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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
二章 安心できる場所
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移植で性格が変化する現象(だが早苗ちゃんが残念すぎる)

「――竜神が、好きなんだな」


 鏡の中に問いかけた途端、早苗ちゃんは消えた。そこに映るのは早苗ちゃんではなく、最近ようやく見慣れてきた俺の顔だ。

 呼吸がいつまでも楽にならず、喉が張り付いて肺が痛くて畳の上に寝転んだ。


 さっき見たフラッシュバック映像が脳裏に浮かんできて、とっさに違うことを考えて思考を逸らしそうになった。

 遊んでたゲーム。味噌汁の具が大根だったこと、床はフローリングがいいって願望。

「駄目だ、逃げんな」

 口の中で自分に悪態ついて生理的な嫌悪感しか沸かないフラッシュバックを一つずつ思い出していく。

 虐待を受ける「俺」の掌は酷く小さいものもあった。

 あれ、いったい何歳だったんだろう。

 あんな小さなころから「上田早苗ちゃん」はずっとずっと苦しんできたんだ。

 母親は助けてくれず、誰にも言えずに。

 結局逃げ出すことさえできないまま、早苗ちゃんは死を選んでしまった。


『大丈夫か!?』


 襲われて、怖くて、もう駄目だって思った時助けてくれた竜神。

 父親を倒して、長い長い苦しみから助け出してくれたあいつはさしずめヒーローだ。

 竜神が来てくれた途端、楽になった呼吸や晴れた視界は、父親から開放された早苗ちゃんの心理状況なんだろうな。

「そりゃ、惚れるよなあ」


 足を思いっきり振り上げて起き上がる。鏡を覗いてもそこにいるのは俺、日向未来だったので、机に乗せてある生前の早苗ちゃんの写真に話しかけた。

 友達と映った写真。

 友達は笑っているのに、早苗ちゃんは俯いて前髪で顔が半分隠れてて、困ったみたいな、変な笑顔をしている。


 早苗ちゃんが竜神に惚れる気持ちはよく判る。

 むしろ惚れないほうが凄いぐらいのシチュエーションだ。

 だけど、だけど、だけど、だけどな。


「俺は、男と恋人になるのなんか絶対いやだから!!!」


 宣言すると、心臓がぎゅううう!っと痛んだ。止まるかって思った。

「抗議しても駄目だ。この体はもう俺のものなんだから」

 心臓が早鐘を打つ。苦しくて脂汗が浮いてきた。往生際が悪いぞ上田早苗!

 あれ、ちょっと待て。これって俺が早苗ちゃんに取り憑いた悪霊みたいなポジションじゃね。

 可愛い女の子とヒーローの間を裂く悪役じゃね。


 いやいやいや、この体は俺のものだから! 死んだほうが負けってことで一つ頼む。


 あー、でも、早苗ちゃんと竜神ってすごいお似合いのカップルになったろうなあ。

 ちょっと竜神がごつすぎるけど、このちっちゃくて細い体をあいつなら確実に守れるだろうし。


 ん?


 いつの間にか手にティーカップを持っていた。

 白くて花の花弁みたいな形になってる、来客用のティーカップだ。中に入ってるのは水、か?


 机の上で携帯の画面が光る。

 携帯もいつ開いたっけ? 貧乏なので未だに俺の携帯は折りたたみ式のガラケーだ。

 画面を見ると、「恋のおまじない★サイト」ってでかい画像が表示されていた。


 画像の下には、「意中の★彼★に振り向いてもらうおまじない★無地のカップに水を入れて、夕日が見える窓辺に置いておくこと★太陽が沈んでしまうまでカップはそのままにして★深夜12時に一気に飲み干すべし★」


 うわぁ……。


 言うまでもないが、これ、俺が検索したものじゃない。


 車の中で、竜神の手と手がぶつかったとき、過剰反応した理由がわかった。

 俺が意識を飛ばしている間、早苗ちゃんがこの体を動かしているんだ。


 医者である兄ちゃんから「読め」と押し付けられた本の中に、心臓移植、腎臓移植で性格が変わったって人の体験談や手記があった。

 心臓一個、腎臓一個で性格が変わるんだから、体丸々変わってしまった俺の体に異変が出る事はすんなりと許容できる。

 むしろ、罪悪感が軽減された。

 だって、俺も早苗ちゃんも死んだはずなのに、俺だけが体を自由にして生活してるなんておかしいよな。

 早苗ちゃんだってもっともっと生きる権利があったんだから。


 俺が考え事している間に、上田早苗ちゃんが検索して、カップまで準備したんだろう。

 でもな! 夕日を映した水を飲むだけで、意中の★彼★に振り向いてもらえたら人生苦労なんてねーよ!

 早苗ちゃんが地味で大人しい子だってのは聞いてたけど、せっかく美人に生まれてきてるんだから、もっとこう、なんかさあ!

「あれ?」


 今度は俺、小学生の時買わされた三十センチ定規を持って、柱の前に立っていた。

 どうやら柱の長さを測っていたようだ。

 なんで柱の長さなんか計ってたんだ???


 柱に視線を走らせると、俺の頭より随分高い位置に見慣れない傷があった。

 それは丁度、竜神の身長の高さで――――。


「あーもう! まどろっこしいんだよ! 身長なんか本人に聞きゃいいだろうが!」

 定規を畳に叩き付けて、置きっぱなしにしてた携帯を拾った。


 画面を表示させるより早く、「未来! 竜神君が来てくれたわよ!」

 一階から、母ちゃんの声が聞こえた。


 ぎゅうううう!


 心臓が驚きに早鐘を打つ。やめてくれ! 確かに竜神が来たのはびっくりだけど、そこまで驚くことじゃないから落ち着け早苗ちゃん!

 胸を押さえつつ、俺は一階へ降りたのだった。

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