがいいんじゃないかな早苗ちゃん。
俺の中にいるだろう早苗ちゃんに告げながら、今度こそアイスを食べ始めた。
こつん、こ、こ、こ、こ、こ。
硬そうな靴の、でも軽く速い足音が背後から聞こえる。こちらに向かってきている。振り返ろうとした矢先に、
「なんであんたが未来さんといるのよおお!」
なんかデジャブな声と同時に、竜神に小柄な女の子が飛び蹴りした。
花ちゃんだった。
「ああああんた何してんのよ!! ご、ごめんなさい! ぶつかっちゃっただけなんですどうか慰謝料とか風俗に売り飛ばすとかは許してください!! この子まだ中学生なんです!! ほら、いくわよ!」
続いて、花ちゃんの友達なのかな? 長身の女の子二人組みが花ちゃんに飛びかかって、無理やり頭を下げさせて引っ張っていく。
いや、あの飛び蹴りでぶつかっちゃっただけとか無理あるだろ。
凄い勢いで三人はカフェの端まで走って行ったのだが、そこで立ち止まって、なにやら話始める。
「え? うそおあれ花のお兄さんだったの? 全然似てないじゃん! マジで!?」
「だって超怖そうなのに、ひょっとしてあんたんちヤクザなの!?」
聞こえてる聞こえてる、がっちり聞こえてるぞ中学生女子共。
話し終わった花ちゃんは、二人組みと別れて肩を怒らせて戻ってきた。
「バカ兄貴……! あんたのせいで恥かいたじゃない……!」
俺達のテーブルの横に立って、呪詛のごとく竜神を罵る。酷い理不尽な因縁の付け方を見たな。
「何の用だ? 外でお前から話しかけてくるなんて珍しいな」
竜神はつくづく寛大な奴だな。妹の凶行に全く動じてない。
「私だって声なんか掛けたくなかったわよ! 中学校に上がって三年間、折角、折角隠し通してきたのにまたあんたが兄だって友達にばれたし! 小学校の頃、私が男子にヤクザっていじめられてたのはあんたのせいなんだから!」
そ、そうかな? 所構わず飛び蹴りする花ちゃん自身の問題じゃないのかな?
「とにかく、なんで兄貴が未来さんと一緒にいるの!? 護衛してるってのは聞いたけど一緒に歩く必要なんてないじゃない! 離れて歩いて物陰から見守ってればいいのよ。ヤクザと一緒にご飯なんて未来さんが可哀相!」
「いや、俺、竜神のことは友達と思ってるから……」
アイスを置いて、花ちゃんを止めようと奮闘してみる。
花ちゃんはピンク色の頬をちょっとだけ赤らめて、にっこりと微笑んでくれた。
「こんにちは未来さん! 制服姿も綺麗だったけど、私服もすっごく素敵です!」
「あ、ありがとう。花ちゃんもすごく可愛いよ」
俺好みのひらひらふわふわした服着てて、お世辞でもなんでもなく凄く可愛い。黒髪とオフホワイトの上着とのコントラストが人目をひく。
「おい、お前も下履き忘れてるぞ。パンツだけじゃねーか」
せっかくフォローしてやったのに、竜神が台無しな口出しをする。
「履いてるわよ! パンツだけなわけないじゃない!」
「お前もって何だよ! 俺だってちゃんと履いてるっつったろ!」
花ちゃんだけじゃなく、俺まで竜神に食ってかかってしまう。
花ちゃんは俺の隣に座って、竜神のトレイからバーガーを横取りした。
「食いたきゃ自分で買ってこいよ」
「パンツって言った慰謝料。お兄ちゃんのデリカシーない一言にも女の子は傷つくんだから」
確かに。俺も、人から見られて、ほんとにパンツに見えてるんじゃないかって心配になったし。