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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
二章 安心できる場所
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フラッシュバック

 何もかもの始まりとなる連絡が来たのは、事件から丁度一週間後の土曜の昼、だった。



 部活も所属せず、一緒に遊ぶ友達も居ない俺は昼までぐずぐずと寝ていた。

 竜神とか浅見とか友達っぽいのはいるんだけど、竜神は俺の傍にいるのが義務みたいなもんだし(家に誘ってくれたのも、結局、竜神じゃなく花ちゃんだったし。へこむ)、浅見は俺の……というか早苗ちゃんのことが好きみたいだし、どちらも誘うのを躊躇ってしまう。達樹からはしょっちゅう連絡来てるけど当然こいつは論外。


 唯一気軽に誘える良太は、俺がこの体になってからというもの美羽ちゃんが嫌がるからって全然遊んでくれなくなった。


 浅い眠りを繰り返したせいか、ようやく起きても食欲が沸かずに、味噌汁だけ飲んでたたみに寝転がってゲームで遊ぶ。


「なんですって? まぁ、まぁ、大変! それで……! まぁ、そうでしたか…………しましたわ。家の子……です。他の…………どうでしたか?」

 なにやら、母ちゃんが電話で騒いでいた。携帯ではなく、玄関に置いてある固定電話で話しているから、母ちゃんの声はところどころしか聞こえなかった。


「ちょっと未来、大変よ! あんた達が飲まされたの、睡眠薬じゃなかったんですって! なんだっけ、ああもう忘れちゃったわ、なんとかっていう日本では販売禁止の麻酔薬だったそうなの。ほら、あの男、製薬会社の専務だったでしょ。会社のつてを使って違法に入手してたらしいわよ。一滴で二時間は目を覚まさないぐらい強力なんだって。あんた体に異変はない?」

「見ての通り異変無しだよ」


 俺は至って普通だ。だいたい、ジュースを飲んでから一週間以上経過している。何かあるならとっくに病院送りにされていただろう。

 どうでもいいけど、経口の麻酔薬ってあるんだな。麻酔って言ったら注射とか、猛獣捕まえるときに撃つ銃のイメージしかなかったよ。


「それでね、あんた達のグラスにはちょっとづつしか入ってなかったそうなんだけど、竜神君のにはね、致死量の薬が入っていたんですって!」



 え?



 致死量?

 そんな、嘘だ。


 だけどあの日、確かに竜神の様子はおかしかった。殴っても蹴られても目を覚まさなかったのは今考えると普通じゃない!


 母ちゃんの話はまだ続いてたようだけど、それどころじゃなく、二階の自分の部屋に飛び込んだ。

「携帯……携帯……!」

 充電中だった携帯を外して、着信履歴から竜神の番号を呼び出す。指が震えてうまくボタンが押せない。

 頼む、出てくれ、竜神!

 低く響く聞きなれた声が聞こえてくることを祈りながら、コール音を聞き続ける。いつもと変わらない音のはずなのに、やたらとゆっくりに聞こえる。

 まだ、三回。ようやく、五回。

 竜神はまだ、出ない。


 十回、十一回。


 出ない。まさかそんな、あいつ、もしかして、

 足から力が抜けてその場に座りこむ。

 涙が溢れてきた。

 瞼を閉じて堪えるけど、滲み出した涙が目尻から零れてくる。

 

 十三回、十五回。

 食いしばっていた歯を緩めて、は、と息を吐く。爪で畳を掻き毟ってしまう。呼吸が頼りなく震えた。


 ぷつん、


 繋がった!!!


「りゅう……!」

 叫び声に近く呼ぼうとするけど、相手の声が遠くて言葉を呑んだ。

 ひょっとして竜神じゃなかったんだろうか。

 竜神のお母さんやお父さんが出たんだろうか。

 やっぱり、竜神は――――!


「竜神!」

 俺は完全に泣き声で携帯に呼びかけていた。

 電話の向こうの声が、少しだけ鮮明になった。

『ちょ、待ってくれ爺さん! 日向君から電話かかってっから、また後から説教は聞くからよ!』

 小さくしか聞こえないけど、間違いない、竜神の声だ!


「よかった……!!」

『よかったって、どうした? 泣いてるのか? マジでどうしたんだよ』


 鸚鵡返しにされても、安堵の余り返事ができなかった。

 胸の奥の息を全部吐き出してから、胸一杯に吸って怒鳴るように返す。


「馬鹿! 心配させんじゃねえよ! お前が睡眠薬を致死量呑まされたって聞いて、こっちが死ぬかと思っただろうが!」

『あ?』

「お前のグラス! 致死量の毒が入ってたって!」

『それは聞いたけどよ、何でキレてんだ?』

「電話にでねーから、お前に何かあったかって思ったんだよ!」


『何かって?』

「副作用とかいろいろだよ! ひょっとして、倒れてるかって思って」

『おい、一週間、学校で毎日会ってただろうが』

「それでも、致死量飲んだなんて聞いたら心配になるだろ!」

『致死量なんて飲んでねーよ。オレがちょっとしか呑まなかったの見てたんだろう? パトカーの中でも話したろ』


「!」

 そうだった! 一気にあの日のことを思い出す。


 出されたジュースを竜神はほんの一口しか飲んでなかった。

 一気に全部飲んじゃうのかなーって思って見てたんだけど、減った量さえ判らないぐらいだったんだ。


 それをパトカーの中で竜神に聞いたんだった。竜神は「厄介払いするためにお前と一緒にいるのに、他人が出した飲み物を呑んだりしたくなかったんだ。けど、断るのも場が悪くなると思ってな。くそ、なんでオレ、あん時断るか呑むかの二択しかできなかったんだ。口からでまかせでもいいから飲まずにすむ方法だってあったはずなのに」って項垂れたんだ。


 そんな竜神に、助手席に座ってたお巡りさんが「そりゃ無理だ。食いたくない物を進めてくる目上の人を上手にかわせる言葉があったらおじちゃんが聞きたいぜ」と笑って答えた。


 馬鹿は俺じゃねーか。なんで忘れてたんだ。

 致死量だって聞いて何もかも吹っ飛んでいた。

 そもそも、致死量ったって、グラスに残ってる酒を調べた結果だよな。なんで思い至らなかったんだ。


 つーか、なんで、俺、こんなに必死になってんだ?

 あいつが無事だったの、この一週間ずっと見てきたじゃないか。

 自分自身、訳が判らなくなってくる。

 とにかく竜神に謝って電話切らなきゃ。


「――――そっか、飲まなかったんだよな、そうだったな、忘れてた。ごめん」


『未来?』

「じゃあな」


 通話を切った携帯電話を力いっぱい握り締める。

 竜神の無事は確認した。ジュース、ちょっとしか呑んでないのも、一週間、無事だったってのも今更思い出した。なのに震えも涙も一向に止まらなかった。

 グラスに致死量が残ってたってことは、竜神が呑んだ麻酔薬の量は俺達の数倍はあっただろう。

 あいつに変な副作用が出たらどうしよう。自分が呑んだって知ったときは怖くもなんともなかったのに、心配で胸がぎりぎりする。

「なんで、だよ」

 涙を拭こうとして、ふと、姿見の鏡に映った俺を見た。


「……!!?」

 鏡に映っていたのは俺の顔じゃなかった。

 いや、そもそもこの女の子の顔は俺の顔じゃない。

 俺の顔はとうに火葬になっている。

 鏡に映るのはいつだって、上田早苗ちゃんの顔だ。

 それでも本能的に察した。これは、俺の顔じゃないと。



 泣いてる女の子は日向未来じゃない。上田早苗だ!



 震える腕を鏡に伸ばす。鏡の中の早苗ちゃんも俺に向かって腕を伸ばしてきた。


 掌が重なる。その瞬間に、


「うぁ……! あ……!」

 頭の中にひどい耳鳴りを伴って、映像がフラッシュバックした。



 太腿の付け根ぎりぎりの場所を這う大きな手。

 後ろから回される太い腕。

 笑みに開く口。

 理由もなく振るわれる暴力。


 早苗ちゃんの、辛い記憶ばかりが鮮明に、俺の脳に焼き付いてくる。

(いやだ、きもちわりい! みたくない……!!)

 見たくもないのに、見た事の無いはずの行為が頭の中でいくつもいくつも流れてくる。


 息遣い、

 体温、

 痛み、

 嫌悪、


 負の感情が、恐怖が、全身を襲う。

「ぐっ……!」

 体のあちこちに指の感触が這って、足を擦り合わせ、自分を抱いて歯を食いしばる。


(いやだ! だれか、だれか、止めてくれ、いやだ!)







 たすけて











『大丈夫か!?』














 フラッシュバックの最後は、助けてくれた、竜神の姿。


「――――――――――!」

 暗くて淀んで怖くて息さえできなかったのに、竜神の声が聞こえた瞬間、嘘だったみたいに楽になった。



 いつの間にか床に蹲って、持久走でもしたみたいに息がきれていた。

 

「早苗ちゃん、お前、」

 荒く息を吐きながら鏡を覗く。

 そこに映るのはやはり俺ではなく、上田早苗ちゃんだ。


 鏡の中で再び俺と早苗ちゃんの掌が重なる。今度は何も起こらなかった。

 ただ、鏡の中の早苗ちゃんが涙の残る顔でぎこちなく笑った。


 笑い方を知らないみたいな、頬の筋肉が動かないみたいな不自然な笑顔。でも、心から嬉しそうな笑顔だった。



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