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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
二章 安心できる場所
26/239

強引なナンパ

 平日の夕方。

 暇で暇で堪らなくて、たたみの上を無駄にごろごろ転がっていた。

 テレビは面白いのやってないし、マンガもゲームももう飽きた。


 最後の手段として、家が近所の良太に連絡を取る。


「良太、久しぶりに遊び行ってもいい?」

『おー、いいぜ。お前と遊ぶの久しぶりじゃね?』


 お前のせいだろ!

 俺が女になったから彼女の美羽ちゃんが嫌がるっつって、昼飯からもハブりやがったくせに!


 ――――――文句は顔を見て言おう。


「んじゃ、今からいくから」


 携帯を切ってジーンズとシャツに着替える。

 あいつの家なら九時まで時間潰せるな。飯は帰ってきてから食おうっと。

 男時代から使ってるリックに、最近買ったマンガと、前、貸してくれって良太に頼まれてたゲームを入れて家を出た。


 久しぶりに遊べるから、テンション上げながら良太の家に行くと――――。


「帰って」


 ででーん。

 なんて効果音が付きそうな迫力で、良太の家の玄関前に美羽ちゃんが仁王立ちしていた。


「え? な、なんで?」

「良太は私の彼氏だから。他の女の子と二人っきりになんてさせられるわけないじゃない」

「だから、俺、日向未来だぞ。男だぞ」


 美羽ちゃんがおもむろに腕を伸ばしてきて……むぎゅ、と俺の胸を掴んだ。


「ふわぁあ」

 いきなりの凶行に、叫び声を上げてバックステップを踏んでしまう。


 美羽ちゃんはしばし掌を見詰め呆然として、自分の胸を自分で揉んだ。

 そして、実に悲しそうに肩を落す。


「…………未来、帰って」


「で、でも、」

「帰れー!」


 背中を押され、易々と門の外まで追い出されてしまった。

 うわ、俺、美羽ちゃんにも力負けすんの!? 美羽ちゃんってポテトチップスの袋も開けられない子なのに!


「ごめんなー未来ー」

 二階の窓が開いて、良太が顔を出した。

「いやー、これまでずっと遊んでたから、ついつい、来ていいって言っちゃったんだけど、美羽がこれだけ嫌がるんなら無理だわ。悪いけど帰ってくれ」


 悪びれもせず、しっしっと手を振る。

 ひっでええ!

 せっかく来たのに! 家にも入れてくれないとか!

 小学校一年生の時からずっと同じクラスで、ずっと仲良くて、彼女ができても全然関係なんて変わらなかったのに。

 美羽ちゃんも、俺の事、友達と思ってくれてたし、三人で遊びにも行ってたのに!!!


 あう。なんか現実が惨い。

 未練がましく閉まった窓を見上げてしまう。今美羽ちゃん居るなら二人きりじゃないだろー。一緒に遊ぼうよー。なんて声を掛けても返事は無く。諦めて帰路に付いたのだった……。


 まさかここまで嫌がられるとは……。

 すげー落ち込む……。


 車道沿いをとぼとぼ歩く。

 路駐している派手な車に、いかにもヤンキーな風体をした兄ちゃん二人が、肱を乗せて立ち話してた。

 車あるなら車の中で話せばいいのに。

 なんで車に肱付いて話すんだろうなーこの手の兄ちゃん達って。


 落ち込んだテンションのまま、とぼとぼとヤンキーを横切る。


「今の女、すげー可愛かったぞ」

「マジで?」

「ねー、そこの子、ちょっと待ってくんねー?」


 おいおい、冗談じゃないぞ。あんな面倒くさそうな連中に引っかかりたく無い。

 聞こえないふりしとこ。

 追いかける気が起きないよう、ちょっとだけ早歩きになる。


「ねーってば、そこのリュックの子、止まってって」


 くそ、しつこいな。しかも距離詰めてきてやがる。すぐ後ろにいるじゃねーか。

 最終手段を使うか。

 ポケットから携帯を取り出して、ボタンを押して耳に押し当てる。

 数秒、待ってから、


「もしもしお母さん? もうすぐ付くから。遅れてごめん」


 繋がってない電話に繋がってるフリをして話し出す。

 これからお母さんと会うって知れば、ナンパ男も引くだろ。


「はーいぼっしゅー」


 な!

 手から携帯が消える。

 取り上げられるとは思ってもなかったんで完全に油断してた。


「やっぱり通話繋がってないじゃん」

「携帯返せ!」

「紺のガラケーなんて渋い趣味だねー」


 男が携帯を上に掲げてしまう。

 うわぁムカツク! でも悔しい事に全然届かない!


「ひなた みらいちゃんかー」

「勝手に触んな!」

 携帯、ロックしてないからプロフィールを見られてしまった。俺はひゅうが みきだけどな!


「返せよ、携帯!」

 ジャンプしても、やっぱり全然届かない。

 あまり相手に密着すると、体が付いてしまうから嫌だった。


「まぁまぁいーじゃん。ちょっと俺らと遊んでいこうって」

 携帯を取り返そうと必死になってたらもう一人の男に肩を叩かれた。

 男の大きな掌にぞっと全身に鳥肌が立つ。触るんじゃねえ、気持ち悪いんだよ! ――! 車もすぐ横に停まってる。運転手はまた別にいたのか!


「嫌だ! お断りします! 携帯返してください!」

 言葉尻を取られないよう、はっきりきっぱり否定する。

「はーいはい、ご乗車はこちらー」

「やめろ! 離せ!!」


 言葉尻もなんも関係なく、肩を抱かれて後部座席に押し込まれそうになる。

 やばい、これ、超やばい!

 美羽ちゃんにも押し負けた体なんだ。男相手だと完全にかなわない。

 体が一気に冷えて全身の筋肉が硬直した。

 怖くて言葉が喉に詰る。息が出来なくなる。ビビるな! 声、出さなきゃ!


「誰か、警察呼んでください! 助けて、お願いします、助けて!」

 ここは住宅地だ。多くはないが人通りもある。必死に声を振り絞った。


「あ、この子、俺らの仲間の彼女なんスよー。喧嘩して拗ねてるだけだから、皆さん気にしないでー。喧嘩したらすーぐ警察沙汰にすんだからよー」

「何回も駆け込むから、警察も相手してくれないってのになあ。お巡りさんに迷惑かけちゃ駄目だろー」

 男達が大声で言って、笑って、通行人相手に頭を下げる。


 何の話だ! よくもまあ即興ででまかせ作れるな!

 どうしよう、これじゃ誰も助けてくれない!


 膝が、座席の上に乗った。

(いやだ――――)

 クソオヤジに押さえつけられた恐怖が蘇って視界が眩む。体から力が抜けていく。怖くて怖くて、ぶわりと涙が滲んだ。


「やめなさい! その子を離しなさい!」


 ――――!?


 よかった、助けてくれる人が居た!

 中肉中背、黒髪短髪、ポロシャツを着た30歳ぐらいの眼鏡の男の人が、半分逃げ腰になりながらも怒鳴りつけてくれた。


「あぁ? コラ、この女は俺らの仲間っつったろうが」

 ヤンキーが低く威嚇する。

「警察に通報したぞ! 車のナンバーも連絡済みだ! 連れて行けば誘拐だからな!」

「――――――クソが」


 ヤンキーは俺を突き飛ばして携帯を道端に投げ捨てた。すぐに車が発進して逃げていく。

「おっと」

 ぎりぎりで男の人が携帯を受け止めてくれる。


「大丈夫だった? 怖かったね。こんな平和な街にあんなのが居るなんて」

 男の人が心配げにそう言ってくれて、俺は90度以上頭を下げた。


「あ、ありがとう、ございました!! 本当に助かりました! 彼女とか警察とか嘘言い出して、もう駄目かと思って……」


 あのまま連れて行かれてたら。

 クソ親父にされたみたいなこと、されたんだよな、きっと。


 う、やばい、体が。

 全身に震えが走る。呼吸が苦しくなる。左肩にだけ掛けたリックの紐をきつく握り締めて俯いてしまう。


「大丈夫? 震えてるよ?」

 大丈夫って言いたい。この人に迷惑かけたくない。なのに足まで震えてくる。


「ど、どうしようか、あ、あそこに喫茶店あるから休もうか」


 う、歩けるかな。

 俯いたまま一歩を踏み出す。

 駄目だ、足に力が入らない!?


 「危ない!」


 よろけそうになった俺を、男の人が腕を引いて助けてくれた。

「危ないよ、さぁ、行こう」

 手を引いてもらって、無事に喫茶店のソファに座ることができたのだった。


「重ね重ね、ご迷惑をお掛けして……」

 向かいに座った男の人にテーブルに額をぶつける勢いで頭を下げた。


「いや、いいんだよ」


 穏やかに笑ってくれる。

 俺も笑い返すと、男の人は顔を赤くして「みきさんに怪我が無くて何よりだよ」と言った。


 あれ?


「なんで名前……?」

 男の人ははっとして口を押さえた。

「その、えと、」なんて言いよどんでいる。

 どうしたんだろうか? あ、ひょっとして、

「俺が、脳移植された人間だって、知ってる人ですか?」

 う、と言葉を呑んだ。


 この辺、家の近所だからこの人が俺を知ってても何もおかしくないよな。世界で始めての脳移植成功だからテレビで騒がれたぐらいだもん。

 っていっても、テレビはモザイク入れて、名前も仮名だった。

 それでも学校の連中は俺が脳移植された人間だって知ってるし、町内中にもオバちゃんネットワークで知れ渡ってる。

 小学校の校区内程度の距離なんだから、誰が知ってても不思議じゃない。


「そっか、なら、名前知ってて当たり前ですよね。改めまして、日向未来っていいます。よかったら、お名前を教えてください」

「ぼ、僕の名前は――井上って言うんだ」

「いのうえさん」

 井上さんか、よし、覚えたぞ。


 この人になら、いろいろと話せる気がした。

 クソオヤジに襲われたせいで、俺、男性恐怖症気味になってしまった。

 知らない男に急に隣に立たれただけで、心臓がドキってするんだ。

 クラスメイトにも母ちゃんにも竜神にもこんな情け無い事、言えない。

 でも年上で同性で良く知らないこの人相手なら情け無い姿を見せてもいいって思ってしまった。旅の恥は掻き捨てってやつだな。うん。


「俺、元男なのに、無理やり引っ張られると何も抵抗できなくなっちゃうんです。この体、力無いし、男の体がすげーでかく見えて怖いし。無理やり押さえつけられたら、殴られるの怖くて体が固まっちゃうし。情けないですよね」

 頭を上げて、今度は目を見て言わなきゃな。

「助けてくださって本当にありがとうございます!」


 井上さんは複雑な表情をしていた。俺を軽蔑するとかじゃないんだけど、見ちゃいけないものでも見てしまったような、変な顔。

「井上さん?」

 呼ぶと、はっとしたように背筋を伸ばした。と、同時に携帯が鳴る。俺のじゃないな。井上さんのか。

「ごめんね、ちょっと話してくるから」

 井上さんが喫茶店の外に出る。これはチャンスだ。会計をしておこう。


 井上さんが注文したのはコーヒー、460円。

 助けてくれた人に、460円のお礼しかしないってのは安すぎるかな。貧乏だから許してください。


「ごめんね、途中で席を立って」

 謝りながら井上さんが戻ってくる。

「お気になさらないでください。井上さんは命の恩人なんですから」

「命の恩人は言いすぎだよ」

 そんなことないです! 


 それから、俺達はいろんなことを話した。

 井上さんがカメラマニアでいろんな所を散策しつつ写真を取ってること、

 俺が、女になったから親友に拒絶されたこと、

 井上さんが高校のころ、親友に彼女が出来て疎遠になったって話、

 俺が、親友の彼女に嫌われてるって話。


 すっごくどうでもいい話ばっかりなのに、話は無駄に弾んで、一時間も過ぎてようやく、俺達は喫茶店から出た。

 井上さんは、俺が金を払ったことに物凄く恐縮してた。

 助けてもらったお礼だっていってんのに。

 もう、俺が居た堪れなくなるぐらい謝ってきたので、交換条件を出した。

「じゃ、メールアドレス教えてください!」

 突拍子もない申し出に、井上さんは気安く答えてくれた。



 年齢は離れてるけど、いろいろ話しやすい人だ。友達――は厚かましいよな。相談相手になってくれれば嬉しいなあ。

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