初デート(前編)【挿絵有り】
移植で性格が変化する現象(だが早苗ちゃんが残念すぎる)の後の話です。
早苗が竜神を好きだと気が付いた後です。
イラストをプチカ様にいただきました!ありがとうございますありがとうございます!
「未来! 竜神君が来てくれたわよ!」
母ちゃんの声に、胸を押さえながら階段を下りる。
ひっひっふー、ひっひっふー、
マンガで覚えた呼吸法で、喉の奥まで圧迫するような心音をどうにか鎮める。
玄関に母ちゃんの姿はなく、竜神が壁に手を付いて荒く息をしていた。
そういや、母ちゃんそろそろパートの時間だ。こいつと入れ違いだったんだな。
「どうしたんだよ急に家に来るなんて」
「お前の様子がおかしかったからだろうが! 何回電話しても出ねぇし!」
「え? マジで?」
慌てて携帯を確認する。確かに竜神からの着信があった。
「ご、ごめん、気が付かなかった……。来るの早かったな。車で送ってもらってきたの?」
「バイクで来たんだよ」
「バイク!? 無免かよスゲー度胸だな!」
「ちゃんと免許取ってるよ」
竜神は4月生まれで、誕生日が来てすぐに免許を取りに行ったそうだ。
「まじかー、俺も誕生日来たら取りにいこっかな。金、いくらぐらいかかった?」
「やめとけ。また事故るぞ」
「う」ありうる。
竜神は俺をじっと見ていたが、玄関で踵を返してしまう。
「ほんとに大丈夫みたいだな。邪魔した」
「え、もう帰るのか? 折角来たんだから遊んでけよー」
「買いたい物があるから街に出たいんだよ。丁度ここまで来たし、ついでだからな」
街、とは、俺達が住むこの土地で一番大きな商店街の通称だ。
観覧車のある大型商業施設を中心として、いろんな店や雑居ビルが立ち並んでいる。
なんと我が家から徒歩十分程度で行けるのだ。
これだけを言うと、我が家はさぞ一等地にあるのだろうと誤解されそうだが、残念な事にそれは違う。
商業施設を見下ろせる位置に標高200m程度の山があって、家はこの山の中腹にあるんだ。家を出た先は長い階段で、そこから車一台通るのがやっとの狭い坂が続く。
車道まで遠い上、なまじっか商業施設が近いせいで車道沿いの土地が高くて駐車場は少なく、駐車場代だけで2万円近くのボッタクリ価格になっている。
住環境としては、最悪の場所に建っているんだ。当然土地も安い。
買出しは車を使って行くというのに、駐車場から家までが遠すぎて、ペットボトルのまとめ買いなんかした日には帰宅途中で死ねるからな。
不動産屋的にいわせると、大型商業施設まで徒歩七分! なのだが、帰りは階段と坂で二十分以上かかるんだよ。
「買いたい物?」
「美穂子にノート写させてもらったから、小物か菓子で礼しとこうと思ってな」
「俺も一緒に行っていい? ヒマだし」
「おう」
すげえ、なんてナイスタイミング!
早苗ちゃんに、こいつとデートさせてやろう!
竜神を居間に通してちゃぶ台に付かせ、スポーツドリンクを出して階段を駆け上る。
「早苗ちゃん、竜神とデートだぞデート! 可愛い服に着替えなきゃな」
ほんの数ヶ月前、俺の箪笥の中には寒色しかなかった。黒、紺、グレー。華やかな色と言えば緑や白程度。
しかし今は、花が咲いたかのようなピンク赤グリーン白からオフホワイト黄色といった、これでもかってばかりに可愛らしい服が溢れ返っていた。
母ちゃんが俺を服屋に引っ張って行って、店員とキャーキャーいいながら買い揃えた服だ。
どこから顔を出していいのか判らない絡まった紐みたいな服とか、100メートル先からでも目立ちそうな蛍光色に近い色の服は流石に断ったけど、女の子の服なんてわからないのでコーディネートは完全に店員さん任せにしていた。
その中で、一番可愛いなーと思った服を引っ張り出して、ぱぱっと着替える。
早苗ちゃんは超可愛いから何を着ても似合うんだけど、そうじゃなくて、俺が彼女に着て欲しい服っていうのかな。
ミニスカは履いて欲しくないけど足は見たい、とか、やっぱりふわふわヒラヒラした服着た子に目が行く、とかあるんだよな。彼女できないまま死んだけど。
そんな俺の要望に一番近い服を着て、くるぶしまでの短い靴下を履いて、バックを片手に部屋を飛び出そうとして、髪に手を入れて無かったと慌てて鏡の前に戻った。
俺の髪は、肩から十センチほど下まで長さがある。ポニーテールでもツインテールでもハーフアップでも横分けでも選び放題だ。しかし自分じゃ結べないという最大の弱点があるので、今日はただ流しただけで我慢するしかない。それでもブラッシングぐらいしねーとな。
何度触っても指通りの気持ちいい髪を捌いて、バックの中の持ち物をチェックして、もう一度姿見の前でくるりと一回転する。背中に髪くっついてねーな。よし、完璧可愛い! いくぞ、早苗ちゃん!
「お待たせ、竜神」
「ん」
コップを片手に(台所に片付けるつもりだったらしい。つくづく律儀な男だ)竜神が和室の襖を開いた。
俺の姿を見て、軽く目を見張る。
ふふん、じっくり見やがれ。早苗ちゃんは可愛いだろう!
「おい、下、履き忘れてるぞ。パンツだけじゃねーか」
「忘れてねーよ! 短パンはいてるよ!」
「……マジだ。上着長いから身長差で見えなかった」
そんだけ!? 可愛いとかねーの!?
つーかお前はファッションに疎いおっさんか! まあ短パンとか言っちゃう俺も充分疎いな。なんだっけこのカボチャパンツみたいなズボンの名前。ホットパンツだっけか? ぜったい可愛いって言うと思ったのにな。竜神の趣味と俺の趣味って違うのかな。
言いたいことを飲み込んで、受け取ったコップを流しに置く。
し切り直しだ。デートには変わらないんだ。格好は躓いちゃったけど、がんばろうな早苗ちゃん。
狭い庭を抜け、門を出て歩き出すなり、竜神が俺の手からバックを取り上げた。
なんだ?
意味が判らなくて見上げるが、そのまま普通に歩いてる。
えと……??
あ! バック持ってくれてるのか! なんだ今のさりげなさ!
「おい、いいって、自分のバックぐらい自分で持つって!」
「気にすんな。どうせオレ手ぶらだし」
「するに決まってるだろ! それに、この格好するなら絶対そのバックが必需品だって言われたから」
服屋の店員さんに、「この格好するなら絶対このバック! このバック持たなきゃ駄目だから」と深夜の通販みたいなノリで何度も念を押されたんだ。
「なんだそりゃ」
「なんか、そうらしい」
言い出した俺も頭の上に?マークを飛ばしながら、竜神からバックを受け取る。
家に一番近い駐輪場に、見慣れないでかくてごついバイクが止まっていた。
「お前のバイクって、ひょっとして、あれか?」
「ああ」
「うおあー、かっけーかっけーかっけー! いいなーいいなー!」
思わず駆け寄って、上から下から見てしまう。
「行くぞ」
「え!? 乗せてくれねえの?」
「絶対乗せねえ」
「なんでだよ! あ、ヘルメット無いからか?」
「あっても乗せねえよ。そのほっそい腕じゃしがみついてられそうにないから怖ぇっての」
「えーえーえー大丈夫だよお。自分でメット買うから乗せてくれよー」
「絶対駄目だ」
う、テコでも駄目そうだな。
「うーうー、じゃあさ、ちょっと跨らしてくんねえ? 頼む! こういうバイクに乗るの、夢だったんだよ!」
かっこいいよな湘南純○組とか特攻の○とかカメレ○ンとか! 俺、モブだからあんな学生生活なんて送れないって自覚はあった。でもバイク目の当たりにするとやっぱ憧れる!
「跨るぐらい、いいけど、忘れてねえか?」
「何を?」
忘れてました。自分の体格を。
足がね、届きませんでした。
竜神と並んで坂を降りながら、俺はさめざめと泣いた。
「まあ、乗り物はバイクだけじゃねーんだ、落ち込むなよ」
「じゃあ後ろに乗せてくれよ……」
「嫌だ」
中途半端な慰めなんかいらねーんだよ!
街に近づくにつれて、ちょっとづつ人が多くなっていく。
そういや、街に行くのも久しぶりだな。こんな近場にあるのに。
最近、出かけるの自体躊躇ってたもんな。
タチの悪いナンパに引っかかって死ぬほど怖い目みたし。
今日は竜神がいるから安心だ!
あの程度のヤンキー連中ごとき、こいつが一睨みするだけで逃げていくぞ絶対!
ん?
なんか、見られてね?
すれ違う人も、俺を追い抜いていく人も、じろじろ見てくる気がする。
久しぶりの街に浮き立ってた心が冷えてくる。この格好変だったかなあ。ひょっとして、女の子的にありえない組み合わせだったとか、まじでズボンがパンツにしか見えないとかだったらどうしよう。
いや、でもこれ、お店の人のコーディネートだし、大丈夫のはずだよな? な?
竜神のシャツを引っ張って、耳打ち……ではなく肩打ちする。
「いろんな人と目が合うんだよ。ひょっとして俺の格好って変か?」
「すげえ可愛いから見られてるだけだろ」
ぐ、
いきなり心臓が鳴って、靴で砂を掻いて立ち止まってしまった。
こいつ、心臓に悪い男だな。そういう褒め言葉はな、予想できるときに言ってくれよ。早苗ちゃんがびっくりするだろ!
「未来?」
「な、なんでもないです。ところで何買うつもりなんだ?」
「美穂子はグロ系の小物が好きだろ? なんかねーかな。可愛い系のはわかんねーし」
グロ系か……。
そうなんだよな、美穂子、可愛いのに持ち物の趣味が悪いんだよな。
「美穂子っていい子なのにあの趣味だけは付いていけねえ……。初めて貰ったメールが、黒背景で上から血が流れてきて読めるようになるデコメでさ、目玉の絵文字とか血糊ついてて、絶対、俺、美穂子に嫌われてるって思ったもん」
もちろんデコメは嫌がらせでもなんでもなくて、純粋に美穂子の趣味だったんだ。
ちょっと前、まだ男の体だった頃。美穂子の机からなんか落ちたから、取ってやろうと手を伸ばしたら、目玉と目が合ったんだ。
本気で美穂子の目が落ちたんだと思った。結論から言うと目玉じゃなくて単なる消しゴムだったんだけど、どこからどう見ても本物にしか見えなかった。どうしてグロ系小物ってのは無駄に精巧なんだよ!
授業中だったのに大声で叫んでしまって、クラス中の注目を浴びたんだよな。
身振り手振りを交えてその時の話をすると、竜神は笑ってから言った。
「ひょっとして、グロいの駄目なのか?」
「だだだ駄目ってわけじゃねーよ! ただ、小学校の頃、良太のバカに騙されて、グロ映画見せられてからちょっとトラウマなんだよ……」
買い物の傾向はすぐに決まったが、店舗を決めあぐねて俺達は大通りの端で脚を止めた。
ファンシー系やサンリオなんかのショップは大通りに面してて、入った事はなくても場所ぐらい判る。
けど、グロ系ってどこで売ってるのかな? パンクっぽいお店なんてこの街にあったっけ?
美穂子はあのマニアックなグロ系小物を一体どこで買ってるんだろう。
美穂子に直接聞くのは野暮なので、花沢に連絡を取って聞いてみた。
携帯越しだというのに判りやすい説明に、裏路地を進んで行く。
アーケードから一本道を離れただけなのに、道も店舗も暗く沈んだ先に、その店はあった。
「こ、ここ、か」
待ち構えていたのは、壁が黒に塗られた店舗だった。
天井からは赤く流れる血のようなペインティングがされていて、壁面に書かれたリアルな目玉が俺達を睨んでいる。入り口は大きく開けられた口で、唇も妙にリアルで触ったら柔らかな、嫌な感触がしそうだ。
店の中は濁った赤と黒で淀んでいて、まるで臓腑の中に飛び込んでいくような――――。
やめろおれええええ! そういう想像いらないから! ふつ、ふつつ、普通のお店じゃねーか!
俺も竜神も、店の前で足を止めて顔を青ざめさせてしまう。
「すげえ店だな。こんなのがあったなんてな」
竜神はどうやら悪趣味さに驚いていただけのようで、あっさりと臓腑の中に足を踏み入れていく。
いやいやいや臓腑じゃねえ! 単なる売り場だ。
怖い。入りたくない。なんて言えるわけない。
ダッシュで竜神を追って、腕にしがみつく。
「おい、どうした。怖いのか?」
「こここここ」
「怖いなら外で待ってろよ」
「ここここここ」
うわああああグロイ! グロすぎる! つかこのお店ってR18なんじゃなかろうか! 普通に出店してていいの!?
次更新する話で内装の説明しますが、そこまでグロ描写はありませんのでご安心ください。