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モブ君(ある朝突然)絶世の美少女になる  作者: イヌスキ
二章 安心できる場所
24/239

保育園実習

 土日は警察からの呼び出しも無く平和に過ぎて行った。


 週明けの月曜日。本日の一、二時間目は保育園実習だ。

 男に襲われそうになるなんて俺にとっては人生観覆るぐらいの大事件だったのに、一週間は容赦なくめぐり来るんだなあ。

 心配してくれた母ちゃんを遮って登校したのは俺なんだけどさ。事故で休んだからできるだけ休みたくないし。


 話しがそれた。とにかく、今日は保育園実習の日だ。保育園実習とは書いて字のごとく、保育園での実習だ。

 他の高校では学校に招いて避難訓練をしたり、子供達の前で出し物をしたり遠足をしたりなどなど、積極的に触れ合うイベントが執り行われている。俺達が通う学校は、ただただ、一時間、園児達の中に放り込まれて「一緒に遊ぶ」だけの実習だ。


 1-2組の実習先は桜山保育園。園児数80人の結構な大所帯である。


「うち、一応進学校なのになんでこんな実習があるんだろうなあ……」

「ほんと、めんどくせえよ……」

 バスの中で、流れる景色を見ながらぼやくと、隣から声が帰ってきた。

 デカイ体を窮屈そうに座席におさめてる竜神だ。


 竜神は俺の顔をじっと見てから、自分の口元を指差して言った。

「……傷、腫れひいたな。痕が残らなくてよかったよ」


 竜神が指差した場所は、俺にとっては殴られて腫れた場所になる。

「ん。シップ貰ったからかな。土曜にも結構目立たなくなってたし……それより、竜神が実習に参加するなんてめずらしいよな。絶対来ないと思ってた」

「担任に脅されたんだよ。授業サボってばっかだから実習までこなかったら留年させるって」

「だからか。普段、ちゃんと学校来てなかったバチが当たったな」

 ひひ、と笑ってやるとうるせえよと拗ねられた。


「私は結構楽しみだけどな。子供と遊べる機会なんて滅多に無いし」

 俺の前の席から、美穂子が身を乗り出してきた。


「……私は……非常に憂鬱だ……子供は好かん……」

 美穂子の隣に座る花沢が、座席から目から上だけを覗かせて、心の底からうんざりとした声を出す。どんだけ苦手なんだろうか、顔色まで悪い。


「拳骨、張り手、蹴り……。生意気な口をきかれたらどこまでOKなんだろうか……」

「全部アウトに決まってんだろ! 手は上げるなよ」

 ううううう。呻きながら花沢が座席に沈んで行く。

 こいつ、そこまで子供嫌いだったのか。意外……てほどでもないか。花沢って喋り方も性格も、ちょっとキツイしな。



 花沢が嘆こうとも、竜神が面倒くさがろうとも、バスは無情に目的地である桜山保育園に到着してしまった。


 グラウンドに並んで整列していた園児の前に、俺達も身長順で横列に並ぶ。


「高校生のお兄ちゃんお姉ちゃん達が来てくれましたー! みんな、ごあいさつー」

 保育園の先生が教育テレビのようなのりで俺達を掌で指した。

「こんにちはー」

 園児は元気一杯挨拶してくれたのに、俺達の返事はしどろもどろだ。

 それにしてもちっちぇーなあ……。

 こんな子達と一時間も一緒にいなきゃ駄目なのかよ。

 怪我させないように注意しとかないとな。


「すごーい、お姫様だー」

「お姫様がいるー! かわいー!」

 女の子が夢見るみたいな声を上げた。

 お姫様? どこにいるんだ? 

 実習なんだから、俺達は全員ジャージ姿だ。お姫様なんて格好じゃない。

 なのに女の子達が口々にお姫様、お姫様と繰り返している。

 あれ? ひょっとして俺に言ってねえか?


 ――――――そっか、早苗ちゃん可愛いから、子供から見たらお姫様みたいに見えるのか。


「でけー! やくざだー」

「こえー! でっけー」

 男の子は「でかい」「ヤクザ」を連呼して誰かを指差している。

 まあ、確認するまでもないよな。

 俺から見たってヤクザだったんだ。ガキから見たら完全にヤクザだろう。


 実習に付き添う保育園の先生は三人だった。

 20代らしい女性の先生、同じく20代らしい男性の先生。それと、優しそうなおばあちゃん先生。

 それぞれ自己紹介してくれる。おばあちゃん先生が園長先生だった。

 ついでに言うと、引率で付いて来たうちの先生は二人。1-2組の担任と副担任だ。


「さあ、皆、一杯遊んでもらおうね」

「はーい」


「お姫様、一緒に遊ぼー!」

 先生の締めが終わると、いきなり、女の子がたくさん駆け寄って来た。

 うわぁ、どうしよう。

「お姫様かわいー!」


「いや、俺、お姫様じゃないから」


 思わず一歩下がって両手を振ると、女の子達がものすごーーーーくショックを受けたような、嫌そうな、なんともいえない表情をした。

 え、まさか本気でお姫様って思ってたわけじゃねーよな? 子供ってそんな馬鹿だったっけ?

「俺って言っちゃだめ! かわいーのに、俺って言っちゃだめ!」

 あぁ、そっちか。

「女の子は、わたし、って言わなきゃだめなんだよ」

 俺、女じゃないから……って答えようとして慌てて口を噤む。こんな小さな子達が脳移植を理解出来るはず無いし、混乱させちゃ不味いよな。


「お姫さま、佐奈と遊ぼう!」

「だめ! お姫様はリナと遊ぶのー!!」

「え」

「最初にお話したのは佐奈だもん」

 なんだこれ。どうすりゃいいんだよ。早速勃発したトラブルに固まってしまう。


「ほら、喧嘩しちゃだめ。皆で一緒にお姫様と遊びましょ、行こう、未来、シート使わせて貰おう」

 美穂子が女の子達をまとめて促してくれた。

 助かった、ありがとう、美穂子!


 地面に座って遊べるように、シートを借りてグラウンドの一角に陣取る。


「じゃあお姫様ごっこね。リナはお姫様のお姉さん」

「佐奈はお姫様のお姉さん」

 役が被って、また女の子二人がにらみ合うのだけど、再び美穂子が取り成してくれた。

 俺にばっかり集まっていた女子達も、美穂子が他の生徒に上手く誘導してくれて、ようやく周りの人数が落ち着いてくる。

 美穂子、すげーなあ……。俺には一生出来そうにない。


「さぁお食事にしましょう。ハンバーグ、ステーキ、お魚」

 想像のごちそうがリナちゃんの手でシートの上に並べられていく。お姫様設定なのに食べ物が庶民的だ。


 ワインをどーぞ、と、やはり想像のグラスを差し出されたので「ありがとう」と受け取ろうとしたら、

「おねーちゃんはお姫様なんだからうごいちゃだめー」

 駄目出しをされた。なんでだ。ワインを渡すフリしたじゃねーか。


 動いちゃ駄目っていうのも結構苦行なんですけど。

 姫って動いちゃ駄目なものなのかしら。

 やばい、辛くなってきた。


「ごめん、ちょっとトイレ」

 正座だったので足も痺れてしまい、さっさと逃げ出すことにした。

「えー」

「それじゃ、お姫様が帰ってくるまで別の遊びして待ってようね」

 文句を言う女子を、美穂子が別の遊びに促してくれる。美穂子ありがとう。お前が居なかったら俺は便所に立てこもってた。


 どこか、身を隠せる場所ねーかな……。

 この保育園のグラウンドは結構広くて、あちこちに遊具があり、隠れられそうな木陰もちらほらとある。

 一番近い木陰の裏に、膝ぐらいの植え込みがあった。あそこに座って休もう……って、先客がいるな。

 竜神だった。暇そうに、小さい子達と高校生が入り混じって遊ぶグラウンドを見ていた。


「こんなトコに隠れてんじゃねーよ。ヤクザ」

 なんていいながら、竜神の横に座る。

「うるせえよ。ヤクザじゃねーって言ってんだろ」

「サボリ怒られて実習に来たくせに、ここでサボってていいのかよ」

「怖がられるんだからしょうがねーだろ。ちょろちょろしてて踏み潰しそうでこえーし」

 俺でも扱いに困るんだから、竜神ぐらいでかかったら力加減難しそうだよな。


 俺に続いて浅見も木陰に入ってくる。

「珍しいな、お前がサボるなんて」

 驚いた俺に、浅見は首を降った。

「相手が居ないから困ってるんだ……。子供から見たら、僕の顔、結構怖いみたいで、泣かれそうになっちゃって」

「浅見……、まぁ、その、ドンマイ」

 浅見って性格超温厚で大人しいのに目付き悪いもんなあ。昔みたいな分厚い眼鏡してたらいじられキャラだったんだろうけど。

 因みに「子供から見たら」じゃなくて、実は、俺から見ても充分怖い。言わないけど。怖いんだけどすげーイケメンであるのは間違いないんだけど。

 浅見はうな垂れながらも、また、子供達に向かって歩いていく。授業に対して真面目だから、相手にされないとわかってても竜神みたいにサボることはできないんだろうな。


「あー! おねえちゃん居たー! 早くきてー」

 今座ったばっかりだっていうのに、もう女の子が迎えにきてしまった。ちょっとぐらい休ませて欲しいんだけどな~。

 女の子は笑顔で駆け寄ってきていたのだが、俺の隣に座る竜神を見てびっくりして足を止めた。

「人気者じゃねーか」

 怖がられているのに気が付いてないのか、怖がられることに慣れてるのか、竜神は驚いた女の子を一瞥もせず、立ち上がった俺をからかってきた。


「俺が人気なんじゃないよ。早苗ちゃんが人気なの。早苗ちゃん可愛いからさ、お姫様みたいーって」

「たしかに、ガキからみたらお姫様みたいに見えるだろうな」

「中身男だけどな」

「はやくー!」

「はいはい」






 ……実習がなかなか終わらない。


 一時間。たった一時間だってのにものすごーーーーーーく長く感じてしまう。


 だって、まだ、二十分しか経ってないなんて!

 二十分の内十五分はお人形さんのように動かないことを強要されてるせいか、異常に時間が遅く感じてしまう。

 座禅組まされてる修行僧じゃないんだからさぁ。待遇の改善を要求したい。まじしんどい。


 つらい……。つらい……。逃げたい……。

 竜神はいいよなあ。面で怖がってくれるから。

 どうせ脳移植されるなら竜神の体がよかった。でかいし、強いし、顔、怖いけど普通にかっこいいし。……ってなんか俺、寄生型モンスターみたいだ。


「りゅー! つぎ、おれー。おれがりゅうに乗るー!」

 りゅう?


 りゅうって呼びながら、男の子がジャージの足に飛びついて行く。

 

 ウチのクラスにりゅうなんて名前の奴、いたっけ?

 何気に顔を上げると、


「うぇ!?」驚きに声を上げてしまった。

 飛びかかられていたのは、なんと竜神だったんだ。


「これ以上登ってくんじゃねーよ、腰いてーだろうが」

「じじー、りゅうのじじー」

「そうだよジジイなんだから労われ。あーもズボンが下がるだろ」

 片足に一人ずつしがみつかせて、ちっちゃな子二人も抱いてる……。あ、また一人腰にしがみついた。

 なんであいつジャングルジム扱いになってんだ。怖がられて隠れてたくせに。



「たーっくる!」

「うわ! びっくりしたー、駄目だよふざけちゃ。危ないでしょ」

 あれ、浅見の声。

 振り返ると、こっちもまた、子供達に囲まれていた。

「目のお兄ちゃん、一緒におままごとしよー」

「目のお兄ちゃんはおれ達と戦いゴッコするんだよ」

「違うよ、おままごとだもん!」

「違う! ね、お兄ちゃん。お兄ちゃんは戦いゴッコがいいよな!」

「じ、じゃあ、戦いゴッコとおままごと一緒にやろうか。えっと、えっと、家庭内不和でお父さんとお母さんが戦ってるって設定で」

「わかんない……」

 子供が困惑してる。あいつは何を言っているんだ。真面目な天然ってタチ悪いな。



「あの二人、見ていて面白かったぞ」

「うわ」


 唐突に耳元で話し掛けられて、びっくりして背筋を伸ばしてしまった。花沢だった。

「な、なんだよいきなり。お前どこにいたんだ?」

「ずっと隠れてた。面倒くさいんでな」

 ひょっとして、こいつが一番不真面目なんじゃなかろうか。

「竜神はな、一人で地面に絵を描いてる子を見つけてしまって、面倒くさそうに頭を掻いてから、ちょっと躊躇った後に声を掛けに行ったんだ。テンプレな不良キャラクターのような動きだった」

「あいつ妹いるからなー。ちっちゃい子ほっとけなかったんだろうな」


 竜神に声を掛けられた子供は凄くびっくりした後、泣きそうな顔をしたけど、竜神が肩車してやったら大声ではしゃいだそうだ。

 竜神、身長190くらいあるもんな。子供からしたら超高層だ。

 それを見た他の子が一斉に集まってきて、あの有様になったそうだ。


「浅見は目の色が違うのが綺麗って女の子が集まってきてな」


 それから満遍なく男女とも集まってきたと花沢が笑う。

 浅見は見た目怖いけど、声は優しいし喋り方も柔らかい。きっかけさえあれば子供に嫌われる要素なんてないもんな。

 そういや竜神の傍にいるのは男の子ばっかりだな。生きたアスレチックは女の子には不評か。


「すっげー長い髪ー」

「へーんなのー」

「う!」

 花沢が息を呑んで顎を反らせた。

 いかにも悪戯坊主って感じのガキが二人、花沢の髪を引っ張っていた。

 お前ら、なんて恐ろしいことを!

 おおお落ち着けよ花沢! 殴っちゃ駄目だぞ、蹴っちゃ駄目だぞ!

 はらはらしながら成り行きを見守ってしまう。


 花沢はこめかみに血管を浮かせて、ガキ共を睨みつつ硬直した後、おもむろに自分の髪の毛を掴んで、


 ばさっ!


 後ろ髪を顔の前に全部垂らしたかと思うと。

 両手を上げておおおおおおと呻きながら子供を追い掛け回し始めた。

「貞子だ――――!!」

「ぎゃーーーーー!!!」

 子供が絶叫を上げながら逃げ惑う。

「何やってんだよ!」

 動くなって言われてたの忘れて立ち上がってしまう。俺までこえーよ、一緒に逃げそうになっただろ!!



「そこのおっきな君、ちょっとお願いがあるんだけどいいかな?」

 さっき自己紹介した、保育園の若い女の先生が竜神を手招いた。(名前忘れた)

「なんすか」

「重くてね、動かせなかった機材があるの。悪いんだけど手伝ってもらえないかしら」

「いっすよ」

 グラウンドの端に、シートが掛けられた縦長の機材と、テレビに出てくる調理台ぐらいありそうな横長の機材?があった。実習で使うから出してるんだとばかり思ったのに、そうではなかったらしい。保育園側も、今日、来る男子高校生をアテにしてたんだろうな。

「本当に重いから気をつけてね。山崎先生でも持ち上がらなかったの――――って、軽々持たないで!」

「え?」

 竜神はほんとにひょいって感じで持ち上げていた。見ていても重さが全くわからない。

「ご、ごめんなさいびっくりしちゃって。凄い力ね。中に運んで」

「あらー、すごいわね! 山崎先生、ちょっと、貴方もこの子見習って力をつけなさいよ」

 園長先生が男の先生の肩を叩いてはしゃいでいる。山崎先生は普通の中肉中背の男性だった。やめてあげてほしいな。高校生と比べられて駄目出しされるなんて社会の厳しさを垣間見てしまう。竜神が異常に怪力なだけなんだ。山崎先生は何も劣ってないんだ。


「おい、浅見、こっち手伝ってくれ」

 デカイ台は一人で運ぶのは無理なので、竜神は浅見を呼んだ。


「はーい。ちょっとごめんね、お兄ちゃんの手伝いに行ってくるね」

 竜神に答えてから、子供達に断りを入れている。ちゃんと膝を付いて目線の高さだ。


「目のお兄ちゃん、やくざと友達なのー?」

「そだよ。あのお兄ちゃんはやくざじゃないんだよ。お巡りさんになるんだ」

「やくざけいさつ?」

「ちが」


 耳ざとく聞き取った竜神の近くに居た子が、早速竜神に「やくざけいさつー!」と呼びかけた。


「なんだそりゃ」

「目のお兄ちゃんが、やくざけいさつって」

「い、言ってないからね! 竜神君がお巡りさんになるって言っただけだから」

「いったー!」

「ヤクザ警察っていったー」

「目のお兄ちゃん、やくざが怖いの? やっぱりやくざなの?」

「ち、違うよ、怖いんじゃなくて、慌ててるだけだよ」

「いつまでガキにからかわれてんだ。さっさと来いよ」

「え? これ、からかわれてたの僕」


 馬鹿なやりとりに、ふふ、と笑ってしまった。

 よし、俺もあっちいこっと。シートの上に座ってるから、今度はケツが痛くなって来たし。

「俺も手伝いにいってくるな」

「えー」

 女の子のブーイングを受けつつ、俺も竜神のとこに行く。


「浅見、俺も手伝うよ」

「ええ……?」

 何だその不満そうなええは。

「邪魔だ。あっち行け」

 竜神がにべもなく言い放ってくる。ひどい。

 確かにこの体、非力だけどさ、

「こんだけでかいんだし、俺でもいないよりはいたほうがいいだろ」


「おい、貞子、未来をどっか連れてってくれ」

 竜神が貞子と呼んだのは当然、髪を垂らして悪ガキを追い回している花沢だ。

 お前はまだ追い回していたのか。どれだけ執念深いんだ。


「やくざけいさつ、お姫様のこと呼び捨てにしたー」

「かれしだー」

 竜神の手伝いが終わるのを待っていた子供達が口々に話しだす。

 彼氏じゃねーよ。でもすげーな。この歳で彼氏とか判るんだな。俺のガキの頃ってどうだったかな。

 貞子も呼び捨てだったけど、そっちはノーカンなんだな。子供の感性ってほんと謎だ。

「やくざけいさつ、お姫様の彼氏なの?」

「彼氏じゃねーよ」

 俺も竜神も答えたんだけど、「彼氏じゃないっていったー、やっぱり彼氏だー」って広まっていく。いやその理屈はおかしい。

 さっき俺を呼びに来た子が「二人で隠れてた」って情報をリークしたらしく、あっという間に竜神は俺の彼氏と言うことになっていた。

 まぁ、今日限りしか会わないし、しかもガキ相手だ。ムキになって否定する必要もない。


 結局、俺は貞子に捕まってしまい、竜神の手伝いをすることもなく、もとのシートの上に連れ戻されてしまった。

 花沢、前に垂らした髪をいい加減元に戻して欲しいんだけどな……。正体が花沢だってわかっててもすげえ怖い……。



「お姫様おねーちゃん、これ、かぶって」

 なんか俺の呼び名が長くなってきたな。

 女の子が花冠を差し出していた。

 返事の変わりに、目を瞑って頭を垂れる。

 女の子ははしゃいだ声を出して、俺の頭に花冠を乗せた。


「待って、未来、動かないで」


 頭を上げようとしたら止められて、目を閉じたまま、ん?と固まってしまう。

 ちゃりゃーん♪

 場違いに可愛らしい音がして、目を開ける。

 美穂子が携帯を構えていた。


「何してんだよ」

「だって、ほら、超可愛かったんだもん!」

 はしゃいだ美穂子に見せられた画像には……お姫様がいた。

 伏せられた長い睫、ピンクのほっぺた、同じくピンクの唇に可愛い鼻、首は細くて――とにかくすげー可愛くて、単なるシロツメグサの花冠が天使の輪みたいだ。


 やっぱ、早苗ちゃんって超可愛いなああ。

 いや、わかってたよ。超可愛いってことは知ってたよ! でも、自分が中に入ってるからいまいち実感が湧かないというか、ありがたみがないというか、ぶっちゃけ、どうでもいいというか。


「すごい、お姫様ー!」

「おねーちゃん、待ってて、リサもこっそり携帯持ってくるから」


「だ。め。よ。貴方も、ほら、子供達が真似するから携帯は出さないでね」


 ずしゃ、と砂をかいて、保母さんが俺立ちの前に立った。

「ごめんなさい」

 美穂子は素直に謝って、携帯をポケットに戻す。


「写メは駄目だけど、かわりに先生がお写真撮ってあげる。さ、みんな、こっち向いて」

 父母への報告用に、撮影して回っているらしい。

 報告用なら花冠は下ろしたかったのに駄目だといわれてしまった。それどころか、他の子が作ったと言う花ブレスと花首輪まで追加されてしまう。


 デジカメ画像の早苗ちゃんはお姫様から天使様にクラスアップしてた。現実世界でもレベルアップてあるんだな。



「お、お、お、お、お、お姉ちゃん!! ヤクザと別れて僕のお嫁さんになってください!」

「ん?」

 ようやく写真撮影が終わったかと思うと、今度は、男の子が顔を真っ赤にして俺に言ってきた。


 うーん……、これは一体どうしたらいいんだ……?


「駄目だよ、未来はヤクザ君とラブラブなんだから」

 俺が答える前に、美穂子がそう答えてしまう。

 男の子は凄くショックを受けた顔をして、どこかへ歩き出す。

「おい、美穂子」

「いいじゃない。期待させるのも可愛そうでしょ?」

 そりゃそうだけどさ。ラブラブと言われるとなんかこう、微妙だ。心のどっかがぐるぐるするような気分になる。


 しょんぼりしながら歩いていた男の子だったが、竜神の姿を見つけた途端、

「だー! このこのこのお! お姫様をかいほーしろ!」

 走りこんで、果敢にも竜神の足に蹴りを入れはじめた。泥の付いた靴でやってるから、竜神のジャージが汚れてしまう。

 何やってんだクソガキ!

 見ていた俺が思わずいきり立ってしまったのだが、竜神はその場にしゃがむと、男の子の頭を撫でた。

「よーしよーし、未来が欲しいなら十年後に相手してやるからな。忘れず掛かってこい」

「十年後?」

「お前が十五になってからな」

「……うん、判った。絶対倒すから!」

「おう」

 こつんとデカイ拳とちっちゃな拳が合わされる。

 あいつ、見た目と違って寛大だよなあ。泥の付いた靴で連打蹴りされたら、俺だったら切れたかもしれん。



「おーい、そろそろ集合しろー」

 担任が声を張り上げた。

 あ! もう終了時刻だ。いつの間に! 最初は長く感じたのに、あっという間だったな。


 俺は慌ててブレスやら冠を外す。

「外しちゃだめー!」

 女の子たちが口々に言ってくるんだけど、作ってくれた女の子達に首輪をつけ、ブレスをはめさせ、冠を乗せた。

「うん、俺なんかよりお前達の方が似合ってるよ。超可愛い。先生に一杯写真撮って貰えよ」

 こんなもん付けて帰れないし、せっかく作ってくれた品なんて捨てることもできないから、本人に返すのが一番だよな。


 俺達は来た時と同じように横列に並んで、園児達のお礼の言葉を受けた。


「おねーちゃん、帰っちゃいやあ」

 美穂子が女の子にしがみ付かれて泣かれてる。てか美穂子も泣くなよ。たった一時間でここまで仲良くなれるなんて、美穂子っていいお母さんになりそうだなあ。



「お姫様おねえちゃん、またきてね、約束だからね!」

「あーはいはい」

「ぜったいだよ! 近所のともだちに自慢するんだから! 花冠のお礼もするから」

「それはお前が作った冠だろ」

 女の子達に詰め寄られ、絶対来ないとは思いつつも空返事してしまう。

 完全に、懐かれてんのは俺(内面)じゃなくて早苗ちゃん(外見)だな。いや、懐いてるんじゃなくて、利用しようとしてるだけか?



「貞子もまた遊びにこいよ!」

「絶対に嫌だ」

「なんでだよーけちー。貞子がこないと面白くないじゃん」

 花沢も意外と男子に人気だ。追い掛け回しはしてたけど、やってることは鬼ごっこと変わらなかったしな。



「目のお兄ちゃんもまた、来てね。遊んでくれてありがとう」

「僕もすごく楽しかったよ」

 浅見の周りはふわふわしてんなー。空気が柔らかい。顔怖いけど。



「十年後、絶対倒してやるからな、りゅう!」

「おー、待ってるぞ」

「ぜったいぜったい、お前よりでっかくなってやるからな」

「ナス食えねえガキはでかくなんねーよ」

「食うもん!」

 竜神の周りには男の子が一杯だ。

「なー、もうちょっと遊んでいけよー、りゅー」

「しがみつくんじゃねえよ。無理だ無理。置いていかれちまうだろ」

 腰にしがみつく男の子の手をぺしぺし叩く。


「ねえねえ、竜神君」


 担任と会話を終えた園長が、小走りに竜神に駆け寄った。

「あなた、保父の才能あるわよ。将来、是非ウチで働いてくれないかしら。力もあるし体力もあるし、優遇するわよ」

 竜神は困ったように頭に手をやった。

「お誘いはありがたいんですけど、オレ、将来警察官を目指してますんで……」

「頭に入れておいてくれないかしら。いつでも歓迎するわ」

「えー、ここで働けよー! 一緒にあそぼうぜー」

「あーも、だからズボン下げんなって」



 園児に手を振って別れ、今度は竜神を窓際にして座る。

「お前のお陰で十年後の決闘相手が大量にできたぞ。颯汰と孝と龍成と智と博信と直樹と拓海と大空と健と悠斗」

「いつの間にそんな……。数も多いけど、よく名前覚えてるなあ」

「名前ぐらい覚えるだろ。ガキとは言え、話したんだから」

 なるほど、こりゃ保父に向いてるわ。俺、リナちゃんとサナちゃんがどっちがどっちかさえもう忘れた。名前似すぎなんだよ。姉妹かと思っちまった。


「俺が絡んでいったせいで、変な誤解されて悪かったな。足、蹴られてたろ」

「いや、いい」

「決闘のほうは……まぁ、ガキだし、明日には忘れてるだろ」

「なわけねーと思うけどな」


 まじで、んなわけなかった。

 街で偶然あった男の子に竜神が襲われたり(運悪く俺も一緒にいたから、また彼女と間違われ決闘を申し込まれた)、

 天使みたいな早苗ちゃんの顔が保育園の会報に使われたらしく、本物を一目見たいと保護者やその関係者が校門まで見物に来たり、

 スーパーでリナちゃんだったかリサちゃんだったかに偶然会い、約束破ったってギャン泣きされたりと、ちっちゃな事件がいくつも巻き起こってしまったんだ。

 子供だからってあなどるのは良くないな。今回の実習で痛感したのだった。

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